銀色の恋は幻 〜あなたは愛してはいけない人〜

月(ユエ)/久瀬まりか

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48 母と子

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「ところで王よ。あなたは誤解しておりますよ」
「何を、でしょうか。大伯母上」
「スイランが王の元を離れたいと言ったのではないのです」
「えっ……本当なのか、スイラン」
「ええ。私は、あなたが私を修道院に行かせる決定を下したものだと思ってこちらへ来ました」

 それを聞いてタイランは唇を噛む。

「ケイカ……!」
「あの男は完全にコウカクになろうとしているようですね。初めは理想に燃えていたであろうに、地位と金というものはそのように人を変えてしまう」

 ジンファンがため息をついた。

「私も政務に関するケイカの動向には注視していたのだが……スイランのことは突然に言われ、動揺して受け入れてしまった」

 悔しそうに拳で太腿を叩くタイラン。

「リーシャのことといい、ケイカは王をたばかることをなんとも思わない男です。のう、リーシャ。こちらへおいで」

 開いた扉からリーシャがそっと現れた。

「母上……!」

 思わずタイランは立ち上がり、ほんの少しだが怯えた目をした。

「タイラン。許しておくれ。母がそなたの煩悶はんもんの全ての原因です。今さらながら私はそなたに謝りたい」
「母上……」

 タイランの怯えの色が消えた。リーシャはタイランに近づき、自分よりも大きくなった息子を抱きしめた。

「……!」

 タイランは母に抱かれたまま目を閉じた。幼かったあの日、抱きしめてもらいたかったあの頃。その思い出が今、新しく書き換えられていくのを感じた。

「私を、愛してくださいますか、母上」
「もちろんですタイラン。今までの分とこれからの分、より深くあなたを愛するでしょう」

 今まで、自分は闇の中にいた。誰も自分を愛してくれる人はいないと、そして自分を愛してくれた人は自分の行いのせいで去って行ったとそう思っていた。しかしタイランはようやく、愛に包まれた自分を感じた。

「王よ。この大伯母も、あなたが幸せに生きるよう願っておりますよ。あなたは孤独ではない。だから強くあれ。王として、自分の信じる道を進みなさい」
「ありがとうございます、大伯母上。本当に……」

 そしてタイランは顔を上げるとスイランに向き直った。

「スイラン。慣例を破り修道院からそなたを後宮に戻そう。私の側にいて欲しい」
「そのことなのですが、王よ。実はスイランのお腹には御子がおりまする」

 ジンファンの言葉にタイランの目はこれ以上ないというくらい見開かれた。

「え……?」

 タイランはスイランのお腹にそっと手を当て、顔を見上げた。

「本当に、スイラン?」

 頬を染めて頷くスイラン。

「ここへ来てから気がつきました。産み月は九月末です」
「ということは、シャオリンよりもホアシャよりも早いのだな……! ああ、スイラン! 私の子がそなたに!」

 今度は気をつけて優しく抱きしめる。

「ですから王よ、今、後宮に戻すことは危険でしょう。先に男子を生まれたら困るとケイカが考えるに違いありません。なんとしても阻止しようとする」

 スイランを殺すか、子供を殺すか。ケイカならやりかねない。

「では無事に生まれるまでここで預かっていただけますか、大伯母上」
「もちろんです。もとよりそのつもりでしたから。リーシャもたいそう楽しみにしておりますしのう」
「タイランを抱いてやれなかった分、たくさん抱いてやるつもりです」

 リーシャは柔らかく微笑みながら言った。それはタイランがずっと見たかった微笑みだった。




 

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