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第四章 皇女様の帰還

第5話―1 マナの話

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 話した内容よりも、マナが自発的に一木以外に話しかけた事に、一木は驚いた。
 ついつい、マナが精神的に成長したことに喜びを感じてしまう。
 一木がそんな的外れな事を考えている間にも、会話は続く。

「そんな事、決まっているだろう。僕は七つの頃から殿下に仕えるよう定められた帝国騎士だ。その忠義は……」

「……それではダメです」

「な!? なんだと! 歯車仕掛けの作り物が帝国騎士の在り方に文句を言うのか!」

 ミルシャは先ほどまでの青い顔はどこに行ったのか、顔を真っ赤にして怒っている。
 だが、一木としてはマナやアンドロイド達をバカにされたことに怒りを覚えた。
 思わず口をはさんでしまう。

「ミルシャさん、その言い方は」

「弘和君は少し黙っていてください」

「はい……」

 マナの剣幕に一瞬で黙ってしまった一木であった。

「ミルシャ……あなたがグーシュ殿下に幼いころから仕えていると聞いて、私はとても興味を持っていました。人間がどのようにして他者に寄り添うのか、知る事が出来ると思ったからです」

「……どういう事だ?」

「私は、二か月ほど前に製造されました。最初から弘和君……一木さんの副官として、そして……妻としての設定を施されてです」

 マナの言葉に、最初は意味を計りかねていたミルシャだったが、言っている意味が分かるとその表情が驚愕に変わった。
 目の前の大柄な少女が生後二か月だと知れば、大抵の異世界人はこういう反応になる。

「二か月!? そんな、僕よりも大きいのに……」

 その通りで、ミルシャの身長は165cm程なので、マナの方が15cm程も背が高い。
 
「製造されてからずっとこの体なので大きさは関係ありません。とにかく……」

 そう言うと、マナはミルシャに近づいて両手をそっと握った。

「私は、生まれた時から一木さんとの関係を決められていました。そして私は、その設定の通り一木さんを愛していました……ですが、一木さんは私を設定ではなく、マナという個人として扱ってくれました」

 そう言ってマナは、ちらりと一木の方を見た。

「私は自分の与えられた役割を果たして、そしてそれを相手も受け入れてくれることが、当たり前だと思っていました。けれども、一木さんは私たちアンドロイドの設定ではなく、人格を持った個人との関係性を徐々に育んでいく事を選んでくれたんです」

 一木は非常に驚いていた。
 マナとの関係が一時期こじれる原因ともなった、一木のアンドロイドへの接し方。
 そのことの意味を、マナが理解してくれていた事にだ。
 
 異世界人とのほんのわずかな交流が、ここまで劇的な成長を促したことに一木は感動すら覚えた。

「ですがミルシャさん。あなたは、グーシュ殿下と接するのに、定められた関係性を第一としている。私にはそう見えました。まるで製造後間もない私の様です」

「僕が……お前と……」

 ミルシャがジッとマナの目を見る。
 その表情には、先ほどまでの怒りではなく困惑が見られた。

「だが、僕は騎士として、お付きとして殿下に……」

「異世界での事は私にはわかりません」

 そこは副官として学んでおいてほしい、と一木は思ったが、さすがに今度は口を挟まなかった。

「ですが、グーシュ殿下が大きな決断をした今。あなたが今までの様に騎士やお付き、皇女と言った定められた関係性にこだわれば、それは大きなすれ違いを生む……そう思ったのでお話しました」

 マナはあくまでも、自分自身とミルシャの事を重ね合わせた結果、感じた危惧を考え無しに口にしたようだが、ある意味的を射た忠告だった。

 身分制度によって皇族、貴族、騎士、臣民といった階級社会であるルーリアト帝国は、帝国自身の改革に加え、地球連邦の来訪によってこれから大きな変革期を迎えるだろう。

 グーシュが首尾よく皇太子、そして皇帝になり、改革を加速させればその変化は帝国に、そしてこの仲のいい主従の関係性にも及ぶ。

 たった今、帝国とグーシュへの忠義で揺れ動いた比ではない。
 それは、二人の少女の別離すら含む大きなものになる。

 ギュッと手を握り合ったミルシャとマナは、しばらく見つめあっていた。
 そして不意に、ミルシャが視線を逸らした。
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