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第4章「聖母誕生」
第86話 魔王ヴァレリオの戦い・2
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私と対峙する魔神スーリ・スーラ・リーンは、神槍をクルクルと回しながら付かず離れずの微妙な距離を保ちながら、軽快にステップを踏む。
その距離は近い時は、あと一足で私の体にスーリ・スーラ・リーンの槍の穂先が触れることができる距離であり、遠い時は私が一足踏み込んで突き込んでもスーリ・スーラ・リーンに槍が届かない間合いである。
つまり、常に緊張感が最高潮と言ってもいい間合いを彼は守り続けている。
こういった展開は徒手空拳の格闘技術ならば、当たり前のように使われるが、刃物相手によくこのような真似ができるものだ。相当な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。肝の座り方が常軌を逸していた・・・。
「気をつけろっ!! ヴァレリオっ!!
そいつ、結構やるぞっ!! なんかすっごい根性座ってるっ!!」
魔神シェーン・シェーン・クー様もスーリ・スーラ・リーンの強さを感じ取り、声を上げられた。
それはその通りなのです。私も流石に心の中で唸った。
(・・・なんて男だ。正気の沙汰じゃない・・・。)
その時私は今頃になってアンナ・ラー様がどうしてここまでこの男を恐れているのか理解した。
アンナ様はわかっておられたのだ。女性化し、豊穣神となりつつあるご自分が既に彼と勝負ができるような戦闘力を持っていないことを・・・。
数度の戦いに敗れたとて、勝負の世界は一瞬先は闇。明らかに実力が届かない敵にも自分に一発逆転の技があるのならば、ほんの小さな運命の気まぐれで勝利を手に入れることだって十分にある。それは本当に博打的な確率であるかもしれないが、それがあるゆえ、兵法者は実力差がある相手にも自分の勝利を信じて戦うことができる。
だが恐らく。今のアンナ様ではその一発逆転の展開さえ許されない。そこまでご自分が弱体化している事、そしてスーリ・スーラ・リーンが更に強く成っていることを察知しておられるのだ。
この勘は、山勘ではなく確信に近いものだ。それはスーリ・スーラ・リーンとアンナ様が幾たびも戦われた経験からくる予測であるために早々外れることはないだろう・・・。
そして私はそれ故に勝利を手にすることができる。
アンナ様が戦いから身を引かれ、戦闘を応援する側になったことで私は彼に勝てることができるようになったのだ。
それが何故か。この時、スーリ・スーラ・リーンは気が付いていなかった。
私は自分の勝利に確信があった。しかし、それであってなお、スーリ・スーラ・リーンは私にとって脅威の存在であった。
一足の変化で勝負が決まる可能性が高い距離を巧みに変化させるこのステップは、武を知らぬ者からするともしかしたら遊んでいるかのように見えるかもしれない。しかし、対峙する者としては一瞬たりとも気の抜けぬ相手である。
彼が一足前進すれば、私は後退する。彼が一足後退すれば、私は半歩前進する。
敵の変化に合わせて、こちらも変化する。その変化は敵のリズムを崩させるために規則正しいリズムであってはならない。
彼が戦いやすい環境に身を置いてはいけないのだ。
ところがそうやって彼のリズムを崩そうとする行為は即ち彼の思惑の内なのだ。
敵の攻撃に合わせてこちらが変化するという事は敵に常に先手を取られていることを意味し、こちらは常に敵のプレッシャーを受け続けないといけない。
その精神的な疲労は想像以上に戦士の体を蝕んでいく。肉体的な疲労と違って精神的な疲労は疲れがわかりにくいのだ。それゆえに体に異変を感じるほど精神的な疲労を受けてしまった時にはすでに戦闘では致命的に不利になるほどの疲労を抱えてしまっているものだ。
目に見えない死神。それが精神的な疲労である。
それが彼が攻撃を始めない理由の一つであった。私の心のささやきが危険を知らせていた。
魔神スーリ・スーラ・リーンは常に戦いの間合いをコントロールする主導権を握っているために精神的な疲労が私よりも少ない・・・。
(このままの状態を引きずられたら危険だ・・・。)
私の額にねっとりとした嫌な汗が流れ始めた時、私は自分の不利を悟って、彼が一足下がる呼吸に合わせて大きく後退して戦闘の間合いを一度仕切り直そうとした。
しかし、私のそうした行動すら魔神スーリ・スーラ・リーンの手の内だった。
スーリ・スーラ・リーンは私が大きく下がるのを見て、今度は大きく前に出ながら突きではなく槍を下段に横払いに薙ぐ攻撃に出た。
下段の薙ぎ切りは、すなわち敵の足首を狙った攻撃であり、それは後退する者の最大の急所であった。
後ろに下がろうとする者は、体勢的に前から襲ってくる敵の強い攻撃に対して強い力を与えにくい。すなわち敵の攻撃をブロックする力を失うという事だ。
スーリ・スーラ・リーンはその力の流れを利用して大きく槍を振り回しながら下段に槍を薙ぐ。大きな振りは予備動作が大きく敵に攻撃を合わせられやすい欠点があるが、逃げ腰の相手にはその技を合わせることがかなり困難になる。それよりも敵の攻撃を是が非でも受け止めなければならない。
私は後退しながら彼の槍の連撃を捌き続ける。
攻撃のタイミングは初手を制したスーリ・スーラ・リーンが握っており、私は中々彼の攻撃から抜け出すことができずにズルズルと後退し続ける。
私の様子に苛立つ魔神シェーン・シェーン・クー様が叫ぶ。
「あああっ!! もう、何やってんだよっ!!
ヴァレリオっ!! 逃げ回ってどうするっ!! そこはあれだよ、ガーンとやるんだよっ!!」
有難いほど迷惑で役立つ応援をどうも・・・。
できれば、もっと静かにしていただけませんかね? 私、戦闘中ですのでっ!!
しかも魔神スーリ・スーラ・リーンがシェーン・シェーン・クー様に乗じて声を上げる始末。
「どうしたっ!? 魔神シェーン・シェーン・クーの言う通り、逃げているだけでは勝てぬぞっ!?」
スーリ・スーラ・リーンが私を煽って私の精神に対して揺さぶりをかける。
これがスーリ・スーラ・リーンが攻めあぐねて行った行動なら私も気が楽なのだが、事実はそうではない。スーリ・スーラ・リーンは戦いを楽しんでいる。常にギリギリのところまで追い詰められながらも確実に自分の攻撃を防御している私がどんな対応をするのか、それを楽しみにしているのだ。
ならば、その期待に応えてやるとしよう・・・。
私は後退しながら彼の攻撃に耐えることに慣れて来たので、戦いのリズムに変化を加えることにした。
それは防御のタイミングに攻撃の要素を加えることだった。
スーリ・スーラ・リーンの攻撃は確かに鋭く、重い。執拗な攻撃のリズムは敵に休む間と対応する心のゆとりを与えない。しかし、それは弱い男が相手の場合だ。
私はそう簡単に倒れない。
数度の攻撃に耐えているうちに私は彼の攻撃に慣れ、その防御に遊び心を加える心の余裕を得ていたのだ。
足を薙ぎ払う彼の攻撃に対してただまっすぐ受け返すのではなく、槍先に小さな回転を加えて彼の槍を自分の槍で巻き込む様にして払いのける。すると、攻撃した側はほんのわずかだが、体勢を崩してしまう。その崩しはある意味攻撃である。これは防御と攻撃が両立した崩し技だったのだ。
「おっ・・・やるなぁ・・・」
魔神スーリ・スーラ・リーンは感心したような声を上げて喜んだ。
攻撃をいなされているというのに心に余裕があるのだ。それは私のこの変化すら彼の予想の範疇であった証拠だ。
私はまだ彼の掌の中にいるのだ・・・。そう悟らずにはいられなかった。
そうした私の予測は当たっていた。彼は未だ本気を出していなかったのだ。
「ふふふ。そろそろ攻撃のレベルを上げるぞ。
どこまでやれるか見せてみろっ!!」
スーリ・スーラ・リーンはそういうとこれまでの攻撃が子供だましだったと、こちらにわからせてくれるほど攻撃のレベルを上げてくる。
早くなった。
攻撃を狙う部位の上下への振り分けが巧みになった。
足のステップはより小刻みにそしてダイナミックに変化する。
「・・・ぐっ!!!!」
その攻撃のプレッシャーは大変なもので私は更に追い詰められていく。
受けるのが精一杯だ。避けるのが精一杯だ。逃げるのが精一杯だ。
全てが精一杯だ。
最早、負け戦は確定したかのように思える展開が続く・・・。それも延々と・・・。
時折、シェーン・シェーン・クー様が狼狽えた声で
「そこだっ!! あああ、右、右っ!! じゃないわ左っ!!」と助言?してくださるが、その気持ちもわかる。
この男の攻撃は千変万化・・・。私やシェーン・シェーン・クー様の予想をはるかに超えるほど自由だった。
だが、そうやって気分よく一方的に攻撃を加えていたスーリ・スーラ・リーンだったが、やがて異変に気が付いて自ら攻撃をやめると私に対する追撃の足も止めて、私を追うどころか後ろに大きく下がるのだった。
どうやら鬼ごっこ終了のようだ。
「・・・何をした?」
スーリ・スーラ・リーンは、眉間に大きなしわを寄せて私に尋ねた。
私は彼の攻撃のプレッシャーを受け続けたので、息も切れがちながらの体であったが、勝気に口元を緩めて笑う。それがスーリ・スーラ・リーンにとって不思議だった。
「ここまで数百合。貴様と槍を交えた。(※合とは攻撃がぶつかり合う事。文字通り技が重なる様。古武術の用語)
なのになぜ、未だ貴様は生きている。
かつてここまで俺の技を防いだ者は、そうはおらん。それも記憶にある敵は貴様以上に強い魔神ばかりだ。
なぜ、貴様程度の男がここまで俺の攻撃を防げる? どんなからくりを用いた?」
スーリ・スーラ・リーンは、目の前で起きている異変に脅威を感じていた。
得体が知れなかったのだ。私と言う存在が・・・。
明らかに劣っているはずの相手がこうも何度も自分の攻撃に耐え抜いているさまをスーリ・スーラ・リーンは、不気味にすら感じ始めていた。
速さは圧倒的。力も圧倒的。戦いの先手を取る巧みさも圧倒的。全てにおいて私を圧倒しているはずのスーリ・スーラ・リーンが私を攻め切れない。まるで私が彼の攻撃を先読みしたかのようにあと一歩のところでその必殺の攻撃が私に届くことがないのだ。ありえない事態だった。それはスーリ・スーラ・リーンでなくても不気味に感じているだろう。私と言う存在を。
「どうした? スーリ・スーラ・リーン。
お前が望んだのではないのか? 水神グース・グー・ハーを何度も欺いた私の兵法を・・・。」
私のこの挑発にスーリ・スーラ・リーンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて唸る。
「くっ・・・。ヴァレリオ・フォンターナ・・・貴様っ!!」
私にかつての自分の発言を逆手に取られて煽られたことに気が付いたスーリ・スーラ・リーンは悔しそうに吠えた。
そう、それでいい。ドンドン怒ってくれた方が私としては戦いやすい。この調子でドンドン冷静さを無くして貰おうじゃないか・・・。私のその意見は心の中の囁きと一致した。
それ故に私は自身をはるかに上回る強者をさらに煽るのだった。
「そう睨むな。スーリ・スーラ・リーン。
睨んだところでお前には俺という男が読み切れない。
ただ一人、戦う事に明け暮れた情を知らぬ哀れな男よ・・・。
冥途の土産に覚えておくがいい・・・。
兵とは古来、力が強く、技に優れていて体力的に恵まれているからと言っても優秀とは言えないものなのだ。だからそのような者が勝負に勝つとは断言できないのだ。
兵の強さを決めるのは、けしてそのように単純な理屈で説明がつくものではない・・・。」
私はそこまで説明すると自身の槍を小脇に構えて頭を突き出す、「愚者の構え」の姿を取りさらに彼を挑発するのだった。
「強者の有利を逆手に取って戦場をかき乱す私の暗黒兵法・・・。
とくと味わって己の慢心を悔いると良いっ!!」
その距離は近い時は、あと一足で私の体にスーリ・スーラ・リーンの槍の穂先が触れることができる距離であり、遠い時は私が一足踏み込んで突き込んでもスーリ・スーラ・リーンに槍が届かない間合いである。
つまり、常に緊張感が最高潮と言ってもいい間合いを彼は守り続けている。
こういった展開は徒手空拳の格闘技術ならば、当たり前のように使われるが、刃物相手によくこのような真似ができるものだ。相当な修羅場を潜り抜けてきたのだろう。肝の座り方が常軌を逸していた・・・。
「気をつけろっ!! ヴァレリオっ!!
そいつ、結構やるぞっ!! なんかすっごい根性座ってるっ!!」
魔神シェーン・シェーン・クー様もスーリ・スーラ・リーンの強さを感じ取り、声を上げられた。
それはその通りなのです。私も流石に心の中で唸った。
(・・・なんて男だ。正気の沙汰じゃない・・・。)
その時私は今頃になってアンナ・ラー様がどうしてここまでこの男を恐れているのか理解した。
アンナ様はわかっておられたのだ。女性化し、豊穣神となりつつあるご自分が既に彼と勝負ができるような戦闘力を持っていないことを・・・。
数度の戦いに敗れたとて、勝負の世界は一瞬先は闇。明らかに実力が届かない敵にも自分に一発逆転の技があるのならば、ほんの小さな運命の気まぐれで勝利を手に入れることだって十分にある。それは本当に博打的な確率であるかもしれないが、それがあるゆえ、兵法者は実力差がある相手にも自分の勝利を信じて戦うことができる。
だが恐らく。今のアンナ様ではその一発逆転の展開さえ許されない。そこまでご自分が弱体化している事、そしてスーリ・スーラ・リーンが更に強く成っていることを察知しておられるのだ。
この勘は、山勘ではなく確信に近いものだ。それはスーリ・スーラ・リーンとアンナ様が幾たびも戦われた経験からくる予測であるために早々外れることはないだろう・・・。
そして私はそれ故に勝利を手にすることができる。
アンナ様が戦いから身を引かれ、戦闘を応援する側になったことで私は彼に勝てることができるようになったのだ。
それが何故か。この時、スーリ・スーラ・リーンは気が付いていなかった。
私は自分の勝利に確信があった。しかし、それであってなお、スーリ・スーラ・リーンは私にとって脅威の存在であった。
一足の変化で勝負が決まる可能性が高い距離を巧みに変化させるこのステップは、武を知らぬ者からするともしかしたら遊んでいるかのように見えるかもしれない。しかし、対峙する者としては一瞬たりとも気の抜けぬ相手である。
彼が一足前進すれば、私は後退する。彼が一足後退すれば、私は半歩前進する。
敵の変化に合わせて、こちらも変化する。その変化は敵のリズムを崩させるために規則正しいリズムであってはならない。
彼が戦いやすい環境に身を置いてはいけないのだ。
ところがそうやって彼のリズムを崩そうとする行為は即ち彼の思惑の内なのだ。
敵の攻撃に合わせてこちらが変化するという事は敵に常に先手を取られていることを意味し、こちらは常に敵のプレッシャーを受け続けないといけない。
その精神的な疲労は想像以上に戦士の体を蝕んでいく。肉体的な疲労と違って精神的な疲労は疲れがわかりにくいのだ。それゆえに体に異変を感じるほど精神的な疲労を受けてしまった時にはすでに戦闘では致命的に不利になるほどの疲労を抱えてしまっているものだ。
目に見えない死神。それが精神的な疲労である。
それが彼が攻撃を始めない理由の一つであった。私の心のささやきが危険を知らせていた。
魔神スーリ・スーラ・リーンは常に戦いの間合いをコントロールする主導権を握っているために精神的な疲労が私よりも少ない・・・。
(このままの状態を引きずられたら危険だ・・・。)
私の額にねっとりとした嫌な汗が流れ始めた時、私は自分の不利を悟って、彼が一足下がる呼吸に合わせて大きく後退して戦闘の間合いを一度仕切り直そうとした。
しかし、私のそうした行動すら魔神スーリ・スーラ・リーンの手の内だった。
スーリ・スーラ・リーンは私が大きく下がるのを見て、今度は大きく前に出ながら突きではなく槍を下段に横払いに薙ぐ攻撃に出た。
下段の薙ぎ切りは、すなわち敵の足首を狙った攻撃であり、それは後退する者の最大の急所であった。
後ろに下がろうとする者は、体勢的に前から襲ってくる敵の強い攻撃に対して強い力を与えにくい。すなわち敵の攻撃をブロックする力を失うという事だ。
スーリ・スーラ・リーンはその力の流れを利用して大きく槍を振り回しながら下段に槍を薙ぐ。大きな振りは予備動作が大きく敵に攻撃を合わせられやすい欠点があるが、逃げ腰の相手にはその技を合わせることがかなり困難になる。それよりも敵の攻撃を是が非でも受け止めなければならない。
私は後退しながら彼の槍の連撃を捌き続ける。
攻撃のタイミングは初手を制したスーリ・スーラ・リーンが握っており、私は中々彼の攻撃から抜け出すことができずにズルズルと後退し続ける。
私の様子に苛立つ魔神シェーン・シェーン・クー様が叫ぶ。
「あああっ!! もう、何やってんだよっ!!
ヴァレリオっ!! 逃げ回ってどうするっ!! そこはあれだよ、ガーンとやるんだよっ!!」
有難いほど迷惑で役立つ応援をどうも・・・。
できれば、もっと静かにしていただけませんかね? 私、戦闘中ですのでっ!!
しかも魔神スーリ・スーラ・リーンがシェーン・シェーン・クー様に乗じて声を上げる始末。
「どうしたっ!? 魔神シェーン・シェーン・クーの言う通り、逃げているだけでは勝てぬぞっ!?」
スーリ・スーラ・リーンが私を煽って私の精神に対して揺さぶりをかける。
これがスーリ・スーラ・リーンが攻めあぐねて行った行動なら私も気が楽なのだが、事実はそうではない。スーリ・スーラ・リーンは戦いを楽しんでいる。常にギリギリのところまで追い詰められながらも確実に自分の攻撃を防御している私がどんな対応をするのか、それを楽しみにしているのだ。
ならば、その期待に応えてやるとしよう・・・。
私は後退しながら彼の攻撃に耐えることに慣れて来たので、戦いのリズムに変化を加えることにした。
それは防御のタイミングに攻撃の要素を加えることだった。
スーリ・スーラ・リーンの攻撃は確かに鋭く、重い。執拗な攻撃のリズムは敵に休む間と対応する心のゆとりを与えない。しかし、それは弱い男が相手の場合だ。
私はそう簡単に倒れない。
数度の攻撃に耐えているうちに私は彼の攻撃に慣れ、その防御に遊び心を加える心の余裕を得ていたのだ。
足を薙ぎ払う彼の攻撃に対してただまっすぐ受け返すのではなく、槍先に小さな回転を加えて彼の槍を自分の槍で巻き込む様にして払いのける。すると、攻撃した側はほんのわずかだが、体勢を崩してしまう。その崩しはある意味攻撃である。これは防御と攻撃が両立した崩し技だったのだ。
「おっ・・・やるなぁ・・・」
魔神スーリ・スーラ・リーンは感心したような声を上げて喜んだ。
攻撃をいなされているというのに心に余裕があるのだ。それは私のこの変化すら彼の予想の範疇であった証拠だ。
私はまだ彼の掌の中にいるのだ・・・。そう悟らずにはいられなかった。
そうした私の予測は当たっていた。彼は未だ本気を出していなかったのだ。
「ふふふ。そろそろ攻撃のレベルを上げるぞ。
どこまでやれるか見せてみろっ!!」
スーリ・スーラ・リーンはそういうとこれまでの攻撃が子供だましだったと、こちらにわからせてくれるほど攻撃のレベルを上げてくる。
早くなった。
攻撃を狙う部位の上下への振り分けが巧みになった。
足のステップはより小刻みにそしてダイナミックに変化する。
「・・・ぐっ!!!!」
その攻撃のプレッシャーは大変なもので私は更に追い詰められていく。
受けるのが精一杯だ。避けるのが精一杯だ。逃げるのが精一杯だ。
全てが精一杯だ。
最早、負け戦は確定したかのように思える展開が続く・・・。それも延々と・・・。
時折、シェーン・シェーン・クー様が狼狽えた声で
「そこだっ!! あああ、右、右っ!! じゃないわ左っ!!」と助言?してくださるが、その気持ちもわかる。
この男の攻撃は千変万化・・・。私やシェーン・シェーン・クー様の予想をはるかに超えるほど自由だった。
だが、そうやって気分よく一方的に攻撃を加えていたスーリ・スーラ・リーンだったが、やがて異変に気が付いて自ら攻撃をやめると私に対する追撃の足も止めて、私を追うどころか後ろに大きく下がるのだった。
どうやら鬼ごっこ終了のようだ。
「・・・何をした?」
スーリ・スーラ・リーンは、眉間に大きなしわを寄せて私に尋ねた。
私は彼の攻撃のプレッシャーを受け続けたので、息も切れがちながらの体であったが、勝気に口元を緩めて笑う。それがスーリ・スーラ・リーンにとって不思議だった。
「ここまで数百合。貴様と槍を交えた。(※合とは攻撃がぶつかり合う事。文字通り技が重なる様。古武術の用語)
なのになぜ、未だ貴様は生きている。
かつてここまで俺の技を防いだ者は、そうはおらん。それも記憶にある敵は貴様以上に強い魔神ばかりだ。
なぜ、貴様程度の男がここまで俺の攻撃を防げる? どんなからくりを用いた?」
スーリ・スーラ・リーンは、目の前で起きている異変に脅威を感じていた。
得体が知れなかったのだ。私と言う存在が・・・。
明らかに劣っているはずの相手がこうも何度も自分の攻撃に耐え抜いているさまをスーリ・スーラ・リーンは、不気味にすら感じ始めていた。
速さは圧倒的。力も圧倒的。戦いの先手を取る巧みさも圧倒的。全てにおいて私を圧倒しているはずのスーリ・スーラ・リーンが私を攻め切れない。まるで私が彼の攻撃を先読みしたかのようにあと一歩のところでその必殺の攻撃が私に届くことがないのだ。ありえない事態だった。それはスーリ・スーラ・リーンでなくても不気味に感じているだろう。私と言う存在を。
「どうした? スーリ・スーラ・リーン。
お前が望んだのではないのか? 水神グース・グー・ハーを何度も欺いた私の兵法を・・・。」
私のこの挑発にスーリ・スーラ・リーンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて唸る。
「くっ・・・。ヴァレリオ・フォンターナ・・・貴様っ!!」
私にかつての自分の発言を逆手に取られて煽られたことに気が付いたスーリ・スーラ・リーンは悔しそうに吠えた。
そう、それでいい。ドンドン怒ってくれた方が私としては戦いやすい。この調子でドンドン冷静さを無くして貰おうじゃないか・・・。私のその意見は心の中の囁きと一致した。
それ故に私は自身をはるかに上回る強者をさらに煽るのだった。
「そう睨むな。スーリ・スーラ・リーン。
睨んだところでお前には俺という男が読み切れない。
ただ一人、戦う事に明け暮れた情を知らぬ哀れな男よ・・・。
冥途の土産に覚えておくがいい・・・。
兵とは古来、力が強く、技に優れていて体力的に恵まれているからと言っても優秀とは言えないものなのだ。だからそのような者が勝負に勝つとは断言できないのだ。
兵の強さを決めるのは、けしてそのように単純な理屈で説明がつくものではない・・・。」
私はそこまで説明すると自身の槍を小脇に構えて頭を突き出す、「愚者の構え」の姿を取りさらに彼を挑発するのだった。
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