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第4章「聖母誕生」
第93話 火の海地獄
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「我らが防衛拠点として据えるこの城の前には豊穣神ミュー・ニャー・ニャー様の果樹園がございます。
ここが第一の防波堤として機能するでしょう。
敵は大勢ですが、それは林立する木々で漉されて果樹園を抜けたときには一時的にチリジリの烏合の衆となります。
迎え撃つならこの時です。」
フェデリコは机の上に広げられた地図を指差し、外の景色を指差しながら身振り手振りを交えて私に分かりやすく説明してくれます。
「敵が攻めてくるまでずいぶんな日数がございましたから、既に防衛装置は機能するように準備できています。
城の前の空堀には先を尖らせた杭を打ち付け、小石を敷き詰め、さらにいつでも水を流し込めるようにしてあります。
我が第一防衛陣形は、先ずは果樹園で迎え撃ち、敵の数が増えたときに城内に撤退。
その後、空堀を渡るための橋を引き上げて城壁からの弓の狙撃で敵を迎え撃ちます。
弓でも守り切れなくなった時は、空堀に水を流して川まで敵を押し流します。
堀に流す水は残念ですが一時しのぎです。この期間では大規模な工事は不可能で、空堀に流す水は溜め水でしかありませんが、敵の足止めにはなりましょう。
私にはさらに腹案がございますが、とりあえずはこれで凌ぎましょう。」
フェデリコは作戦を説明した後、私の方をじっと見つめてから最後のしめの言葉を言いました。
「このようなことを言うのは将軍として大変心苦しいですが・・・
我々にできるのは、この程度の事。これでどこまで凌げるかは姫様次第です。
新たな世界をお産み下さるまで我々は信じて戦うのみです。」
フェデリコはそういって深々と私に頭を下げると、「では、現場の指揮に当たりますので・・・。」とだけ告げて執務室から出て行きました。
彼は私に対して、私が世界を産むまでの時間が勝敗のカギとなることを遠巻きに説明したのです。
それは『我々にできるのはこの程度の事。』という一言に全てが込められていました。
彼ほどの将軍であっても数百万の狂気の軍勢を前に出来ることは限界があるのです。この戦の要はあくまでも私。
全ては私の両肩にかかっているのです。
フェデリコはそれを私に伝えることを「大変心苦しい」と言いました。
彼は未だに新たな世界を生み出せない私を責めなかったのです。そして、きっともし、戦いに敗れるその瞬間まで私が世界を生み出せなかったとしても彼は決して私を責めてはくれないのでしょう。
世界を生み出す。そんな途方もない奇跡を私が起こせなくてもやむなし。リアリストの彼は、そう考えているのでしょう。だから全ての責任を私が背負うことはないと言いたいのでしょう。
数百万の敵を前にして、それでも戦うしか道が無い事を知っている彼は、将軍として軍人としての職務を全うするだけです。
ならば私は彼を信じ、新たな世界を生み出すように努めるだけです。
・・・
・・・・・・でも、世界を生み出すって具体的にどうすればいいのでしょう?
タヴァエルお姉様は仰いました。
『これより何も疑わず、ただあなたの成すべきことを成しなさい。
そうして、あなたが世界を救うのです。』と。
明けの明星様は仰いました。
『時は来た。』『お前は箱舟を生み出すだろう。』と。
でも結局、世界を生み出す具体的な方法は教えては下さらなかったのです。
私に与えられた具体的な話は、これから先、地獄が来ることのみ。
敵も味方も大勢が死に絶えることを明けの明星様は預言なさったのです。戦争で人が大勢死ぬことはわかります。
しかし、それと私が世界を生み出すことと、一体、どのような関係があるのでしょうか?
私はアンナお姉様に尋ねました。
「お姉様・・・。
世界を生み出すって、私は何をすればいいのでしょう?」
私に尋ねられたアンナお姉様も困ってしまって悲しいお顔で私を抱きしめるだけでした。
「ごめんなさい。私にもわからないの。
世界を生み出すなんて大奇跡・・・一介の魔神にすぎなかった私には想像も出来ないことです。
今だってこうして旦那様の女になり、豊穣神として変わっていこうとしていますが、私は自分の子さえ産んだことがないのです。
子を産んだことがない豊穣神・・・。そんな私には何もわからないの・・・。」
お姉様のお声は酷く悲しそうで申し訳なさそうで・・・。私はこんな途方もない事を尋ねてしまった罪悪感にさいなまされてしまいます。
「いいえ・・・。ごめんなさい、謝らないといけないのはこんな無理難題の回答をお姉様に押し付けようとした私です。
・・・でも、結局。私たちはお互いにどうしていいのかわかりません。わからないのです・・・。」
私たちはこの期に及んでまだ、世界を救う方法について具体的なやり方も分からずに抱き合うしかなかったのです。
そうして、ふと窓の外を見るとフェデリコ率いる我が軍勢と敵軍の衝突が始まっていました。
恐る恐る窓から身を乗り出して戦場を凝視して私とアンナお姉様は驚きました。
「ああっ!!
あ、あんな小さな子供まで前線に向かっていますわっ!!」
「みんなギスギスに痩せていますっ!!
そんな・・・本当にこんなことって・・・ああっ!!!」
私たちは窓の中から、悲惨極まる戦場を見て嘆き悲しむことしかできません。
そして狂気に満ちた軍勢に対して我が軍は懸命に応戦していました。
向かってくるものは女子供、病人であろうともフェデリコは容赦なく弓矢で迎え撃っていたのです。まさに狂気のフェデリコ。
狂気に立ち向かえるのは同じく狂気でしかない。
この戦場で理性を持った瞬間に敗北する。そのことは誰の目にも明らかです。
ですから私にフェデリコを攻める資格はありません・・・。ただ・・・この無惨な戦場に涙せずしていられませんでした。
そうしてやがてフェデリコの軍勢は敵に押し戻されるようにして王城へ帰還していきます。
無理もありません。敵はこちらの10倍、100倍の敵。いくらミュー・ニャー・ニャー様の果樹園が敵の侵攻の足を遅くしてくれたとしてもそれもやがて限界の時が来るのです。
その光景はまるでありの巣穴を掘り返したかのようです。
敵兵はどこか悲鳴じみたの掛け声を上げて狂ったようにあとからあとから湧いて出てきます。まともな装備もない彼らは弓が刺されば即死していきますが、それでもこの数の前にフェデリコの部隊は正に焼け石に水。少しの時を稼いだにすぎませんでした。
そうしてフェデリコの部隊が全員、王城に引き返したころ。 私とお姉様は、無事帰還し城壁で敵を見据えるフェデリコの元へ迎えに出向きました。
「フェデリコ。ご苦労様です。」
「いえ、姫様。面目ないことです。
こうもあっさりと撤退させられてしまうとは・・・。」
フェデリコは無念そうにそう言ったのですが、命懸けで戦ってくれている彼らに対して私はただ首を横に振ることしかできません。
そうして、進軍を続ける敵兵はフェデリコ第二の罠に入っていったのです。
それは木の杭の地獄。
しかし、狂気にみちた敵兵は先のとがった木の杭ですらものともしませんでした。
後続兵は先を進む兵士の背中を押して杭に刺さるのも躊躇しません。
押し倒されて杭に刺さった兵士の屍を踏み越えるようにして突撃してくるのでした。
「なんということだ・・・。
なんという有様だ・・・。ここは地獄か・・・。」
あまりにも悲惨な光景に戦場を見慣れたフェデリコでさえ右手で口元を押さえて「信じられない。」とばかりに驚くのでした。
子供死体が踏みつけられ、病人が押し出されて杭に刺さっていく。
その遺体に足を取られた若者が空堀を転げ落ちて頭を打ったのか即死していく。
そして、その遺体の上をまた人間が踏み越えていくのです。
フェデリコの言った通り、王城の外は地獄の様相でした。
あとからあとからいくらでもやって来る敵兵の勢いで空堀に人があっという間に埋まっていく様子にフェデリコが焦って声を上げます。
「堰を切れっ!! このままでは水では押し流せない程の人間で埋まるぞっ!!
合図を送れ、旗を振るのだっ!!」
フェデリコの指示を受けた物見台の兵士が人の倍ほども幅のある信号旗を大きく左右に振ると、やがて物凄い爆発音をたてて大量の水が空堀を流れてきました。
人々の悲鳴はその音にかき消されて多くの人が流されていくのでした。
しかし、その光景を見ながらフェデリコは言います。
「なんということだ・・・。
この程度の水では敵の足止めとも言い切れない。
あとからあとから湧いてくる敵兵にやがて空堀は埋まってしまうぞ・・・。」
フェデリコは、大量の水が流れていく様子を見ながら事態が全く好転していないことを恐れました。
「水が引いたら、油を空堀に流せっ!!
綺麗に流さんでもいいっ!! 油壺を城壁から空堀に投げ入れるだけでいいっ!!」
フェデリコは先手を取ることを忘れません。数百万の敵兵が悲鳴交じり、怒号まじりの掛け声とともに突撃してくる前に油壺を投げ入れて敵兵の足を止めます。
大量の水が流し込まれた空堀は泥濘と化し、人々の足を止めます。動きが止まったそこに城壁から大量の矢が放たれます。
その様子を見ていたフェデリコが顔面蒼白になってうわごとのように呟きました。
「・・・・・なんてことだ。
敵は防具どころか武器すら持っていないではないかっ・・・」
言われて私とアンナお姉様は「あっ!!」と、声を上げました。
それはフェデリコの言う通りだったのです。敵兵は防具はおろか武器すら手にしていなかったのです。
「恐怖のあまり敵を冷静に見れていなかった・・・。
私としたことが・・・」
フェデリコも呆然とする状況です。戦場に武器も手にせず突撃してくるなど誰も思いません。思わなかったから気が付かなかったのです。大量の敵兵に気圧されつつ、『戦場には武器を持って臨むもの』という常識にとらわれた頭では、そんなことすら気が付く余裕などなかったのです・・・。
しかし、武器も持たない兵士など兵士とは呼べず、これではただの虐殺です。
「や、やめなさいっ!!
打ち方やめ~~っ!! これではただの虐殺ですっ!!」
私がそう命令を出した瞬間です。フェデリコが怒鳴りつけました。
「黙れ―――――いっ!!
小娘っ!! 貴様に戦場の何がわかるっ!?
素手であろうが何であろうが人は人を殺せるっ!! 敵意をもって殺意を持って向かってくるのならば、殺さねばならん。
殺さねば、味方が殺されるだけだっ!!」
その剣幕に私は震え上がりました。
「総員、弓を止めるなっ!! 打ち続けろっ!!
ただ一人にも情けを与えるなっ!! 生き残りたければ、殺し続けろっ!!」
フェデリコの合図を待たずに兵士たちは各々、弓を放ち続けていました。
その顔は皆、恐怖に歪んでいます。
恐ろしかったのです。武器も持たずに意味の分からぬ事を叫びながら突撃してくる敵兵が・・・。
「姫様っ!! 火急のことにつき、ご無礼をお許しください。
ですが、ここは戦場。この場の指揮は将軍である私に一任していただかねば困ります。
勝手な指示は慎んで下さいませっ!!」
フェデリコは物凄い形相でそれでも私に怒鳴りつけるようにして謝罪してきました。
こんなに冷静さを欠いたフェデリコを見たのは初めての事。私たちは、そこまで追い詰められていたのでした。
そうして、その追い詰められた状況はフェデリコの狂気をさらに加速させます。
「火を放てっ!!
下にいる者達に地獄の裁きを与えるのだっ!!」
フェデリコがそう叫びました。
「そんなっ!! それこそ生き地獄ですっ!!
やめてっ!! フェデリコやめてお願いっ!!」
私が敵兵を見ながら懇願の声を上げた時、敵兵の声が何を叫んでいるのか私にもわかる距離に敵兵が近づいてきていたことを私は知ったのです。
「助けてくれっ!! 魔族の姫よっ!!
俺達もつれて行ってくれっ!!! 新たな世界にっ!!」
「ああああっ!! 殺されるっ!!
殺さねば殺されるっ!!」
「死にたくないっ!!! 死にたくないよっ!!」
「殺せっ!! 高き館の主様は仰ったっ!!
この城の姫を殺せば助かるぞっ!!」
「殺せっ!! 殺せ―――――っ!!」
怒号と悲鳴は戦いの指揮と命乞いでした・・・。
「見て、フェデリコっ!!
助けを求めていますっ!!
彼ら、助けを求めていますっ!!」
私が敵兵を指差しながら懇願しましたが、フェデリコは聞き入れてくれません。
「それは敵の罠だっ!!
騙されてはいけませんっ!!」
フェデリコは私を指差しなら制止すると「火を投げ入れろ――――っ!!」と指示を出します。
次の瞬間、黒い煙が立ち上がり、空堀の中は文字通り火の海地獄となりました。
「殺さねば殺されるっ!!
それが戦場の習いなのですっ!!」
フェデリコがそう叫んだと同時に南門の方でラッパが鳴りました・・・。
『裏切りっ!! 鬼族の族長の裏切りですっ!
敵に寝返った鬼族が南門を開放しましたっ!!』
最悪な知らせが私たちの元へ伝えられるのでした・・・。
ここが第一の防波堤として機能するでしょう。
敵は大勢ですが、それは林立する木々で漉されて果樹園を抜けたときには一時的にチリジリの烏合の衆となります。
迎え撃つならこの時です。」
フェデリコは机の上に広げられた地図を指差し、外の景色を指差しながら身振り手振りを交えて私に分かりやすく説明してくれます。
「敵が攻めてくるまでずいぶんな日数がございましたから、既に防衛装置は機能するように準備できています。
城の前の空堀には先を尖らせた杭を打ち付け、小石を敷き詰め、さらにいつでも水を流し込めるようにしてあります。
我が第一防衛陣形は、先ずは果樹園で迎え撃ち、敵の数が増えたときに城内に撤退。
その後、空堀を渡るための橋を引き上げて城壁からの弓の狙撃で敵を迎え撃ちます。
弓でも守り切れなくなった時は、空堀に水を流して川まで敵を押し流します。
堀に流す水は残念ですが一時しのぎです。この期間では大規模な工事は不可能で、空堀に流す水は溜め水でしかありませんが、敵の足止めにはなりましょう。
私にはさらに腹案がございますが、とりあえずはこれで凌ぎましょう。」
フェデリコは作戦を説明した後、私の方をじっと見つめてから最後のしめの言葉を言いました。
「このようなことを言うのは将軍として大変心苦しいですが・・・
我々にできるのは、この程度の事。これでどこまで凌げるかは姫様次第です。
新たな世界をお産み下さるまで我々は信じて戦うのみです。」
フェデリコはそういって深々と私に頭を下げると、「では、現場の指揮に当たりますので・・・。」とだけ告げて執務室から出て行きました。
彼は私に対して、私が世界を産むまでの時間が勝敗のカギとなることを遠巻きに説明したのです。
それは『我々にできるのはこの程度の事。』という一言に全てが込められていました。
彼ほどの将軍であっても数百万の狂気の軍勢を前に出来ることは限界があるのです。この戦の要はあくまでも私。
全ては私の両肩にかかっているのです。
フェデリコはそれを私に伝えることを「大変心苦しい」と言いました。
彼は未だに新たな世界を生み出せない私を責めなかったのです。そして、きっともし、戦いに敗れるその瞬間まで私が世界を生み出せなかったとしても彼は決して私を責めてはくれないのでしょう。
世界を生み出す。そんな途方もない奇跡を私が起こせなくてもやむなし。リアリストの彼は、そう考えているのでしょう。だから全ての責任を私が背負うことはないと言いたいのでしょう。
数百万の敵を前にして、それでも戦うしか道が無い事を知っている彼は、将軍として軍人としての職務を全うするだけです。
ならば私は彼を信じ、新たな世界を生み出すように努めるだけです。
・・・
・・・・・・でも、世界を生み出すって具体的にどうすればいいのでしょう?
タヴァエルお姉様は仰いました。
『これより何も疑わず、ただあなたの成すべきことを成しなさい。
そうして、あなたが世界を救うのです。』と。
明けの明星様は仰いました。
『時は来た。』『お前は箱舟を生み出すだろう。』と。
でも結局、世界を生み出す具体的な方法は教えては下さらなかったのです。
私に与えられた具体的な話は、これから先、地獄が来ることのみ。
敵も味方も大勢が死に絶えることを明けの明星様は預言なさったのです。戦争で人が大勢死ぬことはわかります。
しかし、それと私が世界を生み出すことと、一体、どのような関係があるのでしょうか?
私はアンナお姉様に尋ねました。
「お姉様・・・。
世界を生み出すって、私は何をすればいいのでしょう?」
私に尋ねられたアンナお姉様も困ってしまって悲しいお顔で私を抱きしめるだけでした。
「ごめんなさい。私にもわからないの。
世界を生み出すなんて大奇跡・・・一介の魔神にすぎなかった私には想像も出来ないことです。
今だってこうして旦那様の女になり、豊穣神として変わっていこうとしていますが、私は自分の子さえ産んだことがないのです。
子を産んだことがない豊穣神・・・。そんな私には何もわからないの・・・。」
お姉様のお声は酷く悲しそうで申し訳なさそうで・・・。私はこんな途方もない事を尋ねてしまった罪悪感にさいなまされてしまいます。
「いいえ・・・。ごめんなさい、謝らないといけないのはこんな無理難題の回答をお姉様に押し付けようとした私です。
・・・でも、結局。私たちはお互いにどうしていいのかわかりません。わからないのです・・・。」
私たちはこの期に及んでまだ、世界を救う方法について具体的なやり方も分からずに抱き合うしかなかったのです。
そうして、ふと窓の外を見るとフェデリコ率いる我が軍勢と敵軍の衝突が始まっていました。
恐る恐る窓から身を乗り出して戦場を凝視して私とアンナお姉様は驚きました。
「ああっ!!
あ、あんな小さな子供まで前線に向かっていますわっ!!」
「みんなギスギスに痩せていますっ!!
そんな・・・本当にこんなことって・・・ああっ!!!」
私たちは窓の中から、悲惨極まる戦場を見て嘆き悲しむことしかできません。
そして狂気に満ちた軍勢に対して我が軍は懸命に応戦していました。
向かってくるものは女子供、病人であろうともフェデリコは容赦なく弓矢で迎え撃っていたのです。まさに狂気のフェデリコ。
狂気に立ち向かえるのは同じく狂気でしかない。
この戦場で理性を持った瞬間に敗北する。そのことは誰の目にも明らかです。
ですから私にフェデリコを攻める資格はありません・・・。ただ・・・この無惨な戦場に涙せずしていられませんでした。
そうしてやがてフェデリコの軍勢は敵に押し戻されるようにして王城へ帰還していきます。
無理もありません。敵はこちらの10倍、100倍の敵。いくらミュー・ニャー・ニャー様の果樹園が敵の侵攻の足を遅くしてくれたとしてもそれもやがて限界の時が来るのです。
その光景はまるでありの巣穴を掘り返したかのようです。
敵兵はどこか悲鳴じみたの掛け声を上げて狂ったようにあとからあとから湧いて出てきます。まともな装備もない彼らは弓が刺されば即死していきますが、それでもこの数の前にフェデリコの部隊は正に焼け石に水。少しの時を稼いだにすぎませんでした。
そうしてフェデリコの部隊が全員、王城に引き返したころ。 私とお姉様は、無事帰還し城壁で敵を見据えるフェデリコの元へ迎えに出向きました。
「フェデリコ。ご苦労様です。」
「いえ、姫様。面目ないことです。
こうもあっさりと撤退させられてしまうとは・・・。」
フェデリコは無念そうにそう言ったのですが、命懸けで戦ってくれている彼らに対して私はただ首を横に振ることしかできません。
そうして、進軍を続ける敵兵はフェデリコ第二の罠に入っていったのです。
それは木の杭の地獄。
しかし、狂気にみちた敵兵は先のとがった木の杭ですらものともしませんでした。
後続兵は先を進む兵士の背中を押して杭に刺さるのも躊躇しません。
押し倒されて杭に刺さった兵士の屍を踏み越えるようにして突撃してくるのでした。
「なんということだ・・・。
なんという有様だ・・・。ここは地獄か・・・。」
あまりにも悲惨な光景に戦場を見慣れたフェデリコでさえ右手で口元を押さえて「信じられない。」とばかりに驚くのでした。
子供死体が踏みつけられ、病人が押し出されて杭に刺さっていく。
その遺体に足を取られた若者が空堀を転げ落ちて頭を打ったのか即死していく。
そして、その遺体の上をまた人間が踏み越えていくのです。
フェデリコの言った通り、王城の外は地獄の様相でした。
あとからあとからいくらでもやって来る敵兵の勢いで空堀に人があっという間に埋まっていく様子にフェデリコが焦って声を上げます。
「堰を切れっ!! このままでは水では押し流せない程の人間で埋まるぞっ!!
合図を送れ、旗を振るのだっ!!」
フェデリコの指示を受けた物見台の兵士が人の倍ほども幅のある信号旗を大きく左右に振ると、やがて物凄い爆発音をたてて大量の水が空堀を流れてきました。
人々の悲鳴はその音にかき消されて多くの人が流されていくのでした。
しかし、その光景を見ながらフェデリコは言います。
「なんということだ・・・。
この程度の水では敵の足止めとも言い切れない。
あとからあとから湧いてくる敵兵にやがて空堀は埋まってしまうぞ・・・。」
フェデリコは、大量の水が流れていく様子を見ながら事態が全く好転していないことを恐れました。
「水が引いたら、油を空堀に流せっ!!
綺麗に流さんでもいいっ!! 油壺を城壁から空堀に投げ入れるだけでいいっ!!」
フェデリコは先手を取ることを忘れません。数百万の敵兵が悲鳴交じり、怒号まじりの掛け声とともに突撃してくる前に油壺を投げ入れて敵兵の足を止めます。
大量の水が流し込まれた空堀は泥濘と化し、人々の足を止めます。動きが止まったそこに城壁から大量の矢が放たれます。
その様子を見ていたフェデリコが顔面蒼白になってうわごとのように呟きました。
「・・・・・なんてことだ。
敵は防具どころか武器すら持っていないではないかっ・・・」
言われて私とアンナお姉様は「あっ!!」と、声を上げました。
それはフェデリコの言う通りだったのです。敵兵は防具はおろか武器すら手にしていなかったのです。
「恐怖のあまり敵を冷静に見れていなかった・・・。
私としたことが・・・」
フェデリコも呆然とする状況です。戦場に武器も手にせず突撃してくるなど誰も思いません。思わなかったから気が付かなかったのです。大量の敵兵に気圧されつつ、『戦場には武器を持って臨むもの』という常識にとらわれた頭では、そんなことすら気が付く余裕などなかったのです・・・。
しかし、武器も持たない兵士など兵士とは呼べず、これではただの虐殺です。
「や、やめなさいっ!!
打ち方やめ~~っ!! これではただの虐殺ですっ!!」
私がそう命令を出した瞬間です。フェデリコが怒鳴りつけました。
「黙れ―――――いっ!!
小娘っ!! 貴様に戦場の何がわかるっ!?
素手であろうが何であろうが人は人を殺せるっ!! 敵意をもって殺意を持って向かってくるのならば、殺さねばならん。
殺さねば、味方が殺されるだけだっ!!」
その剣幕に私は震え上がりました。
「総員、弓を止めるなっ!! 打ち続けろっ!!
ただ一人にも情けを与えるなっ!! 生き残りたければ、殺し続けろっ!!」
フェデリコの合図を待たずに兵士たちは各々、弓を放ち続けていました。
その顔は皆、恐怖に歪んでいます。
恐ろしかったのです。武器も持たずに意味の分からぬ事を叫びながら突撃してくる敵兵が・・・。
「姫様っ!! 火急のことにつき、ご無礼をお許しください。
ですが、ここは戦場。この場の指揮は将軍である私に一任していただかねば困ります。
勝手な指示は慎んで下さいませっ!!」
フェデリコは物凄い形相でそれでも私に怒鳴りつけるようにして謝罪してきました。
こんなに冷静さを欠いたフェデリコを見たのは初めての事。私たちは、そこまで追い詰められていたのでした。
そうして、その追い詰められた状況はフェデリコの狂気をさらに加速させます。
「火を放てっ!!
下にいる者達に地獄の裁きを与えるのだっ!!」
フェデリコがそう叫びました。
「そんなっ!! それこそ生き地獄ですっ!!
やめてっ!! フェデリコやめてお願いっ!!」
私が敵兵を見ながら懇願の声を上げた時、敵兵の声が何を叫んでいるのか私にもわかる距離に敵兵が近づいてきていたことを私は知ったのです。
「助けてくれっ!! 魔族の姫よっ!!
俺達もつれて行ってくれっ!!! 新たな世界にっ!!」
「ああああっ!! 殺されるっ!!
殺さねば殺されるっ!!」
「死にたくないっ!!! 死にたくないよっ!!」
「殺せっ!! 高き館の主様は仰ったっ!!
この城の姫を殺せば助かるぞっ!!」
「殺せっ!! 殺せ―――――っ!!」
怒号と悲鳴は戦いの指揮と命乞いでした・・・。
「見て、フェデリコっ!!
助けを求めていますっ!!
彼ら、助けを求めていますっ!!」
私が敵兵を指差しながら懇願しましたが、フェデリコは聞き入れてくれません。
「それは敵の罠だっ!!
騙されてはいけませんっ!!」
フェデリコは私を指差しなら制止すると「火を投げ入れろ――――っ!!」と指示を出します。
次の瞬間、黒い煙が立ち上がり、空堀の中は文字通り火の海地獄となりました。
「殺さねば殺されるっ!!
それが戦場の習いなのですっ!!」
フェデリコがそう叫んだと同時に南門の方でラッパが鳴りました・・・。
『裏切りっ!! 鬼族の族長の裏切りですっ!
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