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裕一郎の春
出会い
しおりを挟む自慢じゃないが、俺は恋をしたことがない。
いままで可愛いなと思う娘がいなかったわけじゃない。
だけど、みんなでいるときはニコニコ可愛い子ぶっているのに、裏では悪口言っていたり嫌がらせをしていたりする女子の様子を見てうんざりした。
裕一郎には歳の離れた姉がいる。小さい頃は非常に姉になついていた。だが裕一郎が大きくなるにつれて、ただただ溺愛してくれていた姉が、溺愛と横暴を繰り返すようになる。
気分でめちゃめちゃ可愛がったり、理不尽な命令をしてきたり。姉という強者に振り回されるのはいつだって弟なのだと幼心に知ったのだ。
それはちょうど裕一郎が思春期に入った頃、姉は今の旦那様である彼氏を家に連れてきた。
彼氏の前でキラキラする姉の、普段の家での様子との違いに驚いたし、心底うんざりした。甘ったるい声と媚を売るような視線。これが女なのかと鳥肌が立った。
世の中にはもちろんそうではない女性もいることはわかってる。姉のその様子もそれだけ見ていれば仕方のないことだと思えたことだろう。だが、タイミングが悪かった。
小さな頃から仲が良かった夏樹が、茉莉花をかばってキモオタの称号を得たのだ。
茉莉花は、さばさばした性格とゲームが大好きなことから悠一や夏樹と仲が良かった。イケメン昂輝の硬派な態度とは違って、性格も柔らかく運動も勉強もできるイケメンな悠一は、人当たりも良く女子ともフレンドリーだった。その悠一と距離の近い茉莉花は、女子からの妬みつらみを受けて嫌がらせを受けたのだった。
それを一言でぶった切った夏樹は、格好が良かった。
だが一方で、裕一郎は茉莉花が許せなかった。
夏樹がかばった後、悠一も茉莉花とほどほどに距離を取ったおかげで、ずっとクラスの中心で笑う茉莉花。夏樹を踏みにじってまでもその立場がそんなに良いものだなんて思わなかったし、優しくて明るくてみんなから好かれる茉莉花が俺には好ましいものだと全く思えなくなった。
学校で全く口をきかないくせにSNS上でこっそりとつながっている茉莉花が腹立たしかった。
女子にうんざりした。
******
いつものように放課後は店の手伝いをする。親父が経営しているカフェのバイトだ。
気づいたらいつの間にか家の手伝いがわりにやっていて、高校に入る前には小遣いがわりにバイトとして皿洗いだけじゃなくウェイターもこなすようになっていた。
自営業だから当たり前だが、休みはほとんどない。年に一度、家族揃って一泊二日ほどの旅行に連れてってくれることが親父の精一杯の家族サービスだった。
食事は、厨房でまかない食を食べる。これも日常だ。母さんは店の手伝いのほかに近くにパートで出ていて、親父の作る料理が我が家の食事だったし、家庭料理だった。常連さんもいたし味もそれなりに美味しいらしく、俺が中学に上がった頃には店内を改装しおしゃれな洋食屋から小洒落たカフェに転向した。家族経営の店は、姉が大学で家を出て一人暮らしを始めてからは、俺がバイトを引き継ぐ形だった。
元々夏樹と同様に人見知りで、家で一人オンラインゲームで遊んでるのが楽しい人種だったから、家の手伝いで放課後や休みを奪われることも不自由なく、却って時間の融通がきく手伝いはありがたかった。店が終わってからの夜、友達とオンラインでつながるのは楽しかった。
周りが彼女ができたりとかそんなのは自分とは無縁と、野郎と馬鹿なおしゃべりをしながら戦闘に明け暮れる日々だった。
******
その日は地域の公立中学の卒業式だからか店は余計に賑わっていて、裕一郎の卒業祝いは厨房でちょっと豪華なまかないを食べて終わり。「おめでと」と皿を父さんが差し出して、食べてる最中に母さんが「おめでとう」とポンと肩をたたきながら横を通り過ぎた。日常だ。
店にやってくる客が家族で「卒業おめでとう!」とグラスを合わせるのを横目にいつも通りバイトに励んでいた。
その中の一組、いつもはたまに一人で昼休みに来てランチを食べるおっさんが、家族を伴ってやってきた。例に漏れず「卒業おめでとう!」と祝っている。
「お父さん、いつもこんなに美味しいお店で食べてるの、ずるいな~」
「たまに、だ、たまに。頑張った時とか、頑張らなきゃいけない時、ここのスペシャルプレートが堪らなく美味い!」
「お父さん、カロリー大丈夫?心配だよ」
「娘に心配されるなんて嬉しいわね、あなた」
「ぼくもぼくも、お姉ちゃんだけじゃないよ、ぼくもお父さんの心配してる!だからぼくがそれ食べてあげる」
「もう、食いしん坊なんだからー。お姉ちゃんのをあげるよ」
「やったー。さっすがお姉ちゃん、ありがとう!」
「あおいはいつも優しいなぁ」
「本当にそうね。思いやりのあるお姉ちゃんに育って、嬉しいわ」
「ああ、自慢の娘だ」
「もう、おかずひとつでそんなに褒めたら恥ずかしいよ。子どもじゃないんだから」
「じゃあ、褒美にこれをやろう!」
「きゃー、やめてよっ、お父さん!プチトマト嫌いなの知ってるでしょ~」
楽しそうな家族の会話が聞こえてくる。仲がいい家族なんだな、とほほえましく聞いていたけれどもお姉ちゃんと呼ばれた女の子の姿を見てその考えはきれいに飛んでいった。
芯の強そうな瞳にすっきりとした顔立ち、控えめな服装に柔らかな微笑。
見入ってしまった自分に、自分自身驚いた。だけど、と自分で打ち消す。
どうせこんなおとなしそうな顔をしてたって性格悪いんだろ、思いやりのあるお姉ちゃんを演じているだけなんだろうと。
俺は最低な性格のひねくれた思春期の男だった。
その後もその家庭の雰囲気は暖かく終始なごやかで、漏れ聞こえてくる声も柔らかく笑い声が絶えない。だけどそれですらどうせ作られたものなんだと勝手に思い込んだ。
会計の際、父親である常連のおっさんがいつも通り「今日もおいしかったよ、また来るね」そう言って笑顔で支払いを済ませる。
その後、父親の影に隠れるようにいた彼女は控えめに笑って「おいしかったです。ごちそうさまでした」そう言って夜の闇に吸い込まれるように消えていった。朗らかに「ごちそうさまでした!」と言って姉ちゃんの後を追いかける弟が微笑ましかった。
そして春休みのある日、その女の子はこれからランチに差し掛かると言う時間に一人、ふらりと店に現れた。
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