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24 妃たちのお茶会
しおりを挟む「――ホアシャ様からお誘いが?」
「はい、リンファ様。今日の午後、妃同士のお茶会を開くのでぜひにとのことです」
突然の誘いにリンファは不安な顔を見せた。
この三カ月、他の妃と顔を合わせたことはなかった。時折、庭を散歩する時も妃同士がかち合わないように時間が決められているので、全員が揃うのは観月祭や新年の行事くらいだと聞いている。
「貴族の方々と同じ席につくことを考えるとちょっと怖気付いてしまうわね」
リンファが正直に打ち明けるとビンスイは任せてください、と言った。
「チンリン様にどうしたらいいか聞いてきます」
「そうね。お願いします」
ビンスイが部屋を出た後リンファは両の頬をパンパンと軽く叩いて気合いを入れた。
(怖いけど頑張らないと。今後もお付き合いしていく方々なのだから)
しばらくしてビンスイが戻ってきた。
「リンファ様、特に構えることなく参加すればよいのだそうです。お茶会という名の情報交換だからと」
「情報交換……」
「やはり王の正妃の座を争うお妃様たちですものね。相手の動向も気になるのでしょうか。チンリン様が仰るには、ホアシャ様とチンディエ様から嫌味がバンバン飛んでくるらしいです」
「そうなのね。覚悟しておかなきゃ……」
だがあの観月祭の時、ホアシャ様は騒ぐ女官たちを一言で黙らせてくれた。嫌な方ではないんじゃないかと思う。
「リンファ様、美しく装って行きましょうね。王の寵愛を受けて輝いている姿を見せつけてやりましょう」
「……あまり派手にはしないでくださいね、ビンスイさん」
「もちろんです。王はあまり派手な服を好まれませんものね」
その後、王から贈られた翡翠色の襦裙を纏ったリンファはビンスイを伴って回廊に出た。回廊には各宮の妃が既に出てきており、第二妃からしずしずと一ノ宮に向かって歩を進めていった。
リンファもシャオリンのあとをついてゆっくりと進んでいく。その時、シャオリンからは一瞥すら与えられなかった。
一ノ宮に着くとビンスイたち女官は別の部屋で待機し、妃だけが客間に通された。
ーーなんと広く、豪華絢爛な部屋だろう! 宝石で彩られた花瓶、大きな紙に書かれた書、動物の剥製なども飾られている。ホアシャの実家の裕福さが感じられる部屋だった。
「ようこそおいでいただきました、皆さま。ご機嫌はいかがかしら」
「お招きありがとうございます、ホアシャ様。ホアシャ様もお元気そうでなによりですわ」
チンディエが口火を切り、次々と挨拶を述べていく。リンファもシャオリンのあとに続いた。
「今日は東方の国から届いた珍しいお茶を用意しておりますからね。どうぞ召し上がれ」
ホアシャの女官が入って来てお茶を淹れている。
(素晴らしい香りだわ。ガクの店ではこんなお茶、扱ったことはないわねえ)
リンファは茶杯を手に取り、香りを楽しんだ。
「あら、第二妃様が一番に飲むおつもりかしら」
チンディエが冷たい声で言った。ハッとして周りを見回したリンファは、まだ誰も茶杯を手にしていないことに気がついた。
「申し訳ありません。あまりに良い香りだったのでつい」
「これだから低い身分の者はねえ。卑しいったらないわ。ホアシャ様のご招待でなければ、同じ部屋の空気も吸いたくないというのに」
チンディエは扇をリンファに向けてはためかせた。シアユンとシャオリンは無言で目も合わせない。
リンファは、ああ、やっちゃった、と内心思ったが、元々作法もよく知らないのだし、しょうがないと開き直って笑顔を作った。
「平民上がりなので何かとご迷惑をお掛けすると思いますが、ご指導いただけると嬉しいですわ、チンディエ様」
「はあ? なんで私があなたを指導しなければならないの」
俯いて黙り込むと思ったのに笑うなんて、嫌味もわからないのかしら、とチンディエがもうひとこと言ってやろうとした時、ホアシャが口を開いた。
「今日集まっていただいたのは、新しい妃に言っておきたいことがあったからです」
ホアシャはリンファに顔を向けた。厳しい顔つきではあったが、無視されて顔も見られないよりはましだ、とリンファは感じた。
「リンファ妃」
「はい、ホアシャ様」
「王は今、あなたに夢中になっています。新しい妃がもの珍しく、通い続けるというのはままあること。ですが、すでに三カ月を過ぎ、そろそろ私たちの実家からも不満が出てきている。これがどういうことかわかりますか」
実家からの不満が出るとどうなるのだろうか。リンファにはよくわからなかった。
「私たちはそれぞれ大貴族出身です。王をお支えする力のある臣下たち。それらが王に不満を持ち始めたらどうなるか」
「あ……」
平民のリンファでもそれは理解できた。大貴族たちにそっぽを向かれたら、タイランの政に影響が出てしまう。
「あなたは今、王に愛されて満足でしょうが、このままではあなたはこの国を揺るがす悪女となりますよ。あなたから王に進言なさい。それが、妃のあるべき姿です」
自分の存在がタイランの足を引っ張ることになる。そのことに今まで気がついていなかった。
「はい、ホアシャ様。……ありがとうございます。これからもご指導お願いいたします」
「では、今日はお開きにいたしましょう。皆さま、ご足労でした」
ホアシャがサッと立ち上がり退室して行く。チンディエはフンと鼻を鳴らしながら出て行った。シアユンとシャオリンはまた黙って、こちらを見ることもなく退室して行った。
(ホアシャ様の仰る通りだわ。私は自分のことだけ考えていてはいけなかったのね)
タイランに何と言えばいいだろう。あれほどまでに自分を求めているタイランを突き放すようなことを言うのが……そして何より、愛するタイランを他の妃たちと分け合わねばならないことが辛かった。
(だけど我慢しなくては。タイランが良き王となるためにも)
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