【本編完結】それを初恋と人は言う

中村悠

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裕一郎の春

春休み

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 この前の晩と同じようにアイスティーを頼んだ彼女は、それから三十分ほど本を読み時間を過ごした。十二時を過ぎたあたりで彼女の父親がやってきて彼女の前に座るとランチメニューを二人分頼んだ。この間の夜の状況と何ら変わることなく、父親と二人きりであっても楽しそうに笑いおしゃべりをし、おいしそうに食事をとる。
ついつい盗み見て、盗み聞きもしている自分にはっとする。

(いやいや、いま店、そこまで大忙しってわけじゃないからな、余裕があるからつい様子を見ちゃってるだけだし、っつか、この間の晩と同じアイスティーを頼んでいることに気付く俺、キモいわ)

 一人毒づくが、それすらもキモい。

 食事が終わるとおっさんはレシートを握り締め、一人だけ席を立った。レジでいつものごとく「うまかったよ、ごちそうさま」と言って支払いをすます。俺が彼女のいるテーブルに視線を動かすとおっさんは、ああ、と「娘はもう少しいさせてやってくれ」とにこやかに言った。食後のデザートとアイスティーを前に、彼女はまた一人で静かに本を読み始めた。
 それから一時間ほど店内で過ごし
「おいしかったです。ごちそうさまでした」
控えめな笑顔でそう言って彼女は店を後にした。



 それから春休みの間にもう二度、彼女はうちの店に訪れた。


 一度目は一人でおやつタイムを過ぎた夕方にやってきて、デザートとアイスティーを飲んでのんびりと過ごしていた。

 (服装は相変わらず控えめで、好感が持てる、ん?好感ってなんだ!服に騙されるな、見た目じゃ、人はわからないんだからな!)


 だけど。

「今日は、一人なんですね」

 俺は思わず、そう声をかけていた。


 (いや、これはアレだ。彼女の人柄を試すためのものであって、決しておしゃべりしたいからとか、興味があるとかでは断じて無い!)

 ん?そもそも、なんで試す必要あるのかな?

 俺のうるさい脳内に当たり前だが気付く様子も無く、彼女は本から視線をあげると柔らかく微笑んだ。


「はい。今日はこのままここで夕ご飯まで頂いていこうかと思ってます。あの、長居したら迷惑、です、か?」

「まさか、店は空いてるし。お茶してデザート食べて、夕ご飯まで食べて行ってくれるお客様は、神様でしょ」

「でも、夕ご飯もわたし一人きりなんです」

「一人ご飯の客は、珍しくもなんともないよ」

「そっか、そうですね。ありがとうございます。母と弟が出かけてて、父は会食の予定が入っていて。終わったら父と一緒に帰る事になっているんですけど。両親が心配症で」

「優しい親なんだね」

「もう高校生になるのに恥ずかしいです」

「大事にされるのは悪いことじゃない。…邪魔して悪かったね。じゃあ、夕飯頼む時は呼んでください」

「あ、ごめんなさい、いっぱい喋っちゃって」

「全然大丈夫。どうぞ、ごゆっくり」


 彼女は微笑んで、また本に視線を移した。
夕方、店に人が入り始めたころ俺は呼ばれて、オーダーを取る。食事を運び届けて二言三言、どうでもいい会話をしてその場を離れる。おしゃれな会話も出来ない気の利かない男だと思われたことだろう。
 料理に目を輝かせて美味しそうに食べる彼女を遠くから眺めている自分に気づいて、やるべき仕事を探す。あんな風に嬉しそうに笑うのも作り笑いに決まってるだろと頑なに自分自身に言い聞かせる。
 帰りにレジで「美味しかったです」とふわり笑う彼女も、俺みたいに心の中は真っ黒なのかなと思わず小銭を握りしめてしまった。





 二度目は春休みも終わりのもうすぐ高校の入学式という時、友人だと思われる女の子を伴って彼女はまた店に訪れた。互いに軽く会釈だけすると後は、無言で接する。


 だけど、視線はつい彼女を追ってしまう。
友人と楽しそうに笑う彼女を見てほっとしている自分。服装も今までと変わらない雰囲気で、外見上は使い分けしている感じも無い。

 彼女の様子は、先日家族と過ごしている様子とあまり変わらないように思う。笑顔も話す声のトーンも、口調も表情も。
 穏やかで柔らかい話し方に時折友人からツッコミを入れられるのか、話のテンポが速くなったり、黙り込んだりしているようだけれど、見ていて微笑ましいと感じさせるものだった。そう、微笑ましいのだ。

 その時になって、彼女が表裏のない優しい女の子であることを望んでいる自分がいることに気づいた。


(そう、これはきっと、良いお姉さんってものに憧れているんだな、きっと!良いお姉さんに俺は飢えているんだ)

 自分自身を納得させる考えが浮かんで安心する。



 二人で楽しそうに食事を済ませしばらくおしゃべりした後、「じゃあね」と友人だけが店を後にした。
 一人になった彼女に声を掛けられてオーダーをとる。紅茶のおかわりだ。

「長居しちゃってすみません」

 少し申し訳無さそうに目を伏せる。


「満席じゃなかったら、ずっといたって大丈夫ですよ。閑散としているよりは誰かがいた方が店にとっては良いし、それに今日は一人集客してもらっちゃったし」

 俺の言葉に彼女は、ふふと笑った。

「まあ冗談だけど、でも混んでなきゃ気にしないで良いよ。ちゃんと注文してくれてるんだし。俺の友達なんて、ハーブティー一杯で粘り続けることもあるよ」



 幼馴染の様子を思い出して俺は、ニヤリと笑った。






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