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シナリオ
謝罪
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「おはよう、シモベ君」
いつ以来だったのか、姉から名前で呼ばれた翌朝。
僕はふたたび格下げされていた。昨晩限定のマジックだったらしい。
学校は……まだ行く気にはなれなかった。それを知ってか姉は気持ちが落ち着くまで好きにしなさいといってくれた。
久しぶりに姉弟一緒に夕飯を作ろうとその帰宅を待っていた夜、姉が連れてきた人物に心臓が止まりそうになるくらいの衝撃を受けた。
「……………」
気の毒になるくらい暗い表情をした羽二生さんは無言で頭を下げると、姉に促されて家に上がった。学校を休んで四日目。もう懐かしい感じさえする羽二生さんにどういう気持ちで接すればいいのか困惑していると、姉は家の前に立っていたのよと教えてくれた。
「あなたと私に謝りたいんですって」
それがどういうことなのかは分かっている。原因は不明だけど、謝罪となればあのとき、昼休みのことしかない。でも、姉もというのが理解できなかった。
姉と僕は羽二生さんと向かい合って座った。
夏服に身を包んだ羽二生さんは表情こそ落ち込んでいるけれど、やっぱりきれいだった。その彼女が家のリビングにいるという現実。あんなことをいわれた立場も忘れて感激せずにはいられない。
彼女はあの日、僕にぶつけた発言のお詫びとともに何度も頭を下げ始めた。声を押し殺しながら、涙で顔をくしゃくしゃにして、何度も何度も謝り続けた。こんな羽二生さんは見たくない。
発端は噂話。姉と僕が出来ている、そんな笑ってしまうような話。結果、姉は妊娠までしたらしい。
「……私、その話、真に受けちゃって、鵜呑みにしちゃって、疑うこともせず、一君にあんなひどいことをいったの。本当に、本当にごめんさない」
羽二生さんは姉にも申し訳ありませんと何度も謝っていた。
「私は何もされていないわよ」
諭すように姉はいうけれど、羽二生さんはどうしても自分が許せないみたいだった。
「でも、ナナミさんが妊娠したなんてそんなこと、本気にしたんです、私。一君と、そういう関係になったって、ナナミさんを不潔なものを見るみたいに軽蔑していたんです」
羽二生さんが潔癖なのは子供頃からなんとなく分かってたけれど、そういう彼女だからこそ姉と僕がそんな関係になったのは吐き気を催すほど許せなかったのだろう。
あの日の発言と態度が鮮明に思い出される。心底おぞましいものを見るかのような視線。羽二生さんは悪くない。好きな相手だからとかじゃなく、羽二生さんは何も悪くない。むしろ被害者なのだ
憧れが強いければ強いほど裏切られたときの反動は凄まじいのだろう。その噂話を聞いたあとの彼女の気持ちを考えるとこっちまで暗澹たる心持ちになってくる。
羽二生さんはどうお詫びしても自分は許されないとしゃくり上げて泣いていた。潔癖な性格だからこそ飛言に踊らされた自分がたまらなく憎いのだろう。
黙って聞いていた姉は立ち上がって羽二生さんの隣に座ると、抱き寄せて何度も頭をなでていた。
「私は何も気にしていないから」
つらかったわね、とむしろ羽二生さんを慮りながらやさしく慰めていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ほとんど絶叫のような懺悔の言葉を絞り出しながら、姉にしがみついている羽二生さんを見ているうちにだんだんと僕まで涙が出てきた。
たまらずリビングから出ようと腰を浮かしかけたとき、姉は静かに頭を振ってみせた。
あなたがいなくてどうするの。
微笑みながらも姉の目はそういっていた。
子供をあやすみたいに羽二生さんの頭をなでたり頬ずりしたりしながら、姉は気の済むまで彼女を胸の中で泣かせていた。
羽二生さんが落ち着くのを待って、姉は彼女を乗せるつもりでタクシーを呼んでいた。
玄関先で躊躇する羽二生さんにチケットを渡しながら、姉は今度ゆっくり家に遊びに来てねと彼女の手入れの行き届いたきれいな黒髪を指で梳いてみせる。
羽二生さんはまだ赤みが残る目で姉を見つめながら、ご迷惑じゃありませんかと小さな声で訊いていた。
姉は羽二生さんを抱き寄せるとぎゅっと抱きしめて、全然迷惑じゃないわよと耳元で囁いていた。ついさっきの髪の毛を梳く仕草といい、とても仲のいい姉妹による、どこか官能的なそのやり取りは目のやり場に困るものであった。
「カヤノちゃんは今日いっぱい泣いたんだから、今度はたくさん笑って欲しいの」
ひょっとすると姉が彼女を名前呼んだのは初めてかもしれない。姉の胸で抱きしめられながら名前で呼ばれた当の羽二生さんはすでに顔が紅潮していた。
見つめ合うふたりに疎外感を感じ、他人事のようにぼんやり眺めていたら、姉にあなたもちゃんと見送らなきゃダメじゃないのと笑われた。
慌てて上がり框から下りて外に出る。
タクシーに乗り込むとき、羽二生さんは深々と僕らに頭を下げていた。
「……あの、一君、これからも今まで通りに接してくれる?」
どこか遠慮がちにそういう羽二生さんに全身に電気が走るかのような衝撃を受けながら、言葉に詰まってしまう。出てこない肯定のセリフの代わりに何度も何度も頷く僕を姉は笑って見ていた。
「ちょっと気の利かないところがあるけれど、これからもこの子となかよくしてあげてね」
「はい」
我が姉のフォローとわずかにはにかみながら微笑み返す羽二生さんの何気ない会話に息が詰まりそうになった。
「一君、ナナミさん、お休みなさい」
羽二生さんを乗せたタクシーの表示灯が見えなくなるまで見送ったあと、ダイニングに戻ると姉はたいへん機嫌がよかった。いつものスパーリングで装着するグローブを選んでいるときや腰の捻りの利いたフック、体重の乗ったストレートを嬉しそうに打ち込んでくるときにも負けないようなすごくいい笑顔で料理に取りかかっている。
羽二生さんにあの日のことを詫びられただけじゃなく、姉の手引きがあったとはいえこれからも変わらないつき合いをしようといわれた僕も正直、鼻歌交じりに夕飯を作りたくなるくらい嬉しかった。
「それにしても私たちってそんな噂が流れるくらい仲がいいように見えるのね」
皮を剥いたじゃがいもを千切りしながら姉がいう。
けっきょくその噂の出所は羽二生さんがいい忘れただけなのか意図的に出さなかったのか、不明なままであった。ただ僕はそこまで追及するつもりはなかったし、姉もきっと同じだろうと思う。
「いっそ噂を実現しちゃう?」
瞳と声に色を乗せて姉があやしい笑みを浮かべた。たった今、実姉が放った発言の意味を注意深く吟味していると、ボウルで切ったじゃがいもを調味料と合わせながら姉が続けた。
「お姉ちゃんと赤ちゃん、作ろうか」
…………………なっ!?
へらを使って器用に材料をこね合わせた生地をオリーブオイルを流したフライパンに並べていく。
「……そ、そんなことしたら、母さんが卒倒するどころの騒ぎじゃなくなるよ」
それに羽二生さんだって。冗談でもいっていいことと悪いことがある。顔に尋常じゃない火照りを感じながら、姉の戯れに心の中で強い抗議を試みる。
姉は悪びれもせずにごめんなさいと微笑みながら、僕の頬をなでた。
「カヤノちゃんを傷つけるわけにはいかないものね」
おいしそうな焼き目をつけたじゃがいものガレットを皿に並べたあと、もう一品、生ハムのサラダも作った。スープはコンキリエのミネストローネ。こうして姉弟揃っての夕飯も久しぶりに感じる。
「お姉ちゃん、今日は忘れられない日になりそう」
熱々のガレットを頬張りつつ、相変わらず機嫌のいい姉に気圧されながらもその意味深長な笑みを何とか読み取ろうと試みたけれど、けっきょく確固たる答えに辿りつけなかった。
いつ以来だったのか、姉から名前で呼ばれた翌朝。
僕はふたたび格下げされていた。昨晩限定のマジックだったらしい。
学校は……まだ行く気にはなれなかった。それを知ってか姉は気持ちが落ち着くまで好きにしなさいといってくれた。
久しぶりに姉弟一緒に夕飯を作ろうとその帰宅を待っていた夜、姉が連れてきた人物に心臓が止まりそうになるくらいの衝撃を受けた。
「……………」
気の毒になるくらい暗い表情をした羽二生さんは無言で頭を下げると、姉に促されて家に上がった。学校を休んで四日目。もう懐かしい感じさえする羽二生さんにどういう気持ちで接すればいいのか困惑していると、姉は家の前に立っていたのよと教えてくれた。
「あなたと私に謝りたいんですって」
それがどういうことなのかは分かっている。原因は不明だけど、謝罪となればあのとき、昼休みのことしかない。でも、姉もというのが理解できなかった。
姉と僕は羽二生さんと向かい合って座った。
夏服に身を包んだ羽二生さんは表情こそ落ち込んでいるけれど、やっぱりきれいだった。その彼女が家のリビングにいるという現実。あんなことをいわれた立場も忘れて感激せずにはいられない。
彼女はあの日、僕にぶつけた発言のお詫びとともに何度も頭を下げ始めた。声を押し殺しながら、涙で顔をくしゃくしゃにして、何度も何度も謝り続けた。こんな羽二生さんは見たくない。
発端は噂話。姉と僕が出来ている、そんな笑ってしまうような話。結果、姉は妊娠までしたらしい。
「……私、その話、真に受けちゃって、鵜呑みにしちゃって、疑うこともせず、一君にあんなひどいことをいったの。本当に、本当にごめんさない」
羽二生さんは姉にも申し訳ありませんと何度も謝っていた。
「私は何もされていないわよ」
諭すように姉はいうけれど、羽二生さんはどうしても自分が許せないみたいだった。
「でも、ナナミさんが妊娠したなんてそんなこと、本気にしたんです、私。一君と、そういう関係になったって、ナナミさんを不潔なものを見るみたいに軽蔑していたんです」
羽二生さんが潔癖なのは子供頃からなんとなく分かってたけれど、そういう彼女だからこそ姉と僕がそんな関係になったのは吐き気を催すほど許せなかったのだろう。
あの日の発言と態度が鮮明に思い出される。心底おぞましいものを見るかのような視線。羽二生さんは悪くない。好きな相手だからとかじゃなく、羽二生さんは何も悪くない。むしろ被害者なのだ
憧れが強いければ強いほど裏切られたときの反動は凄まじいのだろう。その噂話を聞いたあとの彼女の気持ちを考えるとこっちまで暗澹たる心持ちになってくる。
羽二生さんはどうお詫びしても自分は許されないとしゃくり上げて泣いていた。潔癖な性格だからこそ飛言に踊らされた自分がたまらなく憎いのだろう。
黙って聞いていた姉は立ち上がって羽二生さんの隣に座ると、抱き寄せて何度も頭をなでていた。
「私は何も気にしていないから」
つらかったわね、とむしろ羽二生さんを慮りながらやさしく慰めていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ほとんど絶叫のような懺悔の言葉を絞り出しながら、姉にしがみついている羽二生さんを見ているうちにだんだんと僕まで涙が出てきた。
たまらずリビングから出ようと腰を浮かしかけたとき、姉は静かに頭を振ってみせた。
あなたがいなくてどうするの。
微笑みながらも姉の目はそういっていた。
子供をあやすみたいに羽二生さんの頭をなでたり頬ずりしたりしながら、姉は気の済むまで彼女を胸の中で泣かせていた。
羽二生さんが落ち着くのを待って、姉は彼女を乗せるつもりでタクシーを呼んでいた。
玄関先で躊躇する羽二生さんにチケットを渡しながら、姉は今度ゆっくり家に遊びに来てねと彼女の手入れの行き届いたきれいな黒髪を指で梳いてみせる。
羽二生さんはまだ赤みが残る目で姉を見つめながら、ご迷惑じゃありませんかと小さな声で訊いていた。
姉は羽二生さんを抱き寄せるとぎゅっと抱きしめて、全然迷惑じゃないわよと耳元で囁いていた。ついさっきの髪の毛を梳く仕草といい、とても仲のいい姉妹による、どこか官能的なそのやり取りは目のやり場に困るものであった。
「カヤノちゃんは今日いっぱい泣いたんだから、今度はたくさん笑って欲しいの」
ひょっとすると姉が彼女を名前呼んだのは初めてかもしれない。姉の胸で抱きしめられながら名前で呼ばれた当の羽二生さんはすでに顔が紅潮していた。
見つめ合うふたりに疎外感を感じ、他人事のようにぼんやり眺めていたら、姉にあなたもちゃんと見送らなきゃダメじゃないのと笑われた。
慌てて上がり框から下りて外に出る。
タクシーに乗り込むとき、羽二生さんは深々と僕らに頭を下げていた。
「……あの、一君、これからも今まで通りに接してくれる?」
どこか遠慮がちにそういう羽二生さんに全身に電気が走るかのような衝撃を受けながら、言葉に詰まってしまう。出てこない肯定のセリフの代わりに何度も何度も頷く僕を姉は笑って見ていた。
「ちょっと気の利かないところがあるけれど、これからもこの子となかよくしてあげてね」
「はい」
我が姉のフォローとわずかにはにかみながら微笑み返す羽二生さんの何気ない会話に息が詰まりそうになった。
「一君、ナナミさん、お休みなさい」
羽二生さんを乗せたタクシーの表示灯が見えなくなるまで見送ったあと、ダイニングに戻ると姉はたいへん機嫌がよかった。いつものスパーリングで装着するグローブを選んでいるときや腰の捻りの利いたフック、体重の乗ったストレートを嬉しそうに打ち込んでくるときにも負けないようなすごくいい笑顔で料理に取りかかっている。
羽二生さんにあの日のことを詫びられただけじゃなく、姉の手引きがあったとはいえこれからも変わらないつき合いをしようといわれた僕も正直、鼻歌交じりに夕飯を作りたくなるくらい嬉しかった。
「それにしても私たちってそんな噂が流れるくらい仲がいいように見えるのね」
皮を剥いたじゃがいもを千切りしながら姉がいう。
けっきょくその噂の出所は羽二生さんがいい忘れただけなのか意図的に出さなかったのか、不明なままであった。ただ僕はそこまで追及するつもりはなかったし、姉もきっと同じだろうと思う。
「いっそ噂を実現しちゃう?」
瞳と声に色を乗せて姉があやしい笑みを浮かべた。たった今、実姉が放った発言の意味を注意深く吟味していると、ボウルで切ったじゃがいもを調味料と合わせながら姉が続けた。
「お姉ちゃんと赤ちゃん、作ろうか」
…………………なっ!?
へらを使って器用に材料をこね合わせた生地をオリーブオイルを流したフライパンに並べていく。
「……そ、そんなことしたら、母さんが卒倒するどころの騒ぎじゃなくなるよ」
それに羽二生さんだって。冗談でもいっていいことと悪いことがある。顔に尋常じゃない火照りを感じながら、姉の戯れに心の中で強い抗議を試みる。
姉は悪びれもせずにごめんなさいと微笑みながら、僕の頬をなでた。
「カヤノちゃんを傷つけるわけにはいかないものね」
おいしそうな焼き目をつけたじゃがいものガレットを皿に並べたあと、もう一品、生ハムのサラダも作った。スープはコンキリエのミネストローネ。こうして姉弟揃っての夕飯も久しぶりに感じる。
「お姉ちゃん、今日は忘れられない日になりそう」
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