四人の令嬢と公爵と

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婚約

杞憂

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 ダイニングに現れた青年ディトは、明るく無邪気な顔でラゼイヤを見ている。

 紹介の続きを促しているようにも見えるそれにラゼイヤは気付いているようで、そのまま続けた。


「彼は普段、バルフレの言った更生指導官として活動していてね。私達と比べて激務で遅くなってしまうことも多いんだ」


 ラゼイヤの紹介にディトは相槌を打っている。その仕草すら可愛らしいものだった。
 姉妹達はディトの姿に再び見惚れていたが、その様子を見ていた兄弟達はゴトリルを除いて皆険しい顔をしていた。


「ディトの姿を見て驚くのも無理はない。私達とは真逆だからね」


 そう言ったラゼイヤは気落ちした様子で紅茶を啜っている。


「ディトは、綺麗だろう?私達とは似ても似つかないが、これでも同じ親の下で生まれた兄弟なんだ。ただ……あまり会わせたいとは思わなかったのだけどね」


 少し不機嫌なのか、触手が忙しなくうねっている。こんな姿も初めて見た。


「私が言うのもなんだが、ディトは本当に美しいと思う。もし私が女性であったなら、……ディトを選ぶだろうさ」


 自信なさげにラゼイヤが口にした言葉、それを聞いた姉妹達は我に帰った。

  彼の言った通り、ディトは上4人とは比べ物にならないほどの美丈夫だった。
 そして姉妹達は婚約の身でありながら、その弟に見惚れていた。



 こんな人と婚約を結べたなら……そんなことも思ってしまっていた。



 思っただけとは言えど、嫁いだ身でありながら他の男性に、しかもお相手の兄弟にそのような感情を向けるなど、無礼も甚だしいものだった。

 先ほど鬼気迫る視線を向けていたバルフレも、歯軋りをやめなかったラトーニァのことも、今思えばこのことを予測していたからかもしれない。

 そう考えるだけで、姉妹達はいたたまれなくなった。
 恥を感じるとはこのような感覚なのであろう。



 「本当に自分は婚約者として相応しいのか」と。



 姉妹達が何か言おうにも、今此処では全てが言い訳になってしまうだろう。この時だけは、饒舌なエミリアも空気を読んで押し黙っていた。

 しかし、この場の空気を一変するかのように、ディトが声を上げた。


「兄さん達は相変わらずだね。もっと自信持ってよ!僕の自慢の兄さん達なんだから!!」


 ディトが放ったその言葉は、上辺だけには聞こえないほど鮮明だった。


「もう婚約済ませたんでしょ?ゴト兄さんはともかく、他のみんなはまだそんなことで悩んでるの?大体、僕もうだよ?そんなに心配する必要無いんじゃない?」


 あっけらかんと言うディトに、食事中のゴトリルを除いた全員が顔を向けた。

 姉妹達は当然、ディトが所帯持ちであることに驚いていたが、彼の容姿を見直して納得はついた。

 そんな姉妹達に対して、バルフレは冷たい視線を、ラトーニァは親指の爪を噛みながら、ラゼイヤは困った表情をディトに向けていた。


「……あのなぁ、ディト。婚約とはそう簡単に行くものではないんだ。お前みたいにトントン拍子で進むわけないだろう」

「相思相愛ならできることだよ」

「いや、だからね。私達はまだその段階ではないから」

「でも、婚約はしたんでしょ?だったらもっとアピールとかしないと」

「公爵であることを忘れたか。そんなはしたない真似してどうする」

「異性交遊にはしたないも何もないよ!」

「語弊が生じる発言はやめなさい」


 ディトとラゼイヤは、周りのことなどそっちのけで議論している。ディトの言葉に頭を抱えているラゼイヤも新鮮なものである。
 今まで余裕ある姿勢を崩さなかったラゼイヤが末っ子に困らされているのを見て、オリビアは不思議な気分になっていた。

 しかし、次第に熱を帯び始めた議論に姉妹達も焦りを感じ、他の兄弟達に視線を送ったが……誰も関わりたくないのだろう、目を逸らしていた。ゴトリルはテーブルの食事に目を向けていたが。

 その時、終わらない話し合いに業を煮やしたディトが、堰を切ったように大声を上げた。



「兄さん達だって、と婚約できたんだからもっと積極的になれば良いじゃん!!ハグとかキスとかしてさ!!」





 次の瞬間、ディトとゴトリル以外の公爵全員が飲んでいた紅茶を吹き出したのは言うまでもない。
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