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本編
8.Subの感情
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※主人公視点
◆
これが「執事」――――
ジャンと名乗る研究員と言葉を交わしたあの日から、おれは彼を信じて頼ると決めた。
そして、あれよあれよという間におれ自身の処遇が決まり、彼の私物として自宅に引き取られた。
そして、彼の自宅で自分以外の執事――ルーカスと初めて対面した。
同じ人間のはずなのに、何かが違う執事という存在を何と表現すればいいのか言葉にならない。
かつて自分もこのルーカスのように、なんの感情も抱くことなく忠実に仕えていたのだろうか。
自分は果たしてどんな存在だったのだろう。
これまでのことはあまり覚えていないし、「執事」であった頃の記憶も朧げで。
ただ、身に覚えはないのに心身がボロボロだったという事実が、どうやら自分が執事だったらしいということを裏付けている、それだけだ。
自分がどんな執事であったのかは今となってはわからない。
ただ、ボロボロにされるような扱いを受けていたということも、あるいは彼のように誠実な主人に仕えていた可能性があったとしても、自分の意識の中には何も残っていないという事実に背筋が寒くなる気がした。
***
彼の専属執事であるルーカスは、少し自分に似ているような気がした。
もしかしたら……彼の執事に似ている自分のことを、放っておけなかったということなのか。
そして毎日世話をしてくれるうちに、きっと情が移ってしまったに違いない。
そう考えてみると、確かに辻褄が合う気がした。
「ルーカスが望むのならば解放してやりたい。ただ、果たしてそれが彼のためなのかわからない」
彼は、元「執事」としてのおれに問いかけた。
確かにおれを回復させた彼ならば、そんなことも実現できてしまうに違いない。
彼の手にかかれば「執事」の解放も夢ではない。
ただ、今の社会の仕組みのままならば。
なにも感じず主人に仕えてそのまま一生を終えられていたのなら、それはある意味幸せだったのかもしれない。
おれは運が良かったのかそれとも悪かったのか、結果的に解放されて世話までされて。
だけどもしもすべてのSubたちが解放されて、それからどうやって生きていけるというのだろう。
現に自分は、一体どうやって生きていけばいいのだろうか……うまく言葉にできないが、ただただ怖くて仕方ない。
おれは言葉を絞り出しながら、ぽつりぽつりとそう応えることしかできなかった。
「僕がいるから、きみはもう怖がらなくていいんだよ」
そっとおれのすぐ隣に腰掛けて、子どもをあやすように、ふわりと髪を撫でられる。
優しい彼の視線に不思議と安心感を与えられて、張り詰めていた身体の力がふっと抜けていく。
「ありがと…………
言い終わる前に、その言葉は唇で掠め取られていった。
「はぁ…………ようやくきみが、無防備になってくれたのが嬉しくて…………余裕なくて、ごめん」
一瞬だけ温かさを与えられた唇が離れていくのが寂しくて。
おれだって、こんなに優しくされたらもっと欲しくなるに決まってるのに。
おれは軽く首を横に振ってから彼と向き合えば、熱の籠もった視線にじわじわと何かが満たされる。
もっと彼に触れたくて、目を閉じてもう一度彼の唇を受け入れたあとはもうお互いに止められなかった。
「ルカ……夢みたいだ……」
「ぁ……ん…………」
既に彼の体温に包まれながら舌を絡めているだけで蕩けてしまいそうなのに。
耳元でそんな言葉を囁かれると、ゾクゾクしてさらに頭が真っ白になりそうだ。
「ああ、もう僕のほうが限界だ」
ぴったりと触れ合っていた身体を一度離して、真剣な表情でおれを見つめる。
「無理だと思ったら、止めていいから」
「無理じゃ、ない…………」
「それでも、きみはSubで、Domの僕には逆らえないから……おまじないだと思って覚えておいて」
「ん…………」
「『 』」
Subのおれに彼を止める権利を与えるなんて、どこまでも気のいい優しいDomだな。
おまじないの言葉が囁かれ、ゆっくりと言葉が紡がれた。
「Look…………」
◆
これが「執事」――――
ジャンと名乗る研究員と言葉を交わしたあの日から、おれは彼を信じて頼ると決めた。
そして、あれよあれよという間におれ自身の処遇が決まり、彼の私物として自宅に引き取られた。
そして、彼の自宅で自分以外の執事――ルーカスと初めて対面した。
同じ人間のはずなのに、何かが違う執事という存在を何と表現すればいいのか言葉にならない。
かつて自分もこのルーカスのように、なんの感情も抱くことなく忠実に仕えていたのだろうか。
自分は果たしてどんな存在だったのだろう。
これまでのことはあまり覚えていないし、「執事」であった頃の記憶も朧げで。
ただ、身に覚えはないのに心身がボロボロだったという事実が、どうやら自分が執事だったらしいということを裏付けている、それだけだ。
自分がどんな執事であったのかは今となってはわからない。
ただ、ボロボロにされるような扱いを受けていたということも、あるいは彼のように誠実な主人に仕えていた可能性があったとしても、自分の意識の中には何も残っていないという事実に背筋が寒くなる気がした。
***
彼の専属執事であるルーカスは、少し自分に似ているような気がした。
もしかしたら……彼の執事に似ている自分のことを、放っておけなかったということなのか。
そして毎日世話をしてくれるうちに、きっと情が移ってしまったに違いない。
そう考えてみると、確かに辻褄が合う気がした。
「ルーカスが望むのならば解放してやりたい。ただ、果たしてそれが彼のためなのかわからない」
彼は、元「執事」としてのおれに問いかけた。
確かにおれを回復させた彼ならば、そんなことも実現できてしまうに違いない。
彼の手にかかれば「執事」の解放も夢ではない。
ただ、今の社会の仕組みのままならば。
なにも感じず主人に仕えてそのまま一生を終えられていたのなら、それはある意味幸せだったのかもしれない。
おれは運が良かったのかそれとも悪かったのか、結果的に解放されて世話までされて。
だけどもしもすべてのSubたちが解放されて、それからどうやって生きていけるというのだろう。
現に自分は、一体どうやって生きていけばいいのだろうか……うまく言葉にできないが、ただただ怖くて仕方ない。
おれは言葉を絞り出しながら、ぽつりぽつりとそう応えることしかできなかった。
「僕がいるから、きみはもう怖がらなくていいんだよ」
そっとおれのすぐ隣に腰掛けて、子どもをあやすように、ふわりと髪を撫でられる。
優しい彼の視線に不思議と安心感を与えられて、張り詰めていた身体の力がふっと抜けていく。
「ありがと…………
言い終わる前に、その言葉は唇で掠め取られていった。
「はぁ…………ようやくきみが、無防備になってくれたのが嬉しくて…………余裕なくて、ごめん」
一瞬だけ温かさを与えられた唇が離れていくのが寂しくて。
おれだって、こんなに優しくされたらもっと欲しくなるに決まってるのに。
おれは軽く首を横に振ってから彼と向き合えば、熱の籠もった視線にじわじわと何かが満たされる。
もっと彼に触れたくて、目を閉じてもう一度彼の唇を受け入れたあとはもうお互いに止められなかった。
「ルカ……夢みたいだ……」
「ぁ……ん…………」
既に彼の体温に包まれながら舌を絡めているだけで蕩けてしまいそうなのに。
耳元でそんな言葉を囁かれると、ゾクゾクしてさらに頭が真っ白になりそうだ。
「ああ、もう僕のほうが限界だ」
ぴったりと触れ合っていた身体を一度離して、真剣な表情でおれを見つめる。
「無理だと思ったら、止めていいから」
「無理じゃ、ない…………」
「それでも、きみはSubで、Domの僕には逆らえないから……おまじないだと思って覚えておいて」
「ん…………」
「『 』」
Subのおれに彼を止める権利を与えるなんて、どこまでも気のいい優しいDomだな。
おまじないの言葉が囁かれ、ゆっくりと言葉が紡がれた。
「Look…………」
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