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10 初めてのキス
しおりを挟む午後から始まった訓練は、それは凄いものだった。私は本気の剣の手合わせなど見たことがない。学園で、貴族のお坊ちゃんたちが授業中に笑いながらやっているものしか知らないのだ。
木剣とはいえ当たったら痛いし怪我もするだろう。それなのにユリウスは、全員と順番に手合わせしていくのだ。そして全て打ち負かしていく。
「ミルカ、ユリウスは本当に強いのね!」
興奮してミルカに語りかけると、彼は大きく頷いている。
「もちろん。あいつは絶対に負けません。天賦の才に不断の努力、そして愛する女性の視線があれば、負けるわけにはいかないでしょう」
「えっ……、愛するだなんて、そんな」
またしても私の胸の痛みがぶり返す。ミルカもやはり、私たちが愛し合っていると思っているのだ。
「リューディア様、本当にユリウスと結婚して下さってありがとうございます。あんなにいい奴なのに、今まで見合いしたどの女性も、まったく内面を理解しようとしなかった。誰に理解されなくても、あなたさえわかってくれていればあいつは百人力です」
ミルカの真っ直ぐな瞳を見つめながら、私は私たち二人の関係を考えていた。
打算で結婚した私たち。新婚初夜にユリウスが言ったように、今ゆっくりとお互いを知ろうと歩み寄っているところだ。ユリウスは、知れば知るほどその人柄に惹かれる。今日の訓練の様子も、本当にカッコいいと思った。
(顔なんて、何の関係もないんだわ。見た目は、人を好きになるキッカケかもしれないけれど、やっぱり大切なのは内面。私も、こんな顔だけどユリウスに少しでも好きになってもらえるよう頑張ろう。そして、早く本当の夫婦になれるように……)
訓練所からの帰り道、私はヘルガにユリウスの顔のことを聞いてみた。
「ねえヘルガ、ユリウスの痣や瘤は……生まれつきなの?」
「はい、生まれつき……でございます」
「そう……身体に害はないの? 例えば、何かの病気のせいで痣ができているとか」
「いろいろと医者にお見せしたのですが、病気は見つかりませんでした」
「そう……良かった」
私がそう言うとヘルガは不思議そうな顔をした。私が何を言おうとしているのかわからない様子だった。
「だってね、何か重大な病気のせいで痣や瘤ができているのだとしたら嫌だもの。私、ユリウスには長く生きてもらいたい。瘤や痣があったっていいから、元気で長生きして、優しいおじいちゃんになって欲しいの」
ヘルガは黙っていたが、しばらくして嗚咽を漏らし始めた。
「ど、どうしたの、ヘルガ?」
慌ててヘルガの顔を覗き込む私の手を取り、ヘルガはさらに泣き始めた。
「ありがとうございます、リューディア様。ユリウス様のことをそんなふうに思ってくださって……乳母として、お礼を申し上げます」
「泣かないでよヘルガ……って、あなたも?! ミルカ!」
後ろからついてきていたミルカも目を真っ赤にして泣いている。
「うう、良かったあ、ユリウス……」
「もう、やめてよ二人とも……私まで泣きたくなっちゃうじゃない……」
三人がわんわん泣きながら歩いて帰っているのを見た領民が、心配してお屋敷に野菜を届けに来てくれたのは、ユリウスには内緒のお話。
その日の夜、私は緊張して寝室でユリウスを待っていた。
最初の夜以降、私たちは毎晩寝室で今日の出来事などを語り合う。ワインを飲んで楽しくお喋りしたら、軽く手を握ってユリウスは自室に戻っていくのだ。お休み、と言って。
彼はゆっくり仲を深めると言ってくれたけど、もうひと月も経った。今日のユリウスはとても男らしくて素敵だったし、お弁当を喜んでいる姿は母性本能をくすぐられた。だから、そろそろ次の段階に進んでもいいと思うのだ。――『お休みのキス』に!
やがて、ドアがノックされ、ユリウスが入ってきた。
「やあ、リューディア」
夕食も一緒に取ったのに、久しぶりみたいに入ってきたユリウス。彼もなんだか緊張しているように見える。
「今日は訓練を見に来てくれてありがとう。みんなに、いつもより張り切っていたと言われてしまったよ」
「ユリウス、とても強くて素敵だったわ。思わず見惚れてしまったもの」
「本当に? リューディアにそう言ってもらえると嬉しいよ。張り切ったかいがある」
「またそのうちお弁当を持って行くわね。私のほうも、料理の訓練をしてからになるけど」
おどける私にユリウスはニコッと笑ってくれた。
「私は本当に幸せものだ。ありがとう、リューディア。……じゃあそろそろ、寝ようか」
いつものようにユリウスは私の手を取ってお休み、と言った。そして離そうとした彼の手を私はグッと握り返して――
「……っ!」
彼が息を飲んだ。私が彼の手を握ったまま、彼の顔を見上げて目を閉じたから。
長い時間が経ったような気がする。いや、実際は長くはなかったのかもしれない。ただ私にはとても長く感じた。受け入れてもらえなかったらどうしよう……そんなふうに怯えていたけれど。
だけどようやく彼の気配が近づいてきて……唇に、柔らかいものがそっと押し当てられた。一瞬の触れ合いのあと、彼の唇がまたそっと離れていき、私たちは見つめ合った。
ついに、初めてのキスを交わしたのだ。
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