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第七話 文明の利器

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 おじさんは数日分の代金をまとめて支払った宿屋の一室で落ち着く。テーブルと椅子にベッドがあるだけの簡素な作りで、リディスは隣の部屋で休んでいた。

 歩きっぱなしだったために疲れはあるが、まだまだ行動しなければならないことだらけ。しばらくの拠点を宿に、収入の目処が付くまではのんびりできなかった。

 おじさんはベッドに腰かけ横に置いたリュックを見て思案する。いつまでもアダルトグッズを持ち歩くのは賢いとは言えないが、保管する場所が問題だった。

 宿に置くと外出中に誰かが侵入する恐れがある。そして、直前の両替屋で聞いた、ラエフ商会で家屋の販売を行っているという話が頭をよぎった。

 普通の家を買うのが難しいのは承知のうえ。ただ、倉庫に使える小屋程度ならチャンスはあった。金貨の半分は有意義に使えている。もう半分を大胆に使うぐらいは許容できた。

 意味もなく三つの巾着袋を並べたおじさんはリュックの中を覗く。男性器を模したものばかりで、果たして使う機会が訪れるのか。新天地で後生大事に抱えていても仕方がないとの気持ちはあった。

 そこで、ふとリュックの前面ポケット部に意識が向かう。ファスナーを開けて確認すると、長年愛用していたスマートフォンが入っていた。

 文明の利器が出てきたことに一瞬呆ける。アダルトグッズとはまた違い、時代を行き過ぎた道具に手が伸びた。

 画面は綺麗に映り生きているのが分かる。しかし、電波の接続や電池の状況などは黒い線が走って見えなかった。

 ネット環境を必要とするアプリは軒並み動かず、電話もつながらない。ブラウザには開きっぱなしのアダルトグッズ販売サイトが表示されるのみ。

 他のサイトに移るとエラーになるが、販売サイトに戻れば元通り。赤いマークで更新情報を主張するマイページに行くと正常に遷移した。

 残っていたキャッシュの仕業かと思ったおじさんだが、何度も見てきた画面に違和感を覚える。レンタルという項目が新たに追加されていたからだ。

 そこにはアダルトグッズの名称が並び、横で時間のカウントダウンが行われていた。カウントは残り数分で、無視するには不安にかられた。

 何が起こるか待つ前にハッとする。急いでリュックの中身をひっくり返し、散乱したアダルトグッズとレンタル項目が同じことに気づいた。

 かといって先は見通せないままカウントダウンがゼロになる。その瞬間、ベッドの上にあったアダルトグッズが全て消え失せた。不思議は散々経験したが、現実感があるはずのスマートフォンと連動した現象に驚くしかなかった。

 一方で、どこか諦めに似た感情もある。ポジティブに考えればアダルトグッズの保管場所がいらなくなった。残念なのは私物がレンタル扱いになっていたことぐらいだ。

 販売サイトは全てのページが生きており値段表示の部分が金貨、銀貨、銅貨になっている。ネット注文での買い切りもレンタルに置き換わり、完全に仕様が変わっていた。

 試しに銀貨一枚で一日レンタルできるロープを選ぶ。巾着袋から銀貨を一枚ベッドに置いて注文すると、その銀貨が消えてロープが現れた。

 ロープは赤く身体を縛れば映える色合いだ。マイページではカウントダウンが開始される。結局、今は便利に使えればそれでいいと納得するおじさんだった。

「入るわよ」

 ノックもなくリディスが部屋に入ってきた。格好は白いワンピースから黄色の装飾が見られる布と革の防具に着替えている。元々持っていたもので腰にはシンプルな剣があった。

「今後の予定は決まってるの?」

 リディスはベッドの上を一瞥し、椅子に座る。

「そうですね……まずは魔法を覚えてもらいたいです」

 心配事は杞憂に終わった。次は冒険者稼業の前準備として魔法が必要になる。

「なら魔術ギルドに行かなきゃね。加入するのには才能がいるみたいだけど、私にあるんだったら大丈夫なのかしら」

「それぞれ、ギルドへ入るには何かの才能が必須なんですか?」

「場所によって色々よ。冒険者ギルドは自由だったと思う。でも、どこも銀貨五枚ぐらいは加入料がかかるわね」

「複数ギルドへの加入は許されているのでしょうか」

「平気よ」

 なるほどとおじさんは頷く。何かと金はかかりそうだが、初期投資には前向きだった。

「お金に困ったら同室でもいいんだから」

 口をへの字に曲げたリディスが小さく呟いた。

「別に、私も迷惑をかけるつもりはないし。妊娠して奴隷を辞めるなんてバカな真似をね」

 騙されても勉強代は拾った金と、困ったときには甘える心づもりを持つ。同部屋など自制を試されるが、無責任に妊娠させるほど身勝手ではなかった。

「あと、その身なりは変えたほうがいいわよ」

「おかしく見えますか?」

「珍しくて質が良く見えるのが問題ね。両替屋で得をしたのだって、目を付けられたのは同じだし。相手が変な連中だと厄介よ」

 おじさんは一理ある忠告に、ギルドへ行く前に服を見繕うことにした。
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