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昂輝の恋
幼い恋心と
しおりを挟む高校の入学式、親友の新入生代表の挨拶だけ、聞いた。あとは、気もそぞろ。
視界はくまなくチェックして。ようやく、首を不自然じゃない程度に回せるところで彼女の姿を見つけた時には胸が高鳴った。やっと同じ空間に居られる。それがたった一年間だけだったとしても。
小学四年生の時、水樹と出会った。母の開いている音楽教室に彼女はやってきた。二つ上の彼女は細身のジーンズに黒い大きなトレーナーをだぼっと着ていて、それがすごく大人に見えた。
ピアノ教室に来る生徒は幼少期から習い始める子か大人になって趣味で弾く人が多かった。彼女のように六年生から習うのは珍しい。田舎の小さな教室ではあったせいもあるが生徒はみんな顔なじみで、同級生も何人かいた。そのせいか新しく入ってきた彼女はやけに新鮮に見えたし、輝いてた。
ネットの動画で見た弾き語りにとても感銘を受けたと話す彼女は、自分でも弾けるようになりたいと言っていた。
母のピアノ教室は、コンクール等を全く目指さない、緩く楽しく、の教室で遅く始めた彼女も気後れすることなく通えた。彼女の同級生もいたし、通っている子も同じ小学校の子が多い。とはいっても皆が顔を合わせるのは発表会の時くらいで、あとはレッスンの前後に合うかどうかだったから特に問題ない。彼女のレッスンは金曜日の最後。帰りは彼女の家族が迎えに来る。殆ど母親が車で迎えに来たが、たまに高校生の兄が家の外の電柱に寄り掛かって待っていることもあった。
俺とも合間合間にぽつりぽつりと話すようになって、学校でも顔を合わせば話すとまではいかないけれど、挨拶ぐらいは交わすようになったし、周りに誰もいない時は昂輝の方から声を掛けて、それなりに相手をしてくれるようになった。
そう、相手をしてくれるのだ。
対等には扱われない。弟のような存在。
高校生の兄がいるせいか、彼女は大人びていた。周りがわちゃわちゃふざけているときも達観しているというか、クールというか。生来持った性格もあるだろうが、昂輝にはそれが格好良く見えた。
「なあ、水城」
レッスンが終わって水城が迎えを待っている間、昂輝は話しかけた。先ほど母親から連絡が入って、迎えに来るのが十分程遅れるという。そういう時、チャンスとばかりに話しかける。たまの機会を得るためだけに、金曜日のこの時間はなるだけ出掛けないようにしていたし、水樹のレッスンの音を聴いていた。聴くために家にいたと言ってもいい。
「なに?」
「お前また、同級生に告られたって聞いた」
「よく知ってるね」
「あいつ、イケメンじゃん。自分が振られるとは思ってなかったんだろ。大騒ぎしてた」
「……そういう幼いのが嫌なんだよね」
「そういうこと言ってたら、誰とも付き合えないじゃん」
「今はね」
「それ、どういう意味だよ」
「そのままの意味。なんで小学生のうちから誰かと付き合わなきゃいけないの?」
「水樹はモテるじゃん」
「それとこれとは別でしょ」
「……そうなんだ」
幼い俺は水樹が誰とも付き合う気がないのだとわかって、安心した。ただ安心したのだ。カッコいい水樹が誰かのものにならないんだという、ただそれだけ。幼い俺は自分の恋心にも気づいていなかった。
「それを言うなら、昂輝もモテてんじゃん」
「え?俺?いや全然」
「気づいてないんだ。四年女子は昂輝派と悠一派って感じじゃん。六年の女子も二人のこと可愛い~っていってるよ」
「えー、マジで。悠一はわかるけど、俺は女子とあんましゃべんないしな」
「実はおしゃべりなのにね」
「水樹もだろ」
「そうかな?昂輝は弟みたいだからかな。男兄弟に慣れてるから話しやすいのかも。ピアノや音楽の話もできるしね」
水樹が教室に入ってきてから、昂輝は音楽系の動画をあさり始めた。レッスン前後に水樹は昂輝の母である先生に、今嵌っている動画やアーティストの話をして帰る。その情報を母からさりげなく聞き出して、昂輝も懸命に見た。そして水樹と音楽の趣味が合う体を装った。そしてこれが昂輝の音楽の礎となったのだ。だけど水樹はそんなこと、知らない。
水樹が中学に上がると昂輝との接点は、音楽教室しかなくなった。
水樹は昂輝の想いなんて知るわけもなく、相変わらず飄々と過ごしているようだ。変わらない水樹の様子に安心するものの、自分が小学生の子どものままでいることにいら立ちを覚える。だけど年齢が追いつくことは永遠に叶わないのだから、せめて早く大人になりたい、そう思っていた。しかし、自分が何故そうも苛立っているのか、初めは全くわからなかった。だけど、颯爽としている水樹が格好よくて、ドキドキと胸の鼓動が早くなって、そのうちに会えない日が苦しくなって、それが恋っていうやつなんだとようやく気付いた。
なのに音楽教室で会う水樹は変わらず昂輝を弟扱いで、だけどその分距離は近くって。
だがそれがジレンマを生む。いつまでたってもこの立ち位置は変わらないんだろうことは子どもだからこそわかっていた。だって自分は本当にガキだった。水樹に寄せてる想いだって、こんなのきっと淡い初恋でしかない。なんとなくいいなぁって思って、見ているだけで幸せで、ただ好きって思っている感情で溢れてて、想い合ったその先に何かがあるなんてそんなこと知らない、幼い恋。
だけど、昂輝は水樹のことを想っているそんな時間が大好きだった。
昂輝が中学に上がる頃、水樹はギターも始めた。音楽教室と銘打っているのだが、ピアノと声楽が中心の教室だった母に相談した水樹は、結果レッスン後や休みの日にギターを教えてもらうこととなった。昂輝と共に。
いまどき動画で探せばいくらでも弾き方講座なるものはみつけられる。だけど、自分の疑問にピンポイントで答えてくれるものは探すのに苦労する。そういうと「なら昂輝に教えているときに一緒にやろうか」と昂輝の母は提案したのだ。
昂輝はピアノは幼稚園生のころから習い始め、ギターは四年生の頃から始めた。勿論、水樹と出会った後だ。水樹がカッコいいと思う男の人は、きっとギターとかトランペットとかうまい人に違いない、という昂輝の思い込みが向かわせた結果だ。
母親に教えてもらえるのは、ピアノとギター。父親はギターとドラム。ピアノ以外は趣味の範囲だが、昂輝にはそれで十分だったし、楽器を購入しなくてもいいというのはかなりいい。
母親もピアノはあまり熱心ではない昂輝がギターを意欲的に習うことが嬉しかったし、我が子と過ごす時間が楽しかったから殊更丁寧に教えた。そしてそれを吸収する昂輝に喜びを見出した。
惜しむらくは子どもの小さな手。両親は子供用のギターの購入を考えてくれたようだったが昂輝の滑らかに動く指にこのままの方がいいのかもと思ったらしい。変なプライドだけは高い昂輝も子供用のギターをあてがわれていたらやる気が半減していたかもしれないから、両親の選択は間違いなかった。だって昂輝は、早く大人になりたいのだから。
そうしているうちにかっこいい男になるつもりが、いつしか音楽の楽しさを知り真剣に向かうようになっていた。水樹とたまに連絡とりつつも、友達と弾き合うリズムに会えない時間を埋めて行った。
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