姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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パラサイト

昼餉

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 ただ今、絶賛居候中の女子が空腹を訴えたので、我が家ではお馴染みのホットドッグを作って差し出したら、当の食客たる上四元クシナ嬢にいらない、と拒絶された。
 ただそれだけのことなのだけれど、当人である僕は不思議に腹も立たなかった。馴れといえばそうなのかもしれない。彼女に振り回されるのは今にはじまったことではないし。
 ただ、小学校時代からずっと同じクラスで現在もその記録を更新中である名家、左衛門三郎家のご息女は僕の思いを知ってか知らずか、たいへんご立腹であった。
「僭越ながら、わがままも大概になさった方がよろしいかと思います」
「僭越です」
 気色ばむ左衛門三郎のお嬢様と不敵な上四元クシナが静かに火花を散らしているとその間にいた三苫さんまで険しい表情を作ってわがままな同居人を睨んでいた。
「何、さっきから」
 ぐぐっと新しいおもちゃでも見つけたかのような笑みで三苫さんに顔を寄せる。
「いいたいことがあるならいえば?」
「………」
 三苫さんは何かをいいたげにしていたけれど、上四元クシナのふてぶてしい態度に気圧されて目を逸らしてしまう。大人しい彼女が正直、ここまで好戦的だとは思わなかった。
「あなた、格好だけは一人前なのね」
 ひょっとして、とミニスカートを指差しながら声を低める。
「それでナナギを誘惑する気だった?」
 三苫さんの顔が瞬時に赤くなるのと同時だった。
 左衛門三郎のお嬢様が勢いよく立ち上がる。見たこともない冷然たる眼差しを言葉や動きでもって挑発し続ける上四元クシナに向ける。
「なに?」
 見開かれた瞳には好奇の色が強く揺らいでいる。相手の感情的な態度は彼女の好物だ。
 左衛門三郎のお嬢様は三苫さんが座る席の前に立つと、彼女を自分がいた左側に移動させ、空いた場所に腰を下ろした。
「ずいぶん頼りがいのあるご主人様ね」
 居心地の悪そうな三苫さんにそう話しかける上四元クシナは心底この状況を愉しんでいるかのようだった。
「あなたはいつもそうやって周りの方々の感情を逆撫でなさっているのですか」
「あなたは感情を逆撫でされちゃってるの?」
 ふたたびお嬢様と同居人の火花が散らされようかというとき、あどけない声が上がった。
「ナギちゃん、ホットドッグ食べていい?」
 シギが上四元クシナに振られてテーブルで所在なく湯気を立てているホットドッグを見つめている。
「……えっ、あっ、うん」
 帰ってから何も食べていなかったので自分で消化しようと思っていたし、シギたちは何か食べて来ていたと思っていたので意外な申し出だった。
「ええ、こちらにお伺いする前にわたくしたちで軽くお食事を済ませてまいりました」
 シギのひとことで剣呑な空気が霧散したせいか左衛門三郎のお嬢様の言動には普段の余裕が戻っていた。
 プレートを引き寄せて食べようとするシギの手が止まる。視線の先は三苫さんだ。
「三苫さんも食べる?」
「……いいんですか?」
 シギと僕とを交互に見やる三苫さんに頷いてみせる。
「口に合うか分からないけれど」
 と、ここで想定外の声が上がった。
「わたくしもぜひご相伴に預からせて下さい」
 意外な申し出は左衛門三郎のお嬢様。自分の作ったものに興味を示してくれるのは嬉しいけれど、急に需要が高まったホットドッグはふたつしかない。
「じゃあ、材料があるからもっと作るよ。そっちは僕が食べるから」
 左衛門三郎のお嬢様はわたくしに手伝えることはありませんかと席を立とうとするけれど、大した労力は必要としない。
「大丈夫。すぐに出来るから」
 といいながら、その向かいで上品に紅茶を頂いている羽二生さんに視線を流す。
「羽二生さんは、食べる?」
 答えは聞かなくても分かってはいた。
「私は……これがあるから」
 ケーキスタンドに陳列されたスイーツ群を指しながら苦笑して見せる。姉が作るのなら、きっと他者を押し退けても食べるというんだろうなとなんともいえない気分になる。
 ホットドッグを作る一方で、本来の目的を思い出す。
「上四元さんは……どうする?」
 そもそもお腹が空いたといい出したのは彼女なのだ。今までの経緯を鑑みれば、勝手に友人たちを家に呼んで面白くない腹いせに偽りの空腹を訴えたとも思えるのだけれど。
「ナナギの作ったものならなんでもいい」
 これで何度目だろう、またリビングの空気が緊張を強いられた気がした。
 左衛門三郎のお嬢様は目を閉じ、あえて関わらないように努めているのが分かった。三苫さんは不満げな表情を浮かべてはいたけれど、やり込められたこともあり、ぐっと堪えているいるようにも見えた。
「……分かった、ちょっと待ってて」
 とりあえず、ホットドッグは避けて、ご飯ものにしようとジャーからご飯をよそう。
 鶏肉、玉ねぎ、人参を切ってバターで炒め、グリンピースとマッシュルームを加えたあと、カレー粉とケチャップ、どっちの味にしようか迷ったけれど、メジャーな方がいいかなと、後者を選択した。
 炒めた材料と混ぜ合わせてしばらくしたら、ご飯を投入して塩コショウで味を調える。
 チキンライスの出来上がり。
 このままでもいいかなと思ったけれど、作っているうちに欲が出てきて、スクランブルエッグを乗せることにした。
 牛乳を混ぜた卵をバターでささっと炒めて、ドーム型にかたどったチキンライスに出来たてを乗せると、黄色のとろとろぷるぷるが旨そうな湯気とともに四方に広がった。
「これでいい?」
 上四元クシナは置かれたスクランブルエッグ・オムライスを見つめると、にっこりと笑みを浮かべ、スプーンを両手で挟んでいただきまーすと食べ始めた。
 今度は気に入って貰えたようだった。
「本当、一君は器用ですね。そして人が良すぎです」
 ぱくぱくと手抜きオムライスを消化してゆく様子を横目に左衛門三郎のお嬢様が呆れとも、感心とも取れるため息を吐く。
「本当は包むのがいいんだろうけど、そこまでの技術ないから。このやり方は姉さんに教わったんだ」
 羽二生さんが微かに反応を見せる。別に狙って姉を引き合いに出したわけではないけれど、羽二生さんに注視されるのは気分がいい。
 ホットドッグも出来上がり、ちょっとしたランチタイムに突入した。
「カレー味のホットドッグとはめずらしいですね」
「父さんがむかし読んだ小説に出て来たんだって。試しに作ってみたら美味しかったから、家族にも作ってくれてたんだ」
 カレー味どころかホットドッグ自体、普段は食べない気がするけれど、左衛門三郎のお嬢様は世辞抜きで美味しそうに食べていた。上四元クシナへの当て付けで食べたいといい出したのだと思っていたけれど、純粋に食べたかったみたいだった。この手のものを頬張る彼女は初めて見るので、ちょっと感激。
 三苫さんはシギと笑い合いながら、ゆっくり食べていた。いつかのファーストフード店でのはむはむ・・・・を思い出す。
 初めて訪れた穏やかな雰囲気の中で摂る若干遅めのランチタイムは食べなれたホッドッグさえいつもより美味しく感じさせた。
「ごちそうさまでした」
 一心不乱にオムライスを消化していた上四元クシナが食べ終わり、手を合わせる。
「すっごく美味しかった。ナナギって料理上手だよね」
 ホットドッグのことがなければ、額面通り受け取りたいところだけれど……。
「ところで」
 前置きは済んだとばかりに戯言を繰るような、知計に満ちた笑いを見せる。
「十鳥さんは来ないの?」
 さっきまでリビングに漂っていた穏やかさが立ち所に消え去る。強いられる緊張。
「……どうして、十鳥さん?」
 別に探られて困る要素などないのにもかかわらず、その名前に戸惑いを覚える。
「だって、ナナギの切り札なんでしょう、彼女」
 そんな余裕のある言葉を白い歯の間からこぼす。
「十鳥さん、来るの?」
 シギが不思議そうにこちらを向く。
「……いや、呼んではいないけれど」
 姉の見合いのあった日、ファミレスでの上四元クシナの表情から一瞬余裕を奪った会話やファーストフード店での熱演・・を看破した十鳥さんが思い出される。上四元クシナからすれば、面白くない相手であることは明白だ。
 ウォーターポットからクリスタルグラスにお冷を注ぎながら、呼べばいいのに、と本気とも冗談とも取れる笑みを作った。
 女子たちもホットドッグを食べ終わったので、皿を片すべく、上四元クシナの視線から逃げるように立ち上がる。
 それなら自分が、と追随するシギや左衛門三郎のお嬢様、三苫さんを制して流しで皿を洗っていると、ドアチャイムが鳴った。
 リビングの女子たちが一斉に注視する中、応対すると、凜とした声が漏れてきた。
「こんにちは、一君」
 リビングの方で挑発的な空気が一瞬、渦巻いた気がして振り向くと、果たして上四元クシナが両眼に歓喜とも狂気とも取れる異様な熱を浮かべながら微笑んでいた。
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