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観月祭の夜
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やがて、私は二十歳を迎えた。平民は十六、貴族も十七歳でほとんど結婚する中、私は一人。これから先もずっと。
代わり映えのしない毎日。その事を考えるのすら、もう飽きてしまった。私は淡々と日々を過ごしていくだけ。
ふと、もうすぐ観月祭だということを思い出した。子供の頃は母と一緒に河原で満月を見て、屋台で飴を買ってもらったりした。今の季節の満月はとても大きくて美しく、恋人や家族と月を眺めながら一緒に過ごすのがロラン王国での慣習である。
(神殿に住むようになってから、観月祭を意識したこと無かったな。王宮の人たちは表のバルコニーで月を観るから、中庭には誰も来ない。祭りの屋台は王宮内に無いし、一緒に過ごす人もいないんだもの)
寂しい。寂しさに押し潰されそうだ。いつの間にか涙が溢れていた。
その時、下のドアがゆっくりと開く音がした。
(えっ……? 誰? こんな時間に)
護衛騎士がいるはずだ、と思って窓から下を見ると閉まったドアの前には誰もいない。
(まさか、騎士が倒された? 紫水晶を狙った賊かもしれない)
私は蝋燭を消して音を立てないように剣を取り、そっと階段に近付いた。下の階を伺おうと顔を覗かせた時――暗闇で光る瞳が見え、低い声が聞こえた。
「俺だ、アディ」
「リカルド!」
リカルドはシッ、と唇の前に人差し指を立てて静かにするよう促した。
「ごめんなさい。でも、どうしたの? 何かあったの?」
「少しだけ、護衛は休みだ。食い物も持ってきたぞ」
「だって、ここには王族しか入ることは出来ないのよ? リカルドが入ったことがバレたら罰を受けるわ」
「大丈夫だ。もう一人の騎士は恋人と何処かで月を観てる。せっかくの観月祭だからな、行ってきていいぞと言ったら喜んで抜け出していった」
リカルドは階段を上り、部屋に入ると私に籠を手渡した。中には甘辛く味付けした鶏肉を、小麦粉を伸ばして焼いた皮で巻いた、屋台では定番のトルネという食べ物が入っていた。
「わあ! これ大好きなの! 久しぶり!」
リカルドはまたシッ、と言った。
「誰も来やしないと思うが、あまり大きな声は出すなよ」
「……ごめん。あんまり嬉しくて、つい」
「少しだが、ぶどう酒もあるぞ」
「でも私、お酒飲んだことない」
「ほんの少しなら大丈夫だろう。ほら」
そう言ってリカルドは小さな酒杯にぶどう酒を注ぎ、渡してくれた。
「酒に月を映して、一気に飲むんだ」
「こう?」
今日の満月はとびきり大きく、窓から差し込む光で部屋が薄明るい。窓辺に置いたテーブルで向かい合わせに座り、二人でトルネを食べ、お酒を飲んだ。まるで昔が戻ってきたように。
「初めてだけど、美味しい」
「子供でも飲める甘口にしたからな」
「もう子供じゃないわよ! 二十歳になったんだから」
「そうだな。俺も、もう二十二歳になった」
ふいに、沈黙が訪れた。この沈黙は駄目なやつだ。胸がキュッとなってしまう。焦って、おどけた調子で聞いてみた。
「リカルドは、結婚しないの? もういい歳じゃない」
「いい女性がいたらするかもな」
――ズキン。胸の奥が何故かしら痛んだ。
「アディ」
いつの間にかリカルドは窓辺に立っていた。
「ここからだと月に手が届きそうだぞ」
「ほんと?」
私は立ち上がり、リカルドの隣に行って月を見上げた。本当に、落ちてきそうなくらい月が近くに見える。こうして誰かと一緒に観月祭を過ごせることを本当に嬉しく思った。
「アディ」
再び名前を呼ばれ、リカルドの顔を見上げると、彼はその美しい青の瞳で私を見つめていた。
「アディ、ここから出ないか」
「ここから?……何言ってるの、リカルド?」
「このままお前はずっとこの神殿に閉じ込められて生きていかなきゃならないんだろう? 旅をしている時はあんなに生き生きと暮らしていたお前が。こんな生活は辛くないか。ここを出て、外で暮らしたくないか」
「だってリカルド……私は聖女なのよ。この国を結界で守ることが出来るただ一人の聖女なの」
「ならばその力を失えばいい」
リカルドは私の顎に指をかけ、上を向かせた。
「リカルド? 何を……」
言い終わる前にリカルドの顔が近付いてきた。唇が触れそうになった、その刹那――
「だめ、リカルド!」
私は両腕を突っ張り、リカルドを押し戻した。
「だめよ。キスなんてしたら、力が失われてしまう」
「失えばいいじゃないか。そうすればお前はここから出られる」
「だめ、だって、今は聖女は私しかいないの……私がいないとこの国の人たちが魔獣に襲われてしまう。だから私は聖女でいなければならないの」
しばらくの間、私たちは黙って見つめ合っていたが――やがて、リカルドが目を逸らした。
「わかった。邪魔をしたな」
そう言うと踵を返し部屋を出て行った。リカルドが階段を下りる音が聞こえる。そして、下のドアがバタンと閉まった。
私はリカルドが差し入れしてくれた籠を見つめて震えていた。そのまま一晩中眠ることも出来ずに。
――その日から、リカルドは二度と私をアディと呼ぶことは無かった。
代わり映えのしない毎日。その事を考えるのすら、もう飽きてしまった。私は淡々と日々を過ごしていくだけ。
ふと、もうすぐ観月祭だということを思い出した。子供の頃は母と一緒に河原で満月を見て、屋台で飴を買ってもらったりした。今の季節の満月はとても大きくて美しく、恋人や家族と月を眺めながら一緒に過ごすのがロラン王国での慣習である。
(神殿に住むようになってから、観月祭を意識したこと無かったな。王宮の人たちは表のバルコニーで月を観るから、中庭には誰も来ない。祭りの屋台は王宮内に無いし、一緒に過ごす人もいないんだもの)
寂しい。寂しさに押し潰されそうだ。いつの間にか涙が溢れていた。
その時、下のドアがゆっくりと開く音がした。
(えっ……? 誰? こんな時間に)
護衛騎士がいるはずだ、と思って窓から下を見ると閉まったドアの前には誰もいない。
(まさか、騎士が倒された? 紫水晶を狙った賊かもしれない)
私は蝋燭を消して音を立てないように剣を取り、そっと階段に近付いた。下の階を伺おうと顔を覗かせた時――暗闇で光る瞳が見え、低い声が聞こえた。
「俺だ、アディ」
「リカルド!」
リカルドはシッ、と唇の前に人差し指を立てて静かにするよう促した。
「ごめんなさい。でも、どうしたの? 何かあったの?」
「少しだけ、護衛は休みだ。食い物も持ってきたぞ」
「だって、ここには王族しか入ることは出来ないのよ? リカルドが入ったことがバレたら罰を受けるわ」
「大丈夫だ。もう一人の騎士は恋人と何処かで月を観てる。せっかくの観月祭だからな、行ってきていいぞと言ったら喜んで抜け出していった」
リカルドは階段を上り、部屋に入ると私に籠を手渡した。中には甘辛く味付けした鶏肉を、小麦粉を伸ばして焼いた皮で巻いた、屋台では定番のトルネという食べ物が入っていた。
「わあ! これ大好きなの! 久しぶり!」
リカルドはまたシッ、と言った。
「誰も来やしないと思うが、あまり大きな声は出すなよ」
「……ごめん。あんまり嬉しくて、つい」
「少しだが、ぶどう酒もあるぞ」
「でも私、お酒飲んだことない」
「ほんの少しなら大丈夫だろう。ほら」
そう言ってリカルドは小さな酒杯にぶどう酒を注ぎ、渡してくれた。
「酒に月を映して、一気に飲むんだ」
「こう?」
今日の満月はとびきり大きく、窓から差し込む光で部屋が薄明るい。窓辺に置いたテーブルで向かい合わせに座り、二人でトルネを食べ、お酒を飲んだ。まるで昔が戻ってきたように。
「初めてだけど、美味しい」
「子供でも飲める甘口にしたからな」
「もう子供じゃないわよ! 二十歳になったんだから」
「そうだな。俺も、もう二十二歳になった」
ふいに、沈黙が訪れた。この沈黙は駄目なやつだ。胸がキュッとなってしまう。焦って、おどけた調子で聞いてみた。
「リカルドは、結婚しないの? もういい歳じゃない」
「いい女性がいたらするかもな」
――ズキン。胸の奥が何故かしら痛んだ。
「アディ」
いつの間にかリカルドは窓辺に立っていた。
「ここからだと月に手が届きそうだぞ」
「ほんと?」
私は立ち上がり、リカルドの隣に行って月を見上げた。本当に、落ちてきそうなくらい月が近くに見える。こうして誰かと一緒に観月祭を過ごせることを本当に嬉しく思った。
「アディ」
再び名前を呼ばれ、リカルドの顔を見上げると、彼はその美しい青の瞳で私を見つめていた。
「アディ、ここから出ないか」
「ここから?……何言ってるの、リカルド?」
「このままお前はずっとこの神殿に閉じ込められて生きていかなきゃならないんだろう? 旅をしている時はあんなに生き生きと暮らしていたお前が。こんな生活は辛くないか。ここを出て、外で暮らしたくないか」
「だってリカルド……私は聖女なのよ。この国を結界で守ることが出来るただ一人の聖女なの」
「ならばその力を失えばいい」
リカルドは私の顎に指をかけ、上を向かせた。
「リカルド? 何を……」
言い終わる前にリカルドの顔が近付いてきた。唇が触れそうになった、その刹那――
「だめ、リカルド!」
私は両腕を突っ張り、リカルドを押し戻した。
「だめよ。キスなんてしたら、力が失われてしまう」
「失えばいいじゃないか。そうすればお前はここから出られる」
「だめ、だって、今は聖女は私しかいないの……私がいないとこの国の人たちが魔獣に襲われてしまう。だから私は聖女でいなければならないの」
しばらくの間、私たちは黙って見つめ合っていたが――やがて、リカルドが目を逸らした。
「わかった。邪魔をしたな」
そう言うと踵を返し部屋を出て行った。リカルドが階段を下りる音が聞こえる。そして、下のドアがバタンと閉まった。
私はリカルドが差し入れしてくれた籠を見つめて震えていた。そのまま一晩中眠ることも出来ずに。
――その日から、リカルドは二度と私をアディと呼ぶことは無かった。
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