32 / 33
裕一郎の春
高校生活の始まり
しおりを挟む入学式、彼女の姿を探した。
だが、いない。
店で読んでいた本のタイトルから、偏差値がそんなに低い高校ではないだろう事は推測できた。市内であるなら同じ高校に進学したのではないかと淡い期待を寄せていた。
だが、いない。
馬鹿な俺は大勢の新入生に埋もれて見つけられなかったのかもしれないという期待を捨て去ることは出来なかった。
期待???
なんじゃそりゃ。ああそうそう、良いお姉さんかもしれないっていうね、そういうやつね、うんうん。
自分への言い訳がどんどん酷くなっているのはわかっている。だけど、自衛だ。好意を認識した後に彼女が陰険な女だと知ったら、立ち上がれない。
******
「入学おめでとう!」
夜、店で家族から祝われる彼女の姿があった。
「それにしても、この店、だいぶ気に入ってくれたようで嬉しいな」
「パパったらうれしそうね。そうよね、私の手料理よりもこの店のほうがいいなんて言うんだもの」
「そんな言い方してないじゃない。何が食べたいかって聞かれたからこの店を言っただけでしょ。ママの料理だって美味しくて大好きだよ」
「お姉ちゃん、僕もここのお料理大好き!おいしいよね」
「ねー!パパに連れてきてもらって本当によかった」
漏れ聞こえてくる会話が俺は心底嬉しかった。誰かが何かの記念やお祝いに親父の店を選んでくれる事は、これ以上ない誉だ。
その日は他にも入学祝いのため家族で訪れる客で店は大忙しで、もちろん彼女の家の様子だけを見ていると言うわけにもいかなかったが、それでもなるだけ彼女の情報を集めようと動いている自分に気づいた、気づいてしまった。
沢山の客と仕事を捌いているうちに、その日もいつも通りおっさんは「うまかったよ。ごちそうさま」と言って店を出て行った。その後、彼女もまたいつもと同じように控えめに微笑んで「美味しかったです。ごちそうさまでした」とにっこり笑って帰って行った。
******
学校に行くと毎日、彼女の姿を探した。だけど見つからなかった。
そんな毎日が一週間ほど続いたある日の放課後、彼女が店にやってきた。ここで友達と待ち合わせだと言った。
「高校が離れてしまって」
そう言って彼女は寂しそうな表情を浮かべた。
「でも高校生の良いところはこうやってカフェでおしゃべり出来るところ」
そう言って微笑んだ。
「俺の友達なんて小学生の頃から、うちの店に居座ってるけど」
「それは、お友達だから、でしょ、えっと、その」
「ああ、裕一郎、俺の名前」
「裕一郎、くん…。あ、わたし、あおい、葵っていうの」
「葵ちゃん…、よろしくね」
そのまま、うちの店にやってくる俺の幼馴染達の話をした。葵はにこにこと聞いていたが、時折笑いを堪えきれないのか、口を手で押さえている。その様子が家族や友人と一緒にいるときと変わらない感じだったので勝手に安心した。
気さくに笑う彼女は制服姿で。どうやら隣の大きな町の進学校のようだ。これで一緒に過ごす高校生活は無いことが確定したらしい。
話しているうちに「お待たせ」と言って現れた友達はと言うと俺と同じ学校の制服を着ていた。
その時になってようやく俺は、彼女のお友達の顔をよく見ていないことに気がついた。向こうは俺が同級生だと知っているようでこの間は挨拶をすることもなかった彼女の友達が、ペコリと頭を下げた。俺も同級生ならばと同じように頭を軽く下げた。
二人はおしゃべりを楽しんだ後、一緒に揃って店を後にした。いつも通り「おいしかったです。ごちそうさま」そう言って店を出て行った。
次の週にも彼女は制服姿で店にやってきた。「今日は一人なんだ」と言ってテーブルに課題を広げた。読書を邪魔するのは気がひけるが、課題だと少しはおしゃべりしても許されるんじゃないだろうかと訳の分からない理屈を脳内で展開し、アイスティーを運んで行きながら、葵に声をかけてほんの少し話をした。ころころと笑う彼女だが、弟に向けているものと同じ微笑みを向けられて、俺は少し複雑な気持ちになった。
******
あの日、店で夏樹や悠一達と盛り上がったあの日、
彼女もまた友達と二人で訪れておしゃべりしていた。
彼女が店にやって来たのはわかった。夏樹達と盛り上がっていたけれど、視線で「いらっしゃい」の合図は送ったつもりだ。彼女もわかったのだろう。微笑んで、その後は友達との会話に集中しているようだった。
夏樹達が帰ったら葵のところに顔を出そうと思っていたけれど、そのまま夕ご飯をみんなで食べることになって。
気づいたら、葵は帰ってしまっていた。
そして、葵は店に来なくなってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた
夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。
数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。
トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。
俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
SSS級の絶世の超絶美少女達がやたらと俺にだけ見え見えな好意を寄せてくる件について。〜絶対に俺を攻略したいSSS級の美少女たちの攻防戦〜
沢田美
恋愛
「ごめんね、八杉くん」
中学三年の夏祭り。一途な初恋は、花火と共に儚く散った。
それ以来、八杉裕一(やすぎ・ゆういち)は誓った。「高校では恋愛なんて面倒なものとは無縁の、平穏なオタク生活を送る」と。
だが、入学した紫水高校には《楽園の世代》と呼ばれる四人のSSS級美少女――通称《四皇》が君臨していた。
• 距離感バグり気味の金髪幼馴染・神行胱。
• 圧倒的カリスマで「恋の沼」に突き落とす銀髪美少女・銀咲明日香。
• 無自覚に男たちの初恋を奪う、おっとりした「女神」・足立模。
• オタクにも優しい一万年に一人の最高ギャル・川瀬優里。
恋愛から距離を置きたい裕一の願いも虚しく、彼女たちはなぜか彼にだけ、見え見えな好意を寄せ始める。
教室での「あーん」に、放課後のアニメイトでの遭遇、さらには女神からの「一緒にホラー漫画を買いに行かない?」というお誘いまで。
「俺の身にもなれ! 荷が重すぎるんだよ!」
鋼の意志でスルーしようとする裕一だが、彼女たちの純粋で猛烈なアプローチは止まらない。
恋愛拒否気味な少年と、彼を絶対に攻略したい最強美少女たちの、ちょっと面倒で、でも最高に心地よい「激推し」ラブコメ、開幕!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる