姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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ふたりの少女

約束

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「トトリさんって女子知ってる? 十鳥オガミさん」
「何かの……アニメみたいな名前だな」
 バケットサンドを手にラーメンを啜ってるロクがもごもごといった。
「インテリアのお店みたいだね」
 シギも乗る。
 翌日の昼休み。
 いつものシギの指定席でのひととき。
 シギがオムライス、ロクはバケットサンド。互いに昨日の昼食が気になっていたらしい。
 僕は昨日に続いてバータイプの栄養食品をシギの呆れとも憐れみともとれる視線をまともに受けながら、一気に押し込み、昼食というか早めのおやつのようなものを済ませていた。
 別にお金に困っているわけでも理由があって食事を自重しているわけでもなく、これで充分なだけだ。
 一応、昨日のは青りんご風味で今日のはイチゴケーキ風味。こだわりはある。
 シギは昨日、ロクが付けなかったサラダとかスープも注文しており、トレイの上は賑やかだった。一方ロクはバケットサンドだけでは足りないのか、なぜかラーメンも付けている。こういう節操のない組み合わせはいかにも男子ヤローだなと思う。
 席について早々、シギがスプーンでオムライスの真ん中をさくっとすくって食べる? と合図を送ってきたけれど、断った。
「数字の十に飛ぶ鳥で十鳥。ここの生徒のはずなんだけど」
「……なんだ、ひと目惚れでもしたか」
 ロクの言葉に鼻歌でも歌いそうな勢いで黄色い山を嬉々と崩していたシギのスプーンが止まる。わずかに揺れているまつげに顔を上げるかどうか迷いが見えた気が、した。
「どこで知り合ったんだよ」
 今度はバケットサンドをパクつく。バケットの両脇から具がはみ出している。
 飛び出たハムを下から齧って引っ張っているロクを眺めながら、昨日コンビニであったコトの顛末を話した。
「そりゃまたずいぶん気の強い女だな。電車でもマナーなってないヤツとかに噛みついてそうじゃないか」
 あの鋭利な顔立ちが思い浮かぶ。確かに彼女ならしょっちゅう迷惑な人々にひと言、ふた言いっててもおかしくはない。いや、あの様子だと日々いっているのだろう。
「で、会ってどうするんだよ」
「どうもしないよ。ただ、見たことない女子だったからさ」
 ああ、そうなのか、というとロクは食べることに集中した。シギもただ黙々とオムライスやスープやサラダを消化している。
 女子のことならシギが詳しいと思って話を振ったのだが、答えをもらっていない。
「で、シギは聞いたことないかな? 十鳥さんって女子」
「知らない」
 顔も上げずにそういう。なんだかそっけない。こういうシギははじめて見る。ラーメンを啜ってるロクが妙に笑いを堪えているのが気になった。
「一君、お久しぶりです」
 よく通る快活な声が背後から飛んできた。その瞬間、どんぶりに顔を埋めていたロクが舌打ちする。さわやかボイスにロクのリアクション、振り返らずとも分かる。
「ここ、よろしいでしょうか」
 いいながら返事を待たずに彼は僕の左に腰を下ろした。
「高等部に上がってからは初めてかな、五百旗頭いおきべ君」
「ええ」
 五百旗頭クラミツは人のよさそうな笑顔をはこちらに向けながら頷く。
 彼とは小学校時代から同じ学校で顔なじみである。そういう点では羽二生さんや左衛門三郎のお嬢様と同じくらい機知の間柄だ。ただ、ロクほど腐った仲でもない。互いに君付けで呼んでいるのがその証だろう。だからといって不仲なわけでも、もちろんない。むしろ僕は彼に対して好意的だと思う。ロクをはじめとする他の男子や一部の女子に比べれば。
「七ツ役さんはオムライスとオニオングラタンスープ、サラダですか。六反園君はバケットサンドと……しょうゆラーメン、組み合わせが豪快ですねえ、さすがです」
 ロクが再び、舌打ちをするのが分かった。五百旗頭君は聞こえていないのか、いつもの笑顔のままだ。仮に聞こえていたとしても、彼のシャイニースマイルは揺るがないだろう。
「……おや、一君はそれだけですか」
 昨日と同じく僕の手元には紙パックの野菜ジュースが握られている。とはいえ、昨日はトマトやぶどうがメインで今日は人参やオレンジがメインのタイプ。こだわりはある。
「よかったら、どうぞ」
 五百旗頭君はトレイに乗ったベーグルサンドをすすめてくれた。断ろうとしたけれど、つやのある円形から覗くベーコンや玉子の魅力に負けた。
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
「どうぞ、どうぞ」
 話もどん詰まり、一気に手持ち無沙汰となった身には彼の登場はありがたかった。
「五百旗頭君は何組になったんだっけ」
「5組ですね。五十棲いそずみ氏と一緒です。五月女そおとめ氏は4組です」
 彼のようにミルクティを手にして似合う男はそうそういないだろう。モテて当然のビジュアルと性格が彼にはある。だからこそロクのようにそれが気に入らない男子も多かったりする。まあ、お金持ちというだけで左衛門三郎のお嬢様を敬遠している自分が何かいえた義理はないのだけど。
 五百旗頭君のいう五十棲氏と五月女氏とは彼の友人というか同志、いや、本人たち曰く固い絆で結ばれた魂の兄弟なのだそうだ。その熱い友情の根源と黙っていれば紛れなく無条件で女子にモテるだろう――五十棲君によれば告白してきた女子の人数は分かっているだけで三桁を超えているらしい――五百旗頭君が決して誰ともつき合おうとしない理由は直結している。
 ちょうどいい機会だ。さっきから引っかかっている懸案事項を五百旗頭君にぶつけてみた。
「トトリさんって知ってるかな、数字の」
 といいかけたところで、五百旗頭君が笑いながら受け取った。
「数字の十にバード、鳥でトトリ。ええ、十鳥オガミさん。知っています」
 思わず、さすがと膝を打ちそうになったけれど、ロクやシギに対して嫌味っぽいかなと考えてそれはやめておいた。ただでさえ、微妙な空気になっているのに。
「何組なの?」
「五月女氏と同じ4組です」
「……そっか。4組ね」
 ひとり納得していると、五百旗頭君は彼女がどうかしたんですかと首をひねり、苦笑気味に続けた。
「まあ、彼女はけっこう噂の多い方のようですから、どうかしていてもおかしくもないのですが」
 その言葉にずっと食事に専念していたシギとロクが反応する。
「どういう人なの?」
 さっきから完黙を守っていたシギが口を開いた。なんだかずいぶん久しぶりに声を聞いた気がする。
「この春に他県から引っ越して来たばかりの方ですよ。どこから越して来たかは同じクラスの五月女氏から聞けば分かると思います」
 道理で知らないわけだ。
「その十鳥さんがどうかされましたか?」
 係わるつもりはないのだろう、ロクは無言でバケットサンドを齧っている。
「ナギちゃんが好きなんだって」
 シギは相変わらずこちらを見ようともせずにそんなことをいう。いったいどうしたんだ、幼なじみよ。
 五百旗頭君はそうなんですかというようにこちらに視線を送る。いちいち言葉にせず態度で示してくれるところに彼の人間性が現れているような気がして泣けてくる。モテるはずだ。
 僕は昨日あったコンビニでの空き缶事件を話した。
「なるほど、噂に違わぬ武勇伝っぷりですね」
「そんなにすごいの彼女」
「いえ、ほとんどが信憑性に疑いのあるレベルのお話なのですよ。一君の話を聞くまで僕も真実かどうか怪しんでいたところがありまして」
 で、噂は本当だったと。もっとも噂の内容がどれほどのものか知りようがないのだが。五百旗頭君の性格からして噂レベルの話をペラペラ話すとは思えない。訊くのは野暮というものだろう。
 なんだか妙な空気の中、昼食を終えると、シギもロクもさっさと食堂から姿を消した。
 ロクは五百旗頭君のことがあるから理解できるけれど、シギはよく分からない。けっきょく最後まで機嫌は直らなかった。

               *

「一さん」
 五百旗頭君と別れ、教室に戻る途中、さっきまで話題の中心だった十鳥オガミに出会った。同じ学校に通っているのだから、別におかしいことでもないのだけれど、何か気恥ずかしいような不思議な感覚にとらわれる。
 自分の人生以外のありとあらゆるものを切るような視線をこちらに向けながら、静かに近づいてくる。悪いことをしたわけでもないのに、緊張感に包まれるのはなぜだろう。
 両手をへその辺りで組む仕草には左衛門三郎のお嬢様とはまた違った空気というか、気品のようなものを感じ取ることができる。
 メデューサと対峙するペルセウスの心持ちで身構えると、彼女は例の局地的な笑みを見せながら頭を下げてきた。
 そして今度は、じっと射抜くように目線を固定する。
「放課後、時間ありますか?」
 そういうとこちらの返事を待つことなく、校門で待ってますからと去っていってしまった。
「うわさ以上にキツい感じだな」
 半神半人の英雄になり損ねた僕に声がかかる。五百旗頭君と別れたあと、タイミングを狙っていたらしいロクが寄ってきた。
「今のが一目惚れの相手かよ」
 それには答えず、教室へ足を向ける。
「時間あるかって聞かれた」
「……ほう! なんだ、向こうもその気ありかい」
 ヘラヘラいいながら、声が追いかけてくる。
「今、どういうことになってるんだよ」
 どうもこうも、昨日コンビニの前でまともに空き缶を捨てられない男と言い争っているところに遭遇し、事後に挨拶を交わし、さっき再会したと思ったら、一方的に話しかけられ、こちらの返事も待たずに約束をさせられたところだ。
「まあ、シギヤには黙っててやるからよ」
 まだ各々、お気に入りの場所で昼間の楽しいひとときに浸ってるのか、生徒もまばらな午後の教室でロクがにやけた声を出す。
 学食でのどこかよそよそしかったシギの態度を思い出される。
「シギの機嫌が悪かったみたいだけど、何かあったのかな」
 一瞬の沈黙。そして謗り混じりの視線をくびすじのあたりに感じ、引っ張られるように振り向いた。
 ロクが呆れとも哀れみともとれる表情でこちらをみていた。
「……シギヤの心ナナギ知らず、か」
 何でもお見通し的な口調と眉毛の下げ具合が癇に障る。しかしそれは針の穴ほどの痛みを胸の辺りにもたらした。不快というほどじゃないけれど、心地よくも、もちろんない。
 あいつも自分じゃ気づいちゃいなさそうだから、どっちもどっちだな。
 ひとりごとのようにロクはつぶやいて自分の席に戻った。
 そのあとはもやもやした気持ちを引きずったまま、問題の放課後を迎えることになった。
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