背高のっぽの令嬢は恋に臆病です

月(ユエ)/久瀬まりか

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次の日、アビーはトリシャとカフェテリアに向かい、表のテラス席に座った。ここは生垣があって少し見えにくい場所になっている。

席に座るとすぐに、トリシャに耳打ちした。

「トリシャ、あのね、驚かないでね。私、好きな人が出来たの」

「えっ、アビー! 本当に? いつの間にそんな方を見つけたの?」

「昨日の朝、廊下でぶつかって転んじゃってね、その時に優しく助け起こしてくれて。お話したら気が合って、今日一緒にランチを食べる約束しているの」

昨日、ユージーンと打ち合わせした通りのストーリーを話した。

「まあ、素敵! 良かったわねえ。じゃあ私、お邪魔でしょう? 席を移るわ」

「大丈夫よ、トリシャ。二人じゃ恥ずかしいから彼のお友達も一緒なの。だから四人で食べましょう」

「でもアビー、私、殿下以外の方と食事を一緒にする訳にはいかないわ」

慌てて席を立とうとするトリシャをアビーが止めた。

「心配しないで。だって……」

その時、

「待たせてしまったかな、アビー」

ユージーンがいいタイミングで現れた。

「ジーン! 大丈夫、今来たところよ」

驚いて目をまん丸にしているトリシャを横目に見ながらアビーは自分の隣の席をジーンに勧めた。もちろん、これでトリシャの隣は殿下が座ることになる。

私の向かいにいるトリシャを見つけた殿下も、驚いた顔をしていた。

「驚いたな……ジーンの好きな人というのはパトリシアの友人だったのか」

「アビゲイル・ウエストと申します、殿下」

アビーは丁寧にお辞儀をした。

「私はローレンスだ、よろしく。ジーンは、ぶっきらぼうだが根はいい奴だ。これからも仲良く頼む」

「はい、殿下」

「そしてパトリシア……久しぶりだな。元気にしていたか」

ローレンスはほんのり顔を赤らめてトリシャに声を掛けた。

「はい、殿下。入学のご挨拶にこちらから伺うべきでしたのに、申し訳ございません」

トリシャは深々とお辞儀をしていてローレンスの頬が染まっていることに気がついていない。

(堅い、堅苦しいわトリシャ……。もっとリラックスさせなきゃダメね……)

「立ち話はそれぐらいにして、食事しながら話そう」

ジーンがナイスな助け舟を出してくれた。それからは四人で仲良くお喋りし、楽しい時間を過ごすことが出来た。トリシャもだいぶ緊張がほぐれてきたようで、いつもの可愛らしい笑顔を見せるようになってきた。

「せっかくだからお互い愛称で呼ぶようにしないか?」

昼休みも終わりに近くなった頃、ジーンが皆に提案した。

「そうだな、殿下と呼ばれると私も隔たりを感じてしまう。学園にいる間はラリーと呼んで欲しい」

殿下をラリーと呼ぶなんて! アビーにとってはかなり畏れ多いことだったが、ここで怖気付く訳にはいかない。

「そうね、トリシャ! そうしましょう。ジーンと、ラリーね。トリシャも呼んでみて」

「あ……ええ、そうね……」

トリシャは真っ赤になりながらも、

「ジーンと……ラリー」

か、可愛い! 照れて下を向いてしまっているトリシャに、殿下の顔を見せてあげたいとアビーは思った。ラリーと呼ばれた瞬間の嬉しそうな顔といったら!

また明日も四人でランチしましょう、と約束して昼休みを終えたアビーとトリシャは、幸せな気分で教室に戻ってきた。

すると、教室の雰囲気がなんとも冷たかった。いつもは八人からほぼ無視されている二人だったが、今日は完全に全員から睨みつけられていた。

トリシャの身体がこわばるのを感じたアビーは、

「気にしない、気にしない」

と口パクで伝え、席に座った。

するとレベッカが近付いてきてアビーの机をバンと叩いた。

「あなた、いったいどういうことなの」

「何ですか? レベッカ様」

「あなたとユージーン様が好き合っているって本当なの?」

アビーは身体をモジモジさせて照れている雰囲気を出そうとした。上手くいっているかはわからないけれど。

「はい、お恥ずかしいですわ」

すると『チッ』という令嬢にはあるまじき舌打ちが聞こえ、

「男爵家ごときが侯爵家のご長男に取り入ろうとはいい度胸ね。どんな手を使ったのかしら」

「そんな……。ひどいですわ、レベッカ様」

アビーはよよと泣き真似をしてみた。我ながら酷い演技だと思いながら。

「泣いてみたってちっともかわいくないわよ。あなた、自分の身体の大きさわかってるの? むしろ滑稽だわ」

それは確かに。さっきから自分でも笑いそうになっている。

「とにかく、目障りだからこれ以上殿下とユージーン様の周りをうろつかないでちょうだい。デカ女は邪魔なんだから隅っこで過ごしていればいいのよ」

そうよそうよ、と取り巻きから声が上がっていた。何か反論しようかと思ったが、ちょうど午後の授業が始まり教師が入ってきたので皆大人しく席に戻った。

「大丈夫? アビー」

トリシャが心配そうに小声で訊いてきた。

「平気よ、このくらい」

アビーは平気な顔でウインクして見せた。このくらいでへこたれていては、トリシャの恋を実らせることは出来ない。自分が矢面に立って、トリシャを守らないと。



翌朝、教室へ向かう廊下でまたジーンに呼び止められたアビーは、昨日レベッカと何か会話をしたか聞いてみた。

「いつものようにカフェテリアの入り口でラリーに声を掛けてきたな。だから、今日は私が好きな女性と一緒に座るから駄目だ、と答えたのだが」

「嫌味言われちゃいましたよ。デカ女は隅っこにいろって」

ジーンは思わず吹き出してしまい、アビーに軽く睨まれた。

「すまんすまん。逆に面白いな、オースティン嬢は。典型的な悪役じゃないか」

「笑い事じゃないですよー。トリシャのためじゃなかったら私もブチ切れてます」

「悪いな、もう少し我慢してくれ。ところであの後、ラリーの方は手応えがあったぞ。随分と機嫌が良かった。そちらは?」

「トリシャもすごく嬉しそうでした。二人とももうちょっと、気軽にお話し出来るようになるといいですよね」

「そうだな。では今日も昼休みにあの席で」

「はい。お待ちしております」
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