銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
13 / 53

13 拾い物の踊り手

しおりを挟む

「困ったわ。明日が本番だというのに、一人欠けてしまった」

 チンリンが頭を抱えている。舞台から落ちた女官は足首を骨折していた。この足では舞をすることなどとても無理だ。

「ただでさえうちの宮は踊れる人数が少なくて見栄えがしないのに……」

 他の宮は八人以上で踊る。二ノ宮などは十二人で踊るらしい。四ノ宮の踊り手は六人。左右対称の振り付けもあるので、五人ではバランスが悪くなる。

「だからといって四人に減らすともっと貧弱だし……。でも、しょうがないわね。他に踊れる子はいないんだから」
「あのう、チンリン様」

 一人の女官が進み出た。

「何? ビンスイ」

 ビンスイは女官の中では一番位が下だ。そのせいか下女たちと気が合い,普段から仲良くしているらしい。

「下女の新入り、リンファが踊れます」
「なんですって? 本当に?」
「はい。休憩中に舞って見せてくれました。昔、踊りを習っていたそうです。練習をチラッと見ただけなのに四ノ宮の舞をちゃんと再現していました」

 しかも女官たちより美しく、と思っていたがそれは言わなかった。

「そう。この際、下女でもかまわないわ。一番後列に配置すればいいでしょう。ビンスイ、リンファを呼んできて」




「これは……ずいぶんといい拾い物だわ。よく教えてくれたわね、ビンスイ」

 めったに褒められることのなかったビンスイはチンリンに微笑まれ、嬉しくなってほんの少し胸を張った。
 ついさっきビンスイに呼ばれたリンファが女官たちの前で舞を披露すると、その出来に皆が驚いたのだ。他の踊り手たちは内心悔しい思いをしていたかもしれない。だが明日の本番を成功させるためにはこの下女の力を借りるしかないこともわかっていた。

「素晴らしいわ、リンファ。これほど踊れるとは思わなかった。振り付けもしっかり頭に入っているようだし。リンファは厨のほうはもういいから、この後はみんなと合わせる練習に専念しなさい。衣装は今夜中に自分に合うように手直ししておくのよ」

 興奮したチンリンが早口でまくしたてる。リンファも思いがけず掴んだ好機に心を躍らせていた。

(フォンファに教わってはいたけれど、誰かに見てもらったことはなかった。こうして人前で踊りを披露して褒めてもらえるなんて、とってもやりがいがある。嬉しい)

 遠くのほうでメイユーとジンリーがピョンピョン飛びながら手を振っている。頑張れ、と言ってくれているようだ。
 その日は夕刻まで六人で踊りを合わせることに時間を費やした。リンファが足を引っ張るというより、むしろ一人だけ舞が美しいせいで変に目立ってしまっていた。

「うーん……これだと逆にバランスがおかしくなるわね。リンファ、あなた前列に来なさい」

 チンリンに呼ばれて前に出ることになったリンファ。さすがに女官たちの鋭い視線を感じてしまった。下女の後ろに回るなど、プライドが許さないはず。だがチンリンの言葉は絶対だった。

「うん、これで良くなったわ。リンファの舞に引っ張られてみんなもよく踊れてる。もしかしたら褒賞をいただけるかもよ。みんな、明日は頑張ってちょうだいね」

 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。 没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。 だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。 国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。

婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん
恋愛
 平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。  二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。 「キミは誰だ?」  目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。  それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった─── 注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~

梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは 「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」 そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。 雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。

処理中です...