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「結界を張るって言ってたわよね……」

 エレナは部屋を隅々まで調べ、隠し扉などが無いか探していた。しかし、何も見つからない。

(あったとしても『隠し』扉なんだからすぐにわかるわけないか。他に何か方法はないかしら)

 魔法などと縁のない十六年間を過ごしてきたのだ。結界魔法の解き方など何も思いつかない。
 その時、窓の外に鳥の姿が見えた。

(待って。もしかしたら)

 エレナは窓に近寄り、鳥に向かって心の中で呼び掛けた。

(お願い。ここへ来て。私を助けて)

 ずっと、鳥たちに嫌われていたエレナ。だけどリアナには全ての生き物が集まってきていた。それがエレナの元々の能力だと言うのなら、リアナが消えた今ならと考えたのだ。

 すると一羽の鳥が窓際に止まった。頭の中に声が響く。

『木のドア。植物。全て、あなたの味方』

(えっ……)

『あなたの命令なら聞く。植物も動物も』

 鳥が微笑んでいるように見えた。信じてみようと思ったエレナはドアに近寄り、それに触れて念じてみる。

(お願い。私を外に出して……!)

 するとドアがぐにゃりと歪み、人がくぐれるくらいの穴が開いた。

(本当に開いた! ありがとう、鳥さん)

 振り向くと窓の向こうで嬉しげに羽ばたいている。エレナが急いで廊下に出ると、その穴はまた元の姿に戻った。

(早く逃げよう)

 廊下の窓からは庭が見える。少し高い位置にあるその窓を開け、よじ登って外へ飛び降りた。

(窓、閉めておかなきゃ)

 手を伸ばして必死に窓を動かすが、外からだとエレナの背丈では少し届かない。それでも何度もジャンプして指先だけで少しずつ動かし、あと数回というところで廊下から声が聞こえた。慌てて壁際に身体を潜める。

「イネス、父上に面会を申し込んでおけ。俺はあの娘を連れて行く」
「はい、フェルナンド様」

 イネスが立ち去る足音。そしてフェルナンドがドアを開けて部屋に入って行ったのを確かめ、エレナは植え込みを目掛けて走った。棘のあるピラカンサの植え込みだったがそんなこと言っていられない。早く姿を隠さなければとその中に飛び込んだ。

「イネス! 逃げたぞ!」

 部屋から出てきたフェルナンドが大声をあげてイネスを呼んでいる。戻って来たイネスは窓が少し開いていることに気づいた。

「庭に逃げたのかもしれません」

 窓を開けて庭を鋭い目で見回すイネス。フェルナンドもエレナを見つけようと必死だ。

(まずいわ……見つかるかも)

 だがそれは杞憂だった。エレナが飛び込んだピラカンサたちが話しかけてくれたのだ。

『聖女さま、お会いできて嬉しいわ。あなたが隠れたいと思っているのなら、私たちがお手伝いします。あなたの姿を隠します』

 彼女たちはふわりと枝を広げ、空間を歪めてエレナが外から見えないようにしてくれた。

「もしかして、棘が刺さらないようにもしてくれたの?」

 思い切って飛び込んだのに、エレナはかすり傷一つ付いていなかったのだ。

『もちろんもちろん! 聖女さまに怪我などさせません。あなたが飛び込むその瞬間に、棘は全部引っ込めました。あなたのお役に立ちたくて』
「ありがとう、あなたたち……」

 エレナは感激して涙ぐんだ。私は一人じゃない。味方がこんなにもいてくれる。

 フェルナンドはエレナの姿が見えないことに苛立って兵士を呼び、屋敷中と庭を捜索するように命じていた。

「早く見つけろ! おれが皇太子になるための切り札だ!」

 するとピラカンサが騒ぎ始めた。

『大変。目眩しはできるけど、実際に手を突っ込まれたらバレてしまうわ』

(――どうしよう。ここに留まっていてもすぐに見つかってしまう。少しでも屋敷から離れたいけれど、次の植え込みまでは距離があるから、その間は姿が丸見えだわ)

 だが行くしかない。兵士がまだ出てきていない今のうちに。

「みんな、ありがとう。私、あっちまで走るわ」
『聖女さま、お気をつけて!』

 エレナは飛び出すと思い切り走り、次の植え込みに潜り込んだ。いったん呼吸を整えまた次を目指して走り出した時、「いたぞ!」と言う声が聞こえた。

(しまった!)

 必死で走るエレナ。兵士の近づいてくる音がする。後ろから手首を掴まれた、しかしウィルに習った護身術で肘を回し、振り切ることに成功した。
 だが再び走り出したのも束の間、すぐに複数の兵士に捕まえられた。

「おとなしく戻れ」
「いや! 離して! やめて!」

 抵抗するがやはり兵士には敵わず、そのまま両腕を二人から掴まれて屋敷へと戻されてしまった。

(やっぱり、魔女の力は無くなってる。やめて、と叫んでも何も起こらなかった……)

 力を欲してしまった自分が情けない。だがもしもあの力があったらすぐにでもここを逃げ出せるのに、とまた思ってしまった。

(こうやって闇に落ちていったのかもしれない……)

 人を傷つける力を欲した聖女。その結末が緋色の魔女なのだ。

(私は絶対にあの力を望んではいけない。きちんと心に刻んでおかなくては)
 


 
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