銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

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「じゃあスイラン。俺が生きていたのだからお前が王を憎む必要はもうないな」

 チュンレイが静かに言う。チュンレイにとっては理不尽に斬りつけられ死にかけた、またそれによって妹が記憶喪失になる原因を作った相手だが、彼もそのことを悩み苦しんでいたことを知った。そして妹がその男を愛し、それゆえに苦しんでいたことも。

「でもまだ、心の整理がつかないわ。タイランがチュンレイを斬りつけたことは間違いないのだし……」

 スイランはためらっている。王を許したいと思うことを。

「スイラン。俺に遠慮するな。お前の正直な気持ちを見つめればいい」

 正直な? 私の正直な気持ち……それは……。

「チュンレイが生きていてくれて嬉しかった」
「うん。それから?」
「修道院行きを命じたのがタイランではなくて、嬉しかった」
「うん」
「あの時、タイランを拒んで……辛かった」
「もう一度だけ……会いたかった……」

 そこまで言うとスイランはボロボロと泣き始めた。チュンレイがそっと抱きしめる。

「ジンファン様。スイランがもう一度後宮に戻ることはできないのですか?」
「今は無理じゃのう。そんな前例はないし慣例を覆すほどの力はタイランにはまだない。それにの、チュンレイ。今、後宮の妃が二人懐妊中なのじゃ」
「懐妊? なぜ? スイランを愛しているならなぜ他の女性を?」
「王には王の苦労がある。後宮とは世継ぎを確保するための場所じゃ。これは王の義務であり、一人の妃に操を立てるなどということはできんのだ。正妃が何人も男子を産めば別だがの」

 ジンファンはチラリとリーシャを見る。

「ウンランも後宮に妃を抱えておった。だが生まれたのは女子ばかりで、唯一男子を産んだのがこのリーシャ。それで愛する女性を正妃にすることができたのだ」
「ではスイランはこのままここで一生を過ごさなければならないのですか」
「うーむ、まあこのままでいけばそうじゃのう」

 なんだか歯切れが悪い。先程まではビシビシと切れ味鋭い話し方をしていたジンファンだったのに。

「ならば俺はスイランを連れて行きます。そして都を出てもう二度と戻らない。それならいいでしょう」
「それが無理なのだよ、チュンレイ。スイランの身体では旅はできん」

 チュンレイは怪訝な顔をした。こうして見る限りスイランは肉付きも血色も良く、体調が悪いように見えない。

「どこか悪いのか、スイラン。悪い病気にかかっているのか」

 焦ってスイランを問い詰めるチュンレイの袖をジーマが引っ張る。

「ねえチュンレイ」

 チュンレイはジーマのほうに振り返る。

「どうした? ジーマ」
「もしかしてだけどさ、スイラン、身籠ってるんじゃないの」

 パッと再びスイランに顔を向けるチュンレイ。スイランは顔を赤くしている。

「は、はい……」

 今度はジンファンの顔を見る。こちらは苦笑いをしていた。

「まあそういうわけでな。背が高いから目立たぬが、懐妊中じゃ。産み月は九月の末じゃろう」

 チュンレイは口をあんぐりと開けて呆けた表情をしていた。あの幼かったスイランが子供を身籠っているとは!

「つわりもまったくなく元気だったので、本人も長いこと気がつかなかったのじゃ。修道院へ来てから月の障りが一度もないことにようやく先日気づいてのう。ほれ、少しだけお腹も出てきている」

 ゆったりとした襦裙だから目立たないが、スイランは愛おしそうにお腹を撫でた。

「このことは王には……?」

 かぶりを振るスイラン。

「知らせていないの。私から手紙を出すことはできない。ここは俗世と切り離された場所だし」
「まあ、そうは言っても私ならば手紙を出すことはできるがの。しかしスイランから知らせてくれるなと言われている。ここでひっそり産んで育てるつもりなのじゃ」
「それで、いいのか? スイラン」
「ええ。後ろ盾のない私ではタイランの支えにはなれない。ホアシャ様やシャオリン様のほうが貴族を味方につけられるわ。タイランには強い王になり民を幸せにするという目標を達成してもらいたいの。だから私はここで子供を産んで育てていこうと思う」

 スイランは穏やかな顔をしていた。子供がお腹にいること、そのことがスイランを強くしている。そう思えた。

「ならば、生まれた頃に俺はまた来る。そして子供と一緒にスイランを連れて行く。それならいいですよね、ジンファン様」
「そなたはどうなのじゃ? スイラン」
「私は……」

 スイランはチュンレイの顔を真っ直ぐに見つめた。

「チュンレイ、ありがとう。生きていてくれて、そして私を探してくれて。本当に嬉しかった。でも私はここで子供を育てるわ。リーシャ様の腕に、生まれた子を抱かせてあげたいの」
「スイラン……」

 リーシャは涙ぐんでいる。きっと、誰よりも子供の誕生を待ち望んでいるのだろう。チュンレイの気持ちも揺れ動いた。
 その時だ。急に庵の外が騒がしくなった。さっきジーマが解放したリンリンが腰を押さえながら走ってきた。

「ジンファン様! ジンファン様!」
「なんじゃ。リンリン」
「王が、ジンファン様に面会をと。もう門の外にいらっしゃいます……!」




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