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41 妃たちの懐妊
しおりを挟むリンファが修道院に行ってから四ケ月が過ぎた。タイランは日々の政務をきちんとこなしながら、後宮の妃たちを順番に、週に一度訪れている。そこにあるのは愛ではなく義務。子供を作るという義務を淡々と果たしているのだ。
そして妃の中で一番に懐妊したのはなんとシャオリンだった。彼女の願い通り『あの一回』で。
ケイカの喜びたるや相当なもので、四ノ宮は祝いの品で溢れかえった。
次に懐妊したのがホアシャ。彼女の実家もまた喜び、競うように贈り物の山を築いた。
どちらが男子を産むか。もしくは二人とも男子ならどちらがより早く産めるか。貴族たちはどちらにつくのがいいか見定めようと必死だった。
タイランは妃たちを最初に訪れる時、全員に尋ねていた。
「もし私のことを愛さないとしても、生まれた子のことは愛すると誓うか」
もちろん全員の答えは決まっていた。必ず愛するとみな口を揃えた。
――あの日、リンファに拒否されてシャオリンの部屋に入った日。シャオリンはタイランにこう告げていた。
「リンファが王を受け入れるには時間がかかりましょう。それまで私たちを宙ぶらりんにしておくことは政を安定させるためにもよくないことと存じます。子供を作りましょう。男子を作り、正妃を立てるのです。まずは妃の順位を確定し安定させること。リンファはこのまま後宮で不自由なく生活させてやれば、いつか王を許し感謝する日がくるでしょう」
タイランは目をつむり長い時間考えていた――リンファが自分を許す日など来ないだろうと。だがそれでも彼女を手放したくはない。たとえ憎まれていようと側に置いておきたい、遠くからでも姿を見たいと思っていた。
そこまで考えるとふと自嘲するような笑みが顔に浮かんだ。父ウンランも、母に対してこういう気持ちだったのだろうか。正妃に据えて籠の鳥とし、憎まれ続けながら側に置いていた父。そのことにますます怒りを募らせ、腹を痛めて産んだ子供にも憎しみしか抱かなかった母……。
「私はお前を愛さないかもしれないのだ。それでも子供を望むのか?」
「はい。それが私の務めでございます」
「そんなふうにして生まれた子供を、お前は愛することができるのか」
シャオリンは驚いたような顔をした。
「自分の子供を愛さない母がいるでしょうか。私は命かけて御子を愛すると誓います」
タイランはまた目を閉じた。自分の子を愛せない母はいるのだ。そしてそこにはいろいろな原因が絡み合っていて、誰がそうなるのかわからない。未来を見通せないのと同じように。
リンファとの間に子供をもうけたかった。二人で溢れるほどの愛情を注ぎ、自分の子供時代とは違う、この世で一番幸せな子供にしてやりたかった。だがそれはもう、叶わぬ夢だろう。タイランはもう、リンファに愛されることはないと思いつめていた。
(ならば、私は王として務めを果たそう。国を安定させ民を幸せにするというリンファとの約束を果たす。そしてリンファを……解放する)
その夜、意を決してシャオリンを抱いた。
翌朝早くシャオリンの部屋を出た時、リンファの部屋に明かりがついているのが見えた。
(起きていたのか……)
リンファはなんと思っただろうか。すぐに他の女のもとへ通う不実な男と思っただろう。
翌週、ケイカからリンファが修道院行きを望んでいると聞かされた。側に置くことすら許してもらえないのかと絶望したタイラン。しばらく考え、許可を与えた。それからそっと一通の手紙をしたため、ケイカに知られないように信頼できる部下に託した。
それからのタイランは仕事に没頭している。父の時代に領土を広げようと躍起になっていたせいで、征服した周辺地域では小さな反乱が頻繁に起こっていた。国内の不満をそらすために侵略を続けた結果、統治が行き届かなくなっているのだ。
(ケイカはさらに侵略をしようと考えている。ケイカは武器を作る職人集団を多く抱えているからだ。だがそんなことは長く続かない)
西側の地方が特に反発が激しい。髪や目の色が違っていて、馴染みにくいのもあるだろう。都の人間と一体感を持つのは難しい。
ふうとため息をついて首を回した。最近はよく眠れていない。リンファの隣でぐっすりと眠っていた頃が遠い昔のように感じる。
その時、兵士が一人、部屋に入ってきた。
「失礼いたします。王、以前訪れた商人のガクという者が至急王にお伝えしたいことがあると申しております」
「なに? ガクが? すぐに通せ」
兵士が走って行く。ケイカが宮城内にいない時で良かった、とタイランは思った。ケイカが先に知れば、王に伝わる前に情報を握り潰す可能性がある。
(ガクは何か思い出したのだろうか)
だとしても良い知らせではないだろう、とタイランはまたため息をついた。
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