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壱の巻 ほろ苦い砂糖騒動
十七
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「それなのに、おとっつぁんは卯之吉さんとの仲を認めてくれないの」
「私の親父もそうです。駄目の一点張りで何を言っても聞きやしない」
「いっそのこと駆け落ちでもしてしまおうかしら」
「それだけは駄目だよ、お美代ちゃん。親を悲しませるのは親不孝だから」
「そんなのは不公平だわ。だって子供を悲しませるのは、子不幸とは言わないでしょう」
父親同士のいさかいが子にも影響し、二人は悩んでいるようだ。
「そもそも女だから菓子職人にはなれないと、決めつけたおとっつぁんが悪いのよ」
呉竹屋のように父子で店を盛り立てていけば、婿など貰わずに済むのだ。
「半次郎さんのこともあるし、今からでも私が菓子作りを学べば……」
好きでもない相手と夫婦にならなくて済むだろう。そして、店を継いだあかつきに、夫婦になれるのではないかと言い出した。
「でも、それまで待てるかどうか」
「今のように仲たがいしているうちは無理でしょうね」
しょんぼりと肩を落とすお美代に菊が声をかけた。
「女子に生まれて損したと思っておらぬか?」
「それは考えたこともなかったわ」
迷うことなく、お美代は即座に答えた。
「そうであるか。実は私もこのような格好をしておるが、女に生まれたことを損だと思ってはおらぬ。あまり説得力はないが父上や母上のお陰で、男と女の良いとこ取りをさせてもらっているからな。でも、女に生まれて窮屈に感じることは多々あるのは事実だ」
「そうね、少し窮屈だわね。おとっつぁんや周りの人は、良縁に恵まれるのが女の幸せだというのよ。でもね、私はそれだけではないと思うの。女だからとあれもこれも出来ないと決めつけて欲しくないの」
「私も同じ意見、お美代殿もそう思っておるのか?」
同士を見つけたとばかりに、菊は嬉しそうな表情を浮かべた。
「とはいえ、私は女で良かったと思えるの。だって、私には卯之吉さんという大事な人ができたから。だから、二人で幸せになれる道を見つけたいの」
誠に健気なお美代は愛しい卯之吉と目を合わせ頷く。
「要らぬお節介かもしれないが、それも含めて菊に任せてくれぬか?」
「き、菊殿!」
子供が大人の男女の色恋に口を挟むとは、予想外の菊の申し出に光之助はうろたえた。
「お主はお美代殿と卯之吉殿が結ばれるのを反対するのか?」
「は、反対なんかするわけないだろう。何でそんな勘繰りするのだ?」
「だって、お主はお美代殿を……」
思わせぶりな態度で菊が光之助を揺さぶる。
「私が何ですって?」
お美代には知られてはならぬと、光之助は必死に遮った。
「な、何でもないです、菊殿の戯言です」
まさか菊にお美代への淡い恋心を見透かされていたとは。思いもよらぬ展開に光之助は、失恋の痛みを忘れ冷や汗を流した。
「男女の色恋のいろはもわからないのに、菊殿は一端の大人のような口をきくのだな」
「男女の仲が何たるか、それくらいわかっておる。こう見えて、許婚者がいたのだぞ」
「え?」
まだ齢十二の菊に許婚者がいたとは……いや、待てよ。許婚者がいたと言ったような。いるではなく、いたと過去の話のように語った。と、いうことは、縁談がなくなったという意味なのだろうか?
「菊殿、それでは……」
それ以上のことを詮索したくても、菊はお美代たちと話をしている最中だ。まるで己が言ったことなど、忘れてしまったかのように平然と振る舞っている。謎多き女児、菊の謎が益々深まるばかりだ。
「それで、根岸屋さんの件は何かわかったのかしら?」
「それが……」
庄吉から聞いた話をかいつまんで伝えた。
「やっぱり、私は根岸屋さんに嫌われていたのね。でも、こっちだって商売をしているのよ。銭にうるさくないとやっていけないわ」
「それよりも、下等品を振るいかけて、上等品だと偽っていたのも気になるな。結局、うちも騙されて並みの品を極上品だと売りつけられていたし」
「呉竹屋さんもそうだったと聞いたわ。新しく取引を始めた砂糖問屋に確認したら、うちの店の黒砂糖も下等品だったってわかったの」
「な、何だって? 甘露庵さんも騙されていたのか?」
庄吉の話では二つの菓子店に留まらず、他にも根岸屋に騙されていた客がいるようだった。
「あぁ、悔しい。毎日汗水たらして菓子を作っているのに、根岸屋の儲けのために俺たちが犠牲になるなんて」
「本当にそうだわ。悔しくて、やりきれない。他にも騙されていた客がいるかもしれないなんて、おとっつぁんには言えない。しかも、下等品を振るいにかけ上等品に偽っていたなんて、きっとびっくり仰天して腰を抜かしてしまうもの」
下等品を売りつけられていたことで、弥平も巳之吉も参っているそうだ。その上、こんな裏話を突きつけられたら、その心労は計り知れないだろう。
「ただ、これは根岸屋に仕えている小僧の話に過ぎません。確たる証拠をつかまないと闇に葬られてしまいます」
しかしながら、仲良くなった小僧の庄吉のお陰で、砂糖騒動は解決に向かっていくのであった。
「私の親父もそうです。駄目の一点張りで何を言っても聞きやしない」
「いっそのこと駆け落ちでもしてしまおうかしら」
「それだけは駄目だよ、お美代ちゃん。親を悲しませるのは親不孝だから」
「そんなのは不公平だわ。だって子供を悲しませるのは、子不幸とは言わないでしょう」
父親同士のいさかいが子にも影響し、二人は悩んでいるようだ。
「そもそも女だから菓子職人にはなれないと、決めつけたおとっつぁんが悪いのよ」
呉竹屋のように父子で店を盛り立てていけば、婿など貰わずに済むのだ。
「半次郎さんのこともあるし、今からでも私が菓子作りを学べば……」
好きでもない相手と夫婦にならなくて済むだろう。そして、店を継いだあかつきに、夫婦になれるのではないかと言い出した。
「でも、それまで待てるかどうか」
「今のように仲たがいしているうちは無理でしょうね」
しょんぼりと肩を落とすお美代に菊が声をかけた。
「女子に生まれて損したと思っておらぬか?」
「それは考えたこともなかったわ」
迷うことなく、お美代は即座に答えた。
「そうであるか。実は私もこのような格好をしておるが、女に生まれたことを損だと思ってはおらぬ。あまり説得力はないが父上や母上のお陰で、男と女の良いとこ取りをさせてもらっているからな。でも、女に生まれて窮屈に感じることは多々あるのは事実だ」
「そうね、少し窮屈だわね。おとっつぁんや周りの人は、良縁に恵まれるのが女の幸せだというのよ。でもね、私はそれだけではないと思うの。女だからとあれもこれも出来ないと決めつけて欲しくないの」
「私も同じ意見、お美代殿もそう思っておるのか?」
同士を見つけたとばかりに、菊は嬉しそうな表情を浮かべた。
「とはいえ、私は女で良かったと思えるの。だって、私には卯之吉さんという大事な人ができたから。だから、二人で幸せになれる道を見つけたいの」
誠に健気なお美代は愛しい卯之吉と目を合わせ頷く。
「要らぬお節介かもしれないが、それも含めて菊に任せてくれぬか?」
「き、菊殿!」
子供が大人の男女の色恋に口を挟むとは、予想外の菊の申し出に光之助はうろたえた。
「お主はお美代殿と卯之吉殿が結ばれるのを反対するのか?」
「は、反対なんかするわけないだろう。何でそんな勘繰りするのだ?」
「だって、お主はお美代殿を……」
思わせぶりな態度で菊が光之助を揺さぶる。
「私が何ですって?」
お美代には知られてはならぬと、光之助は必死に遮った。
「な、何でもないです、菊殿の戯言です」
まさか菊にお美代への淡い恋心を見透かされていたとは。思いもよらぬ展開に光之助は、失恋の痛みを忘れ冷や汗を流した。
「男女の色恋のいろはもわからないのに、菊殿は一端の大人のような口をきくのだな」
「男女の仲が何たるか、それくらいわかっておる。こう見えて、許婚者がいたのだぞ」
「え?」
まだ齢十二の菊に許婚者がいたとは……いや、待てよ。許婚者がいたと言ったような。いるではなく、いたと過去の話のように語った。と、いうことは、縁談がなくなったという意味なのだろうか?
「菊殿、それでは……」
それ以上のことを詮索したくても、菊はお美代たちと話をしている最中だ。まるで己が言ったことなど、忘れてしまったかのように平然と振る舞っている。謎多き女児、菊の謎が益々深まるばかりだ。
「それで、根岸屋さんの件は何かわかったのかしら?」
「それが……」
庄吉から聞いた話をかいつまんで伝えた。
「やっぱり、私は根岸屋さんに嫌われていたのね。でも、こっちだって商売をしているのよ。銭にうるさくないとやっていけないわ」
「それよりも、下等品を振るいかけて、上等品だと偽っていたのも気になるな。結局、うちも騙されて並みの品を極上品だと売りつけられていたし」
「呉竹屋さんもそうだったと聞いたわ。新しく取引を始めた砂糖問屋に確認したら、うちの店の黒砂糖も下等品だったってわかったの」
「な、何だって? 甘露庵さんも騙されていたのか?」
庄吉の話では二つの菓子店に留まらず、他にも根岸屋に騙されていた客がいるようだった。
「あぁ、悔しい。毎日汗水たらして菓子を作っているのに、根岸屋の儲けのために俺たちが犠牲になるなんて」
「本当にそうだわ。悔しくて、やりきれない。他にも騙されていた客がいるかもしれないなんて、おとっつぁんには言えない。しかも、下等品を振るいにかけ上等品に偽っていたなんて、きっとびっくり仰天して腰を抜かしてしまうもの」
下等品を売りつけられていたことで、弥平も巳之吉も参っているそうだ。その上、こんな裏話を突きつけられたら、その心労は計り知れないだろう。
「ただ、これは根岸屋に仕えている小僧の話に過ぎません。確たる証拠をつかまないと闇に葬られてしまいます」
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