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第6話
マリアの縁談・3
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それから1時間後。定刻前にサンチェス伯爵の待つ応接室にドミニクとセバスティアンが先に顔を見せた。
「おおっ! お義父上。この度はお見合いを了承してくださって、誠に有難うございます。」
舞い上がったサンチェス伯爵はそう言って握手を求めて右手を差し出したが、セバスティアンはそれに応じなかった。両手を後ろに組んだままサンチェス伯爵をジロリと睨み付けると
「気が早いですな。まだ婚約が決まったわけではありませんよ。伯爵。
全ては私の娘が決める事。あなたの義父になるか否かは今日が終わるまで決まってはいないのです。」と、サンチェス伯爵を拒絶するように言った。
しかし、そんな言葉はサンチェス伯爵には届かない。
「おおっ!! もちろんでございますっ!!
安心してください。お義父上。必ず娘さんのハートを射止めて見せますぞ!!」
と自信満々にのたまう始末。
最早、セバスティアンもドミニクも溜息しか出なかった。
そうやっていきり立つサンチェス伯爵をどうにか宥めて着席させると、暫くの間は無言のドミニクとセバスティアンの前でサンチェス伯爵の独演会が開かれた。
やれ、自分の家格がどうの、戦場での自分の働きぶりはどうの、終い目には1週間に何回、マリアを夜の生活で満足させて見せると語って聞かせるのだった。
そんな話を延々と聞かされてブチ切れそうになるセバスティアンの我慢が限界に達しようとした頃、いよいよマルティーニ家の姫・マリアがパトリシアを伴って扉を開けて姿を見せた。
「伯爵様。大変お待たせいたしました。」
姿を見せたマリアを見て、全員が息を呑んだ。
何故ならマリアが男装していたからだった。
同世代と比べても小柄な彼女は男装していても美少女のような可憐さを秘めている。愛らしい茶栗色の耳と尻尾は彼女のチャームポイントの一つだ。
何よりも半妖精というこの世の者とは一線を画した漂う美の雰囲気は格別なものであった。
しかし、そんなマリアの美しさを差し引いても女性のドレスを身にまとわず、騎士のような男装は異様さを隠しきれない。
さすがのサンチェス伯爵も高揚から覚め、狼狽えた。
「こ・・・・これは、マリア殿・・・・
わ、私はブルーノ・ベン・サンチェスです・・・い、いや。違うっ!!
そ、そんなことよりも・・・・その御召物は一体・・・・一体、どのような趣向なのですか?
わ、私はわからない。どのような意図があって男の服装をしておられるのですか?」
サンチェス伯爵は混乱しながら尋ねた。
それに対するマリアの返答はサンチェス伯爵を試すような、彼の人格を探るような質問であった。
「伯爵様。私がこの姿でも私を愛せますか?」
「あ、ああ? ああっ!! もちろんです。」
そう答えたサンチェス伯爵は、誤解している。
いや、正確には誤解ではない。男装した姿も愛せるというのは男性にとっては当たり前のように答えられる質問だからだ。
だからこそ、マリアは深呼吸一つしてもう一つ深く踏み込んだ質問をする。
「いえ。そうではありません。
私は見ての通りの半人、半妖精。そして、見ても分からぬでしょうが両性具有です。
しかも、まだ幼い私は成長の余地を残しています。
その成長の余地とは、私は成人したときに男性・女性どちらかの性別に固定されてしまうのです。
それが男性か女性かは私にもわかりません。予兆もないのです。
つまり、伯爵様。私と結婚するという事はそういう事なのです。
だから伯爵様。私は問います。
伯爵様は、私が仮に男になっても愛してくれますか?」
衝撃的な告白だった。直ちに理解できない質問だった。
サンチェス伯爵はポカーンとしたまま話を聞き、聞き終えた後も理解が追い付かず、思わず真偽か確かめるようにセバスティンとドミニクの顔を交互に見た。
「・・・・事実だ。彼女はどちらの性別になるのか、今の段階では誰にもわからない。」
ドミニクは火を飲む思いで辛い答えを言う。
これがマリアにとってどれほど辛い話か男であるドミニクにはわからない。否、この場にいる誰であろうとマリアの想いに共感できると言う資格などないのだ。誰も彼女と同じ立場には絶対になれないのだから・・・・。
ドミニクはその事だけはわかっている。その事だけはわかっているからこそ、責任をもって事実以外の事は伝えなかった。マリアの気持ちを代弁してなにかを補足したり、援護するようなことは一切言わなかった。ドミニクにとってそれだけが、今こうして自分の背負う業の重さをさらけ出したマリアの覚悟に報いる行為だったからだ。
「・・・・・男?
マリア殿が男になってしまうかもしれない・・・・だと?」
マリアのあまりにも衝撃的な告白を聞いたサンチェス伯爵は、呆然自失となってそれだけをブツブツ語りながら、フラフラとサルヴァドール家の離れ屋敷から出ていった。
残されたマリアはサンチェス伯爵が応接室から出ていくまでは気丈に立っていたが、彼が部屋から出るとこらえ切れなくなって悲痛な叫び声を上げながらその場に泣き崩れた。
「あああっ!!! ああああああああ~~~~~っ!!!」
悲鳴じみたマリアの泣き声が屋敷中に響き渡るのであった。
覚悟の上だった。どのようなことになっても構わないと覚悟した上での告白であった。
マリアはずっと女性としての自我があったが、男性になってしまうかもしれないという恐怖に耐えながら生きて来た。そして、いつかその時が来ても大丈夫だと、切り替えられると考えていた。
だが、今はその心の準備さえできていないときである。もしかしたら女性になるかもしれないという夢の中に生きていてもいい途中の段階である。
マリアは彼女なりに男性と愛し合う未来を夢見ていた。ドミニクを諦めなければならない彼女にとって、その相手がだれかは未だわからない。ただ、出来れば、その時。自分の全てを背負ってくれるような男の姿を夢見ていた。全てを包み込んでくれる王子様的存在が自分を愛してくれると夢見ていた部分があった。
しかし、現実は残酷である。
マリアの夢は叶えられることはなかった。
もう、これで万が一にマリアの肉体が男性になってしまった後、誰も彼女を女性として愛してはくれないのだとマリアは知ってしまった。思い知らされてしまった。
これは女性としての自我を持っているマリアには耐えられないほどの地獄であった。
子供のように「あー、あーっ」と叫び、泣き崩れたマリアに寄り添ったパトリシアも泣きながら「大丈夫、大丈夫だからっ・・・・」と、声をかけてあげることしかできない。何が大丈夫なのかパトリシアにもわからない。ただ、そう声をかけてあげることしかできないのだ。
父親のセバスティアンにもマリアを救ってやる術はない。ただ、泣きじゃくる娘を抱きしめることしかできない。
「生きよう。お父さんと一緒に・・・・どこか遠くで二人きり
誰もお前を傷つけない世界で・・・・」
そう言って泣き崩れる父娘にドミニクがしてやれることは一つだけ。
二人が幸せに生きていける世界は自分の屋敷の中で彼女を囲い続けることでしかありえない。
ドミニクは一生、マリアを・・・この可愛い妹を守り続けることを心に誓うのだった。
そうやってサルヴァドール家の誰もが涙にぬれ、眠れぬ夜を乗り越えた翌朝、早朝の事だった。
何者かが襲撃かと錯覚する勢いで尋ねて来た。
まだ鶏が目覚めて間もない時間にドアが壊れるかと思うほど叩き金を打ち鳴らし、「御免っ!! 御免くださいっ!!」と、大声で訪問を伝える者が現れたのだ。
あまりの喧騒に家中の者は恐れおののき、ドミニクとセバスティアンが慌てて玄関に飛び出してきたとき、その訪問者がサンチェス伯爵だとわかった。
「おはようございますっ!! サルヴァドール卿っ!!
マリア殿に一目お目にかかりたく参かり越しましたっ!!!!」
「お・・・おはようごいます・・・・だと?」
さすがのドミニクも開放された玄関扉の向こうで朝焼けの光をバックに立つサンチェス伯爵の姿に絶句した。
それは異様な光景だった。
あまりに早朝に来たのでサンチェス伯爵はサルヴァドール家の門番に止められたのだろう。しかし、彼は門番を気絶させ、その門番二人の首根っこを両手で引きずって来た姿勢のまま仁王立ちで現れたのだ。その上で非常識な挨拶をするサンチェス伯爵の姿を見れば誰しもが開いた口がふさがらないだろう。
あきれ返っていると、サンチェス伯爵は再度マリアを求めた。
「どうぞ、一目。マリア殿をっ!!」
そのあまりにも不遜な態度に我慢の限界を迎えたドミニクは「貴様っ!! 一体何のつもりだっ!! これ以上、マリアを悲しませるつもりかっ!!」と、怒鳴ろうとした。
だが、その言葉の途中でドミニクは、サンチェス伯爵の覚悟のほどを見た。
そのあり様を見て、ドミニクは嬉しそうに「貴様・・・トコトンとんでもない男だな。」と言ってニヤリと笑った。
「マリアをここへっ!! 今すぐ引っ張って来いっ!!」
家中で滅多なことで大声を上げないドミニクの一吠えに、家中の者どもが上に下にの大騒ぎをして、嫌がるマリアを引きずるようにして玄関に連れて来た。
マリアにして見れば、たまった話ではない。辛く悲しく地獄のような眠れぬ夜を乗り越えたかと思ったら、メイドたちに無理やりさらわれて玄関に引きずり出されたのである。
そして、玄関に来てサンチェス伯爵の姿を見たマリアは泣きはらした目を見開いて驚いた。
「さ、サンチェス伯爵様っ!!
ど、どうしてっ!?」
サンチェス伯爵の来訪を知ったマリアは驚きのあまり、自分がガウンも羽織らぬ下着同然のナイトウェアのままであることも忘れ、隠すものも隠さずに仁王立ちになってしまった。
そんなマリアに向かってサンチェス伯爵は爽やかに宣言する。
「昨日のお返事に参ったっ!!」
「お・・・・お返事?」
自分の事情を知って逃げるように立ち去ったサンチェス伯爵が今更なんの返事に来たというのか?
マリアは動揺した。
しかし、そんなマリアを気遣うような男ではない。思いつめたらとことん真っすぐ前に進むのがサンチェス伯爵だ。
「私は昨日のそなたの問いかけに絶望しつつも、家に帰った後もそなたが男性になった姿を思い描いたっ!!
だが、ご覧あれっ!! 一晩を越えてもそなたを想うと私はいきり立って止まらぬっ!!
わかるかっ!? マリア殿っ!!
そなたを手に入れなければ、私は壊れてしまうのだっ!!!」
そう言ってサンチェス伯爵はいきり立った自分自身を証明する有り様をマリアに見せつける。
人並外れた巨漢はズボン越しでも高々とそそり立つ存在を見せつけることができた。
それを見たマリアは一瞬、思考停止し・・・・それから悲鳴を上げる。
「きゃあああああああ~~~っ!!!
な、なんてものを乙女に見せるのですかっ!!」
両手で顔を隠して恥ずかしがるマリアを見たサンチェス伯爵はさらに興奮気味に語る。
「そなたが男だろうが女だろうが、私は一向に構わぬっ!!
そなたを一目見たときに愛してしまったのが、運の尽きっ!!
一目ぼれとは何とも厄介なものではありませんかっ!! 全ての障害を大した問題にも思えないのですっ!!
しかし、そもそも同性でも番おうと思えば番える物っ!! よく考えればささいな問題でしかないっ!!
そもそもそなたはオチンチンがついていても、こんなにも可愛いっ!!
さらばっ!! 一番の問題は例えどうなろうと、私はそなたを手に入れなければ、狂ってしまうと言う事だ。壊れてしまうという事だ。
男であろうと女であろうと、そなたに私の情熱の杭を突き立てねば、私は生きてはいけぬ。
そして、そなたからの愛をこの身に受けられないのならば、この魂に何の価値もないのですっ!!
わかりますかっ! マリア殿っ!!
愛しているのだ。マリア殿っ!!
どうか、どうか。哀れな私を受け入れてくださいっ!!」
サンチェス伯爵はそう言いながら、マリアの許しを請いもせぬまま、彼女の小さな体を抱きしめる。
「愛しているのだっ!!
一目見たときからっ!!」
抱きかかえられたマリアは目と目がくっつくかと思うほどの距離でサンチェス伯爵の目を見た。その瞳はマリアへの愛で燃えていた。そこに一切の偽りがなかった。
(ああ・・・・この人は本気で私を求めてくれている・・・・。)
そう思った瞬間。マリアはサンチェス伯爵に落ちた。
自分の全てを包み込んでくれるサンチェス伯爵に・・・・。
「・・・・ばか・・・・・
伯爵家の総代のくせに男と結ばれるおつもりなのですか?
仮に私が男になったら、お世継ぎはどうなさるおつもりなのですか?」
「その時は別腹に子供を頼めばよい。養子でも良い。
なに、子供のあるなしだけが愛の形ではない。
神に誓うが、他の者に私の子供を産んでもらった場合でも私の第一夫人はそなただ。」
サンチェス伯爵の言葉が真実であることは疑いようがなかった。
マリアはその小さな両掌でサンチェス伯爵の頬を抱き寄せると、熱い口づけをするのだった。
こうして、嵐のように襲い掛かってきたサンチェス伯爵の求婚騒動は、無事に終着点についた。
納めるべきところに収まった。奇跡の出会いがマリアを救ったのだ。
その幸運にセバスティアンは涙せずにはいられなかった。声を殺しつつも肩を揺らし男泣きに泣くセバスティアン。
ドミニクはそんなセバスティアンの揺れる肩をポンッと叩いてやると、自分も涙で真っ赤になった瞳のまま最高の笑顔を見せて言ったやった。
「やれやれ。僕達にはとんでもない家族が増えてしまったな。」
「おおっ! お義父上。この度はお見合いを了承してくださって、誠に有難うございます。」
舞い上がったサンチェス伯爵はそう言って握手を求めて右手を差し出したが、セバスティアンはそれに応じなかった。両手を後ろに組んだままサンチェス伯爵をジロリと睨み付けると
「気が早いですな。まだ婚約が決まったわけではありませんよ。伯爵。
全ては私の娘が決める事。あなたの義父になるか否かは今日が終わるまで決まってはいないのです。」と、サンチェス伯爵を拒絶するように言った。
しかし、そんな言葉はサンチェス伯爵には届かない。
「おおっ!! もちろんでございますっ!!
安心してください。お義父上。必ず娘さんのハートを射止めて見せますぞ!!」
と自信満々にのたまう始末。
最早、セバスティアンもドミニクも溜息しか出なかった。
そうやっていきり立つサンチェス伯爵をどうにか宥めて着席させると、暫くの間は無言のドミニクとセバスティアンの前でサンチェス伯爵の独演会が開かれた。
やれ、自分の家格がどうの、戦場での自分の働きぶりはどうの、終い目には1週間に何回、マリアを夜の生活で満足させて見せると語って聞かせるのだった。
そんな話を延々と聞かされてブチ切れそうになるセバスティアンの我慢が限界に達しようとした頃、いよいよマルティーニ家の姫・マリアがパトリシアを伴って扉を開けて姿を見せた。
「伯爵様。大変お待たせいたしました。」
姿を見せたマリアを見て、全員が息を呑んだ。
何故ならマリアが男装していたからだった。
同世代と比べても小柄な彼女は男装していても美少女のような可憐さを秘めている。愛らしい茶栗色の耳と尻尾は彼女のチャームポイントの一つだ。
何よりも半妖精というこの世の者とは一線を画した漂う美の雰囲気は格別なものであった。
しかし、そんなマリアの美しさを差し引いても女性のドレスを身にまとわず、騎士のような男装は異様さを隠しきれない。
さすがのサンチェス伯爵も高揚から覚め、狼狽えた。
「こ・・・・これは、マリア殿・・・・
わ、私はブルーノ・ベン・サンチェスです・・・い、いや。違うっ!!
そ、そんなことよりも・・・・その御召物は一体・・・・一体、どのような趣向なのですか?
わ、私はわからない。どのような意図があって男の服装をしておられるのですか?」
サンチェス伯爵は混乱しながら尋ねた。
それに対するマリアの返答はサンチェス伯爵を試すような、彼の人格を探るような質問であった。
「伯爵様。私がこの姿でも私を愛せますか?」
「あ、ああ? ああっ!! もちろんです。」
そう答えたサンチェス伯爵は、誤解している。
いや、正確には誤解ではない。男装した姿も愛せるというのは男性にとっては当たり前のように答えられる質問だからだ。
だからこそ、マリアは深呼吸一つしてもう一つ深く踏み込んだ質問をする。
「いえ。そうではありません。
私は見ての通りの半人、半妖精。そして、見ても分からぬでしょうが両性具有です。
しかも、まだ幼い私は成長の余地を残しています。
その成長の余地とは、私は成人したときに男性・女性どちらかの性別に固定されてしまうのです。
それが男性か女性かは私にもわかりません。予兆もないのです。
つまり、伯爵様。私と結婚するという事はそういう事なのです。
だから伯爵様。私は問います。
伯爵様は、私が仮に男になっても愛してくれますか?」
衝撃的な告白だった。直ちに理解できない質問だった。
サンチェス伯爵はポカーンとしたまま話を聞き、聞き終えた後も理解が追い付かず、思わず真偽か確かめるようにセバスティンとドミニクの顔を交互に見た。
「・・・・事実だ。彼女はどちらの性別になるのか、今の段階では誰にもわからない。」
ドミニクは火を飲む思いで辛い答えを言う。
これがマリアにとってどれほど辛い話か男であるドミニクにはわからない。否、この場にいる誰であろうとマリアの想いに共感できると言う資格などないのだ。誰も彼女と同じ立場には絶対になれないのだから・・・・。
ドミニクはその事だけはわかっている。その事だけはわかっているからこそ、責任をもって事実以外の事は伝えなかった。マリアの気持ちを代弁してなにかを補足したり、援護するようなことは一切言わなかった。ドミニクにとってそれだけが、今こうして自分の背負う業の重さをさらけ出したマリアの覚悟に報いる行為だったからだ。
「・・・・・男?
マリア殿が男になってしまうかもしれない・・・・だと?」
マリアのあまりにも衝撃的な告白を聞いたサンチェス伯爵は、呆然自失となってそれだけをブツブツ語りながら、フラフラとサルヴァドール家の離れ屋敷から出ていった。
残されたマリアはサンチェス伯爵が応接室から出ていくまでは気丈に立っていたが、彼が部屋から出るとこらえ切れなくなって悲痛な叫び声を上げながらその場に泣き崩れた。
「あああっ!!! ああああああああ~~~~~っ!!!」
悲鳴じみたマリアの泣き声が屋敷中に響き渡るのであった。
覚悟の上だった。どのようなことになっても構わないと覚悟した上での告白であった。
マリアはずっと女性としての自我があったが、男性になってしまうかもしれないという恐怖に耐えながら生きて来た。そして、いつかその時が来ても大丈夫だと、切り替えられると考えていた。
だが、今はその心の準備さえできていないときである。もしかしたら女性になるかもしれないという夢の中に生きていてもいい途中の段階である。
マリアは彼女なりに男性と愛し合う未来を夢見ていた。ドミニクを諦めなければならない彼女にとって、その相手がだれかは未だわからない。ただ、出来れば、その時。自分の全てを背負ってくれるような男の姿を夢見ていた。全てを包み込んでくれる王子様的存在が自分を愛してくれると夢見ていた部分があった。
しかし、現実は残酷である。
マリアの夢は叶えられることはなかった。
もう、これで万が一にマリアの肉体が男性になってしまった後、誰も彼女を女性として愛してはくれないのだとマリアは知ってしまった。思い知らされてしまった。
これは女性としての自我を持っているマリアには耐えられないほどの地獄であった。
子供のように「あー、あーっ」と叫び、泣き崩れたマリアに寄り添ったパトリシアも泣きながら「大丈夫、大丈夫だからっ・・・・」と、声をかけてあげることしかできない。何が大丈夫なのかパトリシアにもわからない。ただ、そう声をかけてあげることしかできないのだ。
父親のセバスティアンにもマリアを救ってやる術はない。ただ、泣きじゃくる娘を抱きしめることしかできない。
「生きよう。お父さんと一緒に・・・・どこか遠くで二人きり
誰もお前を傷つけない世界で・・・・」
そう言って泣き崩れる父娘にドミニクがしてやれることは一つだけ。
二人が幸せに生きていける世界は自分の屋敷の中で彼女を囲い続けることでしかありえない。
ドミニクは一生、マリアを・・・この可愛い妹を守り続けることを心に誓うのだった。
そうやってサルヴァドール家の誰もが涙にぬれ、眠れぬ夜を乗り越えた翌朝、早朝の事だった。
何者かが襲撃かと錯覚する勢いで尋ねて来た。
まだ鶏が目覚めて間もない時間にドアが壊れるかと思うほど叩き金を打ち鳴らし、「御免っ!! 御免くださいっ!!」と、大声で訪問を伝える者が現れたのだ。
あまりの喧騒に家中の者は恐れおののき、ドミニクとセバスティアンが慌てて玄関に飛び出してきたとき、その訪問者がサンチェス伯爵だとわかった。
「おはようございますっ!! サルヴァドール卿っ!!
マリア殿に一目お目にかかりたく参かり越しましたっ!!!!」
「お・・・おはようごいます・・・・だと?」
さすがのドミニクも開放された玄関扉の向こうで朝焼けの光をバックに立つサンチェス伯爵の姿に絶句した。
それは異様な光景だった。
あまりに早朝に来たのでサンチェス伯爵はサルヴァドール家の門番に止められたのだろう。しかし、彼は門番を気絶させ、その門番二人の首根っこを両手で引きずって来た姿勢のまま仁王立ちで現れたのだ。その上で非常識な挨拶をするサンチェス伯爵の姿を見れば誰しもが開いた口がふさがらないだろう。
あきれ返っていると、サンチェス伯爵は再度マリアを求めた。
「どうぞ、一目。マリア殿をっ!!」
そのあまりにも不遜な態度に我慢の限界を迎えたドミニクは「貴様っ!! 一体何のつもりだっ!! これ以上、マリアを悲しませるつもりかっ!!」と、怒鳴ろうとした。
だが、その言葉の途中でドミニクは、サンチェス伯爵の覚悟のほどを見た。
そのあり様を見て、ドミニクは嬉しそうに「貴様・・・トコトンとんでもない男だな。」と言ってニヤリと笑った。
「マリアをここへっ!! 今すぐ引っ張って来いっ!!」
家中で滅多なことで大声を上げないドミニクの一吠えに、家中の者どもが上に下にの大騒ぎをして、嫌がるマリアを引きずるようにして玄関に連れて来た。
マリアにして見れば、たまった話ではない。辛く悲しく地獄のような眠れぬ夜を乗り越えたかと思ったら、メイドたちに無理やりさらわれて玄関に引きずり出されたのである。
そして、玄関に来てサンチェス伯爵の姿を見たマリアは泣きはらした目を見開いて驚いた。
「さ、サンチェス伯爵様っ!!
ど、どうしてっ!?」
サンチェス伯爵の来訪を知ったマリアは驚きのあまり、自分がガウンも羽織らぬ下着同然のナイトウェアのままであることも忘れ、隠すものも隠さずに仁王立ちになってしまった。
そんなマリアに向かってサンチェス伯爵は爽やかに宣言する。
「昨日のお返事に参ったっ!!」
「お・・・・お返事?」
自分の事情を知って逃げるように立ち去ったサンチェス伯爵が今更なんの返事に来たというのか?
マリアは動揺した。
しかし、そんなマリアを気遣うような男ではない。思いつめたらとことん真っすぐ前に進むのがサンチェス伯爵だ。
「私は昨日のそなたの問いかけに絶望しつつも、家に帰った後もそなたが男性になった姿を思い描いたっ!!
だが、ご覧あれっ!! 一晩を越えてもそなたを想うと私はいきり立って止まらぬっ!!
わかるかっ!? マリア殿っ!!
そなたを手に入れなければ、私は壊れてしまうのだっ!!!」
そう言ってサンチェス伯爵はいきり立った自分自身を証明する有り様をマリアに見せつける。
人並外れた巨漢はズボン越しでも高々とそそり立つ存在を見せつけることができた。
それを見たマリアは一瞬、思考停止し・・・・それから悲鳴を上げる。
「きゃあああああああ~~~っ!!!
な、なんてものを乙女に見せるのですかっ!!」
両手で顔を隠して恥ずかしがるマリアを見たサンチェス伯爵はさらに興奮気味に語る。
「そなたが男だろうが女だろうが、私は一向に構わぬっ!!
そなたを一目見たときに愛してしまったのが、運の尽きっ!!
一目ぼれとは何とも厄介なものではありませんかっ!! 全ての障害を大した問題にも思えないのですっ!!
しかし、そもそも同性でも番おうと思えば番える物っ!! よく考えればささいな問題でしかないっ!!
そもそもそなたはオチンチンがついていても、こんなにも可愛いっ!!
さらばっ!! 一番の問題は例えどうなろうと、私はそなたを手に入れなければ、狂ってしまうと言う事だ。壊れてしまうという事だ。
男であろうと女であろうと、そなたに私の情熱の杭を突き立てねば、私は生きてはいけぬ。
そして、そなたからの愛をこの身に受けられないのならば、この魂に何の価値もないのですっ!!
わかりますかっ! マリア殿っ!!
愛しているのだ。マリア殿っ!!
どうか、どうか。哀れな私を受け入れてくださいっ!!」
サンチェス伯爵はそう言いながら、マリアの許しを請いもせぬまま、彼女の小さな体を抱きしめる。
「愛しているのだっ!!
一目見たときからっ!!」
抱きかかえられたマリアは目と目がくっつくかと思うほどの距離でサンチェス伯爵の目を見た。その瞳はマリアへの愛で燃えていた。そこに一切の偽りがなかった。
(ああ・・・・この人は本気で私を求めてくれている・・・・。)
そう思った瞬間。マリアはサンチェス伯爵に落ちた。
自分の全てを包み込んでくれるサンチェス伯爵に・・・・。
「・・・・ばか・・・・・
伯爵家の総代のくせに男と結ばれるおつもりなのですか?
仮に私が男になったら、お世継ぎはどうなさるおつもりなのですか?」
「その時は別腹に子供を頼めばよい。養子でも良い。
なに、子供のあるなしだけが愛の形ではない。
神に誓うが、他の者に私の子供を産んでもらった場合でも私の第一夫人はそなただ。」
サンチェス伯爵の言葉が真実であることは疑いようがなかった。
マリアはその小さな両掌でサンチェス伯爵の頬を抱き寄せると、熱い口づけをするのだった。
こうして、嵐のように襲い掛かってきたサンチェス伯爵の求婚騒動は、無事に終着点についた。
納めるべきところに収まった。奇跡の出会いがマリアを救ったのだ。
その幸運にセバスティアンは涙せずにはいられなかった。声を殺しつつも肩を揺らし男泣きに泣くセバスティアン。
ドミニクはそんなセバスティアンの揺れる肩をポンッと叩いてやると、自分も涙で真っ赤になった瞳のまま最高の笑顔を見せて言ったやった。
「やれやれ。僕達にはとんでもない家族が増えてしまったな。」
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エミール・ディ・フランドル(20)×ミレア・ウィン・ティルベリー(18)
全30話の予定で現在、執筆中です。2月下旬に完結予定です。
タイトルや内容が変更になる場合もあります。ご了承ください。
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