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第16話「use」
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「優くんっ」
朝。登校のために優が玄関を出ると、そこには来栖湊が立っていた。
同じ高校指定の制服。いつもと変わらない彼女だった。
「え、あれっ、湊っ? 体調は大丈夫なのか?」
突然の訪問に困惑した優だったが、まず真っ先に心配が口を出た。朝食を食べている時だって、その事を考えていたのだ。
それに、来栖湊はキョトンとしながらも頷く。
「体調? うん、大丈夫だよ」
「えっと、風邪かなんかで休んだわけじゃなかったのか……?」
「うん。知り合いに頼み事されて行けなかっただけ」
よく分からない理由だった。踏み込んで聞くべきなのかとも思ったが、とりあえずまずは、最悪の想定じゃなかった事に安堵する。
これを機に、携帯電話を持つようお願いするべきか、と優が考えていると、不意に来栖湊が彼の手を握った。
二日ぶりの接触に、思わず肩を跳ねさせる少年。来栖湊は構わず言う。
「それよりさっ」
その口端が大きく持ち上がった。
にっ、と。
どこかで見覚えがある形。けれど記憶に思い当たる前に、彼女は口を動かした。
「きみの力、使ってみよっ」
まっすぐに、少年の瞳を見つめて。
学校。朝礼前のガヤガヤとした時間。
いつもなら真っ先に自席へと着く優だったが、今日は教室後方の壁に背中を預け、クラスメイト達を見渡していた。
隣には、相も変わらずにこやかな来栖湊。
「誰にするの? この中で決めるんだよね?」
まるで、オモチャを選ぶ子供に話しかけるような。楽しむ相手を見て楽しんでいるような。そんな恋人に、さすがの優も不審を隠せなかった。
「な、なあ、いきなりどういう事なんだ?」
「どういう事って、力を使ってみようってだけだよ?」
急にどうしたのかと思うけれど、そもそも彼女はずっとこういう人間だった。
「きみの力は本物なんだから、見せて欲しいの」
最初からずっと。
優にその願いを言い続けていた。
「いや、でも……」
否定しようとした優は、しかし続けられなかった。
今までだって、彼女の願いを断らずに特訓をしてきている。それは既に、約束しているのと同義だろう。
見せられるとは言っていないものの、嘘をついたと言及されたら認めざるを得ない。
そしてそれとは別に、優の脳内は疑念でいっぱいだった。
……湊が、あの子なのか?
目の前の恋人が、中学の時に妄想を後押しした少女と重なってしまう。
当時は遠くから眺める事しか出来なかったから、細かな顔の造りは分からない。それでも、直感めいたものが二つの顔をイコールで結んだ。
——『起きて』
一昨日の夜道、一方的に告げて来た黒髪の少女。
あなたには力がある、とも言っていた。
それはまさに、覚醒を促そうとしていたのではないだろうか。
……もしかしたら本当に力が?
捨てたはずの自分への期待が、舞い戻ってくる感覚があった。右目を抑えて、膨らんだ妄想につばを飲み込む。
すると不意に、肩を叩かれた。
「先生とか良いんじゃない?」
来栖湊が指さしたのは、少し早くやって来た担任教師の志島だ。彼は、数人の生徒達に挨拶を交わした後に、体を寄せ合う優と来栖湊を見てニヤリと笑みを作った。
「先生の事嫌いなんだよね? この前も撃ち殺してたし」
「いや、あれは……」
言いかけて、以前のあれでも彼女にとっては撃ち殺した事になっていたのだと知る。
それなら、自分に力があるかどうかは関係ないのでは?
そう考えると、恋人の言動も腑に落ちるところがあった。
もしかしたら彼女は、優を元気づけようとしてくれているのかもしれない。優は最近、あからさまに気を落としている時間が多かった。だから、威勢を張って力があると豪語していた彼を呼び戻そうとしたのではないか。
そのために力を使うよう促したのだ。
わざわざ一昨日のような演出もして、自信を持たせようとしてくれた。
そう考えれば、なんとなく安心出来た。優も、もう妄想に縋るのは懲りていたのかもしれない。でも恋人に格好つけるためなら、とイタい自分を演じる事にする。
まだ分からないところはある。だがそれは後で聞けばいいだろう。
とりあえずは乗っておくべきだ。自分のためなら尚更に。
少年は壁から背中を離して、ようやくに引き受ける。
「分かった。やるよ」
妄想で良いのなら、いくらでも。
そう言って見せると、来栖湊は一層の笑顔を見せてくれた。それだけでおつりがくると思った。
そして、彼女はそっと優の耳に口を寄せる。
「それじゃあ、集中して。しっかり見るの。そう、深呼吸して。鼓動を整える。周りの音が聞こえてると気が散っちゃうかも。うん、耳塞ご。それで、準備が出来たらいつものように撃って?」
両肩に手を添えられて、少しだけ前進させられる。やけに指示を出すな、と思いつつも、遊びだと割り切れば、優もすぐに楽しい気分を味わえた。
言われた通りに耳を塞ぐ。周囲の音がまるで聞こえなくなった。右肩と背中に、恋人の温もりがある。
それから息を整えて、志島を見た。すると目が合う。担任教師は、何やらこちらに声を発しているようだった。その表情はどこか呆れ顔。黒板上の時計を見れば、朝礼の時間。着席を促しているのだろう。
次第に、クラスメイトも不思議がってこちらに顔を向け始める。
急に恥ずかしくなった。あくまでも恋人にだけ見せたい姿を、大衆に見られて体が熱くなる。
早く満足させよう。
焦燥に押されて、優は放った。
「ショット」
瞬間、空気を切り裂く震動。
そして、志島を撃ち殺す。
その様が、瞳にハッキリと映った。
優以外の瞳にも。
朝。登校のために優が玄関を出ると、そこには来栖湊が立っていた。
同じ高校指定の制服。いつもと変わらない彼女だった。
「え、あれっ、湊っ? 体調は大丈夫なのか?」
突然の訪問に困惑した優だったが、まず真っ先に心配が口を出た。朝食を食べている時だって、その事を考えていたのだ。
それに、来栖湊はキョトンとしながらも頷く。
「体調? うん、大丈夫だよ」
「えっと、風邪かなんかで休んだわけじゃなかったのか……?」
「うん。知り合いに頼み事されて行けなかっただけ」
よく分からない理由だった。踏み込んで聞くべきなのかとも思ったが、とりあえずまずは、最悪の想定じゃなかった事に安堵する。
これを機に、携帯電話を持つようお願いするべきか、と優が考えていると、不意に来栖湊が彼の手を握った。
二日ぶりの接触に、思わず肩を跳ねさせる少年。来栖湊は構わず言う。
「それよりさっ」
その口端が大きく持ち上がった。
にっ、と。
どこかで見覚えがある形。けれど記憶に思い当たる前に、彼女は口を動かした。
「きみの力、使ってみよっ」
まっすぐに、少年の瞳を見つめて。
学校。朝礼前のガヤガヤとした時間。
いつもなら真っ先に自席へと着く優だったが、今日は教室後方の壁に背中を預け、クラスメイト達を見渡していた。
隣には、相も変わらずにこやかな来栖湊。
「誰にするの? この中で決めるんだよね?」
まるで、オモチャを選ぶ子供に話しかけるような。楽しむ相手を見て楽しんでいるような。そんな恋人に、さすがの優も不審を隠せなかった。
「な、なあ、いきなりどういう事なんだ?」
「どういう事って、力を使ってみようってだけだよ?」
急にどうしたのかと思うけれど、そもそも彼女はずっとこういう人間だった。
「きみの力は本物なんだから、見せて欲しいの」
最初からずっと。
優にその願いを言い続けていた。
「いや、でも……」
否定しようとした優は、しかし続けられなかった。
今までだって、彼女の願いを断らずに特訓をしてきている。それは既に、約束しているのと同義だろう。
見せられるとは言っていないものの、嘘をついたと言及されたら認めざるを得ない。
そしてそれとは別に、優の脳内は疑念でいっぱいだった。
……湊が、あの子なのか?
目の前の恋人が、中学の時に妄想を後押しした少女と重なってしまう。
当時は遠くから眺める事しか出来なかったから、細かな顔の造りは分からない。それでも、直感めいたものが二つの顔をイコールで結んだ。
——『起きて』
一昨日の夜道、一方的に告げて来た黒髪の少女。
あなたには力がある、とも言っていた。
それはまさに、覚醒を促そうとしていたのではないだろうか。
……もしかしたら本当に力が?
捨てたはずの自分への期待が、舞い戻ってくる感覚があった。右目を抑えて、膨らんだ妄想につばを飲み込む。
すると不意に、肩を叩かれた。
「先生とか良いんじゃない?」
来栖湊が指さしたのは、少し早くやって来た担任教師の志島だ。彼は、数人の生徒達に挨拶を交わした後に、体を寄せ合う優と来栖湊を見てニヤリと笑みを作った。
「先生の事嫌いなんだよね? この前も撃ち殺してたし」
「いや、あれは……」
言いかけて、以前のあれでも彼女にとっては撃ち殺した事になっていたのだと知る。
それなら、自分に力があるかどうかは関係ないのでは?
そう考えると、恋人の言動も腑に落ちるところがあった。
もしかしたら彼女は、優を元気づけようとしてくれているのかもしれない。優は最近、あからさまに気を落としている時間が多かった。だから、威勢を張って力があると豪語していた彼を呼び戻そうとしたのではないか。
そのために力を使うよう促したのだ。
わざわざ一昨日のような演出もして、自信を持たせようとしてくれた。
そう考えれば、なんとなく安心出来た。優も、もう妄想に縋るのは懲りていたのかもしれない。でも恋人に格好つけるためなら、とイタい自分を演じる事にする。
まだ分からないところはある。だがそれは後で聞けばいいだろう。
とりあえずは乗っておくべきだ。自分のためなら尚更に。
少年は壁から背中を離して、ようやくに引き受ける。
「分かった。やるよ」
妄想で良いのなら、いくらでも。
そう言って見せると、来栖湊は一層の笑顔を見せてくれた。それだけでおつりがくると思った。
そして、彼女はそっと優の耳に口を寄せる。
「それじゃあ、集中して。しっかり見るの。そう、深呼吸して。鼓動を整える。周りの音が聞こえてると気が散っちゃうかも。うん、耳塞ご。それで、準備が出来たらいつものように撃って?」
両肩に手を添えられて、少しだけ前進させられる。やけに指示を出すな、と思いつつも、遊びだと割り切れば、優もすぐに楽しい気分を味わえた。
言われた通りに耳を塞ぐ。周囲の音がまるで聞こえなくなった。右肩と背中に、恋人の温もりがある。
それから息を整えて、志島を見た。すると目が合う。担任教師は、何やらこちらに声を発しているようだった。その表情はどこか呆れ顔。黒板上の時計を見れば、朝礼の時間。着席を促しているのだろう。
次第に、クラスメイトも不思議がってこちらに顔を向け始める。
急に恥ずかしくなった。あくまでも恋人にだけ見せたい姿を、大衆に見られて体が熱くなる。
早く満足させよう。
焦燥に押されて、優は放った。
「ショット」
瞬間、空気を切り裂く震動。
そして、志島を撃ち殺す。
その様が、瞳にハッキリと映った。
優以外の瞳にも。
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