神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

勇内一人

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泣いたら思う存分抱っこしてあげましょう

(十)

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「もうこっちに来ても構わないかしら? あらぁ、良い匂い」
 そうこうしていると三保子が士温を抱いてリビングに現れた。
「士温ちゃんもおばあちゃんと二人きりで飽きちゃったわよね」
「あぅぅおぉうぅ」
 昼寝をしたせいか、士温も機嫌が良いようだ。
「それよりも、部屋中に花や輪っかを飾って、これから何を始めるつもりなの?」
 部屋の中を見回して少し驚いたような顔をして尋ねた。まだ準備の途中だったが、これ以上隠し続けるわけにもいかない。それならば、ここで主役の三保子に伝えた方が良いだろう。
「サプライズ!」
 いきなり也耶子が言うと、三保子が戸惑った調子で声を上げた。
「え? 何? 何?」
「さん、はい。お誕生日おめでとう!」
 紡生の掛け声に合わせて三人は一斉に叫んだ。

「え、あ、あぁ、そうだわ。今日は私の誕生日だった」
 どうやら三保子は今日が自分の誕生日だと気づいていなかったようだ。テーブルの上にあるちらし寿司やガスコンロにある鍋を見て、仲間外れにされたことに合点がいった様子だ。
「まぁ、凄い。これ全部、紡生が準備してくれたの?」
「うん、也耶子ちゃんのお手伝いをしたんだよ」
「嬉しい、ありがとう」
 也耶子の言葉通り三保子は手放しで喜んでくれた。
「ケーキは難しくて作れないけど、ヨーグルトのデザートを作るんだよ」
「何かできることがあればと思ったけれど、私の出る幕はなさそうね」
 也耶子の方に顔を向けて尋ねる。
「今日の主役にお手伝いなんか……むしろ、さっきから士温の子守を任せ放しで申し訳ありません」
「士温ちゃんは大人しいもの、ずっと一緒にいても大丈夫よねぇ」
 三保子があやすと士温は益々上機嫌になる。
「あぁ、うぅ、あぁ、ひゃあ」
 まるで本当の祖母と孫のように二人は仲が良さそうだ。千栄子ともこんな調子で暮らしているのだろうかと、想像してみたが何故かピンと来なかった。
「あと少しで出来上がるので、もう少し待っていていただけますか?」
「士温ちゃんの夕飯は準備してあるの?」
「あちゃぁ、忘れていた」
「コンロにある鍋はお味噌汁かしら?」
「はい、野菜たっぷりの味噌汁です」
「お味噌はもう入れちゃった?」
「はい」
「それなら野菜だけ取り分けておいた方が良いわね。鮭はまだちょっと早いから食べられないかもしれないわ」
 離乳食で魚は白身魚から始めるそうだ。鮭も立派な白身魚なのだが、脂分が多いので中期、もしくは七~八か月頃から食べさせた方が良いらしい。
「なるほど。それなら味噌汁の野菜とお粥、スーツケースの離乳食を物色してみますね」
 お湯を注ぐだけで食べられるフリーズドライの魚の裏ごしを見つけたので、さっそく試してみた。
「これが白身魚だと言われてもドロドロだから何なのかわからないわよね」
「ネットで調べたら子供が喜んで食べてくれるって、結構評判が良い品みたいですよ」
「へぇ、そうなんですか」
 野菜もお粥も魚までドロドロで美味しそうには見えない。だが、記憶にないが誰もが喜んで食べてきたのだ、このドロドロの離乳食なるものを。

 プレートに寿司飯を盛り、上に具材を並べればちらし寿司の完成だ。子供特有の独創的な盛り付けを期待して、紡生にも手伝ってもらう。
「私はこっちのお皿を盛り付けるから、そっちはつんちゃんの好きな並べ方で任せたわ。海老は六枚、卵は大さじ一杯、枝豆は適当にね」
「OK!」
 ステム(脚)の低いワイングラスを使い食後のデザートを作るので、下準備をしておこう。
「ちょっと大人びたあっさりデザートだから、アクセントにバナナを入れましょうか?」
 ブルーベリージャムをグラスの一番下に敷き、バナナの輪切り、ヨーグルトを入れ冷蔵庫で冷やしておく。そして、食べる直前にバニラアイスを盛り付ける。
「士温もバナナは大丈夫かしら?」
 育児日記で確認したら、既にバナナは食べているようだ。仲間外れは可哀そうだからと、士温にもデザートにバナナのペーストを作った。
「美味い日本酒があるから開けましょう。須藤さんはいける口ですか?」
「日本酒ですか? アルコールは強い方ではないので、日本酒はあまり飲んだことがないです」
「実はこれ、スパークリングタイプなんですよ。爽やかな甘みがあって飲みやすいから、きっと気に入ってもらえると思います」
「今夜の主役は三保子さんなので私の好みよりは……」
「ああ見えてお義母さんは酒豪なんですよ。これ一本くらいは軽くいけるんじゃないかな」
 真司が持っているのはアルコール十四度、発砲性濁り酒七二〇mlの瓶だった。
「あら、それも美味しそうね。でもね、真司さんの晩酌につき合うようになって、逆に飲む量が減って来たのよ」
 夫の手前正々堂々と飲めなくて、夕飯を作る合間や寝る前にこっそり一人で晩酌していたらしい。
「もしもあのまま離婚しなかったら、キッチンドリンカーになるところだったわ」
「いいなぁ、大人は。つんちゃんもシュワシュワ飲みたいなぁ」
「紡生はリンゴジュースをソーダ水で割ってあげようか?」
「やった!」
 実は炭酸は苦手なのだが、少し背伸びをして大人と同じにしたかったようだ。全ての準備が整ったので、いよいよ誕生日会の始まりだ。
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