姉はすべてを支配する。さればわれらも姉に従おう。

さいきごそ

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休息

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「ロクちゃん、そろそろ休憩にしよう」
 6帖の部屋は足の踏み場もないほど、すでに廃刊になった雑誌やVHSテープなどの古くも今の時代にはむしろ新鮮なモノで占拠されていた。興味のない人からすれば益体もないただのゴミでしかないこれらも俺からすれば貴重な文化遺産である。
「せっかくの休み中に悪かったね」
「せっかくの休み中だからですよ」
 タカさんは申し訳なさげによく冷えた缶コーヒーを渡してくれた。
「おかげでだいぶ片付いたよ」
「俺もいい気分転換になりましたよ」
 ナギの従伯父に当たるタカさんが一人で住む一軒家には分かる人間には分かるお宝が眠った、俺からすれば夢の島といっても過言ではない。じっさい血縁関係にあるナギよりも俺の方が遊びに来てる回数は多いだろう。慣れない読書で悶々としていたときに、タカさんから遊びに来ないかと誘われたのだが、俺からすればまさに渡りに船であった。
 逸る気持ちを抑えられず、約束の時間よりも早く到着した俺を出迎えたのは、ほんのりと頬を紅潮させ、その貌や肩にうっすらと汗を浮かべた女性であった。白のノースリーブワンピース姿の彼女はとろんとした目と物憂げな口元が印象的であったが、それは生まれつきの特徴ではなく、明らかに何ごとかを終えたあとに訪れる疲労と満足がもたらすものであるのは明白であった。
「いらっしゃい、ロクちゃん」
 いかにも、とりあえずジーンズだけを身につけて出てきたといった風のタカさんは階段を降りながら、玄関に佇む女性に手を上げてみせた。頷いて答えた彼女は俺にどこか猥雑さを感じさせる笑みで目礼をしてみせると、後ろ髪を纏め上げて露出したうなじの余韻もそこそこに悠然と去って行った。
「……お邪魔でしたか」
 去ってゆく白いワンピースを見送りながら、気まずげに訊くと、タカさんはいつものように鷹揚に笑った。
「誘ったのはこっちだよ?」
 だけど、なあ。
 俺は彼女の左薬指に光るモノを見逃さなかった。
「さ、上がって、上がって」
「……お邪魔、します」
 互いの父親が兄弟ということもあってか、タカさんはナギの親父さんとよく似ており、見た目はじつに若々しいのだが、見事なまでの総白髪ゆえにちぐはぐな印象を受ける。タカさん曰く、俺の歳ぐらいにはすでに白いものがちらほら混じりはじめたそうで、それ以降、ずっと染めていたのが中年と呼ばれる年齢に達した頃に医者の助言と何よりもめんどうになったからという理由でやめたらしい。タカさんは独身を通しているが、若い頃からもてたという話は結婚こそしてはいないもののじつは多くの女性たちとのあいだに子供が何人もいるという与太じみた噂も含めていろいろな方面から聞いてはいる。もちろん、その中にはさきほどのような人妻もいるのだろうことは容易に想像できる。
 若い頃は拳闘――本人曰く、お遊び程度――に打ち込み、今も筋トレをかかさないというだけあって、筋肉質なカラダのタカさんの上半身にもあの人妻同様、玉のような汗が浮かんでいる。それは暑さというよりも濃厚なるを物語る、何よりの証拠であろう。
 二階にはいちばんタカさんが過ごしている6帖の部屋と、女性たちとの試合会場であろう寝室、そしてふた部屋ぶち抜いてトレーニングルームに改造した部屋の三部屋で構成されている。俺は未だに熱気が冷めやらぬといったむせ返るような空気が駄々洩れている寝室を横目にタカさんの部屋へと案内されたのだった。
 お袋にはよその家、ことタカさんの家には頻繁に行かないようにふだんから釘を刺されていたのだが、俺は親世代といってもいいタカさんとの交流はむかしの風俗に触れられる貴重な機会ということもあり、大事にしていた。お袋からすれば先方への迷惑云々からの苦言とは思うのだが、華麗なる女性関係のこともあるのかもしれない。じっさい今日みたいに女性と鉢合わせしたことは一度や二度ではない。タカさんはふだんから気軽に来たいときに来なよといってくれていたこともあり、それこそ親戚や祖父母の家に遊びに行く感覚であった。そのおかげであるときなどは、一階の居間で励んでいるところに出くわしたこともあった。親父とお袋の、妹たちを生み出したときの営みを見たことはあったものの、他人の行為、それもばっちりとあの部分を直視したのはそのときがはじめてであった。タカさんは迂闊だったと気の毒になるぐらい俺に謝ってくれたのだが、それに引き換え、相手の女性は気にするでもなく、むしろ見られたことを歓ぶそぶりすら見せていたのは印象的であった。そのときの対戦相手もやはり、人妻であった。
 このときの予期せぬ遭遇も含めて、いちいちお袋に報告することなど、もちろんすることはないのだが、タカさんがいろいろな女性、というより人妻たちと対戦に勤しんでいることは女の勘、この場合は人妻の勘か、察しているのだろう。
 露骨ではないものの、お袋からすれば教育によろしくない大人の見本みたいなタカさんは我が子に近づけたくないのか、話題に上るたびに顔をしかめるのだ。好感を抱いてる俺からすれば相容れない対応ではあるものの子を思う母親の観点からすれば、致し方ないのかもしれない。それでも一度だけ、あまりにもそっけないタカさんへの態度が気に障った俺はお袋に歯向かったことがある。そんなにタカさんが嫌いなのかよ、とそれは盛大に口答えしたのだが、アタマに血が上っていたとはいえ、どこかでお袋にここまで切れたからにはただでは済まない、殴り殺されることもそのときは本気で覚悟したものだ。
 しかし、お袋はそんな俺を怒鳴りつけたり拳を振るうどころか、しおらしい表情で嫌いなわけあるもんかとつぶやいたのであった。あるとき俺は、遠まわしにお袋が失礼なこといったりしていないかと訊いたことがあるのだが、タカさんはちょっと困った表情を見せたことがあった。お母さんの悪口みたくなっちゃうからいわないでおこうとしたんだけど、と前置きしながら、タカさんは正直いうと苦手なんだと申し訳なさそうにうなだれた。別にタカさんが謝るようなことでもないと思うのだが、まあ相手は生粋のヤンキーだった女だ。家庭を持ち、落ち着いているように見えても、要所要所でかつての性質が顔を覗かせることはじっさいある。苦手意識を持つのも無理はないだろう。
「変な意味じゃないけど、ロクちゃんのお母さん……えっと、ハニヤさんか、すごくきれいだし、色っぽいと思うよ。でも」
 そこから先は言葉を濁していたが、要するに怖いのだろう。そしてそれは悲しいかな致し方ないことだ。相手がじぶんに苦手意識を持っているのはなんとはなしに分かったりするものだ。お袋はそれを感じ取ったのだろう。そのことを指摘すると、お袋はそれもあるけど、そんなことで人を評価しないと不快そうに吐き捨てた。
「……タカさんが、その、女の人といるところ見たの?」
 お袋は気だるげにアタマを持ち上げると、お前見たのかと目で問うた。しかし、それ以上は追及せずに、ごまかすような首のふりで肯定した。じぶんが避けられているとはいえ、ふだんから息子が世話になっているというので、礼を兼ねて土産を持ってタカさんの家に行ったときに現場に遭遇にしたのだという。
「あの人は独身だし、誰と付き合おうと勝手だ、他人がどうこういうことじゃないけどさ、真っ昼間からそれも人妻と……、さ」
 ふだんから夫婦の営みを隠すどころか詳らかにしたり、ナギの親父さんへの劣情を平気で口にするような倫理観の欠如した態度を取っているくせに、このときばかりはなぜか急に口ごもる。
「タカさんを嫌ってるんじゃないんだな?」
「いっただろ、嫌い……なもんか」
 安堵した俺はタカさんがお袋のことをきれいで色っぽいとほめていたことを口にすると、お袋は信じられないといった表情を見せた。
「うそだよ、あたしそんなこといわれたことないもの」
 ふつうはそんなことは思っても、それも人妻相手に口にするわけないだろとも思ったのだが、タカさんのふだんの対戦相手を鑑みれば、そうでもないかと思い直した。
「とにかく仲直りしてくれよ」
 喧嘩したわけでもないのに、仲直りもないのだが、俺はとにかくタカさんとお袋には仲よくして欲しかった。子供心にそうして欲しかった。どっちも好きだから、そう本気で願ったのだった。ほどなくお袋はあらためてタカさんの家に出向いて、今までの態度を詫びたというがタカさんの方でも対戦を見られた後ろめたさや苦手意識のこともあって恐縮しきりだったという。そこでどういう会話が交わされたのかは知る由もないが、帰ってきたお袋の表情は長年の疑問が解けたかのように晴れやかだったことはとても印象に残っている。
 この日を境にお袋はタカさんに迷惑はかけるんじゃないよというだけで、訪問そのものに釘を刺すことはなくなった。
 うず高く積まれた古雑誌のなかからファッション雑誌を抜き出して、缶コーヒーをお供にページを繰る。俺の感知しない時代の空気が充満する紙面にはネタとしか思えない情報や現代にはむしろ目新しささえ感じられる記事が交錯していた。古いVTRはナギの親父さんのコレクションにもあるが、雑誌等は読まない人なので、この手のいかがわしいモノはタカさんの家で堪能している。
 あるファッション雑誌の人生相談にはロックバンドのボーカリスト(あとで知ったのだが珍妙な見た目に反して最難関で著名な国立大学を出ているインテリらしい)が学校へ行くことの意義を見出せないという読者からの悩みに「年齢が同じってだけ育った環境が違う者同士を狭い空間にとじ込めている時点でそもそもむりがあるんだから、勉強するところという考えは捨てて、苦行を伴う通過儀礼、誰もが経験する罰ゲームの一種だと割り切るのがいい」と独自の見解に基づいて答えていた。
 別のファッション雑誌を手にすると、この時代は年代物のジーンズが持てはやされていたらしく、古いというだけで誰が穿いたか分からないうす汚いデニムのパンツをビンテージなどとありがたがり、何百万の値がついたりしたというから正気の沙汰ではない。
「……まじか」
 そんな異常な時代の雑誌のなかに異常な記事を見つけた俺は言葉を失った。
 それは手持ちのジーンズをビンテージっぽい加工をしようという特集で、公園の砂場でいいアタリを出すべく寝っ転がったり、滑り台で時間を忘れて延々と遊ぶというものだった。『童心に帰るついでにビンテージジーンズを作ろう!』なるアタマの悪そうな一文があまりにも空しい。……バカかよ。
「ああ、これね。これは笑うよね」
 雑誌を覗き込んだタカさんが笑う。
「これ、不審者ですよね」
「今なら確実に通報される案件だね。いや、写真撮られて拡散かな」
 ……だよなあ。
 このほかにもスノーブーツ顔負けのゴツくて暑苦しいバスケットシューズやスキーやスノーボードを楽しむ層に向けた厚底スニーカーが季節問わずに街中で流行ったりとなかなかにおかしな時代である。まあ今も年月の経っただけの汚らしいジーンズやブーツを育った、などと呼称しては嬉々とネットにアップする輩がいるが、おそらくこの手の人間は、この雑誌が出た頃に青春時代を送り、まだその時代を卒業できない哀れな連中なのだろう。人間的に成長できないやつはいちばんじぶんが輝いていた時代の嗜好、特にファッションから抜け出せずにいつまでもしがみつくというが、傍から見ればじつに滑稽極まりなく、あまりにも惨めである。
「タカさんもビンテージ穿いたり、バスケットシューズ買ったりしてたんですか」
「ビンテージは興味なかったなあ。ジーンズに限らず顔も知らない赤の他人が身につけたものはいくら価値があっても無理だよ」
 まあ、それが普通だよなあ。
「バッシュはそれなりに持ってたけど、加水分解でみんなダメになってけっきょく捨てたなあ。仮にダメにならなくても、今の時代はこういうゴツいのはみっともなくて履けないよ」
 この時代に殺人事件まで引き起こした社会現象になるくらい流行ったバスケットシューズがあったそうだが、数年たって再販されたときにようやく憧れだったそれを喜び勇んで買ったものの、すぐに飽きてしまい、けっきょく手放したそうだ。いくら流行り、憧れ、好きだったもの、特にブームになったものでもその時代の空気や情熱までは持ち越せないとのことであった。
「バスケットのときに履くものなんだから当然といえば当然なんだけれど、とにかくどんな服と合わせても浮くんだよ。流行ブームなんて同調圧力じみた権勢のせいでこれさあえあればどんな格好もかっこよく決まるだなんて当時は思えただけで、時間が経てばそんなものなんだろうね」
 タカさんはしみじみとつぶやくと缶コーヒーを一気にあおり、加水分解といえばさ、とつづけた。
「地元にこの当時流行りに流行ったバッシュを展示していたスポーツ用品店があったんだけど、モノを売ることよりも自慢のコレクションを誇示することに執着しすぎて、奥さんや子供に逃げられた人がいたなあ」
 なんでもその男は家庭を顧みることもなく、日々、コレクションを充実させることしか眼中になかったそうで、妻には浮気をされ、子供には忌避され、当然の帰結として家族に見捨てられたという。もっともじぶんの趣味(当人曰く生きがい)に理解を示さない妻や子供なぞこっちから願い下げだと強がっていたそうだが、放漫経営の末、祖父の代から受け継いだ店をつぶしたときには相当、参っていたという。
「もうその店はないんですか?」
「うん。土地も第三者に渡って、すぐにコンビニが出来たんだけど、そこもすぐにつぶれちゃってね。そのあと居抜きで何が入っても長く続かないんだ。店主の趣味からバッシュの呪いだって嗤う連中もいたね。で、けっきょくまた更地になって、今は月極駐車場だよ」
 風の噂によれば、そのあと心の拠り所であった自慢のコレクションとともに戦前から建っていたような年季の入ったアパートというか長屋のような貸家に身を寄せていたというが、経年劣化による加水分解でその自慢のコレクションもほぼ全滅、ついには発狂して、ひとり寂しく死んでいったそうだ。
「……それ、ほんとうですか?」
「亡くなったのはほんとうらしいよ。発狂云々は……無責任な妄想による後付け設定ってやつじゃないかな。まあ、コレクションをこれでもかっていうくらい自慢していたし、そのあとの転落ぶりに快哉を叫んだって人もたくさんいたことを鑑みても、嫌っていた人も多かったのは事実だと思う。ただ、家族を捨ててまでこだわったコレクションが見るも無残な状態になったら、正気を保つのは難しいとは思うけどね」
 家庭崩壊を招き、じぶんの店を潰し、挙句代々引き継がれた土地を手放すはめになってまで固執したバスケットシューズにけっきょくは人生を狂わされた一人の男。そんな惨めな男を生み出した狂乱の時代、まさに猫も杓子も状態で当時の芸能人、特にミュージシャンたちがこぞってなんとかのひとつ覚えのように履いていたというそれはなるほど、あるギタリストなどもこの時代の音楽雑誌のなかで得意げに革ジャンにジーンズに合わせているが、正直、違和感がすさまじい。本人がキメ顔なだけによけい寒々しく見える。
「……これ」
「ダサいよね」
 タカさんが困惑顔で相槌を打った。
「やっぱり普遍的なものがいちばんだよ」
 一過性ものものは廃れる運命、か。たしかにタカさんの所有するスニーカーは定番モノがほとんどで、あとはブーツ等の革靴ばかりだ。
「もっとも、可能性は小さいだろうけれど一過性のものでもブームがくり返されることで、普遍なものに昇華するかもしれないけれどね」
 他にもグラビア雑誌も多数あったが、この時代のグラビアは一般誌でもなかなか扇情的な写真が多く、当時の少年たちの、主に股間を歓ばせていたであろうことは想像に難くない。
 プールサイドでショッキングピンクのビキニを身につけて微笑むモデルのページで手が止まった。煽り文には見納めビキニショットとある。
「ああ、甘原あまはらウズメ。いいでしょ、彼女」
 タカさんがうれしそうにページに目を止めた。
 目つきこそちょっとキツめだが、甘えがかった口元や豊満な体つきはなるほど年頃のハートを鷲掴みにする要素にあふれている。撮影時は二十歳を迎える前だったようだけど最近の女子タレントには見られないアダルトな雰囲気の女性だ。
「…………」
 別のページでは形のいい尻をこちらに向けた、なかなかに挑発的なポーズを取っている。その臀部の谷間が作り出す皺があまりにも色っぽい。どうやらタカさんはこのページが特にお気に入りだったようだ。なぜならそのページにはティッシュが数枚挟まっていたからだ。
「ああ、ごめんごめん」
 いいながら、タカさんはティッシュをつまんだ。幸いそれは未使用だったし、ページそのものも液体に汚された形跡はなかったが、何か見てはいけないものを見た気がして、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……ファンだったんですか」
 ごまかすように訊く。
「そこまでじゃなかったけれど、かなりお世話になったねえ」
 こういう素直なところはこの人のよさであり、欠点でもある。
 タカさんはこのページで滾る思いを存分に発散したのだろう。
「彼女にはこれを契機にもっと過激なビキニ姿を披露して欲しかったんだけどね」
「引退したんですか」
「ううん、女優にジョブチェンジしたんだよ。演技力はもともとあって業界では知られた存在だったんだけれど、如何せんモデル時代は無名に近くてね。本格的に女優を名乗るようになってから一気に有名になった感じ。もっとも、女優業は本意ではなかったってもっぱらの噂だよ。この大胆なビキニ撮影もモデルとして芸能活動を終わらせるつもりだった彼女なりの抵抗だといわれてたね」
 不本意とはいえ、天性の演技力もあり順風満帆に見えたその女優業も数年で終わったのだという。終わらせたのはある俳優との恋愛の果てにもたらされた妊娠である。いつの時代もこの手のスキャンダルは尽きることはない。
「ファンじゃないとはいえ、腹が立ちませんでしたか」
「腹が立つというより来る日も来る日も空想でしていた彼女との子作りを実行したのは単純に羨ましかったよ。ただ同時に置いていかれた気もして、そのせいで彼女で興奮しなくなっちゃったかな。腹じゃなくてあっちが立たなくなったというか」
「…………」
「ああ、ごめん」
「……いえ」
 もっとも、とタカさんはページに目を落としながらしみじみと継いだ。
「子供を産んだ彼女こそじつは魅力的なんじゃないかと思えてきて、またこのページでお世話になりはじめたんだよ。だからさっきのティッシュは比較的あたらしいものだからそこは安心していいよ?」
 ……いや、そういうことじゃないんだが。
 色違いのビキニで挑発的なポーズを取りつづける女優にジョブチェンジしたという彼女はその肉づきのいいカラダを惜しみなく、カメラを通して読者の前で披露しつづけていた。あるページでは目の覚めるような水色の紐ビキニ姿で長い黒髪をかきあげて思わせぶりに半開きにした口から舌先を覗かせ、別のページでは艶っぽい真っ赤なビキニ姿でボクシングのグローブをはめてリングに臨場し、ボクサー然とした顔つきでロープに腕を絡ませていた。ちなみにこの雑誌を大人買いした決め手はこのビキニボクサーカットだという。タカさんはこういうシチュエーションが大好物なのだ。それを裏づけるようにこのページにもティッシュが挟まっていた。見納めビキニショットというだけあって、じつに二十ページにも渡ってそのセクシーな容姿をふんだんに晒しているわけだが、なるほどファンならずともこれは永久保存版である。それが証拠に同じ雑誌が何十冊も出てきた。
「市内の本屋を片っ端から回ってあるだけ買いまくったっけ」
 気持ちは分からないではないが、欲しかった人のことを思うと、いい迷惑だろう。
「雑誌に載らなかった未公開ぶんを含めた写真集が出るっていわれて期待して待っていたんだけれど、けっきょく出なかったんだよね」
 大人の事情ってやつだろうか。
「この号で等身大ポスターが買えたんだよ」
 なんでもこの号の目次にある応募券と二千円ぶんの定額小為替で等身大ポスターを申し込めたという。いわゆる応募者全員サービスってやつだ。
「……まさか、購入した雑誌分、申し込んだんですか」
 積み上げられた同じ雑誌の山を眺めながら訊くと、タカさんは躊躇の素振りすら見せずに頷いた。いったい何万円ぶんだよ。
「この雑誌もそうだけど、ポスターも最初で最後の、それもビキニ姿でしょ。しかも女優に転職して数年で引退したものだから伝説の元モデルの貴重なグラビアということで価値もすごいみたい」
 そういうと、押し入れにひっそりと息をひそめるように立てかけられた大きな紙管と呼ばれる配送用の筒のうちから開封済みの一本を取り出した。
 姿を現したピンクのビキニ姿のモデルにして女優の彼女は、印刷された紙面上で極上の笑みを浮かべていた。顔やカラダに浮かんだ汗なのか水滴なのかは知らないが、それはどこかエロティックな雰囲気を醸すのに貢献していた。むかしの飲み屋の小道具として著名なビールメーカーのキャンペーンポスターを彷彿とさせるが、彼女が生まれつき具えた品もあるのだろう、ただのエロポスターになり下がっていない絶妙な匙加減が見事である。
「応募期間が短ったこともあるけど、雑誌そのものが発行部数が多くなかったから、未使用の美品だと何万にもなってるみたいだね」
 ……未使用、か。
「あ、これを広げるときは汚さないように薄いビニールをかぶせて眺めていたんだ。つまり未使用同然の美品だからそこは安心していいよ?」
 ……いや、そういうことじゃないんだが。
 興味本位でネットで検索すると、なるほど数こそ多くはないが雑誌もポスターもオークションに出された形跡があった。なかには該当の雑誌やポスターを探している、譲ってほしいという切実な書き込みも見られた。そんな鬼気迫る訴えを証明するかのように現行で出品されているものはこの時点でなく、タカさんがいうように発行部数の少なさもあって、あまり出回っていないのだろう。ある取り引きでは美品のポスターに十万近い値がついていたし、雑誌も万単位が当たり前であった。タカさんのコレクションだけで余裕で百万越える。もはや錬金術だろう。
「値打ちがあるのはうれしいけれど、売るために買ったわけじゃないからね」
 タカさんはそういうとビキニ姿の彼女をゆっくりていねいに丸めはじめた。それを慎重に筒に収めると他の未開封の紙管群に戻していた。あの多数の未開封ポスターが開けられるときははたして来るのだろうか。
「甘原ウズメの出ているCMやドラマ、観てみるかい」
 この日も俺はタカさんのいにしえのコレクションを心ゆくまで存分に堪能し、慣れない読書で溜まった鬱憤を晴らすのだった。
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