銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

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「この塀はかなり高いな……」

 ガクの店を出てすぐに、チュンレイとジーマは北へ向かい修道院を偵察していた。
 修道院の四方はチュンレイの身長の倍はあろうかという高い塀に囲まれている。南側にある門には身体の大きな門番兵士が二人立っており、その他に見張りの兵士が二人、塀の周りを巡回していた。
 だがほとんど人通りもない場所で、危険なことなど何もなく退屈なのだろう。兵士たちの顔は緩んでいる。現に、こうして木の影から偵察していてもまったく気づかれないのだ。

「巡回している二人が交差して東西に回った時、北面に誰もいなくなる。その時に侵入しよう」
「わかった。これの出番ね」

 ジーマは鉤のついた縄を取り出した。これを塀に引っ掛けて登っていくつもりだ。チュンレイとしては危険だし一人で行きたいのだが、この左手では上手く縄を登れない。ジーマに手伝ってもらうしかないのだ。

「よし、見えなくなった。行こう」

 二人はサッと塀に近寄ると、ジーマが縄を投げ鉤を上手く塀の上部に引っ掛けた。引っ張って手応えを確かめるとあっという間に登って行く。中を覗き込み辺りに人がいないのを確かめると、内側に飛び降りて縄を木にくくりつけた。
 チュンレイは縄の反対側を体に巻きつけてしっかりと結んだ。ジーマの合図で壁を登る。右腕と足、左手も添えながらなんとか登って行く。上から見張っていたジーマが小声で叫ぶ。

「見張りがもうすぐ曲がるよ! 急いで!」

 そう言ってチュンレイの身体を持ち、引っ張り上げた。チュンレイが塀の内側に入るのと、兵士が角を曲がってくるのはほとんど同時だったが、上手く見つからずに侵入できたようだ。

「ああ、良かったあ……」
「ごめんな、ジーマ。本当は俺がお前を守ってやらなきゃいけないのに」
「何言ってるの。女は守られてろなんて、昔の男の言い草だよ。こう見えて私たちは強いんだから」
「違いねぇ」

 チュンレイはニッと笑った。実際、ジーマはなんでも出来る。素早くて身軽で、武芸もお手のものだ。医学の知識もライードに教えられて身についている。チュンレイはまだまだ叶わない。

「じゃあ頼んだ、ジーマ。俺を守ってくれ」
「それも違うでしょ」

 ジーマが笑う。つられてチュンレイも。

「あっ、シッ!」

 急にジーマが黙る。人の声がするらしい。チュンレイも耳をすました。

「……ねえちょっと待ってよ。もう腰が痛くってさ」
「やっぱり歳よねえ。私も肩が痛いわ。ゆっくり来なよ」
「そうする。ああもう、大根持つくらいで腰が痛いなんてさ」

 二人の女が喋りながら向こうへ歩いて行く。どうやら、食材を取りに来てこれから厨へ向かうのだろう。一人がサッサと歩いて行き、もう一人が大根を入れたカゴを地面に置いて腰を叩いている。
 ジーマが後ろからサッと近寄り、左手で身体を抱え込み右手で口を押さえ声が出せないようにした。

「……!」

 怯えた目で女がジタバタする。チュンレイは小さく低い声で女に話しかけた。

「危害を加えるつもりはない。落ち着いて、俺の言うことを聞いてくれ」

 女は怯えた顔でウンウンと頷いた。

「ここに、リンファもしくはスイランという女性はいるか?」

 女は頷く。

「その女性はどこにいる?」

 目でその場所を示す女。修道院の主屋とは別に小さな庵が建っていた。

「あの庵か?」

 また頷く女。

「頼みがある。俺はその女性の生き別れの兄だ。ずっと探していて、ようやくここにいるという情報を掴んで忍び込んできた。他の誰にも危害を加える気はない。騒がずに見逃してくれないか」

 だが女は困惑の表情を浮かべるばかりだ。

「仕方ない。庵まで一緒に来てもらおう」

 さっきの仲間が探しに来る前に行かなければ。チュンレイとジーマは口を押さえたまま女を連れて庵へ向かった。
 その庵は生垣に囲まれた趣のある建物だった。飛び石の置かれた小径を進んでいくと、引き戸のついた入り口があった。
 チュンレイはジーマと目を合わせて頷くと、引き戸を引いて中に入った。

「誰じゃ」

 スイランの声ではない、老婦人の声がした。

「まだ夕餉の時間ではないと思うがの」

 足音がして誰かが廊下をこちらへ向かっている。

(しまった、大声を出されたらまずい)

 チュンレイは素早く口を塞がなければと身構えた。そしてひょいと顔を出したのは――

「スイラン!!」

 間違いない。随分と大人になり美しくなっているが、スイランだとチュンレイは確信した。
 一方のリンファは驚きすぎて目も口も大きく開けたまま固まっている。そして、ヘタヘタと座り込んだ。

「チュンレイ……ほんとに、チュンレイなの?」
「そうだよ、スイラン! ああ、会いたかった!」

 チュンレイに抱きしめられたリンファは信じられないというふうにパタパタとチュンレイの身体のあちこちに触れる。そしてようやく生きているとわかった途端、涙が溢れ出した。

「チュンレイ、生きていたのね……! ああ、チュンレイ! 良かった! 生きていてくれて……!」

 その騒ぎに、先程の声の主らしき老婦人が出てきた。

「これはまた、いったい……。スイラン、泣いてないで説明おし」

「はい、ジンファン様。この人は私の兄、チュンレイです。怪しい者ではありません」
「怪しい者でなくとも修道院に男性が入ったと知れたら大変なことになる。早く中に入りなさい。それからそなた、リンリンを離してやってくれぬか」

 ジーマはそう言われてパッと女の口から手を離した。

「リンリン。この件はとにかく私が預かるゆえ、誰にも言わぬように。わかりましたね」
「は、はい、ジンファン様」

 リンリンと呼ばれた女は腰の痛みも忘れて走り出て行った。

「さて、それでは何がどういうことか、じっくり聞かせてもらおうかの」

 しゃくりあげているリンファ、抱きしめるチュンレイ、戸惑うジーマ。とにかく、話をしようと部屋に上がることになった。
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