15 / 18
15 大好きなあなた
しおりを挟むヘルガに身支度を整えてもらう間、私はいろいろと質問したのだけれど、『旦那さまと一緒に説明しますからね』と、何も答えてもらえなかった。身支度が終わり急いで食堂に行くと、トピアス、ミルカ、そしてエイネも来ていた。
ヘルガが軽く食べられる朝食を持ってきて、全員の前に並べる。
「さあさ、はやる気持ちはわかりますがまずは腹ごしらえですよ。ちゃんと食べてくださいね」
全部食べるまではどうあっても話さないつもりだと観念して、私とユリウスは詰め込むように朝食を食べた。そして食後の紅茶を飲む頃、ようやくトピアスが口を開いた。
「ユリウス様、今まで黙っていて申し訳ございませんでした。ですが、これは先代との約束だったのです」
「先代……?」
「リューディア、先代は私の母だ」
(お父さまではなく、お母さまが辺境伯様だったのね)
「リューディア様。オウティネン領を治めるオウティネン辺境伯家は、昔から武に優れ、戦いの神として尊重され、王家からの信頼も厚い家柄です。その力の源は、代々受け継がれる銀色の髪と赤い瞳。この色を持つ者は大きな魔力を持つと言われています」
(魔力……その昔、貴族たちはみな魔力を持っていたと聞くわ。いえむしろ、魔力を持つ者が貴族になっていったのだと。でもその力はいつしか失われ、今は王家と一部の有力な家しか魔力を持たないという。それが、オウティネン家なのね)
「魔力を持つからといって、魔法が使えたり空を飛べたりするわけではありません。ただ、力が強かったり頭が良かったり、何らかの能力に優れていることが多いのです。そして先代の能力は時々未来が見えたりすること、そしてその未来を回避するために現在を変えることができるというものでした」
「なんだそれ……最強じゃないか」
「はい。しかし見たい未来が見えるわけではない。突然何らかの啓示が降りてくるだけで、例えば水害だったり失くし物だったり。それも、何年かに一回くらいで。先代は、『たいして役に立たない能力』と笑っておいででした」
ヘルガが、話を続ける。
「先代が二十歳の時に大恋愛の末結婚なさり、生まれたのがユリウス様です。銀髪に赤い瞳というオウティネン家の色を持ち、それはそれは美しい、輝くような赤ん坊でございました」
「えっ? 私の痣は生まれつきではなかったのか?」
「はい。こんなに美しい子はみたことがないと領内でも評判になりました。ですが、先代がある日未来を見たのです。ユリウス様が美しさを鼻にかけ、身を滅ぼしていく未来を」
ユリウスと私は顔を見合わせた。今のユリウスからは信じられない未来だ。
「そこで先代はユリウス様に魔法をかけたのです。いや、魔法というより呪いに近いのかもしれません。女性が近づいてこないようユリウス様の姿を変える呪文をかけました。それを解く方法はただひとつ。ユリウス様が心から愛し、またユリウス様を心から愛してくれる女性と結ばれた時です。その時に姿が元通りになるようにしたのです」
「いや、それめちゃくちゃ難しいことじゃないか……これまでの人生、そもそも女性に近付けもしなかったぞ」
トピアスが深く深く頷いている。貴族女性に片っ端から手紙を書いていたのはトピアスなので、その苦労はわかっているのだ。
「先代が長く生きていらっしゃたら、その難しさに気づいて解呪して下さったと思うのですが……ユリウス様が物心つく前に戦いで命を落としてしまわれました。そのため、どうすることもできないまま、今にいたるというわけなのです」
「ちょっと待て、ヘルガ。このことはみんな知っているのか?」
「はい」
「領民たちも?」
「はい。先代によくよく頼まれていましたので、領民たちもユリウス様を温かく見守っておりましたし、このことは親から子へと伝えられて……」
「うわーっ、なんだそれ! 恥ずかしすぎる! ミルカ! お前も知ってて黙ってたのか?」
ユリウスの顔は真っ赤だ。
「まあ、俺も親から聞いてるから。でもユリウス、そのおかげでこんなに素晴らしい奥さまに出会えたんだろ? 先代に感謝しなきゃ」
「も、もちろん、それは感謝している。ただ、私がリューディアといつ結ばれたか、皆にばれてしまうってのが……!」
……確かにそうだ。ということは、私たちが今までちゃんと夫婦になっていなかったことも皆に把握されてたってことで……!
私も恥ずかしくて、頭から湯気が出そうだ。熱でも出てるのかと思うくらい顔が熱い。
エイネも、いたずらっぽく目を躍らせながら会話に加わってくる。
「ユリウス様、今なら新しい正装、ぴったりだと思いますよ? 背中の盛り上がった部分を除外した寸法で仕立てましたからね。今日のパーティーにはそれを着ていってください。ちゃんと、リューディア様のドレスと対になるようにしてありますから」
「エ、エイネもこの事態を見越して……」
にっこりというよりもニヤッと笑い、もちろん、とエイネは言った。
ユリウスはがっくりうなだれて、しばらくそのままじっとしていた。そしてやっと顔を上げると、隣に座る私の手を取る。
「リューディア。こんなことになってすまない。すっかり姿が変わってしまった私だけど、それでも愛してくれるか?」
私は彼の顔を見つめた、昨日までずっとそばにいたユリウスとは全然違う今の姿。丸まっていた背中はすっきりとして姿勢がよくなったように見える。痣のない顔はつやつやした白磁のよう。瘤に隠れていた両目はこんなに大きくて切れ長だったんだ、と感嘆するばかり。あまりに美しすぎて、私がそばにいるのは申し訳ないくらい。
でも変わらないものもある。美しい銀色の髪と、優しい赤の瞳。そして穏やかな声。私が愛しているユリウスは、ちゃんとここにいる。
「もちろんよ、ユリウス。あなたがどんな姿でも、私はあなたが大好きよ」
四人がまた拍手してくれる中、私たちはキスを交わした。
87
あなたにおすすめの小説
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
【完結】救ってくれたのはあなたでした
ベル
恋愛
伯爵令嬢であるアリアは、父に告げられて女癖が悪いことで有名な侯爵家へと嫁ぐことになった。いわゆる政略結婚だ。
アリアの両親は愛らしい妹ばかりを可愛がり、アリアは除け者のように扱われていた。
ようやくこの家から解放されるのね。
良い噂は聞かない方だけれど、ここから出られるだけ感謝しなければ。
そして結婚式当日、そこで待っていたのは予想もしないお方だった。
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる