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第7話
ペドロの危機・1
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嵐のような求婚騒動に決着がついた時、泣き疲れて眠ってしまっていたパトリシアがようやく目を覚ました。
目が覚めて、屋敷の異変に気が付いたのは家中の者が誰も自分の身支度に来ないことに気が付いてからだった。その時にはもう既に「嵐」は過ぎ去っており、邸宅内は静けさを取り戻していたのだった。
だから、事情の分からぬパトリシアはベッドから起きるとガウンを羽織って屋敷をさまよって玄関に行きついた時、何故かサンチェス伯爵とマリアが抱きしめあってキスをしているシーンであった。
「えっ・・・・ええええええ~~~~っ!?
な、なんで? 何がどうなっているのぉ~~っ!?」
パトリシアは混乱のあまり大声を出して驚いた。
そのパトリシアにドミニクは丁寧に事情を説明してやった。
もちろん、その内容はパトリシアの教育上の問題が無いようにアレがナニしてどうなったとかいう事情はすっぱ抜かれ、ただただ、サンチェス伯爵の深い愛がマリアのハートを掴んだという内容に変更されたのだが・・・・。
その話を聞いたパトリシアは感動の涙をこぼし、二人を祝福した。
(やれやれ・・・・この時間までパトリシアが部屋にこもっていてくれて助かった。
あんな不潔なものはパトリシアには見せられぬ。)
真実を知らぬのはある意味、幸せなことであった。
それから数日を待たずしてマリアはサンチェス伯爵の家に嫁入りした。サンチェス伯爵は「マリアが万が一、男になってしまう事を考えれば、先に結婚した方がどうにでも誤魔化せる。」と言って結婚を急いだ。
セバスティンにすればもっと手元に置いておきたい大切な娘であったが、娘の幸せを思えばこそ涙を呑んで送り出したのだった。
その際、セバスティアンは旧家の貴族姓を復興した。サンチェス伯爵に娘を嫁がせる以上、正室になってもらわねばならない。そのためには平民のままというわけにもいかず、ドミニクの力を借りて爵位を復興したのだった。
セバスティアンの家はセバスティアンが現し世とは時の流れる速度が違う妖精郷に住んでいた内に人間界で80年の時が流れてしまって、その時間の中で廃絶してしまった家である。が、しかしセバスティアンはその身の出自を証明できる品々を多数所有していたので、家を復興することができた。勿論、これは大騎士という貴族としては最下位の称号であるからこそ大した障害もなく復興することがわけではあるが、ともかくこれによりセバスティアンのマルティーニ家は貴族へと返り咲いたのである。
セバスティアンの所領はサルヴァドール家の一部を分割し譲渡された。貴族となったわけだが、その支配領地はセバスティアンの管轄地域であるため、ドミニクとセバスティアンは将軍家の家臣団に属する大名のような関係であり、セバスティアンが今後も変わらずドミニク家に仕えて働くことには変わりない。ただ、その肩書が執事長から家老に変わるだけの話である。
「しかし、所領を持ち、家名を復興した以上、世継ぎを作ってもらわねばな。」
ドミニクは自分の事は棚に上げてニヤニヤ笑いながら愉快そうにからかうが、「娘の結婚の次は私の結婚ですか。これは楽しみですな。」と、余裕綽々の様子。それもそのはず元々、セバスティアンは若いころは多くの女性と関係を持ったプレイボーイであり、しかも今は、娘の結婚という節目を迎えた後。もはやセバスティアンは自由であった。だから、どのような女性と結婚しようかと悩むことはあっても、結婚をためらうことはなかった。
むしろ、世継ぎ問題はドミニクの方にあった。
相手は既に決まっている。どう考えても他にいるわけもなく、一族郎党、知人に至るまで誰もがドミニクの妻はパトリシアしかいないと思っていたからだ。
しかし中々、そこに至らないことが大きな問題であった。二人はいつ結婚してもおかしくない。ようは些細なきっかけさえあればいいのだが、それが中々、起こらないのだった。
そして、それが起こらない理由の一つにパトリシアが一人で生きていけるようにするための事業を二人が真剣に取り組んでしまっていることにあった。
二人は引っ付くどころか互いに独立した生き方を進もうとしている。何という愚かなパラドックスであろうか。
さて現在、2人がやろうとする事業には大きな問題が二つあった。
一つは、ダンジョンを私有化するために冒険者たちの承認を得る必要があることだ。だが、実はこれは既に解消しかけている問題だった。
パトリシアに臣従したレオナルド・ベン・ルチアーノは王都でも3本の指に入るほどの大手兵団の団長である。その彼が外交力を生かして多くの冒険者から同意を得るに至っている。
それはマリアの結婚後、20日以内の事で済ませた。時には小賢しい小者に汚い交渉を仕掛けられることもあったが、海千山千の男達としのぎを削ってきたレオナルドにとって彼らを黙らせることなど造作もない事だった。これもパトリシアが個人で活動していたのなら到底不可能なことである。
しかもレオナルドの女になったイザベラは和解したパトリシアのために尽力してくれた。彼女の声掛けは意外なほどの数の女性冒険者の共感を得たのである。実は女性専用トイレの設置は女性冒険者なら誰しも望んでいた事なので、大変な歓迎を受けたのである。
こうして冒険者の同意という外堀はパトリシアが活動を初めて1ヶ月足らずで埋まりつつあった。
そうなれば残るのはもう一つの問題である。
それはダンジョン内でトイレ設置工事を行う期間、モンスターから工員を守ること。つまり安全対策である。これには莫大な人件費が必要である。
工事期間の長期にわたって都市ほどの広さがあるダンジョンの1回から3階までの安全を確保するとなるととてつもない人数の冒険者の用心棒を雇わねばならないのだ。これも大いにドミニクとパトリシアを悩ませた。
サルヴァドール家の財力ならばそれぐらいの金はあるが、問題はその資金を有料トイレなどで回収できるのかどうかである。いくらドミニクであっても私的に動かせるお金には限界がある。回収できない融資はお金をドブに捨てるようなもので、サルヴァドール家を支える家臣団の事を思えば、ある意味、サルヴァドール家の財力は彼らのものでもあるので、あまりに身勝手に金を使うわけにもいかないのである。
リスクとリターンが最低でも同レベルでなければならなかったのだ。
これには二人とも大いに頭を抱えた。
だが、救いの手は意外なところから上がった。サンチェス伯爵である。
サンチェス伯爵はマリアから「お兄様が困っているの。力を貸してあげて」と頼まれ、この事業に一枚噛むことになったのだが、意外にもサンチェス伯爵は機転の利く案を出した。
「義兄上。それでしたら、王都防衛の合同練兵。地下迷宮での実践訓練と称して、工事エリアを防衛させればよろしかろう。」
「・・・・・その手があったかっ!!」
元はと言えば、この二人の衝突したきっかけは、ドミニクがパトリシアと乳繰り合うために合同練兵の会議をすっぽかしているという悪いうわさが原因である。(乳繰り合っているのは、ある意味事実だが。)サンチェス伯爵の申し出は、その伸びに伸びてしまった合同練兵を行う絶好のタイミングでもあり、その上、防衛のための軍隊を動かす大義名分も整っている。まさに妙案であった。
これは両家が元々抱えている兵士による合同練兵であるため、工事にかかる人件費はゼロ。かなりの人材を投入できるうえに、兵たちもモンスター相手に生きた戦闘訓練が行える絶好の機会でもある。
しかし、これはドミニク一人で決められることではなく、サンチェス伯爵とマリアが結婚してくれた恩恵でもあった。
「持つべきものはよき妹ってことかな? ブルーノ。」
「はい。義兄上。」
マリアの結婚を通じていつの間にか二人は「ブルーノ」と「義兄上」と呼び合うほどの仲になっていた。マリアが鎹のように二人の間を取り繋いでくれたということである。
さて、そうなると水道業者のペドロが言った二つの大きな問題は解消されたという事である。
パトリシアとドミニクは両手を取り合って大喜びした。
「す、すごい!! すごいわっ!! ドミニクっ!!」
「ああ。僕もまさか、こんな短期間で実現できるとは思わなかったよ!!」
「こうなれば、善は急げね。早速、ペドロ商会に行って工事の話し合いをしましょう!!」
「そうだね! 工事費用に工事開始の日取りが決まれば、合同練兵の日取りも決められる。
早速、ペドロに会いに行こう!!」
二人は手に手を取り合って家を出て、馬車でこの国最大規模の水道業者ペドロ商会に向かった。
ペドロと会うのは数カ月ぶりの事であったが、アポなしのフリーパスで応接室に案内され、ペドロと商談を始めた。
しかし、実はペドロの方も二人が動いている間に事の準備を進めていたのだった。
その理由は最初にペドロ商会とパトリシア達が商談を行ったすぐ後にパトリシアが酒場でレオナルドと一悶着した後に彼に信奉され、臣下に加えることに成功したという噂を聞きつけたことにある。
「なんということだ。やはりあの娘は只者ではない。
それに付き添いのあの男も恐ろしい。まさか筆頭伯爵とは・・・・。
多分、あの二人は近いうちに問題を解決して再び私の前に現れるだろう。」
ペドロはそう予測し、その時になって仕事を始めたのではドミニクの怒りを買うばかりか、仕事をよその業者に盗られかねないと考えた。もしそうなれば大損である。
ペドロは算盤をはじいて自分がどう立ち回るのが最善かを考えに考え、その上で自ら工事にかかる費用を算出し、二人が来るのを待っていたのだ。
その根回しの良さは、大きな博打である。これほどの大工事。見積もりを立てるだけでも数日を要する。それにかかる費用はドミニク達が別の業者に行ってしまえば、ただの赤字になる。
さらに言えば、これほどの大工事に必要な資材は今日言って明日集まるものでもない。だから、前もってある程度の資材をペドロが自腹で準備して待っておく必要があったのだが、これもドミニク達が別の業者へ発注すれば、回収できない費用であり、それ即ち大赤字という事であった。
ドミニク達が来てくれれば大変な儲けが出るが、来てくれなければ大損。とんでもなくハイリスク=ハイリターンの構図の仕事であった。
だが、それでもペドロがこれに着手したのは、確信があったからだ。
パトリシアとドミニクは必ずまたここに来ると。
特にペドロは商人としての長年の経験からドミニクが自分と仕事をしたがっていると感じ取っていたのである。そして、その勘は当たっていた。ドミニクはペドロ商会を出てすぐにパトリシアを忘れるほどペドロと共に仕事をすることを望み、やる気になっていたのだ。
そうして、全てペドロが予想した通り、パトリシアとドミニクはこれまで多くの人間が空想しては挫折した水道事業の計画を実現寸前のところまでやり遂げ、ペドロの下へやって来てくれた。
ペドロはもう、感無量で二人を歓迎した。
「おおっ!! ようこそいらっしゃってくださいました。
お嬢様。旦那様。
さぁさ。どうぞ、こちらをご覧くださいませ。工事計画の見積もりでございます。」
「ええっ!?」
「・・・・・ふっ。すでに準備していたか。やはり・・・・やる男だな。」
ドミニクとパトリシアは驚きながらペドロの作った見積書を読んだ。読んで、そしてまた驚くのだった。
そこには詳細な工事計画と様々な要求に応えられるように先を読んだ設計が成されていたのだ。
一番のベースになる工事を先ず紹介する。それは、最小限の工事で費用が最も抑えられたものだった。
そして、それを少し豪華にしたり、大きくしたりする場合の見積もりがバージョンごとに記されていたのだった。
ドミニクとパトリシアが望む工事をしようと思えば、その一番ベースとなる工事に何を加え、どれくらい大きくするかを決めるだけで、簡単に工事費用や工事期間がわかる仕組みだった。
さらに二人を驚かせたのは、ペドロが
「既に資材の一部を自腹で抑えているので今すぐにでも工事を始められます。」と言い出したことだ。
二人ともペドロの手腕と先見の明に大いに感心し、その場で工事の発注をしたのだった。
工事の内容は当初、パトリシアが提案した5人が同時に仕える規模の設備。浄化槽には汚物を始末する魔物を十分な数を準備して入れておくことで水を浄化し、再利用するシステムを完成。さらに予備設備として簡易的な休憩所まで設けることにした。
ダンジョン中間部にこれほどの規模の施設を設置するには莫大な費用の工事費になるが、サンチェス伯爵の手助けもあって随分と抑えることができ、試算では最大15年で回収できるだろうとのことだった。
仕事の受注がまとまった二人は、店に来た時よりも意気揚々として帰っていった。
しかし、万事がうまく言った二人は気分良くし、途中で何かを食べて帰ろうという事になり、前回、食べそびれたワッフル屋に出かけるのであった。
そこで二人は周囲もうらやむほどイチャイチャして、食事を楽しんだ。
「ステキよ。すべてアナタのおかげ。
あなたがいないと私は路頭に迷うところでした。本当にありがとうドミニク。愛しているわ。」
「とんでもない。元はと言えば、君の考案だ。僕はそれのおかげで儲けさせてもらうんだ。
それに君は気づいていないかもしれないけれど、僕は辛くなった時、厳しい仕事をしている時、いつも可愛い君の姿に癒され、君のおかげで困難を乗り越えることができたんだよ。
僕の方こそ、ありがとう。愛してるよパトリシア・・・・。」
二人はお互いを褒めつつ、おだてつつ、感謝を述べつつ、愛を告白しあった。
だと言うのに一向に交際に進展しないのである。何かきっかけがあれば、変わる二人のはずなのに、お互いがお互いを失いたくないから、この壁を乗り越えられない。本当は心のどこかで自分が愛を告白していることに気が付いているのかもしれない。だが、それを理解しようとは思わないのであった。
目が覚めて、屋敷の異変に気が付いたのは家中の者が誰も自分の身支度に来ないことに気が付いてからだった。その時にはもう既に「嵐」は過ぎ去っており、邸宅内は静けさを取り戻していたのだった。
だから、事情の分からぬパトリシアはベッドから起きるとガウンを羽織って屋敷をさまよって玄関に行きついた時、何故かサンチェス伯爵とマリアが抱きしめあってキスをしているシーンであった。
「えっ・・・・ええええええ~~~~っ!?
な、なんで? 何がどうなっているのぉ~~っ!?」
パトリシアは混乱のあまり大声を出して驚いた。
そのパトリシアにドミニクは丁寧に事情を説明してやった。
もちろん、その内容はパトリシアの教育上の問題が無いようにアレがナニしてどうなったとかいう事情はすっぱ抜かれ、ただただ、サンチェス伯爵の深い愛がマリアのハートを掴んだという内容に変更されたのだが・・・・。
その話を聞いたパトリシアは感動の涙をこぼし、二人を祝福した。
(やれやれ・・・・この時間までパトリシアが部屋にこもっていてくれて助かった。
あんな不潔なものはパトリシアには見せられぬ。)
真実を知らぬのはある意味、幸せなことであった。
それから数日を待たずしてマリアはサンチェス伯爵の家に嫁入りした。サンチェス伯爵は「マリアが万が一、男になってしまう事を考えれば、先に結婚した方がどうにでも誤魔化せる。」と言って結婚を急いだ。
セバスティンにすればもっと手元に置いておきたい大切な娘であったが、娘の幸せを思えばこそ涙を呑んで送り出したのだった。
その際、セバスティアンは旧家の貴族姓を復興した。サンチェス伯爵に娘を嫁がせる以上、正室になってもらわねばならない。そのためには平民のままというわけにもいかず、ドミニクの力を借りて爵位を復興したのだった。
セバスティアンの家はセバスティアンが現し世とは時の流れる速度が違う妖精郷に住んでいた内に人間界で80年の時が流れてしまって、その時間の中で廃絶してしまった家である。が、しかしセバスティアンはその身の出自を証明できる品々を多数所有していたので、家を復興することができた。勿論、これは大騎士という貴族としては最下位の称号であるからこそ大した障害もなく復興することがわけではあるが、ともかくこれによりセバスティアンのマルティーニ家は貴族へと返り咲いたのである。
セバスティアンの所領はサルヴァドール家の一部を分割し譲渡された。貴族となったわけだが、その支配領地はセバスティアンの管轄地域であるため、ドミニクとセバスティアンは将軍家の家臣団に属する大名のような関係であり、セバスティアンが今後も変わらずドミニク家に仕えて働くことには変わりない。ただ、その肩書が執事長から家老に変わるだけの話である。
「しかし、所領を持ち、家名を復興した以上、世継ぎを作ってもらわねばな。」
ドミニクは自分の事は棚に上げてニヤニヤ笑いながら愉快そうにからかうが、「娘の結婚の次は私の結婚ですか。これは楽しみですな。」と、余裕綽々の様子。それもそのはず元々、セバスティアンは若いころは多くの女性と関係を持ったプレイボーイであり、しかも今は、娘の結婚という節目を迎えた後。もはやセバスティアンは自由であった。だから、どのような女性と結婚しようかと悩むことはあっても、結婚をためらうことはなかった。
むしろ、世継ぎ問題はドミニクの方にあった。
相手は既に決まっている。どう考えても他にいるわけもなく、一族郎党、知人に至るまで誰もがドミニクの妻はパトリシアしかいないと思っていたからだ。
しかし中々、そこに至らないことが大きな問題であった。二人はいつ結婚してもおかしくない。ようは些細なきっかけさえあればいいのだが、それが中々、起こらないのだった。
そして、それが起こらない理由の一つにパトリシアが一人で生きていけるようにするための事業を二人が真剣に取り組んでしまっていることにあった。
二人は引っ付くどころか互いに独立した生き方を進もうとしている。何という愚かなパラドックスであろうか。
さて現在、2人がやろうとする事業には大きな問題が二つあった。
一つは、ダンジョンを私有化するために冒険者たちの承認を得る必要があることだ。だが、実はこれは既に解消しかけている問題だった。
パトリシアに臣従したレオナルド・ベン・ルチアーノは王都でも3本の指に入るほどの大手兵団の団長である。その彼が外交力を生かして多くの冒険者から同意を得るに至っている。
それはマリアの結婚後、20日以内の事で済ませた。時には小賢しい小者に汚い交渉を仕掛けられることもあったが、海千山千の男達としのぎを削ってきたレオナルドにとって彼らを黙らせることなど造作もない事だった。これもパトリシアが個人で活動していたのなら到底不可能なことである。
しかもレオナルドの女になったイザベラは和解したパトリシアのために尽力してくれた。彼女の声掛けは意外なほどの数の女性冒険者の共感を得たのである。実は女性専用トイレの設置は女性冒険者なら誰しも望んでいた事なので、大変な歓迎を受けたのである。
こうして冒険者の同意という外堀はパトリシアが活動を初めて1ヶ月足らずで埋まりつつあった。
そうなれば残るのはもう一つの問題である。
それはダンジョン内でトイレ設置工事を行う期間、モンスターから工員を守ること。つまり安全対策である。これには莫大な人件費が必要である。
工事期間の長期にわたって都市ほどの広さがあるダンジョンの1回から3階までの安全を確保するとなるととてつもない人数の冒険者の用心棒を雇わねばならないのだ。これも大いにドミニクとパトリシアを悩ませた。
サルヴァドール家の財力ならばそれぐらいの金はあるが、問題はその資金を有料トイレなどで回収できるのかどうかである。いくらドミニクであっても私的に動かせるお金には限界がある。回収できない融資はお金をドブに捨てるようなもので、サルヴァドール家を支える家臣団の事を思えば、ある意味、サルヴァドール家の財力は彼らのものでもあるので、あまりに身勝手に金を使うわけにもいかないのである。
リスクとリターンが最低でも同レベルでなければならなかったのだ。
これには二人とも大いに頭を抱えた。
だが、救いの手は意外なところから上がった。サンチェス伯爵である。
サンチェス伯爵はマリアから「お兄様が困っているの。力を貸してあげて」と頼まれ、この事業に一枚噛むことになったのだが、意外にもサンチェス伯爵は機転の利く案を出した。
「義兄上。それでしたら、王都防衛の合同練兵。地下迷宮での実践訓練と称して、工事エリアを防衛させればよろしかろう。」
「・・・・・その手があったかっ!!」
元はと言えば、この二人の衝突したきっかけは、ドミニクがパトリシアと乳繰り合うために合同練兵の会議をすっぽかしているという悪いうわさが原因である。(乳繰り合っているのは、ある意味事実だが。)サンチェス伯爵の申し出は、その伸びに伸びてしまった合同練兵を行う絶好のタイミングでもあり、その上、防衛のための軍隊を動かす大義名分も整っている。まさに妙案であった。
これは両家が元々抱えている兵士による合同練兵であるため、工事にかかる人件費はゼロ。かなりの人材を投入できるうえに、兵たちもモンスター相手に生きた戦闘訓練が行える絶好の機会でもある。
しかし、これはドミニク一人で決められることではなく、サンチェス伯爵とマリアが結婚してくれた恩恵でもあった。
「持つべきものはよき妹ってことかな? ブルーノ。」
「はい。義兄上。」
マリアの結婚を通じていつの間にか二人は「ブルーノ」と「義兄上」と呼び合うほどの仲になっていた。マリアが鎹のように二人の間を取り繋いでくれたということである。
さて、そうなると水道業者のペドロが言った二つの大きな問題は解消されたという事である。
パトリシアとドミニクは両手を取り合って大喜びした。
「す、すごい!! すごいわっ!! ドミニクっ!!」
「ああ。僕もまさか、こんな短期間で実現できるとは思わなかったよ!!」
「こうなれば、善は急げね。早速、ペドロ商会に行って工事の話し合いをしましょう!!」
「そうだね! 工事費用に工事開始の日取りが決まれば、合同練兵の日取りも決められる。
早速、ペドロに会いに行こう!!」
二人は手に手を取り合って家を出て、馬車でこの国最大規模の水道業者ペドロ商会に向かった。
ペドロと会うのは数カ月ぶりの事であったが、アポなしのフリーパスで応接室に案内され、ペドロと商談を始めた。
しかし、実はペドロの方も二人が動いている間に事の準備を進めていたのだった。
その理由は最初にペドロ商会とパトリシア達が商談を行ったすぐ後にパトリシアが酒場でレオナルドと一悶着した後に彼に信奉され、臣下に加えることに成功したという噂を聞きつけたことにある。
「なんということだ。やはりあの娘は只者ではない。
それに付き添いのあの男も恐ろしい。まさか筆頭伯爵とは・・・・。
多分、あの二人は近いうちに問題を解決して再び私の前に現れるだろう。」
ペドロはそう予測し、その時になって仕事を始めたのではドミニクの怒りを買うばかりか、仕事をよその業者に盗られかねないと考えた。もしそうなれば大損である。
ペドロは算盤をはじいて自分がどう立ち回るのが最善かを考えに考え、その上で自ら工事にかかる費用を算出し、二人が来るのを待っていたのだ。
その根回しの良さは、大きな博打である。これほどの大工事。見積もりを立てるだけでも数日を要する。それにかかる費用はドミニク達が別の業者に行ってしまえば、ただの赤字になる。
さらに言えば、これほどの大工事に必要な資材は今日言って明日集まるものでもない。だから、前もってある程度の資材をペドロが自腹で準備して待っておく必要があったのだが、これもドミニク達が別の業者へ発注すれば、回収できない費用であり、それ即ち大赤字という事であった。
ドミニク達が来てくれれば大変な儲けが出るが、来てくれなければ大損。とんでもなくハイリスク=ハイリターンの構図の仕事であった。
だが、それでもペドロがこれに着手したのは、確信があったからだ。
パトリシアとドミニクは必ずまたここに来ると。
特にペドロは商人としての長年の経験からドミニクが自分と仕事をしたがっていると感じ取っていたのである。そして、その勘は当たっていた。ドミニクはペドロ商会を出てすぐにパトリシアを忘れるほどペドロと共に仕事をすることを望み、やる気になっていたのだ。
そうして、全てペドロが予想した通り、パトリシアとドミニクはこれまで多くの人間が空想しては挫折した水道事業の計画を実現寸前のところまでやり遂げ、ペドロの下へやって来てくれた。
ペドロはもう、感無量で二人を歓迎した。
「おおっ!! ようこそいらっしゃってくださいました。
お嬢様。旦那様。
さぁさ。どうぞ、こちらをご覧くださいませ。工事計画の見積もりでございます。」
「ええっ!?」
「・・・・・ふっ。すでに準備していたか。やはり・・・・やる男だな。」
ドミニクとパトリシアは驚きながらペドロの作った見積書を読んだ。読んで、そしてまた驚くのだった。
そこには詳細な工事計画と様々な要求に応えられるように先を読んだ設計が成されていたのだ。
一番のベースになる工事を先ず紹介する。それは、最小限の工事で費用が最も抑えられたものだった。
そして、それを少し豪華にしたり、大きくしたりする場合の見積もりがバージョンごとに記されていたのだった。
ドミニクとパトリシアが望む工事をしようと思えば、その一番ベースとなる工事に何を加え、どれくらい大きくするかを決めるだけで、簡単に工事費用や工事期間がわかる仕組みだった。
さらに二人を驚かせたのは、ペドロが
「既に資材の一部を自腹で抑えているので今すぐにでも工事を始められます。」と言い出したことだ。
二人ともペドロの手腕と先見の明に大いに感心し、その場で工事の発注をしたのだった。
工事の内容は当初、パトリシアが提案した5人が同時に仕える規模の設備。浄化槽には汚物を始末する魔物を十分な数を準備して入れておくことで水を浄化し、再利用するシステムを完成。さらに予備設備として簡易的な休憩所まで設けることにした。
ダンジョン中間部にこれほどの規模の施設を設置するには莫大な費用の工事費になるが、サンチェス伯爵の手助けもあって随分と抑えることができ、試算では最大15年で回収できるだろうとのことだった。
仕事の受注がまとまった二人は、店に来た時よりも意気揚々として帰っていった。
しかし、万事がうまく言った二人は気分良くし、途中で何かを食べて帰ろうという事になり、前回、食べそびれたワッフル屋に出かけるのであった。
そこで二人は周囲もうらやむほどイチャイチャして、食事を楽しんだ。
「ステキよ。すべてアナタのおかげ。
あなたがいないと私は路頭に迷うところでした。本当にありがとうドミニク。愛しているわ。」
「とんでもない。元はと言えば、君の考案だ。僕はそれのおかげで儲けさせてもらうんだ。
それに君は気づいていないかもしれないけれど、僕は辛くなった時、厳しい仕事をしている時、いつも可愛い君の姿に癒され、君のおかげで困難を乗り越えることができたんだよ。
僕の方こそ、ありがとう。愛してるよパトリシア・・・・。」
二人はお互いを褒めつつ、おだてつつ、感謝を述べつつ、愛を告白しあった。
だと言うのに一向に交際に進展しないのである。何かきっかけがあれば、変わる二人のはずなのに、お互いがお互いを失いたくないから、この壁を乗り越えられない。本当は心のどこかで自分が愛を告白していることに気が付いているのかもしれない。だが、それを理解しようとは思わないのであった。
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幼馴染みで漫画家、ミツルギサイチ(御剣才知)が描く、人気漫画「悪役令嬢が断罪されるまで」の登場人物だということに気がつく。
名前はミレア・ホルダー(本名はミレア・ウィン・ティルベリー)
没落貴族の令嬢で、現在、仕えているフランドル侯爵によって領地と洋館を奪われ、復讐のために、フランドル侯爵の長女イザベラが悪役令嬢になるのを止めず、むしろ後押しして見事断罪されてしまうキャラだった。
原作は未完だが、相談を受けていたのでどういう結末を迎えるのか知っている。
「二期アニメもまだ見てないし、どうせ転生するなら村人Aとかヒロインの母親がよかった……!!」
幼馴染みの描く世界に転生してしまった水縞あいり=ミレアが、フランドル侯爵家で断罪回避するべく、イザベラをどうにかお淑やかな女性になるように導いている途中。
病弱で原作だと生死不明になる、イザベラの腹違いの兄エミールに、協力してもらっているうちに求愛されていることに気づいてしまい──。
エミール・ディ・フランドル(20)×ミレア・ウィン・ティルベリー(18)
全30話の予定で現在、執筆中です。2月下旬に完結予定です。
タイトルや内容が変更になる場合もあります。ご了承ください。
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