100回目のキミへ。

落光ふたつ

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〖2章〗

【21話】‐21/99‐

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「各色4組でのリレーっぽいすねー。あーはい、スタートはあっちっす」
 カメラが映すのはレーンで合図を待っている生徒達。男女の入り混じった集団が、二人一組になって足を紐で繋いでいた。
「いやどう考えても黄色一択っすよー。えー、社長また大穴っすか。いやいやそれなら10万で行きましょうよ。あ、ニートくん出せます?」
 現場の状況をスマホで送っているのは制服を着た長身の女子生徒。1年6組の変わり者である白波瀬は、ワイヤレスイヤホンで通話をしながら体育祭を賭けの場にしている。
 予想が出揃い、スタートをワクワクと待っていると、ふと一人の人物が白波瀬の視界に入った。
「あ、大宮ーっ!」
 スマホでの会話を中断し友人の名を呼ぶ。すると呼ばれた小さな同級生は、白波瀬に気づき近づいてきた。
「白波瀬来てたんだ」
「どこおったんだよー。探したんだぞー」
「開会式以降はテントにいたよ。なんか用あった?」
 希李は友人が制服姿である事を気にもせず、いつも通り言葉を交わす。首を傾げたところでふと、白波瀬がスマホを掲げてレースを映している事に気づき、自分への用を察した。
「ああ、賭けね。カメラ役やって欲しかった感じ?」
「いやーやっぱ理解速いねー。知的は素敵っ」
 相変わらずの心地良い理解力を白波瀬が褒めると、希李は思わずと言った感じで微笑んだ。しかし期待には応えられないと「でも」と続ける。
「あたしこれから帰るんだよね。ゴメン、手伝えないや」
「あーそうなん?」
 まだ正午を越えていない。それなのに夕方まで行われる体育祭を抜け出ようとしている希李を、白波瀬もまたとやかく問い詰めたりはしない。
 とその時、パン、とピストルが鳴った。途端に周囲の歓声が増し、慌てて白波瀬がスマホを構え直す。
「うわ、始まった。あ、すんやせんすんやせん」
「じゃーあたしはこれくらいで」
 再び通話に戻り、スタートを撮りそびれた事を謝っている白波瀬に、希李は軽く片手を上げてその場を離れていく。
「あそだ、大宮はどこ勝つと思う?」
 ふと思い付きで、遠ざかる友人に白波瀬はそう呼び止めた。すると、振り返った小さな少女は、切なさそうな微笑みを浮かべる。
「勝敗とかは分かんないけど、あたしが応援するのは一人だけだよ」
 明確な答えではなく。それでもなぜか、彼女が向けた視線の先にいる生徒が、白波瀬にも分かるようだった。
 じゃあね、と再び手を振り去っていく希李を愕然と見送る。
「……マジで男出来たん?」
 適当な推測が現実味を持ち、白波瀬はまるで、好きなアイドルが結婚してしまったような衝撃を受けるのだった。

◆◇◆◇◆

 パン、と音が響き、美桜は慌ててその腕を引っ張った。
「雅文、始まったってっ」
「もうちょい寝かせてー……」
 しかし、座ったままの加納雅文は顔も上げずにその場に留まろうとする。これ以上は我慢ならないと美桜は力任せにその体を持ち上げた。
 紐で繋がれた足を引きずり、介護するような形でレーンに入る。二人は2番手。第1走者の組が走り出している今、出番はもうすぐだ。
「ふざけてないでちゃんと立ってよっ」
「あー、うん……」
 返事は適当で、しかも体重をぐったり預けてくる。前の競技ではやる気を出したように見えたが、その迷惑は相変わらず美桜の苛立ちを募らせた。
「だ、大丈夫っ?」
「大丈夫、いつもの事だから。心配させてゴメンね」
 隣のレーンの女子が、思わずと言った感じで声をかけてきて、美桜はどうにか笑顔で取り繕う。
 他にも周囲からの視線を感じる。それが余計、感情を荒立てさせ、美桜は意識して視界に入れず、彼だけを見つめた。
「もうおれらの番?」
「そうだってっ」
 加納雅文は未だに脱力しきっている。声も寝起きのように力なく、美桜が支えていなければ倒れてしまいそうだ。
 ……いつまで、おちょくる気なのだろう。
 無視から始まった彼の言動は、日に日に厄介さを増している。最初こそ心配していたが、いつの間にか怒りばかりが先に出ていた。
 何でこうなったのか。確かに彼には色々あったが、それでももう庇いきれない域だ。
 不意に思い出したこれまでに、美桜は深いため息を吐く。
 とその時、周囲でバトンが渡り始めた。
 最初に走り出したのは紫組。続くのは橙。
 そして、緑。
 美桜達の仲間がもうすぐそこまで迫っていた。
「はいっ!」
 やる気に満ちた同級生が伸ばすバトン。しかし向けられた雅文は見向きもしない。
「もうっ……!」
 美桜は仕方なくと右手を広げ、代わりに受け取った。それから走り出すも、相方の足があまりにも重く、あっという間に最下位に落ちてしまう。
「せめてっ、ちゃんとっ、走って……!」
「うおー……」
 抗議に返ってくるのは気の抜けた声。どれだけ言っても変わらないのはいつもの事で、美桜はそれでも投げ出さず必死に汗を掻き、自分の体重以上の重りを引きずって走った。
 どうにか足を動かしたかと思えば、彼はレーンから外れようとする。進行方向を調整している内に、もう走っているのは自分達だけになっていた。
 歓声が淀む。注目に熱が消えていく。
「だからっ、ちゃんと、走ってって……!」
 美桜は歯を食いしばってゴールを目指すものの、もう限界だった。
「っ……!?」
 ついにはバランスを崩し、足首を結ぶ紐に引きずられて倒れてしまう。
「もうっ! 早く起きて……!」
 悪態をつきながら立ち上がる。彼は転んだまま。また立たせてやらないといけないのかと呆れ、嫌々肩に手を触れたところで、ようやく美桜は気付いた。
「……雅文?」
 彼の瞼が、重く閉ざされている。呼びかけに応えず、異常な汗を掻き、手足は痙攣している。
 その姿を捉えた瞬間、なぜか頭上の日差しを嫌に感じた。
「ねえ、ほんとにふざけてないの……?」
 再び声をかけてもやはり彼は応えず。
 にわかに騒がしくなる周囲から、美桜は取り残されていった。

◆◇◆◇◆

 雅文が帰宅すると希李に出迎えられた。どうやら彼女も体育祭を抜けてきたらしく、家主のために食事の準備をしている際中だった。
 時間は正午。希李の手料理完成はもうしばらくかかるとの事で、雅文は椅子に座って待っている。
 キッチンに立つ背中を見つめると、いつも申し訳なさを覚えた。なぜそうするかはもう何度も聞いた事で、変わらない献身に雅文は改めて気持ちを伝える。
「大宮さん、ありがとう」
「ん? なにが?」
 希李は顔だけを振り向かせ。その疑問の視線に雅文はなんとなく気恥ずかしくなりつつも、丁寧に言葉を並べた。
「今、ご飯を作ってくれてる事もだけど、こうして家にやってきてくれて、独りにしないでいてくれて、すごく助かってる」
 慎重に本心と照らし合わせ、偽りのない想いを告げていく。
 幼馴染をけなし、周囲にも迷惑をかけている自分が幸せを感じるなんて道理に合わないが、それでもこの感謝は表したかった。
「まー、あたしが無理言ってる方だけどねー」
 希李は相変わらず飄々と言う。確かにこの家に入って来た時は強引だったが、それが最善の選択だと彼女は理解していたから行ったのだろう。優しい以上に頭の良い人物なのだ。
 だからこそ、対価を返したかった。
「何か、お礼に出来る事はないかな。バイトもしてるし、少しはお金も出せるから」
 火元に視線を戻した希李にそう尋ねると、どこか冗談めかして返される。
「んーじゃー、あたしにして欲しい事ある? 加納君のためなら何でもしたいからさー」
「えっ、いや、もう十分してもらってるし、と言うか俺が何かしたいんだけど……」
 冗談慣れしていない雅文は、それでは本末転倒だと戸惑った。その様子に希李は失笑し、前言を撤回して代替案を出す。
「じゃあ、今度ゲーム代わりにしてよ。レベ上げとか素材集めとかめんどくさいとこ」
「それくらいなら全然……他にはないの?」
「いやいや、積んでるゲーム結構あるから大変だよー?」
 やはり対等にはなっていないと雅文は感じながらも、相手が望んでもいないのに踏み込む事は出来なかった。
 きっと、何も返せない関係では歯切れ悪いと思っている自分にまた気を遣ったのだ。雅文もそれを察しながら、けれど彼女の言い分は崩せない。
 本当に良い人なのだなと感じると共に、雅文の胸は別の痛みを感じる。
 とそこで、希李が体ごと振り返った。
「もう出来るから、ご飯よそってくれる?」
「うん分かった」
 とやかく悩むのは後回しにし、頼まれた仕事を実行する。
 茶碗に白米をよそい、インスタントの味噌汁も食卓に並べた。その間に希李はすっかり慣れた手つきで盛り付けを行い、準備を終える。
 昼食は、ピーマンの肉詰めにサラダ。お互いに感謝を言い合い二人で席に座ると、揃って「いただきます」と手を合わせた。
 希李が料理を作った時はいつも雅文の一口目を待つ。その視線を感じながら雅文が早速ピーマンの肉詰めを一齧りすると、思わず感想が零れ出た。
「……大宮さん、料理上手になってるね。すごく美味しいよ」
 数週間前とはハッキリと腕前の違いを感じる。味付けの濃さも焼き加減も、かなり雅文の好みに寄っていた。
 嘘偽りない賞賛に、料理人はまんざらでもなく笑う。
「へへっ、上達速いでしょ。あたしすごい子だから」
 少女にとってはそれこそが、何よりものお返しだった。



          ——〖2章〗完——
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