もう一度あなたの手を取れたなら

月(ユエ)/久瀬まりか

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 私が大学三年の夏、珍しく蓮がやって来た。

「美哉、明日って予定ある?」

 ちょっとちょっと、久しぶりに会いに来たらいきなり呼び捨てなの? と思ったけどそんなこと言えない気の弱い私。

「うん、明日はバイトも無いから家にいるよ」

「だったらさ、俺の試合見に来てくんない?」

 あらー、もう自分のこと俺って言ってるんだ。昔はボクって言ってたのに……なんて感傷に浸ってたんだけど。

「ねえ聞いてる?」

 強く促されてハッとして、思わず頷いていた。

「試合ってバスケの?」

 蓮はスポーツ少年団に入っていて、平日の放課後と土日はバスケ浸けの日々を送っている。六年生になってキャプテンにも選ばれたと聞いた。

「うん。最後の大会だからさ、一度くらい美哉に見てもらいたくて」

 声変わりをまだしてない蓮だが近頃少しハスキーになりつつある。私の顔を見ずにそう言った蓮に、つとめて明るく返事をする。

「いいよ、見に行くね。差し入れとか持って行こうか? チームメイトの分も」

「いや、それはいいよ。恥ずかしいし」

 蓮は試合の要項が書かれたプリントを渡すとすぐに帰っていった。

(恥ずかしい、か……)

 近所のお姉さんが見に来るのが恥ずかしいのかな。それとも、地味な見た目の私を紹介したくないのかな。いろいろ考えてるうちにすごく行きたくなくなってきたけれど、約束を破るわけにはいかない。

 次の日、マスクと帽子、それにいつもの銀縁眼鏡を黒縁に替えて試合会場に向かった。

 第一試合は十時だ。体育館の二階に人が一人通れるほどの通路が壁に沿ってあり、応援はそこからするようだった。二階に上るとチームの旗が通路の柵に取り付けられ、そこに保護者が固まって応援をしている。蓮のママの姿も見えた。
 私は保護者たちからは離れ、サイドからそっとコートを見下ろした。ウォーミングアップを終えた蓮がコート中央に整列している。

 蓮は最近背が伸びてきたが、それでもまだ大きな方ではない。蓮より大きな子がセンターで、蓮はポイントガードだった。
 
(へえ、蓮ってカッコいいんだな)

 純粋にそう思った。コート上で誰よりも声を出し、指示をしてボールを回す。時には自分で切り込んでシュートを決めたり、外からスリーポイントを打ったり。さすがキャプテン、という感じだ。
 女の子ファンもいるようで、蓮が決めるたびに黄色い歓声が上がる。

(すごい、キラキラしてるなあ……私の小学生時代と全然違う)

 一試合目は圧勝し、その後順調に勝ち進んだ。そしてあと一回勝てば明日の準決勝に進めるという試合で蓮たちは負けてしまった。
 相手チームは大きな子が揃っていて、高さの壁にやられたようだ。点差はそれほどなく、惜しかった。あと少し、シュートが決まっていれば……という感じだ。

「ありがとうございました!」

 最後の挨拶が終わり、コートから引き上げる時、蓮がこちらを見上げた。
 悔しいのか目を真っ赤にした蓮は、私に片手を上げて『サンキュ』と言った、気がした。

 その夜、八時を回ってから蓮がやって来た。

「ごめん、遅くなって。打ち上げ行ってたから」

 玄関先でポケットに手を突っ込み、所在無げに俯いて蓮は言う。

「お疲れ様。蓮くん、すごくカッコ良かったよ」

「でも準決勝行けなかった。ホントは、明日の準決勝に進んで、優勝するつもりだったんだ」

「悔しいね。でも本当に、蓮くんとっても上手だったし、まだまだこれからだよ。中学行っても続けるんでしょ?」

「うん、そのつもり。次は、決勝戦を見せられるように頑張るよ」

「楽しみにしてるね。そうそう、蓮くんすごく女の子に人気あるんだねー。声援が凄かったよ」

「うるさいんだ、あいつら……」

 それから蓮は俯いて黙ってしまった。

(嫌な話題だったのかな? どうしよう、私もうるさいと思われるかな……)

 私は昔からそうだ。人と話す時にどう思われるか、そればかり考えてしまって上手く言葉を紡げない。沈黙が訪れても何も言えず黙ってばかりだ。

「あのさ、美哉」

 不意に顔を上げて蓮が言った。

「就活、もうすぐだろ? 都会に出てくのか?」

「……ああ、就職? ううん、都会でなんてやっていける自信がないもの。地元で、自宅から通える所にしようと思ってる」

「……そっか」

 蓮は安心したように顔をほころばせて笑った。こんな顔を久しぶりに見たような気がする。

「じゃあ、またいつか見に来てくれよな。今日はホントにありがとう。お休み」

「うん、お休み」
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