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泣いたら思う存分抱っこしてあげましょう
(九)
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「それじゃあ、そろそろ夕飯の用意を始めましょうか?」
「はぁい。エプロンを持ってきまぁす」
さっそく紡生はマイエプロンを身に着けて、手を洗い始めた。
「前にも思ったけど、よくお手伝いをするの?」
チーズフォンデュを一緒に作った時にも見た、紡生の慣れた手つきを思い出した。
「うん。中村さんが色々と教えてくれた。ばぁばもお手伝いさせてくれるよ。お手伝い、大好き」
「そっかぁ。それなら……」
うっかりお母さんのお手伝いもしたことがあるのかと言ってしまいそうになり、也耶子は慌てて口を閉じた
「でもね、つんちゃんはお母さんのお手伝いをしたことがなかったの。今日はばぁばの誕生日なのに、お母さんとごちそうを作れなくて寂しいなぁ」
まるでこちらの胸の内を読んだかのように、紡生が母親への気持ちを語った。
「ばぁばはお母さんのお母さんでしょう? それなのに一緒にお祝いできないから、お母さんが可哀そうだなぁって思ったの。でも、お母さんはシンガポールで大事なお仕事があるから……」
母親は自分を捨ててシンガポールへ旅立った。その現実をこの子はどのように受けて止めているのだろうか?
「お母さんはつんちゃんにお仕事の話をしたの?」
「うん。イッセイイチダイノカケだから許してねって言ったの。難しくて何だかよくわからないけど、お母さんは真剣だった。だから、つんちゃんは頑張ってねって応援したんだ」
幼い少女から思わぬ言葉が飛び出し、也耶子はド肝を抜かれた。
「そ、それってお父さんには話したの?」
「ううん。ママと内緒の約束をしたから、パパには何も言ってないよ」
リビングで二人の会話をこっそり聞いていた真司は、動揺したのか雑誌を持つ手が震えている。
「でも、きっとお父さんもいつかわかってくれるって言っていた。つんちゃんも大人になったらお母さんの気持ちが理解できるはずなんだって」
それが常盤倫代の本心だったに違いない。自分の選択がいつか周囲に理解してもらえると信じた。そして、そのためにも最良の結果を出すのだと決心し、旅立っていったのだろう。
「ごめん、紡生。今の話、お父さんにも聞こえちゃった」
少し強張った笑顔を作り、真司がキッチンに入って来た。
「あっ、いけない。内緒の話だったのに、聞こえちゃったんだ」
これが如何に深刻な話だと認識していない幼い娘は、あっけらかんとした表情で笑い飛ばした。
「それじゃあ、今の話は聞いてなかったことにしようか。これはママに内緒だからね」
「うん、今度は絶対に内緒、内緒」
二人が指切りをしていると、タイミングよく炊飯器が炊き上がりを知らせた。
「つんちゃん、ご飯が炊けたわよ。しゃもじを持って来てくれる?」
「はぁい」
紡生が母親の話から気が反れたのを見て、真司が也耶子に声をかけた。
「夫婦は他人だけど、さすがに娘は違うようです。倫代に後ろめたい気持ちがあったと知り、何だかほっとしました」
娘の紡生には事前に説明していたと知り、真司は安堵したようだ。
炊飯釜を取り出し、熱々の白飯に粉末酢をかける。
「しゃもじで混ぜ混ぜして……そうそう」
その上から更に粉末酢を加える。次にアルミホイルに包みオーブントースターで焼いておいた、塩鮭の身をほぐして酢飯に加える。
「須藤さん、残った鮭の皮はどうしますか?」
「どうするって、これは……」
どうするここうするもない。もちろん、鮭の皮だって美味しくいただくのである。
「好物なんですよね、鮭の皮。実は両親が北海道出身で、家族みんな鮭には目がないんです」
「あら、常盤さんもですか? 私は静岡出身ですが、鮭の皮は大好きですよ」
「そうですか。魚の皮は食べない人もいるから、飲み会なんかではいつも残った分をもらって食べています」
「それなら、一匹ずついただきましょうか?」
「はい、喜んで」
大人たちがつまみ食いをしていると、紡生が不満げな声を上げた。
「大人ばっかりずるい。つんちゃんだって食べたいよ」
「紡生は魚の皮が食べられないじゃないか」
「でも、お魚は好きだもん」
「それじゃあ、つんちゃんにはお寿司をお味見してもらいましょう。はい、あぁんして」
紡生に寿司飯を一口食べさせると、満足そうに喜んだ。
「美味しい!」
「これで基本の寿司飯の出来上がり。寿司飯を冷ましている間に、上に乗せる具材を準備しましょう。冷凍庫から枝豆と海老を出してくれる?」
「了解!」
まずは海老の下処理をする。解凍し殻を外して背ワタを爪楊枝で取ったら、片栗粉をまぶして海老を揉む。そして、水洗いしキッチンペーパーで水気を切る。こうすることで海老の汚れや臭いを取り除くことができるのだ。
耐熱性の平皿に海老を並べ軽く酒を振ったら、レンジ強で(レンジによって加熱具合が違うので様子を見ながら)加熱。冷めたら半分にスライスする。
卵は先ほどの要領で加熱し、よく混ぜ炒り卵を作る。そして、枝豆は自然解凍しておく。
「上に乗せる具材は彩りのためだから、あるもので大丈夫。アボカドが好きだから、枝豆よりも登場回数は多いかな。あとイクラがあれば豪華になるかもしれないわね」
「つんちゃん、イクラは駄目なんだぁ」
そうだ、紡生には魚卵のアレルギーもあった。
「海老があるから、イクラがなくても十分豪華だよ」
真司がつかさず横から優しくフォローしてくれた。
「そうね。寿司飯の上に具材を乗せたら、きっとお花畑みたいに綺麗になるわよ」
「お花畑? 凄い」
次は具材の粗熱を覚ます間に具沢山の味噌汁を作る。紡生にピーラーを渡してじゃが芋、人参、大根などの皮を剥いてもらう。そのそばから也耶子が包丁で適当な大きさに切り、鍋に入れて茹でていく。
「はい、今度はお豆腐を手でちぎってくれる?」
木綿豆腐を二センチくらいに手でちぎる。野菜が柔らかくなったら顆粒だしと豆腐、最後に味噌を加えれば出来上がりだ。
「どれどれ、お味噌汁も良い匂いで美味しそうだな」
「つんちゃんがお手伝いしてくれたお陰よ」
「えへへへ」
得意げな表情を浮かべる紡生に思いの外上手にできたと也耶子も笑顔を向けた。
「きっとお祖母ちゃんも喜んでくれるわよ」
「はぁい。エプロンを持ってきまぁす」
さっそく紡生はマイエプロンを身に着けて、手を洗い始めた。
「前にも思ったけど、よくお手伝いをするの?」
チーズフォンデュを一緒に作った時にも見た、紡生の慣れた手つきを思い出した。
「うん。中村さんが色々と教えてくれた。ばぁばもお手伝いさせてくれるよ。お手伝い、大好き」
「そっかぁ。それなら……」
うっかりお母さんのお手伝いもしたことがあるのかと言ってしまいそうになり、也耶子は慌てて口を閉じた
「でもね、つんちゃんはお母さんのお手伝いをしたことがなかったの。今日はばぁばの誕生日なのに、お母さんとごちそうを作れなくて寂しいなぁ」
まるでこちらの胸の内を読んだかのように、紡生が母親への気持ちを語った。
「ばぁばはお母さんのお母さんでしょう? それなのに一緒にお祝いできないから、お母さんが可哀そうだなぁって思ったの。でも、お母さんはシンガポールで大事なお仕事があるから……」
母親は自分を捨ててシンガポールへ旅立った。その現実をこの子はどのように受けて止めているのだろうか?
「お母さんはつんちゃんにお仕事の話をしたの?」
「うん。イッセイイチダイノカケだから許してねって言ったの。難しくて何だかよくわからないけど、お母さんは真剣だった。だから、つんちゃんは頑張ってねって応援したんだ」
幼い少女から思わぬ言葉が飛び出し、也耶子はド肝を抜かれた。
「そ、それってお父さんには話したの?」
「ううん。ママと内緒の約束をしたから、パパには何も言ってないよ」
リビングで二人の会話をこっそり聞いていた真司は、動揺したのか雑誌を持つ手が震えている。
「でも、きっとお父さんもいつかわかってくれるって言っていた。つんちゃんも大人になったらお母さんの気持ちが理解できるはずなんだって」
それが常盤倫代の本心だったに違いない。自分の選択がいつか周囲に理解してもらえると信じた。そして、そのためにも最良の結果を出すのだと決心し、旅立っていったのだろう。
「ごめん、紡生。今の話、お父さんにも聞こえちゃった」
少し強張った笑顔を作り、真司がキッチンに入って来た。
「あっ、いけない。内緒の話だったのに、聞こえちゃったんだ」
これが如何に深刻な話だと認識していない幼い娘は、あっけらかんとした表情で笑い飛ばした。
「それじゃあ、今の話は聞いてなかったことにしようか。これはママに内緒だからね」
「うん、今度は絶対に内緒、内緒」
二人が指切りをしていると、タイミングよく炊飯器が炊き上がりを知らせた。
「つんちゃん、ご飯が炊けたわよ。しゃもじを持って来てくれる?」
「はぁい」
紡生が母親の話から気が反れたのを見て、真司が也耶子に声をかけた。
「夫婦は他人だけど、さすがに娘は違うようです。倫代に後ろめたい気持ちがあったと知り、何だかほっとしました」
娘の紡生には事前に説明していたと知り、真司は安堵したようだ。
炊飯釜を取り出し、熱々の白飯に粉末酢をかける。
「しゃもじで混ぜ混ぜして……そうそう」
その上から更に粉末酢を加える。次にアルミホイルに包みオーブントースターで焼いておいた、塩鮭の身をほぐして酢飯に加える。
「須藤さん、残った鮭の皮はどうしますか?」
「どうするって、これは……」
どうするここうするもない。もちろん、鮭の皮だって美味しくいただくのである。
「好物なんですよね、鮭の皮。実は両親が北海道出身で、家族みんな鮭には目がないんです」
「あら、常盤さんもですか? 私は静岡出身ですが、鮭の皮は大好きですよ」
「そうですか。魚の皮は食べない人もいるから、飲み会なんかではいつも残った分をもらって食べています」
「それなら、一匹ずついただきましょうか?」
「はい、喜んで」
大人たちがつまみ食いをしていると、紡生が不満げな声を上げた。
「大人ばっかりずるい。つんちゃんだって食べたいよ」
「紡生は魚の皮が食べられないじゃないか」
「でも、お魚は好きだもん」
「それじゃあ、つんちゃんにはお寿司をお味見してもらいましょう。はい、あぁんして」
紡生に寿司飯を一口食べさせると、満足そうに喜んだ。
「美味しい!」
「これで基本の寿司飯の出来上がり。寿司飯を冷ましている間に、上に乗せる具材を準備しましょう。冷凍庫から枝豆と海老を出してくれる?」
「了解!」
まずは海老の下処理をする。解凍し殻を外して背ワタを爪楊枝で取ったら、片栗粉をまぶして海老を揉む。そして、水洗いしキッチンペーパーで水気を切る。こうすることで海老の汚れや臭いを取り除くことができるのだ。
耐熱性の平皿に海老を並べ軽く酒を振ったら、レンジ強で(レンジによって加熱具合が違うので様子を見ながら)加熱。冷めたら半分にスライスする。
卵は先ほどの要領で加熱し、よく混ぜ炒り卵を作る。そして、枝豆は自然解凍しておく。
「上に乗せる具材は彩りのためだから、あるもので大丈夫。アボカドが好きだから、枝豆よりも登場回数は多いかな。あとイクラがあれば豪華になるかもしれないわね」
「つんちゃん、イクラは駄目なんだぁ」
そうだ、紡生には魚卵のアレルギーもあった。
「海老があるから、イクラがなくても十分豪華だよ」
真司がつかさず横から優しくフォローしてくれた。
「そうね。寿司飯の上に具材を乗せたら、きっとお花畑みたいに綺麗になるわよ」
「お花畑? 凄い」
次は具材の粗熱を覚ます間に具沢山の味噌汁を作る。紡生にピーラーを渡してじゃが芋、人参、大根などの皮を剥いてもらう。そのそばから也耶子が包丁で適当な大きさに切り、鍋に入れて茹でていく。
「はい、今度はお豆腐を手でちぎってくれる?」
木綿豆腐を二センチくらいに手でちぎる。野菜が柔らかくなったら顆粒だしと豆腐、最後に味噌を加えれば出来上がりだ。
「どれどれ、お味噌汁も良い匂いで美味しそうだな」
「つんちゃんがお手伝いしてくれたお陰よ」
「えへへへ」
得意げな表情を浮かべる紡生に思いの外上手にできたと也耶子も笑顔を向けた。
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