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マシューとジョナス
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翌日、東棟の女子教室の前で一人の男子生徒が人待ち顔で佇んでいたが、レティシアを見ると声を掛けてきた。
「失礼ですが、レティシア・ポーレットさんですか?」
もしや、この人がマシューだろうか?
「僕はマシュー・スコットといいます。昨日は不在にしていて失礼しました」
(やっぱりそうだわ。早速、挨拶に来てくれたのね)
マシューは赤みのある茶色い髪で、目は琥珀色。ジョナスのような美しさはなくどちらかというと地味なあっさりとした顔だが、レティシアには好ましく思えた。背はレティシアが少し見上げるくらい。日に焼けた肌が男らしい。
「いえ、私達が突然に押しかけたのですから、気になさらないで」
「で、あの……もし良かったら、今日の昼休み、ご一緒しませんか」
ジョナスのようにスマートな話し方は出来ないようだが、ひと言ひと言、考えながら話すのは好感が持てる。
「はい。お願いします」
マシューはホッとしたように笑顔を見せ、では昼休みに、と頭を下げて南棟へ戻って行った。
「ちょっとちょっと! いったいどういう事よ、レティシア? ジョナスとヘザーはイチャついてるし、レティシアは他の男性と話してるし。どうなっちゃったの、あなたたち」
アリスがどこからかやって来て、矢継ぎ早に話した。
「ええ、聞いてくれる、アリス? 実はね……」
「まあ……婚約者を交換? しかも次期当主まで? レティシア、そんな横暴許していいの?」
「もちろん腹立たしいわ。でもまだ成人前の私には何も出来ない。唯一の救いは、スコット家の方がいい人達みたいだってことくらいかしら」
「そうねえ。今の人……マシューっていうんだっけ? ジョナスみたいに目を引く美しさはないけれど、真面目そうよね」
「結婚相手にはその方がいいと思うわ」
長い間裏切られ、放置されていた母を思うと、父と同じように美しい顔を持ったジョナスよりもマシューの方が安心出来る気がする。もちろん、本当のところはわからないけれど。
昼休み、レティシアはマシューとカフェテリアで向かい合わせに座っていた。
「レティシア様、僕なんかと結婚して構わないんですか? 僕、変わり者だと噂されているらしいんだけれど気になりませんか」
「そうねえ、どんな変わり者なのかまず教えていただける?」
レティシアは笑いを堪えながら言った。
「自分では変わってるとは思ってないんですけどね。僕、虫が好きなんです。昨日も朝から昆虫採集に出掛けていて、それで留守にしていたんです」
「虫ですか? 私は蝶くらいしか知りませんわ」
「蝶の他にもたくさんの虫がいるんですよ。皆、虫には興味がないし、むしろ忌み嫌っていますが、あんなに可愛い奴らはいません。僕は虫の研究をライフワークにしようと思っているんです」
「素敵ですね。今度、私にも教えて下さる?」
するとスコットは顔を輝かせた。
「もちろんです。ぜひまた遊びに来て下さい。僕のコレクションをお見せします」
その時、レティシアの視界にヘザーとジョナスが映った。ヘザーもレティシアに気がつき、ジョナスの腕を引っ張ってこちらへやって来た。
「お姉様! この方が新しい婚約者?」
(余計なことを。新しい、なんて言わなくていいのに)
「マシュー、ご紹介しますわ。私の妹ヘザーと、婚約者のジョナスです」
「やあマシュー、驚いたよ。虫博士の君が義理の兄になるとはね」
レティシアはジョナスの言葉にからかいが含まれているのを感じ、嫌な気分になった。
「ジョナス様、僕も驚きました。今後は義理の兄弟としてよろしくお付き合いください」
「うふふ、なんだか二人、お似合いですわ。髪の色も似てるし。やっぱり私とじゃあ、釣り合わなかったですわね。私にはジョナス様じゃないと」
ジョナスの腕に絡みつくヘザーと、嬉しさを隠さないジョナス。まだレティシアが婚約者だった時はさすがにここまであからさまにはしていなかった。
「ではお姉様。私達はあちらで食事をしますわ。ご機嫌よう」
二人は腕を組んだまま向こうのテーブルに歩いて行った。
「……すみません、失礼な妹で」
「事情は伺ってます。本当は僕とヘザー様が婚約する予定だったんですよね」
「はい。マシュー様こそ、私なんかで構わないでしょうか?」
レティシアは申し訳なさそうに言ったが、マシューは愉快そうに目を躍らせていた。
「僕はレティシア様に代わってくれて本当に良かったと思っていますよ? ヘザー様は苦手なタイプです。レティシア様はとても美しいし、落ち着いた雰囲気がとても……好みです」
初めてこんな風に褒められ、レティシアは頬が熱くなった。
「そんな……十人中九人はヘザーの方が美しいと言うはずですわ」
「だったら僕は残りの一人なのかもしれません。でも僕には、あなたの方が数倍美しく思えます」
なんか気障なこと言ってしまった、と顔を真っ赤にしているマシュー。そんな所もレティシアの胸をキュンとさせた。
(この人とならいい夫婦になれるかもしれない……)
春の風のようにふわりと恋が訪れた気がして心が温かくなるレティシアだった。
「失礼ですが、レティシア・ポーレットさんですか?」
もしや、この人がマシューだろうか?
「僕はマシュー・スコットといいます。昨日は不在にしていて失礼しました」
(やっぱりそうだわ。早速、挨拶に来てくれたのね)
マシューは赤みのある茶色い髪で、目は琥珀色。ジョナスのような美しさはなくどちらかというと地味なあっさりとした顔だが、レティシアには好ましく思えた。背はレティシアが少し見上げるくらい。日に焼けた肌が男らしい。
「いえ、私達が突然に押しかけたのですから、気になさらないで」
「で、あの……もし良かったら、今日の昼休み、ご一緒しませんか」
ジョナスのようにスマートな話し方は出来ないようだが、ひと言ひと言、考えながら話すのは好感が持てる。
「はい。お願いします」
マシューはホッとしたように笑顔を見せ、では昼休みに、と頭を下げて南棟へ戻って行った。
「ちょっとちょっと! いったいどういう事よ、レティシア? ジョナスとヘザーはイチャついてるし、レティシアは他の男性と話してるし。どうなっちゃったの、あなたたち」
アリスがどこからかやって来て、矢継ぎ早に話した。
「ええ、聞いてくれる、アリス? 実はね……」
「まあ……婚約者を交換? しかも次期当主まで? レティシア、そんな横暴許していいの?」
「もちろん腹立たしいわ。でもまだ成人前の私には何も出来ない。唯一の救いは、スコット家の方がいい人達みたいだってことくらいかしら」
「そうねえ。今の人……マシューっていうんだっけ? ジョナスみたいに目を引く美しさはないけれど、真面目そうよね」
「結婚相手にはその方がいいと思うわ」
長い間裏切られ、放置されていた母を思うと、父と同じように美しい顔を持ったジョナスよりもマシューの方が安心出来る気がする。もちろん、本当のところはわからないけれど。
昼休み、レティシアはマシューとカフェテリアで向かい合わせに座っていた。
「レティシア様、僕なんかと結婚して構わないんですか? 僕、変わり者だと噂されているらしいんだけれど気になりませんか」
「そうねえ、どんな変わり者なのかまず教えていただける?」
レティシアは笑いを堪えながら言った。
「自分では変わってるとは思ってないんですけどね。僕、虫が好きなんです。昨日も朝から昆虫採集に出掛けていて、それで留守にしていたんです」
「虫ですか? 私は蝶くらいしか知りませんわ」
「蝶の他にもたくさんの虫がいるんですよ。皆、虫には興味がないし、むしろ忌み嫌っていますが、あんなに可愛い奴らはいません。僕は虫の研究をライフワークにしようと思っているんです」
「素敵ですね。今度、私にも教えて下さる?」
するとスコットは顔を輝かせた。
「もちろんです。ぜひまた遊びに来て下さい。僕のコレクションをお見せします」
その時、レティシアの視界にヘザーとジョナスが映った。ヘザーもレティシアに気がつき、ジョナスの腕を引っ張ってこちらへやって来た。
「お姉様! この方が新しい婚約者?」
(余計なことを。新しい、なんて言わなくていいのに)
「マシュー、ご紹介しますわ。私の妹ヘザーと、婚約者のジョナスです」
「やあマシュー、驚いたよ。虫博士の君が義理の兄になるとはね」
レティシアはジョナスの言葉にからかいが含まれているのを感じ、嫌な気分になった。
「ジョナス様、僕も驚きました。今後は義理の兄弟としてよろしくお付き合いください」
「うふふ、なんだか二人、お似合いですわ。髪の色も似てるし。やっぱり私とじゃあ、釣り合わなかったですわね。私にはジョナス様じゃないと」
ジョナスの腕に絡みつくヘザーと、嬉しさを隠さないジョナス。まだレティシアが婚約者だった時はさすがにここまであからさまにはしていなかった。
「ではお姉様。私達はあちらで食事をしますわ。ご機嫌よう」
二人は腕を組んだまま向こうのテーブルに歩いて行った。
「……すみません、失礼な妹で」
「事情は伺ってます。本当は僕とヘザー様が婚約する予定だったんですよね」
「はい。マシュー様こそ、私なんかで構わないでしょうか?」
レティシアは申し訳なさそうに言ったが、マシューは愉快そうに目を躍らせていた。
「僕はレティシア様に代わってくれて本当に良かったと思っていますよ? ヘザー様は苦手なタイプです。レティシア様はとても美しいし、落ち着いた雰囲気がとても……好みです」
初めてこんな風に褒められ、レティシアは頬が熱くなった。
「そんな……十人中九人はヘザーの方が美しいと言うはずですわ」
「だったら僕は残りの一人なのかもしれません。でも僕には、あなたの方が数倍美しく思えます」
なんか気障なこと言ってしまった、と顔を真っ赤にしているマシュー。そんな所もレティシアの胸をキュンとさせた。
(この人とならいい夫婦になれるかもしれない……)
春の風のようにふわりと恋が訪れた気がして心が温かくなるレティシアだった。
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