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第6話「未来を恐れた少女」
#5
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予感の通り、始まりだった。
エミが突然消えた日以降、同じようなことが何度も起きた。
ふと目を離した隙だけでなく、対面で会話していた時も、あるいは全く別の部屋にいた時も、構わずエミは唐突に姿を消した。
その度に比良人は町中を探し回り、だが結局見つかるのは彼女が元いた場所だ。
どうやら時間経過だけが解決するようで、ただその時間は回数を追うごとに長くなっている。
三日経った今ではもう、一度消えたら半日は姿を見せなくなっていた。
「そっか。そんなことになってたんだね」
「悪い。報告が遅れて」
「いや謝ることじゃないよ」
早朝。学校の教室。繋は気遣った笑顔を見せた。
昨日と一昨日、比良人は学校を休んでいる。それも、エミの様子を見守るためだったが、結果的には自分の無力さを味わわせられただけだった。
繋には、『詳しくは会って話す』とだけ連絡していたが、いざ約束を果たしても比良人の声音は落ち込んだまま。
繋は彼の顔色を窺いつつ問いかける。
「それより、学校来て大丈夫だったの?」
「まあ、俺がいても出来ることはないからな」
無断で学校を休めば当然親からは心配され、その上エミに一人で大丈夫だと強がらせてしまった。
本当は一秒でもエミから目を離したくない。けれどその視線がむしろ彼女を思い悩ませているのではと考え、なすすべなく日常に戻ってきていた。
「理由は、分かってるの?」
「……エミの、心の問題だとは思う」
——私は……いない方がいいんだろうね。でも、やっぱり……
彼女の言葉を思い出す。
見たものが現実になるという、神のような存在である彼女は、その体を今までは持っていなかった。
本来はなかったもの。それを一時の望みで作り出してしまったが、その影響で壊れ行く未来を知って、後悔を始めているのだろう。
杞憂だと思い込むことも出来る。しかしそれでも、一度浮かんだ疑念はハッキリと答えが出ない限りは拭いきれない。
その心の仕組みは、人間と変わりないのだ。
比良人といる時間を増やしたがったのも、極力物事を考えたくなかったからなのかもしれない。
「元気づけようとしてもなんか空振りしてな。それに俺の言葉は、響かないみたいだ」
「そっか……」
繋は慰めの言葉を発せない代わりに話題を変えた。
「そう言えば、行ちゃんは家に顔出してたみたいだよ」
「見つかったのか?」
「いや、結局どこにいるかは分からないんだけど、心配はないってお母さんに言ってたみたい。もっと早くあたしが家に顔出してればよかったよ」
「まあなんにせよ、安心だな」
「うん。でもあたしたちなんだか、置いてけぼりだね」
困ったようにはにかむ繋に、比良人も同意と笑い返そうとして、けれど上手く表情が動かなかった。
そうして会話に区切りがついたところで教師がやってくる。
今日も二人は、いつものように授業を受けるのだった。
*
放課後になると、比良人と繋はすぐに教室を出た。少なくとも学校で二人が出来ることはなく、校門までの短い距離を並んで歩く。
「行が大丈夫ってなら、これからはもう探さないのか?」
「……うん。あんまりあたしが騒いでたら逆に迷惑かもだし」
力なく笑う繋の心情が、比良人には痛いほど分かった。
この一週間と少し、何度も訪れた共感で彼女とは結びつきが強くなったと感じている。なんとなく似た者同士、二人での会話は僅かな気休めになっていた。
「エミさんが消えるのは、未来と関係があると思う?」
「ありそうだけど、どうなんだろうな」
思考を働かせるのはお互いにやめていない。けれど思いつく推測はいつも、形を得られずに霧散する。
「行ちゃんに聞けば、何か手掛かりがあるかもしれないけど」
「それに咲、というよりあいつの叔母さんに話を聞けたらもっと良いんだけどな」
結局浮かべるのは今はいない二人。
力のない比良人と繋は、誰かを頼るしかなかった。けれどそれも不可能で、相談はすぐに打ち切られる。
校門を通り過ぎると、エミが門柱にもたれかかっていた。明確な約束はしていないけれど、彼女が比良人の下校を待つのはもう通例になっている。
「……比良人」
「特に何もなかったか?」
「……うん」
平常を装って比良人は声をかけるが、応えるエミの声音はやはり元気がない。常に俯くその姿はまたすぐにでも消えてしまいそうに思えた。
「それじゃあね。比良人くん、エミさん」
「ああ、じゃあな」
「……」
繋からの挨拶に応える比良人に続き、エミも申し訳程度に手を上げる。それに繋は優しく微笑んで、踵を返す。
その時だった。
一台の車が、三人のすぐ側で止まった。
帰ろうとしていた足を止め、注目する。
それは、比良人の記憶にある物だったのだ。
「り、リムジン……?」
普通車二台分の長さ。本来、一般家庭の子である比良人には縁遠いものなれど、とある人物のおかげ、と言うかせいで、何度も乗せられたことのある車。
そして、車から降り現れたのはまさにその人物。
「皆様お揃いですわね。それでは乗って下さいませ」
神楽咲咲。
短くなった髪型はそのまま、しかし元の輝きは取り戻していて。
より凛とした佇まい。
その瞳は明確に、未来を見据えていた。
エミが突然消えた日以降、同じようなことが何度も起きた。
ふと目を離した隙だけでなく、対面で会話していた時も、あるいは全く別の部屋にいた時も、構わずエミは唐突に姿を消した。
その度に比良人は町中を探し回り、だが結局見つかるのは彼女が元いた場所だ。
どうやら時間経過だけが解決するようで、ただその時間は回数を追うごとに長くなっている。
三日経った今ではもう、一度消えたら半日は姿を見せなくなっていた。
「そっか。そんなことになってたんだね」
「悪い。報告が遅れて」
「いや謝ることじゃないよ」
早朝。学校の教室。繋は気遣った笑顔を見せた。
昨日と一昨日、比良人は学校を休んでいる。それも、エミの様子を見守るためだったが、結果的には自分の無力さを味わわせられただけだった。
繋には、『詳しくは会って話す』とだけ連絡していたが、いざ約束を果たしても比良人の声音は落ち込んだまま。
繋は彼の顔色を窺いつつ問いかける。
「それより、学校来て大丈夫だったの?」
「まあ、俺がいても出来ることはないからな」
無断で学校を休めば当然親からは心配され、その上エミに一人で大丈夫だと強がらせてしまった。
本当は一秒でもエミから目を離したくない。けれどその視線がむしろ彼女を思い悩ませているのではと考え、なすすべなく日常に戻ってきていた。
「理由は、分かってるの?」
「……エミの、心の問題だとは思う」
——私は……いない方がいいんだろうね。でも、やっぱり……
彼女の言葉を思い出す。
見たものが現実になるという、神のような存在である彼女は、その体を今までは持っていなかった。
本来はなかったもの。それを一時の望みで作り出してしまったが、その影響で壊れ行く未来を知って、後悔を始めているのだろう。
杞憂だと思い込むことも出来る。しかしそれでも、一度浮かんだ疑念はハッキリと答えが出ない限りは拭いきれない。
その心の仕組みは、人間と変わりないのだ。
比良人といる時間を増やしたがったのも、極力物事を考えたくなかったからなのかもしれない。
「元気づけようとしてもなんか空振りしてな。それに俺の言葉は、響かないみたいだ」
「そっか……」
繋は慰めの言葉を発せない代わりに話題を変えた。
「そう言えば、行ちゃんは家に顔出してたみたいだよ」
「見つかったのか?」
「いや、結局どこにいるかは分からないんだけど、心配はないってお母さんに言ってたみたい。もっと早くあたしが家に顔出してればよかったよ」
「まあなんにせよ、安心だな」
「うん。でもあたしたちなんだか、置いてけぼりだね」
困ったようにはにかむ繋に、比良人も同意と笑い返そうとして、けれど上手く表情が動かなかった。
そうして会話に区切りがついたところで教師がやってくる。
今日も二人は、いつものように授業を受けるのだった。
*
放課後になると、比良人と繋はすぐに教室を出た。少なくとも学校で二人が出来ることはなく、校門までの短い距離を並んで歩く。
「行が大丈夫ってなら、これからはもう探さないのか?」
「……うん。あんまりあたしが騒いでたら逆に迷惑かもだし」
力なく笑う繋の心情が、比良人には痛いほど分かった。
この一週間と少し、何度も訪れた共感で彼女とは結びつきが強くなったと感じている。なんとなく似た者同士、二人での会話は僅かな気休めになっていた。
「エミさんが消えるのは、未来と関係があると思う?」
「ありそうだけど、どうなんだろうな」
思考を働かせるのはお互いにやめていない。けれど思いつく推測はいつも、形を得られずに霧散する。
「行ちゃんに聞けば、何か手掛かりがあるかもしれないけど」
「それに咲、というよりあいつの叔母さんに話を聞けたらもっと良いんだけどな」
結局浮かべるのは今はいない二人。
力のない比良人と繋は、誰かを頼るしかなかった。けれどそれも不可能で、相談はすぐに打ち切られる。
校門を通り過ぎると、エミが門柱にもたれかかっていた。明確な約束はしていないけれど、彼女が比良人の下校を待つのはもう通例になっている。
「……比良人」
「特に何もなかったか?」
「……うん」
平常を装って比良人は声をかけるが、応えるエミの声音はやはり元気がない。常に俯くその姿はまたすぐにでも消えてしまいそうに思えた。
「それじゃあね。比良人くん、エミさん」
「ああ、じゃあな」
「……」
繋からの挨拶に応える比良人に続き、エミも申し訳程度に手を上げる。それに繋は優しく微笑んで、踵を返す。
その時だった。
一台の車が、三人のすぐ側で止まった。
帰ろうとしていた足を止め、注目する。
それは、比良人の記憶にある物だったのだ。
「り、リムジン……?」
普通車二台分の長さ。本来、一般家庭の子である比良人には縁遠いものなれど、とある人物のおかげ、と言うかせいで、何度も乗せられたことのある車。
そして、車から降り現れたのはまさにその人物。
「皆様お揃いですわね。それでは乗って下さいませ」
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より凛とした佇まい。
その瞳は明確に、未来を見据えていた。
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