魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第60話 甘い物をご用意なさいっ!!

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 ヴァレリオ様は私に戦場の厳しさと執念を説明なさいました。確かに一度、長期戦に入ってしまうと人々は例え貧しくても飢えても戦争に耐えることができます。それが5年以上続くことも歴史の中では珍しくありません。
 
 しかし、戦争を続けられない理由は飢えだけではないように思います。私はその事を捕捉します。

「ヴァレリオ様。私は5年以上の戦争が続けられない理由に兵站以外の要素もあると思うのです。
 最初に仰ったように私たちには互いに別勢力の脅威を受けています。人間と魔族だけが敵同士ではありません。
 ここ・・に戦力を集中すればするほど、他の勢力が攻めてきたときにどうしようもなくなるではありませんか。」

 ヴァレリオ様は私の話を全て聞いたうえで反論なさいました。

「ラーマ。他の敵勢力が攻めてくるとしたら、やっぱり5年の後だよ。
 それぐらい疲弊させた方が他勢力は攻めやすいし、なんならもっと後になってからの方がいい。
 そして人間の勢力と我々の勢力に複数の神々がいると知れば、そうたやすく戦争を仕掛けてくるバカはいない。
 私達が人間との戦争をしようと思えるのも、こちらにも神がお味方してくださっておられるからであって、そうでなければ私達は国を捨てて逃げ出すことになっている。」

 (っ!! た、確かに・・・。)
 ヴァレリオ様に指摘されるまで気づきませんでしたが、確かに複数の神が敵にお味方されていると知って戦おうなどと言う選択肢があるのは私たちにも神々が付いてくださっているから・・・。妖精族や亜人の国が銅貨までは未知数ですが、そうそう戦争に乗り出すのは難しいでしょう。

 明けの明星様とアンナお姉様があんまりも普通に接してくださっているから忘れがちなのですが、神がそばにいるって物凄いレアケースなのですわっ!!

 そして、互いの国に神がいるという事実は、私の国の防衛の役に立つものの、それが逆に私の和平交渉を難しくしてしまう原因なのです。
 互いに相手を倒せる力を持っていると思っていれば和平をする理由が無くなってしまうからなのです。

「それにしても・・・。
 人間たちは最初は魔族統一国家エデンの樹立を脅威に思って戦争をしようとしていると思っていたのですが、幾柱の神と契約して乗り込んでくるというのは、どうも戦争を始める理由が変わってきていますね。
 彼らは明らかにエデンを食ってやろうとしています。」

 アンナお姉様も人間の国が神と契約していることが不思議のご様子でした。

「人間たちは一体いつから準備していたのでしょう?
 15年近く小競り合いを続けて、それに勝利し続けたからこそピエトロ・ルーは人間の間で名を馳せていたはず。
 だったら、神との契約は最近の事なのかしら?」

 アンナお姉様は自問自答なさるように呟かれ、ヴァレリオ様もそれに同意します。

「そこが謎なのです。そもそも複数の神と契約していたのなら、いつでも人間たちは覇権を取れたのではないですか?
 どうしてこのタイミングまで人間たちは何も仕掛けてこなかったのでしょう?」

 私もそれを疑問に思いました。

「それは確かに不可思議ですわね。
 私が思うに、きっと人間の国にも平和を望んでいる人がいて攻撃してこなかったという事ではないでしょうか?」

「ラーマの妄言はともかく、本当に不思議なことですね。
 アンナ様。実はつい最近になって神々が人間との契約に応じるようになった可能性は御座いますか?」

「ヴァレリオ。それは難しい事だわ。それに私たち魔神には独自のネットワークがあります。
 私たちはお互いの事を知ろうとしなくても、神同士の情報を得ることができるのです。それは無意識下で送られてくる情報です。
 しかしクーちゃんを襲った神はクーちゃんを知っていたにもかかわらず、クーちゃんは敵が何の神か知りませんでした。
 これも不可思議なことです。
 だから、今はどんなことが起きても不思議ではありませんよ。」

 ・・・ええ~? 私の意見は無視ですかぁ~? 
 もしかして私、面倒臭がられていませんか? 

 少々、心に傷を負ってしまった私ですが、それでも会話に参加しないわけには参りません。もう一度、トライしてみます。

「ですから・・・人間にも和平を望む者がいて、それの者が神々と契約していても戦争を始めようとはしなかっただけなのでは? アンナお姉様も何が起きても不思議ではないと仰っておられますし。」

「ラーマ。うるさい。」「ラーマ。うるさいわよ。」

 うにゅうううう~~~っ!! ふ、二人一緒に否定することないでしょ~~~~っ!!

 私は怒りのあまりにエリザを睨みつけると「今すぐ沢山の紅茶とお菓子をっ!!」と、要求します。
 そうです。この怒りを鎮めるためには、甘いお菓子は必要不可欠なのですっ!!
 私の剣幕にエリザは「は・・・はぁ? お菓子ですか・・・?」と、何度も首を傾げながら退室していきました。
 ふふふ。庶民の彼女・・・いえ、彼にはわからないようですわね。
 
 甘い物こそ、乙女を救うのですっ!!

 クッキーにケーキに恋。乙女を癒す物は甘いものと決まっているのです。特に今日は私、完全に相手にされないとか言うかつてない無礼を味わっています。この無念、屈辱を晴らしてくれるのは、お菓子以外にあり得ませんわっ!!

 そんな私の発言は殿方のヴァレリオ様にも理解できないようで、しばらく私の方を凝視しておられましたが、やがて、諦めたようにため息をつかれて

「場所を変えよう。会議室にラーマやアンナ様の分以外に此度の遠征組の分も用意させよ。
 紅茶用にはちみつもたっぷり用意させるんだぞ。」

 と、ジュリアたちに命令します。命令されたジュリアたちは「ええっ! わ、私たちもですかっ!!」と、大喜びで寝室から出て行くのでした。
 そんな女軍人たちのご様子を不思議そうな目でご覧になっていたヴァレリオ様に私は勝ち誇ったように言うのです。

「御覧なさいませ。
 乙女には甘いものが必要なのです。
 そうして人の心とは立場が違う者同士には理解しにくいものなのです。
 ですから、人間が和平を望んでいないなどとどうしてわかったりできるのですか?」

 決てやりましたわ。私が人の心の分からないアホ娘扱いしたヴァレリオ様に女心をビシッと諭してあげましたのっ!
 そうして私、胸を張って寝室から出て行くのです。その私にアンナお姉様が声を掛けました。

「待ちなさいっ!! ラーマっ!!
 あなたそんなはしたない恰好で外に出るつもりですかっ!!」

 言われて私は初めて自分の姿を確認しました。
 そうなのです、先ほどまで私はアンナお姉様に抱きかかえられたまま移動した衝撃で意識を失い、ヴァレリオ様のお城の寝室で寝かされていたのでした。
 そのために私は軽装なナイトウェア姿だったのでした。別に露出が激しい服装と言うわけではありませんが、ナイトウェアというのは、やはりはしたない恰好なので、乙女がこの姿で城内をウロウロするというのは大問題です。

 私は教えてくださったアンナお姉様に感謝しつつも、少し苛立ってしまい

「チャイナドレス姿のお姉様にはしたないなんて言われる筋合いはございませんけど?」

 何て言い返してしまいました。
 そうです。アンナお姉様はどういうわけか最初は嫌がっていたチャイナドレスを今はすっかりお気に入りで常時チャイナドレス姿です。それも赤、白、青、紫、水色などなど複数を気分によってお着替えされているくらいです。そんなお姉様ですから、私の嫌味にも気に留めるご様子が無く、

「あら? 旦那様もこのドレスがお気に入りなのですわよ?
 乙女のあなたにはわかりませんよね。男と女の秘め事にはこういった服装の方が便利な時があるのです。」

 なんて私を見下して仰るのです。
 ・・・悔しいですが、乙女の私には大人のお姉様に言い返す言葉がありません。完全敗北です。

「では、アンナお姉様。私、着替えますのでお洋服を・・・」

 と言いかけたときにアンナお姉様は顎でヴァレリオ様を差すようにクイッと動かします。
 やられた瞬間、私たちは何のことかわかりませんでしたが、すぐにアンナお姉様の仰りたいことに気が付きかました。

「あの・・・ヴァレリオ様。
 私着替えたいので、どうぞ、お人払いを・・・。」

 私に言われてヴァレリオ様も慌てて「あっ!! そうっ! そうだっ!! アンナ様以外、この部屋から出ろっ!!」と、命令して寝室から出て行かれるのでした。
 そうして寝室にはアンナお姉様と私だけが残りました。
 お姉様は何処から出したのか、着替え用のチャイナドレスを持ち出して来て尋ねます。

「ねぇっ、ラーマも着てみない?
 ヴァレリオの気が引けるわよ」

「着~ま~せ~ん~っ!!
 私のドレスはどうしましたかっ!?」

 アンナお姉様は少し残念そうに笑ってから、隣の部屋に置いてあるドレスを持ってきてくださいました。

「ドレスに着替えたら、髪も直さないとね?」

 と、私の世話を焼いてくださいます。
 とても優しいお姉様。どうしてこんなにいつも優しいのでしょう。

「ねぇ、ラーマ。
 さっきはああ言ったけれど、あなたのああいう平和を望む心。私は好きですよ?」

「え・・・。闘神のお姉様がですか?」

 平和を望む心が好きという意外な言葉に私は思わず尋ね返してしまいました。
 お姉様は今は女性ですが、元々は男神で闘神の属性を持つ魔神ギーン・ギーン・ラー様です。その戦闘力の高さから魔族から信仰を集める神でした。その闘神が平和を望む心を好きと言うことが私には意外過ぎました。
 そして、そんな疑問をアンナお姉様に通じたのか、お姉様ははにかんだ笑顔をお見せになられました。

「そうね。私、戦闘力の高い魔神ではありますが、別に戦闘狂と言うわけでもなくってよ?
 ただ、戦力というものは時に争いを止めるために必要なものです。
 私の目指す戦闘というものは実はそういうものであったのではないかと、旦那様に手籠めにされてから特に強く思う様になりました。」
「あなたも良く知る様に私は性別があやふやな種族の生まれです。そのため元々、性格も中性的な個体が多く私もその個性を持っていたみたいね。自分では気が付かなかったけれど、旦那様が目覚めさせてくださいました。
 だから、私。旦那様のお気に入りのあなたの考え方を嫌いにはなれないのです。」

 アンナお姉様はそう仰ると私の頭を撫でながら、

「それにラーマは私の可愛い妹分ですもの。
 どれだけアホなことを言っても応援しますよ、」

 と励ましてくださるのでした。

「ただね。今は和平は無理ね。
 正直、フェデリコを相手にしているのとはわけが違うわ。この先どうなるのかわかりませんが、気を引き締めていないと大変なことになりますからね。
 ラーマが和平の道を目指すことを完全に止めはしませんが、今はその時ではありません。
 用意周到な作戦を立てて、そして息をひそめて猛獣が獲物を狙う様にあなたはチャンスが来るのを待りなさい。」

 私の望みを肯定しながらも現実的に行動しなさいとお姉様は仰るのでした。
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