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49 陰謀
しおりを挟む「一ノ宮妃は腹が前に出てきているか……」
ケイカはチンリンからの情報を聞き、渋面を作った。シャオリンの腹は横に広がっているという。妊婦の腹が前に張り出したら男児、横に広がったら女児だという言い伝えがあり、これが結構当たるのだ。
(懐妊した時期はほぼ同じ。どちらが先に産んでもおかしくはない。もしホアシャが先に男子を生んでしまったらまずい)
二人とも産み月は十月だからあと二ケ月。それまでにかたをつけておくべきだな、とケイカは引き出しにしまっておいた包みを取り出した。
☆☆☆☆☆
「ミオン。ちょっとこちらへ」
「はい? 四ノ宮のチンリン様。なんでしょうかぁ」
「実はね、これなんだけど。疲れが取れてお肌も綺麗になる薬なんですって」
「ええ~、すごい薬ですねぇ」
「これ、分けてあげるわ。水に溶けるから、厨の水瓶に入れるといいわよ。そしたらお茶を飲む時も食事を作る時も使うでしょ? 毎日、少しずつ飲むと効果が出るから」
「わかりましたぁ、チンリン様。ありがとうございます。でもなぜ、一ノ宮の下女である私にくださるんですかぁ?」
「それはね、あなたが後宮に来たのはごく最近でしょう? あなたって見た目はまあまあいいと思うんだけど、ちょっと日焼けし過ぎているからね。後宮で働く私たちは王のお手付きがあるかもしれないんだから、綺麗にしておくほうがいいと思って。私たち四ノ宮でもこれを使ってるの。……あ、でもいらぬお節介だったかしら?」
「いえ、とても嬉しいですぅ! ホアシャ様にもお伝えしておきますねぇ」
「あらだめよ、黙っていてちょうだい。出産前に余計な気遣いさせては申し訳ないもの。この薬はホアシャ様のお体にも良いものだからね、安心してお使いなさい」
「はい、わかりましたぁ。日焼けが取れるのが楽しみですぅ」
チンリンは包みを渡し終えるとホッとした顔をして四ノ宮に戻って行った。
☆☆☆☆☆
それから三日後。にわかに一ノ宮が騒がしくなった。
「大変です! ホアシャ様が!」
女官や下女が走り回り、宮城から医師が派遣されてきた。
効き目が現れたのかもしれない。チンリンはゾッとした。他の宮の女官たちは心配そうに回廊から様子を伺っているが、チンリンはとてもそんな気になれなかった。
(私が渡したあの包みは、妊婦が飲んではいけないものだと聞いた。産み月前に子供が出てしまうとか。おそらく死産になるけれど、もし子供が生き残っていてさらに男児なら……宮城から派遣された医師が殺す手筈になっている)
ケイカからあの包みが入った手紙をもらった時、チンリンは恐怖に震えた。子供だけでなく下手すればホアシャの命も奪うかもしれないのだ。
だがケイカは本気だ。新たに下女を雇い、すでに一ノ宮に送り込んであった。
『このミオンという下女は身寄りもなく、頭も悪い。女官長のお前に言われたらすぐに信じて実行するだろう。
事が起これば毒の存在はすぐに発覚し、ミオンはお前から毒を貰ったというだろうが、毒を渡す場面を第三者に見られないように気をつければ、ミオンが嘘をついていると主張すれば良い。こちらでミオンの素性は他国から来た間諜だとでっち上げておくから、即日処刑だ。お前にはお咎めはない。
すべて終わればお前の実家の借金はなくなるし、お前を後宮から出してやろう。上級官吏と結婚させてやる。わかったな』
この手紙を受け取った以上、やらなければ私が消される。やるしかない。
そして――実行したのだ。
(ミオンと子供、二つの命が奪われる……でも私のせいじゃない。私は包みを渡すだけなのだから)
知らず知らずのうちに手を組み、祈りを捧げていた。せめてもの償いだった。
キャア、と近くで悲鳴が上がった。何事かと思った次の瞬間、チンリンの部屋に兵士が入って来た。
「な、何……」
そんな手筈ではない。まずは毒の存在を医師が暴き、次にミオンに繋がるのだから私のところに兵士が来るのはもっと後のはず。これでは早すぎる。
「チンリン。一ノ宮妃暗殺未遂の容疑でお前を捕らえる」
「ど、どういうことですか? なぜ私が」
「詳しいことは医師と共に宮城で答えてもらおう」
医師? あの医師が失敗したの?
「待ってください、私は……私は、違うんです!」
だが兵士はチンリンを後ろ手に縛るとそのまま連行していった。部屋には、チンリンが祈りを捧げていた神像だけが穏やかな顔で立ち尽くしていた。
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