魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第3章「ゴルゴダの丘」

第76話 失策

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 これまで兵士の前では必死に隠し通してきた逃げ出したくなるようなこの想いを夢の中でお会いできた明けの明星様にぶつけます。今、この時。明けの明星様だけには告白していい思いを私は叫ぶのです。そして明けの明星様はそんな私をお許しくださるのです。

え、良え。女の子は泣きたいときに泣きたいだけ泣いたらええ。
 全ては涙が忘れさせてくれる。
 泣きたいだけ俺の胸の中で泣いたらええ。」

 そういって私をより強く抱きしめてくださる明けの明星様。私はどのくらいの間そうして泣いていたでしょうか?
 明けの明星様が私にむけてくださるその温もりに甘えていると、そのうちに心の中が落ち着いてきました。
 そしてまだ、引きつけが残る体でしたが私はどうにか赤の明星様の体から自立して向き合えるようになるのです。

「大丈夫か? もうちょっと抱きしめといてやろか?
 オッパイ揉んだろか?」

「いえ、もう大丈夫です。
 それに最初からおっぱいは揉まなくて結構です。」

 私たちはそう言いあうとおかしくって笑いあいました。
 そうして暫くそうした後に明けの明星様は「もう逃げだすか?」と仰ったのです。

「なぁ、ラーマ。もう無理やと思ったら降りてもいいんやぞ?
 俺と一緒に別の異界に逃げ出すか?
 優しいお前の事や。これ以上、人を殺すのは辛いやろ?
 あとのことはタヴァエルに任せてお前は平和な世界で幸せにならんか?
 今なら、まだ間に合うで?
 ここまで一生懸命頑張ったお前を誰も責めへんよ・・・。万事俺に任せとけ。ええじょうしたるがなよいけっかをもたらしてやる。」

 明けの明星様は傷ついた私を見かねてそう仰いました。
 すがりたい。誰かに頼りたいと思っていた私にとってこれ以上にないほど幸せなお申し出です。しかし、受け入れるわけにはいかないのです。
 私は言いました。

「逃げるわけには参りません。今日死んだ者の為、これまで私のために死んでしまった人の為。私はやり遂げなければいけないのです。」

 私がそう言って明けの明星様のお申し出をお断りすると、明けの明星様は私の頭を抱きしめ「アホな子や。お前はホンマに愛おしいほどアホな子やな。」と仰いました。
 そうしてしばらく明けの明星様はそうやって私を抱きしめてくださっていました。私は明けの明星様のお優しさと甘い香りに心がいやされていくのがわかりました。心がとろかされ、明けの明星様に全てを捧げてもいいと思うほど幸福な気持ちになっていました。

 が・・・。明けの明星様は「時間だ」と仰ると、右手を上げてある一方を指差しました。

「地獄が来る。大勢が死に絶える地獄の時が来る。
 お前はそれに耐えねばならん。
 それがお前の選んだ道。進まなければいけない道。
 そんな地獄の時が来る・・・。」

 明けの明星様がそうおっしゃったとき、私は夢から目覚めたのでした・・・。 

「お待ちくださりませっ!!! 明けの明星様っ!!
 この先来る地獄とは何ですか?
 わたくしはどうすればいいのですかっ!? 教えてくださいっ!!
 明けの明星様っ!!」

 明けの明星様とお会いした夢があまりにも生々しくて私は、そんなうわごとを言いながら目を覚ましました。
 そして目が覚めた後も我が身に残る明けの明星様の体の温もりと甘い香りが残っていることに違和感を覚えずにはいられませんでした。
 しかも、どういうわけか私の身も心もまるで生まれ変わったかのように連日の疲労から回復し、元気一杯だったのです。

「・・・? あれは本当に夢?
 それとも明けの明星様のお告げ・・・?」

 私は自分の身に起きた奇跡的体験を理解できずにいましたが、やがて現実が私の目を覚まさせます。

「ラーマ姫様っ!! 敵襲でございますっ!!
 およそ2万の軍勢が再び攻撃を仕掛けてきましたっ!!」

「・・・すぐに参ります。
 ジャコモに休息を取らせます。下げてディエゴ・バローネを私の補佐に。」

 私は伝令にドア越しにそう命令すると鎧を身にまとって戦争準備を始めるのです。
 (あら。この鎧。少し汗臭いですわね。
  別の鎧と交互に着用してよく拭いた方がいいですわね。)

 私はそんなことが考えられるほど精神的に余裕を持つようになっていました。
 しかし、敵軍の攻撃部隊を城壁から見た時、私の体力が回復したくらいではどうにもならないかもしれないと思ってしまうのでした。

 敵兵は何と攻城戦用の戦車を30台以上投入してきたのです。
 攻城戦用の戦車は2階建ての建物ほどある高さのやぐら山車だしに乗せられたような形状をしていて移動式城塞じょうさいと言ってもいいような巨大な戦車です。前面には弓矢対策に板が張り巡らされていて防御も万全で城壁まで進むとそこから梯子はしごなどを城壁に立てかけて城壁を登り城内に侵入するために使わエれます。

 防御にも適した兵器ですが弱点と言えば、運用の仕方です。まず大掛かりな装置のために一台作成するのに非常にお金がかかるという事です。攻城戦用の兵器として使用に耐えうる強度を持たせるために素材となる木は非常に硬くてしかも粘りがある材質のものに限られてしまいますし、その巨大兵器ゆえの重量と激しい衝突に耐えるための補強であちこちに金属を使用するのです。こんなものを30台以上投入するなんて戦費はきっと恐ろしい額になっているでしょう。
 
 さらにこの戦車は、意外にも使用に不便という弱点があります。その大きさから移動には相当な数の馬と人足が必要なところと大きすぎるために足場の悪い場所では侵攻しにくいということです。しかし、6万を超す軍勢、人馬ともに少ないという事はありません。

「それにしても30台以上も一気に投入してくるとは・・・さすがピエトロ・ルー。
 我らの常識では計り知れない事をしてきますね・・・。」

 ジャコモの代わりに私の補佐につくディエゴ・バローネがそう言いながら近づいていきました。彼は私と共にゴルゴダの王城の強化を務めたロレンツォ・バローネ男爵のおいっ子です。ロレンツォ男爵の甥ですから十分に信頼に足ります。

「昨日の夜襲は失敗に終わりました。その翌日のこの兵器の大量投下。あなたはどう思いますか?」

 私がそう言うとディエゴは顎に手を当てて暫く考えたのち、
「あれは城壁のために用意した兵器とは思えませんな。」と、答えたのです。

「攻城戦用の兵器が城壁のために用意したのではない?
 どういうことですか?」

 私がそう言うとディエゴは城壁の下を指差して言いました。

「姫様。城壁の下をごらん下さいませ。既に死体の山であの兵器を城壁に取りつかせるには足場が悪すぎます。
 私はあれは兵士を護る楯として利用するつもりではないかと予想します。」

 ディエゴにそう言われましたが、私にはその意味が解りかねました。
 しかし、敵がこちらに近づくにつれ、その意味が嫌でも解りました。

 なんとジェノバ軍は、城壁近くまで来ると自ら攻城戦用戦車を横倒しにしたのです。横倒しにされた戦車はまるでバリケートのように横に立ち、こちらの矢から兵士を護る役目を果たしたのです。

「これであのバリケードまで敵は兵士をこちらまで無事に送ることができます。
 そしてアレがある限り、敵は撤退せずにあそこに居座ることができるのです。
 敵は昼夜問わずに奇襲を仕掛けることができるようになりました。
 中々厄介なことを考えますね・・・。」

 30台を超す数の攻城戦用戦車が横倒しに並び、敵兵を守っているといことは、我々にとっては目の前に築かれた砦同然です。私も兵士たちもそれを見て驚かずにはいられませんでした。

「ピエトロ・ルーは、こちらの防壁が強いことを思い知ったのでさらにプレッシャーを強めるつもりでしょう。
 攻撃回数をさらに上げてこちらを休ませないつもりなのでしょう・・・。
 いえ。もしかしたらこれまでの戦闘は本国よりアレを移動させるための準備期間だったのかも知れません。
 本当に厄介な男と戦うことになりましたな。」

 ディエゴは脂汗をかきながらそう言いました。その苦しそうな瞳から、敵のこの戦法が如何に恐ろしいのかを物語っていたのでした・・・。

 そして、ディエゴの読み通り敵は攻城戦用の兵器を城壁を乗り越えることには使わずに城門の近くで押し倒してバリケードにしたのです。非常に高価で運用にも時間のかかる兵器をアッサリとこのように使い潰す事ができる決断力。本当に恐ろしい相手です。

 私はしばし、彼らの出方を見つつ命令を出します。

「攻城戦用の戦車は捨て置いて、他の兵士を狙いなさい。
 あの戦車には矢が通りません。気にしても時間の無駄です。
 それよりも狙える兵士を狙いなさいっ!!」

 私は戦車が気になりつつも、それ以外の兵に気を配ります。あの戦車に気を取られ過ぎたら隙が生じ、そこを敵に付け込まれてしまうからです。
 そうこうしていると、再び撤退の合図が鳴り敵兵は去っていくのですが、戦車を倒して作ったバリケードには依然兵士が残っているのでした。

「あの厄介なバリケードを破壊するために騎兵を出しますか?
 それとも火矢を放って焼きますか?」

 ディエゴは私に指示を仰ぎますが、私はどうにもあの一手にどんな意味があるのか図り知れず、騎兵を出すことに躊躇してしまいました。

「とりあえず今晩は様子を見ましょう。
 兵士を交代で休ませなさい。それから敵兵に注意を。
 勿論、あのバリケードだけでなく全周を警戒させるのですよ。あのバリケードに警戒しすぎると足下を掬われます。」

 そう言って指令を出すと私は再び休憩に入ります。ディエゴは夜まで働いてもらい、昼前にジャコモと交代するように指示を出します。
 我々はこの長期戦を過ごさねばならないのです。休息はとても大切でした。

 しかし、敵は休息は許しませんでした。夜間に2度、別々の方向から時間差で夜襲がありました。兵士はもう寝ている心の余裕を無くし、私も寝たのか寝ていないのかわからないような休息を取ったので、翌朝は眠気が酷く目眩すら覚えました。

 (兵士は皆、疲れ切っています。このままでは、私達の敗北です。)
 不安から嫌なことばかり考えてしまいます。
 色々と考え込みながら私が城門の上に立ったとき、驚きました。
 なんと城門の前に敵の砦が築かれていたからです。

「ああっ!? い、いつの間にあんな物がっ?」

 驚きの声を私以外の者も上げました。そんな私にジャコモが悔しそうに告げました。

「やられました。2度の夜襲の隙に奴らはバリケードをベースに砦を築いたのです。
 城壁の前に砦を築かれるなど、とんでもないことです。ただのバリケードならいつでも破壊できたかもしれませんが、あのように堅固な砦となるとそうはいきません。
 これからは一層、厳しい戦いになりますな。」

 私は昼のうちに騎兵を出して攻撃する事を躊躇してしまったことを後悔するとともに噂に違わぬピエトロ・ルーの戦略に度肝を抜かれるのでした。
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