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14 四ノ宮妃シャオリン
しおりを挟む観月祭の日、日が暮れる少し前にリンファは舞の衣装に着替えシャオリン妃の部屋に続く広間でひざまづいていた。これから、シャオリン妃からのお言葉を賜るのだ。
踊り手を務める女官たちの一番後ろで頭を垂れていると扉が開き、衣擦れの音がサラサラと聞こえた。
(なんだかいい香りもする)
フォンファが髪に付けていた香油よりももっと自然な、花の香りに近いような。
「面を上げよ」
可愛らしい声でシャオリン妃が促した。恐る恐る顔を上げると、美しい黒髪に黒い瞳、思ったよりも小さくいとけない様子の姫がそこにいた。
「今日はタイラン王をお迎えしての観月祭。我ら四ノ宮にとっては初めての行事です。もちろん王に褒賞をいただくことが目標ではありますが……まずは伸び伸びと、楽しみなさい」
ありがとうございます、と女官たちが頭を下げる。リンファも急いで同じようにした。
それからシャオリン妃は女官一人一人に声を掛けていった。日頃からシャオリン妃の側で世話をしている女官たちであるから名前をちゃんと覚えていて、それぞれに心のこもった言葉をかけているようだ。
ふと、リンファのところでシャオリン妃が黙った。
「足を痛めたヨウリンの代わりに入った下女というのはお前ですか」
「はい、シャオリン様」
リンファはさらに深く頭を下げる。
「名は」
「リンファと申します」
シャオリンは軽く頷く。
「リンファ、ヨウリンのためにも全力を尽くすのですよ。楽しみにしています」
「は、はいっ、シャオリン様」
下女の自分にまで分け隔てなく声を掛けてくださるなんて。リンファは感激していた。このお方のためにも頑張って踊らなくては。
「ではチンリン、わたくしは王をお迎えに参ります。ついておいで」
「はい、シャオリン様」
衣擦れの音と花の香りが遠ざかっていく。
初めて高貴な方と言葉を交わし、リンファの心は高揚していた。
(あの可愛らしい方が私のご主人様なのね。いつかシャオリン様が王様のお子を産んで正妃になられる日が待ち遠しい。私は四ノ宮の下女としてシャオリン様に精一杯お仕えしていこう……!)
夕刻、宮城には四つの宮の妃が一同に介していた。一ノ宮妃ホアシャ。二ノ宮妃チンディエ。三ノ宮妃シアユン。そして四ノ宮妃シャオリンだ。
「最近、王は体調が優れぬとか。新しい妃を相手にしなければならなかったのが原因ではありませんか」
最年長のホアシャはシャオリンのほうを見ずにチンディエに話しかける。
「子供のような妃のお相手は大変なのでしょうねえ。宰相殿の妹だからと、未熟な娘を無理にねじ込んでくるからですわ」
チンディエも意地悪な笑みを浮かべながら応じる。
「そのせいで私たちまで王の訪れがなくなってしまうとは、迷惑極まりないですわね」
この二人はタイランよりも年上であり、彼が玉座に就いた頃からの妃である。幼い彼に夜の手ほどきをしてきたという自負があった。だからこそ早く子供を身籠もりたい。誰よりも早く男児を産み正妃になること、それが彼女らの望みであり、突然成り上がってきた小娘にその座を奪われたくはなかった。
三ノ宮妃シアユンは我関せずだ。実家が裕福であり出世欲がないことと、元々淡白な性格なのだろう、こうした女の闘いには参加せずいつも涼しい顔をしている。
嫌味を言われたシャオリンが何も言い返さず泣きもせず、ただ前を向いて座っているのが面白くないのか、ホアシャたちは不機嫌な顔で黙り込んだ。
ふう、と内心でため息をつくシャオリン。週に一度、王がいらしていても床を共にしていなかったなどと口が裂けても言いたくなかった。
(私にも、幼いなりにプライドがあります)
兄ケイカがコウカクを処刑し宰相になってすぐに、シャオリンは後宮に入ることになった。他の妃に比べ劣る家格、十三歳という幼さ。抱いていただけないのはそのせいなのだろうか。兄は、王が自分を大切にしてくれている証拠だと言うけれど。
(兄のためにも早く王のお子を産まなければ……)
秘かに焦っていたシャオリンだった。
やがて鈴の音が鳴り大きな扉が開いた。若き王タイランが高貴な紫色の襦裙を纏い現れた。
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