俺は全てを撃ち殺す

落光ふたつ

文字の大きさ
17 / 29

第16話「use」

しおりを挟む
「優くんっ」

 朝。登校のために優が玄関を出ると、そこには来栖湊が立っていた。
 同じ高校指定の制服。いつもと変わらない彼女だった。

「え、あれっ、湊っ? 体調は大丈夫なのか?」

 突然の訪問に困惑した優だったが、まず真っ先に心配が口を出た。朝食を食べている時だって、その事を考えていたのだ。
 それに、来栖湊はキョトンとしながらも頷く。

「体調? うん、大丈夫だよ」
「えっと、風邪かなんかで休んだわけじゃなかったのか……?」
「うん。知り合いに頼み事されて行けなかっただけ」

 よく分からない理由だった。踏み込んで聞くべきなのかとも思ったが、とりあえずまずは、最悪の想定じゃなかった事に安堵する。
 これを機に、携帯電話を持つようお願いするべきか、と優が考えていると、不意に来栖湊が彼の手を握った。
 二日ぶりの接触に、思わず肩を跳ねさせる少年。来栖湊は構わず言う。

「それよりさっ」

 その口端が大きく持ち上がった。
 にっ、と。
 どこかで見覚えがある形。けれど記憶に思い当たる前に、彼女は口を動かした。

「きみの力、使ってみよっ」

 まっすぐに、少年の瞳を見つめて。



 学校。朝礼前のガヤガヤとした時間。
 いつもなら真っ先に自席へと着く優だったが、今日は教室後方の壁に背中を預け、クラスメイト達を見渡していた。
 隣には、相も変わらずにこやかな来栖湊。

「誰にするの? この中で決めるんだよね?」

 まるで、オモチャを選ぶ子供に話しかけるような。楽しむ相手を見て楽しんでいるような。そんな恋人に、さすがの優も不審を隠せなかった。

「な、なあ、いきなりどういう事なんだ?」
「どういう事って、力を使ってみようってだけだよ?」

 急にどうしたのかと思うけれど、そもそも彼女はずっとこういう人間だった。

「きみの力は本物なんだから、見せて欲しいの」

 最初からずっと。
 優にその願いを言い続けていた。

「いや、でも……」

 否定しようとした優は、しかし続けられなかった。
 今までだって、彼女の願いを断らずに特訓をしてきている。それは既に、約束しているのと同義だろう。
 見せられるとは言っていないものの、嘘をついたと言及されたら認めざるを得ない。
 そしてそれとは別に、優の脳内は疑念でいっぱいだった。

 ……湊が、あの子なのか?

 目の前の恋人が、中学の時に妄想を後押しした少女と重なってしまう。
 当時は遠くから眺める事しか出来なかったから、細かな顔の造りは分からない。それでも、直感めいたものが二つの顔をイコールで結んだ。

 ——『起きて』

 一昨日の夜道、一方的に告げて来た黒髪の少女。
 あなたには力がある、とも言っていた。
 それはまさに、覚醒を促そうとしていたのではないだろうか。

 ……もしかしたら本当に力が?

 捨てたはずの自分への期待が、舞い戻ってくる感覚があった。右目を抑えて、膨らんだ妄想につばを飲み込む。
 すると不意に、肩を叩かれた。

「先生とか良いんじゃない?」

 来栖湊が指さしたのは、少し早くやって来た担任教師の志島だ。彼は、数人の生徒達に挨拶を交わした後に、体を寄せ合う優と来栖湊を見てニヤリと笑みを作った。

「先生の事嫌いなんだよね? この前も撃ち殺してたし」
「いや、あれは……」

 言いかけて、以前のあれでも彼女にとっては撃ち殺した事になっていたのだと知る。
 それなら、自分に力があるかどうかは関係ないのでは?
 そう考えると、恋人の言動も腑に落ちるところがあった。
 もしかしたら彼女は、優を元気づけようとしてくれているのかもしれない。優は最近、あからさまに気を落としている時間が多かった。だから、威勢を張って力があると豪語していた彼を呼び戻そうとしたのではないか。
 そのために力を使うよう促したのだ。
 わざわざ一昨日のような演出もして、自信を持たせようとしてくれた。
 そう考えれば、なんとなく安心出来た。優も、もう妄想に縋るのは懲りていたのかもしれない。でも恋人に格好つけるためなら、とイタい自分を演じる事にする。
 まだ分からないところはある。だがそれは後で聞けばいいだろう。
 とりあえずは乗っておくべきだ。自分のためなら尚更に。
 少年は壁から背中を離して、ようやくに引き受ける。

「分かった。やるよ」

 妄想で良いのなら、いくらでも。
 そう言って見せると、来栖湊は一層の笑顔を見せてくれた。それだけでおつりがくると思った。
 そして、彼女はそっと優の耳に口を寄せる。

「それじゃあ、集中して。しっかり見るの。そう、深呼吸して。鼓動を整える。周りの音が聞こえてると気が散っちゃうかも。うん、耳塞ご。それで、準備が出来たらいつものように撃って?」

 両肩に手を添えられて、少しだけ前進させられる。やけに指示を出すな、と思いつつも、遊びだと割り切れば、優もすぐに楽しい気分を味わえた。
 言われた通りに耳を塞ぐ。周囲の音がまるで聞こえなくなった。右肩と背中に、恋人の温もりがある。

 それから息を整えて、志島を見た。すると目が合う。担任教師は、何やらこちらに声を発しているようだった。その表情はどこか呆れ顔。黒板上の時計を見れば、朝礼の時間。着席を促しているのだろう。

 次第に、クラスメイトも不思議がってこちらに顔を向け始める。
 急に恥ずかしくなった。あくまでも恋人にだけ見せたい姿を、大衆に見られて体が熱くなる。
 早く満足させよう。
 焦燥に押されて、優は放った。

「ショット」

 瞬間、空気を切り裂く震動。
 そして、志島を撃ち殺す。
 その様が、瞳にハッキリと映った。

 優以外の瞳にも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...