おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ

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おっさんに無防備もあるかよ◆

 【後輩(冴島)視点】




「なあ冴島、こないだ、ありがとな。それで――」

「は……? あんたなに言って」

 ここが職場で相手が上司だってことも、意識する間も遠慮もなにもなく声が飛び出したのは反射的だった。

「うん、だからさ、こないだはありがとな、って」
「いや、それもですけど、そうじゃなくて」

 大体、俺だって感謝されるようなこともしたわけでもなんでもない、この人はどこまでわかって言っているのか。
 いや、まさかとは思うが――


「あの、コマンド……っつう」
「っああ、こんなところで、ちょっと来て・・下さ……あっ」
「お、おう」

 ああもう、ほんと調子狂う。
 どうして俺がこんなに気を遣わなきゃならないんだ。



「はあ……先輩、すみません。ちゃんとついて来れて、いい子ですね」
「ああ、悪りい……」
 
 慌てて先輩の手を引き備品倉庫に押し込んで、内側から施錠してようやく呼吸を整える。
 いきなり週末の話を振られて動揺したとはいえ、うっかりコマンドを含ませてしまったのはやらかした。そのおかげで先輩が素直に俺の早足についてきてくれたのは、結果的に助かったのがなんとも言えないが。

「つかお前、律義だな。別にこんなんいつものことだし、わざわざおれにまで褒めなくても」
「っ、これは……」

 無意識の条件反射だったらしい。ちょうど俺より頭ひとつ分ほど低い位置にある先輩の額を引き寄せて、まるで抱きしめるような恰好で頭を撫でてしまっていたことにようやく気づいて慌てて先輩の肩を押し戻す。

 恐る恐る視線を下げれば、Subとしてコマンドを受けた先輩の表情がふにゃりと緩くなる罪悪感が半端ない。
 はあ、こんなの知りたくなかった。

「っ、その、マナーみたいなものですので」
「そうなのか? なら……なおのこと、ちゃんとしてくれてありがとな?」
「はは……恐縮です」

 それに、これはDomにとっても必要なことなので――とは喉元まで出かかったが少し迷って飲み込んだ。
 本当にこの人はお人好しというか、なんというか。
 結果的とはいえこの無駄に近い距離からの明らかに気の抜けた上目遣いもあいまって、つられて気が抜けて調子が狂う。

「そう、おれも調べてみたんだよ。ドムとかサブとかってさ」
「へえ」
「いやさ、おれがサブだってのは信じらんねえけど、お前のアレ・・ですっげえ身体軽いんだからマジなのかなって。マッサージ屋も、そういうことなんだろ?」
「まあ、そうですね」

 はあ、いきなり公共の場で話し出すデリカシーの無さはいただけないが、そういえばこの人、いろいろ残念なだけで仕事はできる人だったなと今更ながら思い出す。

「でさあ、病院もどこ行きゃいいのか全然わかんねえし、ちょっと調べた有名なところは予約も取れそうにねえし。だからさ……また、確かめさせてほしいっつうか……」
「はあ……なるほど? でも、確かめるまでもないですよ」

 言いたいことはわからないでもない、だけどもうこれ以上はあり得ない。

「それに、病院ならあの日チラシをお渡ししたはず……って、そうですね。あの状態なら覚えてなくても無理はないですね」

 確かに先輩は前後不覚状態で、仕方ないので鞄にチラシをねじ込んだ。
 先輩が鞄の整理はしないタイプだと今理解したが、俺はできることをやったしそこまで考慮してやる義理はない。だがその結果に頭を抱えることになるなんて……いやこれ俺は悪くないと誰か言ってほしい。

「まじか……すまん、じゃあそれ見て電話してみるわ」
「そうして下さい」


『こないだ、ありがとな。それで……お前さえよければ、またやってくんねえかな?』
――なんて、顔を合わせて早々いきなりそんな結論だけの剛速球が来るなんて聞いてないし、絶賛自己嫌悪真っ最中だったってのに、こっちの身にもなってほしい。

「本当ですよ。無防備にも、ほどがあります」
「や……おっさんに無防備もあるかよ」
「僕は別にいいですけど、無闇に……、っ」
「ん?」

 待て、俺は今、なにを言いかけた?
 いや、あり得ない、俺はただ、先輩が無防備すぎて心配なだけで。
 そう、特別俺だけがそう思ってるわけじゃない、ほかのDomに聞けば絶対に無防備判定になるはずだ。だから俺以外のDomに会うのは危険――そう、そういうことだ。


「ま、最悪またマッサージ屋に行きゃあ」
「それはだめです」
「え……だめなのか」

 思わず食い気味に声が出たが、いや、それはそれでダメだろう。

「でもさ、相性のいい相手を探すのって大変なんだろ? だったらマッサージ屋に金払ったほうが手っ取り早そうだしな」
「それは……そうですけど」 
 
 あんなもの怪しすぎてだめなものはだめなのだが、そう言われてしまえば咄嗟に先輩を納得させられそうな理由が思い浮かばない。

 ああ、もう。


「先輩、やっぱり僕が教えてあげます」

 そう、俺はただ日頃から世話になっている先輩のことが心配、それだけだ。

「……え? いいのか」
「ええ、先輩にはお世話になっていますしね」
「まじか、助かるぜ。ありがとな」
「とんでもない」

 そうだ、絶対にそれ以上の意味もない。
 だから――

「先輩、僕の言うこと、ちゃんと聞いて下さいね」
 
 ――支配の意思を持って、Subにグレアを向けるのは何年振りだろうか。

「おう。よろしくな」

 ――だから、そういうとこですよ。

「ん? おかしいか?」
「……いえ。先輩は、それでいいんです」
「へへっ、そうか? まあ頼むわ」
「は……」

 その緩み切った表情は、素なのかあるいはグレアが効いているのか。
 いずれにしても、それはDomとしての衝動を疼かせるには十分すぎる代物だった。


「セーフワード、決めましょうね」
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