四人の令嬢と公爵と

オゾン層

文字の大きさ
96 / 101
後日談

今日も愛が重過ぎる

しおりを挟む



 __ある離れにて。



 その男は真顔で、作業台の上でずっと訳のわからぬ絡繰をいじっている。

 時折解体し、再び噛み合わせるを繰り返しながら、その絡繰を着々と作り上げようとしていた。

 その手には暗いヒビが顔にまで走っており、離れの薄暗さも相まって不気味さを増している。
 赤い眼光は、真っ直ぐと絡繰のほうに向けられたままで、誰も声をかけられるような雰囲気ではなかった。



「バルフレ様!」



 しかしそんな中、離れには鈴のような声が響き渡る。

 名を呼ばれたその男……バルフレは、声の主に優しい笑みを向けた。


「今日は何の道具をお作りになっているのかしら?」

「ああ……私達に必要なものさ」


 声の問いに、バルフレは穏やかに返す。絡繰を触る手は止まっていない。


「エレノア、そこにある器具をとってくれ」


 バルフレは声の主である女性……エレノアに優しく指示を出した。


「ええ!此方でよろしいでしょうか?」

「ああ。ありがとう」


 エレノアから手渡された器具を、バルフレは絡繰に施す。エレノアはそれをマジマジと見つめていた。



 バルフレの妻となったエレノアは、魔科学の研究者である彼の助手として働いている。
 こうして器具を取り出したり、時折魔法の生成を手伝ったりと、大役は任せられないが、補佐としての職務を全うしていた。



「それでですね、バルフレ様!今日の朝見かけた鳥なのですけど、あれは此処から東側の地域にいる珍しい鳥なのですよ!凄いと思いません?ここからだいぶ遠い場所にいるはずなのに、ここまで渡ってきたんですから!」


 しかし、普段はいつものお喋りを連発し、作業中のバルフレに延々と話し続けるというの作業をしていた。
 これで助手が務まるのかと言えば、一般的にはそう思えないだろう。だが、バルフレ相手ではそれが役割でもあった。

 バルフレは、エレノアの言葉に対して「ああ」や「それは……」と返し続ける。バルフレにとって、エレノアとのこの時間が至福であったのだ。



 そのために、今の絡繰を作っているのだ。



「エレノア、完成したぞ」


 不意にバルフレがそう言い、絡繰をエレノアの手に置く。それを眺めていたエレノアは、ある正解に辿り着いた。


「オルゴールですね!」


 金の装飾が施された純白のオルゴールを見て、エレノアは感嘆を漏らした。


「ネジを巻いてみてくれ」


 バルフレに促されると、エレノアは躊躇することなくそのオルゴールのネジを回す。

 すると、中から可愛らしい音色が流れ出した。


「素敵な音色ですわ!此方はどのような効果がありますの?」


 エレノアがそう聞くと、バルフレは窓の方を指さした。それに釣られて視線を向けると、いつもの景色が映り込んでいるのだが、ひとつだけ違和感があった。



 鳥が、宙に浮いたまま止まっているのだ。

 ホバリングしているのではなく、羽ばたこうとしているその瞬間で止まっているのだ。


「バルフレ様、あれは一体……」

「時だよ。時を止めたんだ」


 困惑気味のエレノアに、バルフレは早々と答える。


「そのオルゴールが流れている間、時間が止まり続ける。オルゴールが止まれば、また動き出すんだ」

「へぇ!それは凄いですわ!時を止める魔法は初めて見ました!」


 エレノアは嬉々としてオルゴールを眺めている。その表情を、バルフレは嬉しそうに見つめていた。


「それで、此方のオルゴールは何のために作りましたの?」


 笑顔のまま首を傾げるエレノアに、バルフレは笑みを絶やさず答えた。


「言っただろう、に必要なものだと」


 バルフレはそう言うと、オルゴールを持ったままであったエレノアの両手を自らの手で包み込む。
 急に近くなった距離に、エレノアは目を見開いてみせた。


「私達の時間を作るにはどうするべきか……仕事を割くことはできないだろう?だからこれを作った」


 バルフレは、エレノアの指に自分の指を絡め、止まりかかっていたオルゴールのネジを器用に回す。


「時が止まっている間、誰からも干渉されないこの刹那の間、私とお前だけが動けるんだ」


 次第に近付いてきた赤い双眸に、エレノアは見つめ返すことしかできない。
 怖いから、とかではない。その逆だ。


「これからも夫婦として、二人きりの時間を大切にしようじゃないか。エレノア」


 バルフレは、神聖なものにするかの如く、厳かな口付けを落とした。



 バルフレのエレノアに向ける愛慕は、嘘偽りなく曲がりない代わりに常軌を逸している。それは他の兄弟が引くほどに。

 しかし、その過剰な愛を受け入れられるほどの器が、エレノアにはあった。

 だからこそ、二人は相性が良かったのだろう。



「バルフレ様ったら、ちゃんとお仕事の研究をしてくださいませ!」



 顔を赤らめつつ、恥ずかしさよりも嬉しさが勝り破顔しているエレノアがバルフレの頬に口付ける。
 そうすると、彼はより一層笑みを深めて喜ぶのだ。





 今日彼女は夫からの重い愛を受けつつ、それに応えるのであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています

鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。 けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。 指示を出さない。 判断を奪わない。 必要以上に関わらない。 「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。 それなのに―― いつの間にか屋敷は落ち着き、 使用人たちは迷わなくなり、 人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。 誰かに依存しない。 誰かを支配しない。 それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。 必要とされなくてもいい。 役に立たなくてもいい。 それでも、ここにいていい。 これは、 「何もしない」ことで壊れなかった関係と、 「奪わない」ことで続いていった日常を描く、 静かでやさしい結婚生活の物語。

龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠
恋愛
魔法や獣人などが混在する世界。 ハッピーエンドの裏側で苦しむ『悪役令嬢』はヒロインから人以下の証を貰う。 物として運ばれた先で出会う本筋とは相容れないハッピーエンドへの物語

【完結】愛する人が出来たと婚約破棄したくせに、やっぱり側妃になれ! と求められましたので。

Rohdea
恋愛
王太子でもあるエイダンの婚約者として長年過ごして来た公爵令嬢のフレイヤ。 未来の王となる彼に相応しくあろうと、厳しい教育にも耐え、 身分も教養も魔力も全てが未来の王妃に相応しい…… と誰もが納得するまでに成長した。 だけど─── 「私が愛しているのは、君ではない! ベリンダだ!」 なんと、待っていたのは公衆の面前での婚約破棄宣言。 それなのに…… エイダン様が正妃にしたい愛する彼女は、 身分が低くて魔力も少なく色々頼りない事から反発が凄いので私に側妃になれ……ですと? え? 私のこと舐めてるの? 馬鹿にしてます? キレたフレイヤが選んだ道は─── ※2023.5.28~番外編の更新、開始しています。 ですが(諸事情により)不定期での更新となっています。 番外編③デート編もありますので次の更新をお待ちくださいませ。

皇帝陛下!私はただの専属給仕です!

mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。 戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。 ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。 胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。

【完結】【番外編追加】お迎えに来てくれた当日にいなくなったお姉様の代わりに嫁ぎます!

まりぃべる
恋愛
私、アリーシャ。 お姉様は、隣国の大国に輿入れ予定でした。 それは、二年前から決まり、準備を着々としてきた。 和平の象徴として、その意味を理解されていたと思っていたのに。 『私、レナードと生活するわ。あとはお願いね!』 そんな置き手紙だけを残して、姉は消えた。 そんな…! ☆★ 書き終わってますので、随時更新していきます。全35話です。 国の名前など、有名な名前(単語)だったと後から気付いたのですが、素敵な響きですのでそのまま使います。現実世界とは全く関係ありません。いつも思いつきで名前を決めてしまいますので…。 読んでいただけたら嬉しいです。

私に用はないのでしょう?

たくわん
恋愛
サクッと読める短編集

完結 王族の醜聞がメシウマ過ぎる件

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子は言う。 『お前みたいなつまらない女など要らない、だが優秀さはかってやろう。第二妃として存分に働けよ』 『ごめんなさぁい、貴女は私の代わりに公儀をやってねぇ。だってそれしか取り柄がないんだしぃ』 公務のほとんどを丸投げにする宣言をして、正妃になるはずのアンドレイナ・サンドリーニを蹴落とし正妃の座に就いたベネッタ・ルニッチは高笑いした。王太子は彼女を第二妃として迎えると宣言したのである。 もちろん、そんな事は罷りならないと王は反対したのだが、その言葉を退けて彼女は同意をしてしまう。 屈辱的なことを敢えて受け入れたアンドレイナの真意とは…… *表紙絵自作

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

処理中です...