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第8話「training」
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目的地までの道中、優はふと思い出して隣の少女に問いかけた。
「そう言えば、お前は魔術とか使えるんじゃないのか?」
「? 使えるわけないよ?」
「いやでも昨日、俺に杖を向けて何かしようとしてたじゃないか」
そう伝えると、来栖湊は宙を眺めて記憶を探り、「あー」とこちらの言い分を理解する。
「あれは、きみが私の事を魔女と思ってるみたいだったから、なりきってみただけだよ。ああすれば話しかけてくれるかと思って」
作戦、と言う事だったらしい。それに優はすっかりハマってしまったわけだ。
と納得しかけるも、そもそもなぜ自分に話しかけられたかったのか、更には魔女と呼んでいた事をなぜ知っているのか、疑問点が浮上する。
やはり、心が読めるのか……?
勘ぐり、疑いの目を向けるとにこやかな表情で見返されるばかり。じっと見ていれば、より笑みを深めるものだから、思考が停止しかける。
結局いつものように、疑念を忘れて視線を逸らす。それから、言葉は交わさずに目的の場所まで歩いた。
「着いた」
端的に告げる。そこは、用水路の通る高架下だった。
公園から歩いて三〇分。優の家からも離れている。山を掘って作られたトンネルに線路が通り、右側にはそのままの草木生い茂る山が、左側には山肌を削り住宅がいくつも建てられている。
用水路に流れるのは住宅から直接排された汚水だろう。見ただけで淀んでいると分かる。
ただ、人気はまるでなかった。近くの住宅達も少し高い場所にあり、わざわざ降りてくる人はいない。ここは、優が小さい頃に見つけた穴場スポットだった。
「よし、ここで特訓をするぞ」
「おおっ、ようやくだね」
優が言って来栖湊が嬉しそうに声を上げる。
高架下で周囲は暗かったが、まだ何も見えない程ではない。自分の言葉に喜ぶ美少女に優はなんとなく頬を赤らめつつ、それでは、と腕をまくる。
「俺の力は、視界に入った対象を捉えて、《ショット》と呟けば撃ち殺せるものだ」
「うん」
既知の事の様に来栖湊は相槌を打つ。優は少し勢いをつけて己の説明を続けた。
「だからまず! 鍛えるのは対象を捕捉する目! そしてっ、体中に巡らすオーラ! これを完全に習得すれば、俺は真の力を得るっ!」
「ほぉーっ」
力説に感心して、来栖湊は両手を合わせる。気を良くした思春期男子は、それから自己表現と言う名の特訓を始めたのだった。
奇妙なポーズで目を閉じ数秒後にカッと目を見開いたり。
空彼方で滑空する鷲をじっと観察し念話で話しかけたり。
石でひっかいて描いた魔法陣の上に立ち呪文を唱えたり。
様々な、それっぽいことを試していく。
無論、結果など出るわけはない。
けれど、優はなんとなく力を得られている気がしていた。根拠なんてない。ただ、自分を見てくれる人がいて、応えようと躍起になる自分がいる。
要は、楽しかったのだ。ただひたすらに。
気づけば、空は茜色に染まっている。日が沈むのは山の向こう側だから、一帯はすっかり陰で覆われ、場所によっては何も見えなくなっていた。
「もう今日はこのくらいにしておこう。……すまない、何も見せられなくて」
「ううん、明日も頑張ろうねっ」
さりげなく明日の予定まで確定され僅かにたじろくが、まあいいかと観念する。優自身も、もしかしたらを考え始めるようになっていた。
それじゃあ帰ろう、と置いていた荷物を手に取ったところで、優はふと思い出す。
「……そうだ。ついでだし見て行こう」
「?」
「こっちだ」
いきなりの行動にも、来栖湊は深く聞かずに従う。
先導する優は高架下を抜け、住宅とは反対側の手入れされていない山肌に足をかけた。
「ちょっと危険だから、気を付けろ」
「うん」
不思議そうにしながらも頷いて、斜面を登り始める優を追いかける。
辺りは雑草で生い茂り、木々が重力に負けず枝を伸ばしている。角度も急だ。樹に捕まりながらでなければすぐに滑落してしまうだろう。
侵入を止める柵はないが、恐らくそこは立ち入り禁止区域だった。そもそも道でもないのだから、普通なら登ろうとは思わない。
けれど、幼少期の優は冒険と称すればどんな場所にだって足を出した。怖いもの知らずだった。
そのおかげで知れたのだから、彼は過去のその時は誇りに思っている。
「あそこの木の幹がベストなんだ」
斜面に対して垂直に生え、そこから天に向かう平仮名の《し》のような形の大木。その直前には掴まれそうな木々はなく、たどり着くには勢いで駆け登るしかない。
「よっ」
感覚的に足場を知っている優は慣れた様子で大木にゴール。態勢を整えると、下で見上げてくる来栖湊へと手を差し伸べた。
「ほら、捕まれ」
慣れない言動に彼の頬は朱に色づく。木々の陰になっているから夕日のせいではない。
「うんっ」
差し伸べた手が取られ、引き上げて自分の隣へと立たせる。「ありがと」との言葉に「ん」と返事ともつかない声を発する。
大木の幹に二人。曲がっているから立てる場所は狭く、二人となれば肩を寄せ合ってしまう。
華奢な肩。少しだけ低い位置に触れている。先ほど握った手の柔らかさも想起され、また思考が停止しそうになる。
ブンブンと首を振ってどうにか我を取り戻し、見せたかった場所へと指を差した。
「あれ、スゴくないか?」
来栖湊は指先を追う。そして、その光景を視界に収めた。
錆びついた線路。山に開いたトンネル。中は照明もなく真っ暗で、だけど向こう、穴を抜けた先に橙色の輝きが満ちていた。
「夕日が、ちょうど出口と重なってるんだね」
「そうなんだ。まるで冥界への入り口みたいだろう」
機嫌よく優は告げる。
この時期限定。しかもわざわざこんな場所まで登ってこなければ見る事は出来ない絶景だ。もしかしたら優以外で知る者はいないかもしれない。
そんな、とっておきの場所。それを見せておきたかった。
自分の好きを知って欲しかったのだ。
その時。
ーーカタンカタン。
遠くで音が聞こえる。それは、異界の入り口。まるで地平線からまっすぐ伸びているように見える線路から。
夕日を背景にそれは現れ出でる。
「おおっ! 冥界列車だっ!」
光を浴びて異界から飛び出した。
超常の者が現実へとはみ出たかのように。橙色を纏いながら駆け抜ける。その長い体はあっと言う間に過ぎてしまうも、優の興奮は収まりそうになかった。
「俺も初めて見たぞ! なあなあ! ヤバくなかった!?」
共有したくて隣を見る。
すると来栖湊は、相変わらず彼の事を見て、ふふっと笑っていた。
「嬉しそうだね」
陰の中。よく見えないのにその笑顔がハッキリと浮かぶ。少し大人びた。それでいて少年の感情をそのまま映したような。
とても綺麗な顔だ。
その今更な事実に気づく。そしてそれが、こんなにも近くにある事を思い出して、一瞬、さっきの光景も吹っ飛んだ。
「あ、え……っと。ま、まあっ、こうやって、異界の景色を見る事で俺の目も鍛えられるのだからなっ」
「なら、私も使えるようになるかなっ?」
「かもしれないが、それまでには厳しい特訓が必要だろう」
少しだけ気を取り直して口調を装う。けれどそれはすぐに崩れた。
「それなら、一緒に特訓しようよっ」
ギュッと手を握られ、急激な熱が全身を襲った。
「なっ……?」
動転した優の体は後ろへと傾き、あわや転げ落ちそうになる。だがその体は、手を繋いでいたおかげで、来栖湊に引き寄せられた。
そうして、二人の距離はより縮まる。抱き合っているのとそう変わらない。
「えへ、近いね」
「あ……ああ」
嬉しそうにはにかまれ、よくも分からず頷く。
やけに暑くて全身から汗が噴き出す。動悸も激しい。その理由を探らないように必死に思考を制御しようとするけれど、眼前には彼女の顔があり、その造形ばかりが気になってくる。
それからすっかり辺りは暗くなり、目の前の顔も見えなくなってようやく、二人は斜面を下ったのだった。
「そう言えば、お前は魔術とか使えるんじゃないのか?」
「? 使えるわけないよ?」
「いやでも昨日、俺に杖を向けて何かしようとしてたじゃないか」
そう伝えると、来栖湊は宙を眺めて記憶を探り、「あー」とこちらの言い分を理解する。
「あれは、きみが私の事を魔女と思ってるみたいだったから、なりきってみただけだよ。ああすれば話しかけてくれるかと思って」
作戦、と言う事だったらしい。それに優はすっかりハマってしまったわけだ。
と納得しかけるも、そもそもなぜ自分に話しかけられたかったのか、更には魔女と呼んでいた事をなぜ知っているのか、疑問点が浮上する。
やはり、心が読めるのか……?
勘ぐり、疑いの目を向けるとにこやかな表情で見返されるばかり。じっと見ていれば、より笑みを深めるものだから、思考が停止しかける。
結局いつものように、疑念を忘れて視線を逸らす。それから、言葉は交わさずに目的の場所まで歩いた。
「着いた」
端的に告げる。そこは、用水路の通る高架下だった。
公園から歩いて三〇分。優の家からも離れている。山を掘って作られたトンネルに線路が通り、右側にはそのままの草木生い茂る山が、左側には山肌を削り住宅がいくつも建てられている。
用水路に流れるのは住宅から直接排された汚水だろう。見ただけで淀んでいると分かる。
ただ、人気はまるでなかった。近くの住宅達も少し高い場所にあり、わざわざ降りてくる人はいない。ここは、優が小さい頃に見つけた穴場スポットだった。
「よし、ここで特訓をするぞ」
「おおっ、ようやくだね」
優が言って来栖湊が嬉しそうに声を上げる。
高架下で周囲は暗かったが、まだ何も見えない程ではない。自分の言葉に喜ぶ美少女に優はなんとなく頬を赤らめつつ、それでは、と腕をまくる。
「俺の力は、視界に入った対象を捉えて、《ショット》と呟けば撃ち殺せるものだ」
「うん」
既知の事の様に来栖湊は相槌を打つ。優は少し勢いをつけて己の説明を続けた。
「だからまず! 鍛えるのは対象を捕捉する目! そしてっ、体中に巡らすオーラ! これを完全に習得すれば、俺は真の力を得るっ!」
「ほぉーっ」
力説に感心して、来栖湊は両手を合わせる。気を良くした思春期男子は、それから自己表現と言う名の特訓を始めたのだった。
奇妙なポーズで目を閉じ数秒後にカッと目を見開いたり。
空彼方で滑空する鷲をじっと観察し念話で話しかけたり。
石でひっかいて描いた魔法陣の上に立ち呪文を唱えたり。
様々な、それっぽいことを試していく。
無論、結果など出るわけはない。
けれど、優はなんとなく力を得られている気がしていた。根拠なんてない。ただ、自分を見てくれる人がいて、応えようと躍起になる自分がいる。
要は、楽しかったのだ。ただひたすらに。
気づけば、空は茜色に染まっている。日が沈むのは山の向こう側だから、一帯はすっかり陰で覆われ、場所によっては何も見えなくなっていた。
「もう今日はこのくらいにしておこう。……すまない、何も見せられなくて」
「ううん、明日も頑張ろうねっ」
さりげなく明日の予定まで確定され僅かにたじろくが、まあいいかと観念する。優自身も、もしかしたらを考え始めるようになっていた。
それじゃあ帰ろう、と置いていた荷物を手に取ったところで、優はふと思い出す。
「……そうだ。ついでだし見て行こう」
「?」
「こっちだ」
いきなりの行動にも、来栖湊は深く聞かずに従う。
先導する優は高架下を抜け、住宅とは反対側の手入れされていない山肌に足をかけた。
「ちょっと危険だから、気を付けろ」
「うん」
不思議そうにしながらも頷いて、斜面を登り始める優を追いかける。
辺りは雑草で生い茂り、木々が重力に負けず枝を伸ばしている。角度も急だ。樹に捕まりながらでなければすぐに滑落してしまうだろう。
侵入を止める柵はないが、恐らくそこは立ち入り禁止区域だった。そもそも道でもないのだから、普通なら登ろうとは思わない。
けれど、幼少期の優は冒険と称すればどんな場所にだって足を出した。怖いもの知らずだった。
そのおかげで知れたのだから、彼は過去のその時は誇りに思っている。
「あそこの木の幹がベストなんだ」
斜面に対して垂直に生え、そこから天に向かう平仮名の《し》のような形の大木。その直前には掴まれそうな木々はなく、たどり着くには勢いで駆け登るしかない。
「よっ」
感覚的に足場を知っている優は慣れた様子で大木にゴール。態勢を整えると、下で見上げてくる来栖湊へと手を差し伸べた。
「ほら、捕まれ」
慣れない言動に彼の頬は朱に色づく。木々の陰になっているから夕日のせいではない。
「うんっ」
差し伸べた手が取られ、引き上げて自分の隣へと立たせる。「ありがと」との言葉に「ん」と返事ともつかない声を発する。
大木の幹に二人。曲がっているから立てる場所は狭く、二人となれば肩を寄せ合ってしまう。
華奢な肩。少しだけ低い位置に触れている。先ほど握った手の柔らかさも想起され、また思考が停止しそうになる。
ブンブンと首を振ってどうにか我を取り戻し、見せたかった場所へと指を差した。
「あれ、スゴくないか?」
来栖湊は指先を追う。そして、その光景を視界に収めた。
錆びついた線路。山に開いたトンネル。中は照明もなく真っ暗で、だけど向こう、穴を抜けた先に橙色の輝きが満ちていた。
「夕日が、ちょうど出口と重なってるんだね」
「そうなんだ。まるで冥界への入り口みたいだろう」
機嫌よく優は告げる。
この時期限定。しかもわざわざこんな場所まで登ってこなければ見る事は出来ない絶景だ。もしかしたら優以外で知る者はいないかもしれない。
そんな、とっておきの場所。それを見せておきたかった。
自分の好きを知って欲しかったのだ。
その時。
ーーカタンカタン。
遠くで音が聞こえる。それは、異界の入り口。まるで地平線からまっすぐ伸びているように見える線路から。
夕日を背景にそれは現れ出でる。
「おおっ! 冥界列車だっ!」
光を浴びて異界から飛び出した。
超常の者が現実へとはみ出たかのように。橙色を纏いながら駆け抜ける。その長い体はあっと言う間に過ぎてしまうも、優の興奮は収まりそうになかった。
「俺も初めて見たぞ! なあなあ! ヤバくなかった!?」
共有したくて隣を見る。
すると来栖湊は、相変わらず彼の事を見て、ふふっと笑っていた。
「嬉しそうだね」
陰の中。よく見えないのにその笑顔がハッキリと浮かぶ。少し大人びた。それでいて少年の感情をそのまま映したような。
とても綺麗な顔だ。
その今更な事実に気づく。そしてそれが、こんなにも近くにある事を思い出して、一瞬、さっきの光景も吹っ飛んだ。
「あ、え……っと。ま、まあっ、こうやって、異界の景色を見る事で俺の目も鍛えられるのだからなっ」
「なら、私も使えるようになるかなっ?」
「かもしれないが、それまでには厳しい特訓が必要だろう」
少しだけ気を取り直して口調を装う。けれどそれはすぐに崩れた。
「それなら、一緒に特訓しようよっ」
ギュッと手を握られ、急激な熱が全身を襲った。
「なっ……?」
動転した優の体は後ろへと傾き、あわや転げ落ちそうになる。だがその体は、手を繋いでいたおかげで、来栖湊に引き寄せられた。
そうして、二人の距離はより縮まる。抱き合っているのとそう変わらない。
「えへ、近いね」
「あ……ああ」
嬉しそうにはにかまれ、よくも分からず頷く。
やけに暑くて全身から汗が噴き出す。動悸も激しい。その理由を探らないように必死に思考を制御しようとするけれど、眼前には彼女の顔があり、その造形ばかりが気になってくる。
それからすっかり辺りは暗くなり、目の前の顔も見えなくなってようやく、二人は斜面を下ったのだった。
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