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第三章 出会いと契約
第14話―5 昼食会
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「私がこの体になったのは、事故で治療不可能なほどの損傷を体に受けたからです」
そう言うと、一木は自分の胸に手を当てた。
「ここに、人間として存在できる最低限の部位が詰まっていて、他はすべて作り物です」
一木の言葉を聞いて、ミルシャは何が何だかわからないといった様子だったが、グーシュ皇女はしきりにうなづいて感心していた。
やはりというか、非常に理解力が高い。
小説、ルーリアト風にいうところの説話によってSF的な感覚を身に着けている事と、生来の好奇心の強さによるものだろう。
一木はふと、グーシュ皇女の読んでいる小説を読みたくなった。
異世界の作家による物語はどんなもので、あれほどの皇女様を生み出すような作家の物語はどんなものなのか、非常に興味が湧いたからだ。
とはいえ、まずは目の前の問題から片付けなければならない。
「なるほど。しかし作り物の体で不自由はないのか? 食事は? 他の欲求はどうなっている?」
続いてやってきたのはグーシュ皇女による怒涛の質問攻めだった。
雑談としてはいいのかもしれない。
来るべき本題である橋の爆破に関する話題に向けての空気作りになればいい。
一木はそう捉えて、自身に関することを話し始めた。
「確かに不自由なことも多いですが、人間としての活動や欲求に関してはおおむね問題なく行えます。食事は、味覚に関してはこうして首筋のケーブルをつなぐことで、アンドロイドの食べた物の味を感じることが出来ますし、栄養も専用の液体を体に投入することで摂取出来ます。他の欲求に関しても、仮想空間というものを用いることで……」
一木の言葉にグーシュ皇女が目をキラキラと輝かせる中、三品目の料理であるタラのソテー豆乳クリームソースがけが運ばれてきた。
ルーリアトでは珍しい魚料理だったが、この料理も好評だった。
サクサクとした皮とふっくらとした身の部分に、ルーリアト産の豆から作られた豆乳を用いたソースがかけられた料理で、牛乳とは一味違う風味とコクがあった。
聞けば、この豆はグーシュ皇女の数少ない好物だという。
なじみのない魚料理に慣れてもらうため、クセの少ないタラに好物を合わせたのだという。
こうして、シャルル大佐の料理による援護の協力もあり、グーシュ皇女の機嫌はどんどん良くなっていった。
口直しの、タユと呼ばれるサクランボに似たルーリアト産の果物のシャーベットが運ばれてくる頃には、話題は殺大佐やミラー大佐についての物になった。
あまり詳細な事を教えるのはまずいため、一木は細かく二人に無線通信で確認を取りながら伝えていった。
二人の事を話すと、話題は自然と隣にいるマナについてになり、一木がアンドロイドであり、自分の副官であり、妻でもあると紹介するとグーシュ皇女はおろかミルシャまで興味を持って、いろいろと聞いてきた。
そんな流れで、メインディッシュの森豚風北海道産熊肉のソテーが運ばれてくる頃には、話題は一木や地球人の恋愛模様になっていた。
女性らしい話題と言えばそうなのだが、一木としてはここまでの話題は正直意外だった。
てっきり、地球連邦の国としての情報や、軍事力、技術力などに関する話題がもう少し出ると思っていたのだが、一木の周辺に関する話題が非常に多かった。
先の会談の時のように、一木が口ごもるような鋭い質問も警戒していたが、杞憂だった。
時折ミラー大佐達参謀型アンドロイドの仕事など、きわどい質問が飛んでくることもあったが、無線通信で本人に確認しながら答えれば対処可能な質問ばかりだった。
ただ、好奇心からなのかジッと一木の目をグーシュ皇女が見ている事が気になった。
隣にいるミルシャは昼食会の最初こそ緊張した様子だったが、料理のおいしさに加えてグーシュ皇女が肉類を食べている様子を見ると、だんだん態度が柔らかくなり、シャーベットを食べているあたりにはすっかり年相応の女の子になっていた。
毒見をする様子も、最初の不安交じりな様子からいかにも楽しみ、といった風に変わり、料理を頬張るグーシュ皇女の顔を見ながらニコニコとしていた。
そしてメインディッシュが終わり、デザートの日本国山形産リンゴのタルトが運ばれてきたとき、一木はグーシュ皇女の機嫌と場の雰囲気が温まったことを確認して、本題を切り出すことにする。
一木が合図の通信を入れると、部屋の扉が開き、一人の歩兵型が素早く入室してきた。
そして、一木の背後に来ると小声で報告をする。
もちろんグーシュ皇女に見せるための小芝居だ。
たった今、拘束したイツシズの配下の正体が尋問の結果分かったという報告を受けた。
そういう風にみせるための、ちょっとした演技。
細かいことだが、異世界人相手には必要不可欠な行為だ。
無線通信による連絡にかまけてこういう事を怠ると、思わぬ所で認識の齟齬が起きるものだ。
「グーシュ皇女。あなたに報告したいことがあります」
一木が切り出しても、グーシュ皇女はニコニコとした笑みを絶やさなかった。
むしろ、タルトを口に入れる動作に余念が無い。
「どうしたのだ、一木代表。急に……むぐむぐ……改まって……くぅ~~帝城の甘味とは次元が違うな」
「殿下! いくら何でも食べながら喋るなど!」
いささか緊張感を抜きすぎたか、と一木は訝しんだ。
できればこの弛緩した空気が良い方向に向かってくれることを祈った。
「実は、橋の崩落について判明したことがあります」
その言葉を発した瞬間、ミルシャの顔がこわばった。
一方で、グーシュ皇女の様子は変わらず、また一口、タルトを頬張った。
一木は内心冷や冷やしながら、続きを口にする。
「殿下を救助した現場部隊からの情報を精査した所、橋の崩落直後に怪しい一団を拘束していたことを確認しました」
「それは本当ですか!?」
ミルシャが勢いよく立ち上がる。
フォークがカランと音を立てて床に落ちるが、素早く女給のアンドロイドがそれを拾い上げ、新しいフォークをテーブルに置いた。
「ミルシャ、行儀が悪いぞ」
自分の事は棚に上げてグーシュ皇女が注意すると、ミルシャは少し逡巡した後席に着いた。
「申し訳なかったな一木代表。続けてくれ」
「……はい。兵士の方々の救助活動を優先していたため、現場から情報がこちらに上がってくるのが遅くなっていたようです。拘束した一団はこの宿営地に連行し、尋問を行っていました。その結果、彼らが皇太子殿下の命令の下、橋に火薬を仕掛けて爆破した事が分かったのです。彼ら自身の所属は、イツシズという騎士の配下の様です」
一木の言葉を聞くと、ミルシャはこぶしをテーブルにたたきつけようとして、寸前でとどまった。
代わりに表情はより一層怒りに染まり、凄まじいまでの殺気に包まれる。
「ミルシャ、抑えよ」
「しかし殿下! 兄上はやはり殿下を裏切ったのです……殿下の信頼を……あげくの果てにイツシズめが! 皇族を守る近衛がご恩を忘れてこの仕打ち! 四肢を切り落として門前に晒してもまだ足りない……」
「ミルシャ! 今は昼食会の最中だ。血なまぐさい物言いはよせ」
グーシュ皇女の強い言葉に、ミルシャは唇をかみしめて黙った。
「騎士ミルシャのお怒りはごもっともです。グーシュリャリャポスティ皇女殿下。ご安心ください。我々地球連邦は帝国の内政には不干渉の立場。ですが、交渉担当だるあなたに対する不法行為に目をつぶるような事は決してありません。あなたの身の安全は保証いたします。まずは、ルニ子爵とも連絡を取り今後の……」
「ハハ、あはははははは!」
一木の言葉は、グーシュ皇女の笑い声によって遮られた。
怒り、悲しみ、疑い。そういった反応は想定していたがこの反応が想定外だった。
一木、そしてミラー大佐と殺大佐、マナにミルシャは困惑した。
ただ一人、シャルル大佐だけが静かに佇んでいた。
「そうか、そういう事だったか。察しはついていたが確証だけが得られなかった。あなた達は、何のことはない。わらわらに恩を感じてほしかったのか」
グーシュ皇女の言葉に、一木は決定的に驚愕した。
もはや隠しようもなく、ミラー大佐と殺大佐に無線通信を入れようとする。
「一木代表、こっそりと参謀殿たちに相談するのはよした方がいい。おぬしの狼狽や焦りが相手に伝わってしまうぞ? もう少し大らかな方が交渉はうまくいく。少し気を緩めるのだ」
無線通信している事を見抜かれたことに、動揺が止まらない。
「落ち着くのだ、一木代表。橋を爆破するような豪胆さがあるのに、いささか慌てすぎだ」
どこからだ。
ミラー大佐の疑義から、疑われている可能性は考えてはいた。
最悪の事態に備えるべく、それでいて橋の件がばれない可能性についても考慮して慎重に動いていたつもりだった。
だが、ここまで短時間で確証を得られることは想定外だった。
だが、一木の驚愕はこれで終わりではなかった。
ミラー大佐が勢いよく立ち上がる。
そして何事かを叫びながら、腰の拳銃に手をかけた。
参謀型SSの性能なら、この距離で外すことは考えられない。
部屋に轟音が響き渡った。
そう言うと、一木は自分の胸に手を当てた。
「ここに、人間として存在できる最低限の部位が詰まっていて、他はすべて作り物です」
一木の言葉を聞いて、ミルシャは何が何だかわからないといった様子だったが、グーシュ皇女はしきりにうなづいて感心していた。
やはりというか、非常に理解力が高い。
小説、ルーリアト風にいうところの説話によってSF的な感覚を身に着けている事と、生来の好奇心の強さによるものだろう。
一木はふと、グーシュ皇女の読んでいる小説を読みたくなった。
異世界の作家による物語はどんなもので、あれほどの皇女様を生み出すような作家の物語はどんなものなのか、非常に興味が湧いたからだ。
とはいえ、まずは目の前の問題から片付けなければならない。
「なるほど。しかし作り物の体で不自由はないのか? 食事は? 他の欲求はどうなっている?」
続いてやってきたのはグーシュ皇女による怒涛の質問攻めだった。
雑談としてはいいのかもしれない。
来るべき本題である橋の爆破に関する話題に向けての空気作りになればいい。
一木はそう捉えて、自身に関することを話し始めた。
「確かに不自由なことも多いですが、人間としての活動や欲求に関してはおおむね問題なく行えます。食事は、味覚に関してはこうして首筋のケーブルをつなぐことで、アンドロイドの食べた物の味を感じることが出来ますし、栄養も専用の液体を体に投入することで摂取出来ます。他の欲求に関しても、仮想空間というものを用いることで……」
一木の言葉にグーシュ皇女が目をキラキラと輝かせる中、三品目の料理であるタラのソテー豆乳クリームソースがけが運ばれてきた。
ルーリアトでは珍しい魚料理だったが、この料理も好評だった。
サクサクとした皮とふっくらとした身の部分に、ルーリアト産の豆から作られた豆乳を用いたソースがかけられた料理で、牛乳とは一味違う風味とコクがあった。
聞けば、この豆はグーシュ皇女の数少ない好物だという。
なじみのない魚料理に慣れてもらうため、クセの少ないタラに好物を合わせたのだという。
こうして、シャルル大佐の料理による援護の協力もあり、グーシュ皇女の機嫌はどんどん良くなっていった。
口直しの、タユと呼ばれるサクランボに似たルーリアト産の果物のシャーベットが運ばれてくる頃には、話題は殺大佐やミラー大佐についての物になった。
あまり詳細な事を教えるのはまずいため、一木は細かく二人に無線通信で確認を取りながら伝えていった。
二人の事を話すと、話題は自然と隣にいるマナについてになり、一木がアンドロイドであり、自分の副官であり、妻でもあると紹介するとグーシュ皇女はおろかミルシャまで興味を持って、いろいろと聞いてきた。
そんな流れで、メインディッシュの森豚風北海道産熊肉のソテーが運ばれてくる頃には、話題は一木や地球人の恋愛模様になっていた。
女性らしい話題と言えばそうなのだが、一木としてはここまでの話題は正直意外だった。
てっきり、地球連邦の国としての情報や、軍事力、技術力などに関する話題がもう少し出ると思っていたのだが、一木の周辺に関する話題が非常に多かった。
先の会談の時のように、一木が口ごもるような鋭い質問も警戒していたが、杞憂だった。
時折ミラー大佐達参謀型アンドロイドの仕事など、きわどい質問が飛んでくることもあったが、無線通信で本人に確認しながら答えれば対処可能な質問ばかりだった。
ただ、好奇心からなのかジッと一木の目をグーシュ皇女が見ている事が気になった。
隣にいるミルシャは昼食会の最初こそ緊張した様子だったが、料理のおいしさに加えてグーシュ皇女が肉類を食べている様子を見ると、だんだん態度が柔らかくなり、シャーベットを食べているあたりにはすっかり年相応の女の子になっていた。
毒見をする様子も、最初の不安交じりな様子からいかにも楽しみ、といった風に変わり、料理を頬張るグーシュ皇女の顔を見ながらニコニコとしていた。
そしてメインディッシュが終わり、デザートの日本国山形産リンゴのタルトが運ばれてきたとき、一木はグーシュ皇女の機嫌と場の雰囲気が温まったことを確認して、本題を切り出すことにする。
一木が合図の通信を入れると、部屋の扉が開き、一人の歩兵型が素早く入室してきた。
そして、一木の背後に来ると小声で報告をする。
もちろんグーシュ皇女に見せるための小芝居だ。
たった今、拘束したイツシズの配下の正体が尋問の結果分かったという報告を受けた。
そういう風にみせるための、ちょっとした演技。
細かいことだが、異世界人相手には必要不可欠な行為だ。
無線通信による連絡にかまけてこういう事を怠ると、思わぬ所で認識の齟齬が起きるものだ。
「グーシュ皇女。あなたに報告したいことがあります」
一木が切り出しても、グーシュ皇女はニコニコとした笑みを絶やさなかった。
むしろ、タルトを口に入れる動作に余念が無い。
「どうしたのだ、一木代表。急に……むぐむぐ……改まって……くぅ~~帝城の甘味とは次元が違うな」
「殿下! いくら何でも食べながら喋るなど!」
いささか緊張感を抜きすぎたか、と一木は訝しんだ。
できればこの弛緩した空気が良い方向に向かってくれることを祈った。
「実は、橋の崩落について判明したことがあります」
その言葉を発した瞬間、ミルシャの顔がこわばった。
一方で、グーシュ皇女の様子は変わらず、また一口、タルトを頬張った。
一木は内心冷や冷やしながら、続きを口にする。
「殿下を救助した現場部隊からの情報を精査した所、橋の崩落直後に怪しい一団を拘束していたことを確認しました」
「それは本当ですか!?」
ミルシャが勢いよく立ち上がる。
フォークがカランと音を立てて床に落ちるが、素早く女給のアンドロイドがそれを拾い上げ、新しいフォークをテーブルに置いた。
「ミルシャ、行儀が悪いぞ」
自分の事は棚に上げてグーシュ皇女が注意すると、ミルシャは少し逡巡した後席に着いた。
「申し訳なかったな一木代表。続けてくれ」
「……はい。兵士の方々の救助活動を優先していたため、現場から情報がこちらに上がってくるのが遅くなっていたようです。拘束した一団はこの宿営地に連行し、尋問を行っていました。その結果、彼らが皇太子殿下の命令の下、橋に火薬を仕掛けて爆破した事が分かったのです。彼ら自身の所属は、イツシズという騎士の配下の様です」
一木の言葉を聞くと、ミルシャはこぶしをテーブルにたたきつけようとして、寸前でとどまった。
代わりに表情はより一層怒りに染まり、凄まじいまでの殺気に包まれる。
「ミルシャ、抑えよ」
「しかし殿下! 兄上はやはり殿下を裏切ったのです……殿下の信頼を……あげくの果てにイツシズめが! 皇族を守る近衛がご恩を忘れてこの仕打ち! 四肢を切り落として門前に晒してもまだ足りない……」
「ミルシャ! 今は昼食会の最中だ。血なまぐさい物言いはよせ」
グーシュ皇女の強い言葉に、ミルシャは唇をかみしめて黙った。
「騎士ミルシャのお怒りはごもっともです。グーシュリャリャポスティ皇女殿下。ご安心ください。我々地球連邦は帝国の内政には不干渉の立場。ですが、交渉担当だるあなたに対する不法行為に目をつぶるような事は決してありません。あなたの身の安全は保証いたします。まずは、ルニ子爵とも連絡を取り今後の……」
「ハハ、あはははははは!」
一木の言葉は、グーシュ皇女の笑い声によって遮られた。
怒り、悲しみ、疑い。そういった反応は想定していたがこの反応が想定外だった。
一木、そしてミラー大佐と殺大佐、マナにミルシャは困惑した。
ただ一人、シャルル大佐だけが静かに佇んでいた。
「そうか、そういう事だったか。察しはついていたが確証だけが得られなかった。あなた達は、何のことはない。わらわらに恩を感じてほしかったのか」
グーシュ皇女の言葉に、一木は決定的に驚愕した。
もはや隠しようもなく、ミラー大佐と殺大佐に無線通信を入れようとする。
「一木代表、こっそりと参謀殿たちに相談するのはよした方がいい。おぬしの狼狽や焦りが相手に伝わってしまうぞ? もう少し大らかな方が交渉はうまくいく。少し気を緩めるのだ」
無線通信している事を見抜かれたことに、動揺が止まらない。
「落ち着くのだ、一木代表。橋を爆破するような豪胆さがあるのに、いささか慌てすぎだ」
どこからだ。
ミラー大佐の疑義から、疑われている可能性は考えてはいた。
最悪の事態に備えるべく、それでいて橋の件がばれない可能性についても考慮して慎重に動いていたつもりだった。
だが、ここまで短時間で確証を得られることは想定外だった。
だが、一木の驚愕はこれで終わりではなかった。
ミラー大佐が勢いよく立ち上がる。
そして何事かを叫びながら、腰の拳銃に手をかけた。
参謀型SSの性能なら、この距離で外すことは考えられない。
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