異能専科の猫妖精

風見真中

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編入編

報復

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 放課後、俺は部活が休みで暇になったという里立に異能専科の部活の話を教わっていた。
「異能専科は生徒数の割に部活の数が多いんだけど、それは一人三つまで兼部ができるからなの」
 場所は寮の男女共通施設の一つ、食堂の前に設けられた広い談話室だ。
 俺と里立は四人掛けのテーブルの一つを陣取り(当たり前のようにリルは里立の膝の上に拘束されている)、四月の新入生歓迎会の際に配られたらしい部活紹介パンフレットとにらめっこしている。こういう配布物をしっかり取っておいている辺り、里立のクラス委員長としての生真面目さが垣間見える。
「スポーツだと定番の野球にバスケ。サッカーはフットサルと共通なんだな?」
「うん。他にもテニスとソフトテニスが共通だし、卓球部と温泉卓球部が共通だね」
「温泉卓球って何だよ⁉」
「浴衣を着て卓球するの。スポーツドリンク禁止で、コーヒー牛乳かフルーツ牛乳しか飲んじゃいけない」
 悪ふざけみたいな部だな。
 しかし、確かにこの学校の部活の種類は豊富だ。
 運動部には陸上、水泳、バイアスロンにトライアスロンなんてのもあるし、文化系には科学部、文学部、天文部、テーブルゲーム部なんてのもある。
「……この、『空を飛部』ってのは?」
「異能での飛行を目指す部活。かなり歴史のある部らしいけど、成功したって話は聞いたことないよ」
「空飛べる異能者なんていくらでも居るんじゃないのか?」
 魔女みたいな異能使いなら、箒に跨って空を飛んだり、鳥の異能生物と混ざった異能混じりなら、羽根のある奴だって居るだろう。
「世界に何人かはそういう異能者も居るって聞いたことあるけど、少なくとも私は会ったことないよ」
「そ、そうなのか?」
 意外なことだが、空を飛べる異能者というのは希少らしい。
 まあだからといって『空を飛部』なんて怪しい部に入ってまで飛びたいとは思わないが。
「なかなかピンとくる部がないな……。これって期限とかあるのか?」
「新入生は新歓の部活紹介から二週間なんだけど、大神君みたいな編入生は仮入部期間がないから、部活でチーム分けされる体育祭までには決めないとかな」
「体育祭?」
「うん。異能専科では年に二回体育祭があるの。六月末と十一月」
 二回も体育祭があるのか?
 普通はどんな学校でも年に一回の行事だと思うのだが。
「六月末の体育祭は部活ごとに分かれて上位チームを決める、いわば予選。十一月の体育祭は、その予選で勝ち抜いたチームで学校ごとに分かれて戦うの」
「学校ごと?」
「全国に点在する異能の専門学校全部で行う、合同体育祭。異能有りの一大イベントだよ」
 つまり、日本中にいくつもある異能専科みたいな学校の代表が、異能有りで体育祭をやるってことか?
「……妖怪大戦争じゃん」
 徒競走程度ならともかく、騎馬戦や棒倒しなんかを異能有りで行うなど、正気の沙汰とは思えない。考えただけで寒気のする光景だ。
「やっぱりそれって運動部が代表になることが多いのか?」
「まあそうだね。陸上部やバスケ部、サッカー部みたいな走り込みの多い部や、格闘技系のボクシング部や柔道部なんかも代表になり易いかな」
 よし、その辺に入部するのは止めておこう。

 ・・・

 里立のアレルギーが発症したこともあり、結局どんな部に入るのか決められないまま談話室を後にし、俺は寮の部屋に戻った。
 撫でられまくったせいでぐったりしているリルを労ってやり、ベッドに寝転んでケータイをいじりだす。
 部活の事も早いうちに決めないといけないが、目下の問題は扱いきれるかわからない異能と、完治していない左腕。そして何か企んでいそうな鎌倉達の事だ。
 異能や体のことは時間を置いてゆっくり解決するしかないのかもしれないが、鎌倉達がちょっかいを出してくれば先日のようなケンカになりかねない。
 そうなれば腕の怪我は元より、加減の効かない異能が暴発すれば、取り返しのつかない事態になってしまう。
(どうしたもんかな……)
 ぼんやりとそんなことを考えながら、ケータイであることを調べ始める。
 検索キーワードは、『ケット・シー』。
 画面には多くの猫に囲まれる、一回り大きな猫の画像が表示された。
 ケット・シー、アイルランドの民話に登場する妖精で、猫の王様。色は黒とされていたり、白とされていたり。
 共通するのは、二足歩行をする事と、人の言葉を喋ること。
 あまり多く記述されてはいなかったが、ゲーム内のキャラクターとして描かれる際にも『二足歩行の猫』として登場することが多いらしい。
 続いて『ジョロウグモ』と検索するが、黄色と黒の節足動物の蜘蛛が表示されてしまう。
 改めて妖怪の方を調べ直そうとするが、なかなか蜘蛛のページを読むのは面白い。
(へぇ、蜘蛛の糸ってタンパク質と脂質で出来てるのか)
 どんな生き物の体内にもある物質なのに、あんな強度と弾性を持つとは、驚きだ。
 そんな感じでしばらくネットサーフィンをしていると、昨日の疲れが出たのか瞼が重くなってきた。
 襲って来る眠気に抗う気力も起きず、俺はまどろみの中に落ちていった。

 ・・・

 コンコン。
(……?)
 コンコンコン。
(……なんの音だ?)
 まどろんでいた意識が、徐々に覚醒していく。
 乾いた音が耳朶を打つたび、眠りの底から引っ張り上げられるような感覚。
 ドンドンドン!
「ッ⁉」
 突如乱暴になった音に、一気に目を覚ます。
 靄がかかった思考に喝を入れ、音の出所を探す。
(……ドア?)
 苛立つように叩かれる音は、どうやら俺の部屋のドアをノックする音らしい。
 ネコメが夕飯に誘いにきたのか、と一瞬思ったが、ネコメはあんな乱暴にドアを叩いたりしない。
 俺はなるべく音を立てずにベッドから降り、ドアに付けられた魚眼レンズの覗き穴で外の様子を伺う。
(目黒⁉)
 ドアの外には鎌倉の取り巻きの一人、ロン毛で小柄な目黒百男がいた。
 目黒は苛立った様子で顔をしかめているが、騒ぎになるのを避けたいのか、先程のように乱暴にドアを叩いたりはしない。
 何の用かは知らないが、このまま居留守を使わせてもらおう。そう思った矢先、ドアの向こうの目黒がポケットからケータイを取り出し、それを耳に当てて誰かに電話を掛けた。
 すると、ベッドの上で俺のケータイが着信音を鳴らし始める。
(何で、俺の番号を……⁉)
 タイミングから見て、目黒が電話をかけた相手は俺のケータイに間違いない。
 しかし、俺の番号を知っているのはこの学校ではまだネコメと東雲くらいのはずだ。
 混乱する俺をよそに、ケータイはけたたましい着信音を鳴らし続ける。
(しまった⁉)
 マズい、と思い慌てて外の様子を伺うが、遅かった。
 目黒は電話を掛けながら、もう片方の耳をドアに当てて、聞き耳を立てていた。
 やがて、ケータイの着信音を捉えたらしい目黒はドアから頭を離し、覗き穴に向けて下卑た笑みを向けてくる。
「いるんだろぉ? 開けろよ」
 誤魔化すのは無理だと思った俺は、念のためチェーンロックを掛けてからドアを開ける。
「ホラ居た。居留守なんてつれねぇマネすんなよ、おおがみちゃ~ん」
 目黒はニヤニヤと笑いながら、開いたドアの隙間に足をねじ込んで閉められないようにしてきた。
「何の用だよ?」
 なるべく低い声でそう問いかけると、目黒は「ちょっとお散歩しない?」と猫なで声で誘ってきた。
(……妙だな)
 その目黒の様子に、俺は違和感を覚えた。
 確かに俺と鎌倉達には土曜日のケンカのせいで確執があるが、目黒と石崎に関してはもう心配無いと思っていた。
 鎌倉本人は異能を用いて俺を襲おうとしてもおかしくは無いが、目黒と石崎は俺に一方的に殴られた上に「もうやめてくれ」と懇願してきた。
 あれだけ派手にやられれば、普通はもう関わりたがらないものだし、ともすれば二人が鎌倉を諌めてもよさそうな気もする。
 それにも関わらず、今の目黒からは確固たる余裕と、俺に対する報復の意思が垣間見える。
「なんでお前なんかと散歩しなきゃならねぇんだよ?」
 一体どういう算段でやって来たのか知らないが、ここで相手の誘いに乗るような迂闊なことはしない。
 そう思ってハッキリと断ると、目黒は下卑た笑みを嗜虐的なそれに変え、笑い声を押し殺しながらケータイの画面を見せて来た。
 それは通話アプリのトークルームで、鎌倉とのやりとりの画面らしい。
 目黒の側には『やっちゃってよ』という文字が書かれており、あとは『送信』を押せば鎌倉にメッセージが届くようになっている。
 そして画面を上にスクロールすると、そこには写真の画像があった。
「あんま偉そうにすんなよ? 俺の連絡一つで、ザックリとイッちまうんだぜ?」
 そう言って目黒はトークルーム内の写真をタップし、画面一杯に表示させる。
 その写真に写っているのは、手を後ろに拘束された状態の見知った少女。怯えながら涙を流す里立四季が写っていた。
 里立の横にはカメラ目線で凶悪な笑みを浮かべる鎌倉が写っており、『鎌鼬』の異能を発現させ、里立の頰に右手の鎌を当てている。
 鎌倉がほんのチョット手首を捻れば、それだけで右手の鎌は里立の頰に残酷な傷を負わせるであろう事は、想像に難くない。
「て、テメェ‼」
 ドアの隙間から掴み掛かろうと腕を伸ばすが、目黒はそれをヒョイと避けてケータイを見せびらかす。
「オイ、妙な気を起こすんじゃねぇ! 俺がこのメッセージ光生君に送れば、それだけであの女、二度と人前に出られねぇ顔になるんだぜ?」
「……ッ⁉」
 目黒の言葉に、俺はグッと体を強張らせる。
 目黒一人をここで殴り倒すのは簡単だが、ケータイの画面に触らせもせずにそれが出来るかと問われれば、不可能だ。
 ネコメか東雲に連絡しようにも、ケータイはベッドの上。気付かれずに取りに行くことは出来ない。
「……どこへ行きゃいいんだ?」
 俺は観念し、ドアのチェーンロックを外して外に出る。
 寝ていたリルも引っ張られて目を覚まし、首を震わせながら付いてくる。
「黙ってついて来な」
 目黒は満足したようにニヤリと笑い、ペタペタと俺のポケットなどを漁り始める。
「ケータイは、持ってねえみたいだな」
「ベッドの上だ」
 あわよくば確認のために背を向けるかと思って素直にケータイの場所を教えるが、目黒は警戒を解いていないらしく、「持ってなきゃいい」と言って俺から目を離さない。
「さあ、行こうか」
 俺は空っぽのポケットに手を入れるよう指示され、そのまま部屋を後にした。
(頼む、気付いてくれ……ネコメ!)
 グッと奥歯を噛み締めながら、俺はそう祈らずにはいられなかった。

 ・・・

 寮を出て裏手に回り、人目を避けて校舎の方に向かって歩いて行く。
 すでに日は沈みかけており、辺りは薄暗い。
 普段人が通らない裏道はどうにも歩きづらく、ポケットに入れてるせいで転んでも手を付けない俺は慎重な歩みになってしまうが、目黒は「さっさと歩け」と後ろから髪を引っ張ってくる。
(っのヤロウ……‼)
 言いなりにならざるを得ない俺は、視線だけで目黒をギロリと睨みつけるが、目黒はそんな視線など毛ほどにも感じていない様子だ。
 目黒に促されて歩いていると、開けた場所に出た。道順は違うが、異能場を示す光も見えるし、間違いなく校庭の端だ。
「オイ、里立はどこだ?」
「そっちだよ」
 キョロキョロと辺りを見回しながら問いかけると、目黒は顎でその方向を示す。
 小走りで駆け寄ると、そこには手足を紐のようなもので拘束され、乱雑に校庭に転がされる里立の姿があった。
「里立!」
「お、大神君……⁉」
 里立の姿を確認し、慌てて駆け出そうとする俺は、一歩踏み出したところで何かに阻まれ、反動で地面に倒れてしまう。
「な……んだ、コレッ⁉」
 ポケットから手を出し、その空間に当ててみると、目に見えない透明な『壁』のようなものがあった。
 ひんやりとしていて、触ったことのない質感の『壁』だ。
「そいつは、『壁』だよ。行く手を阻む『壁』さ」
 そう言いながらずいっと、坊主頭の巨漢が前に出てきた。
「テメェの異能か、石崎⁉」
 俺は鎌倉と里立の前に立ち塞がった石崎に向け、怒声を浴びせる。
 石崎は俺の声など気にも留めない様子で、自慢気にその『壁』を誇示する。
「そうさ。『塗り壁』って名前、聞いたことくらいあるだろ?」
 塗り壁、日本の有名な妖怪だ。
 手足の付いた壁だったり、何ないところに壁を構築する妖怪だったり、ともかく行く手を阻む妖怪だ。
「こんなもん、何だったんだッ‼」
 右手をグッと掌底の形に構えて、目の前の見えない壁を殴りつける、が、壁はビクともしない。
 手首の痺れる感覚に顔を歪めながら、透明な壁の向こうでニヤつく石崎を睨みつける。
「無駄だよ。そんな攻撃で俺の壁は壊せねえ」
 石崎の言葉通り、確かに普段の俺ではこの壁は壊せないだろう。
 殴った感覚からして、この壁の硬度はまるでコンクリートの塊の様だった。
 だったら、こっちも異能を使ってやるまでだ!
「リル!」
『アウ!』
 俺はリルに呼び掛け、異能を発現させる。
 上限が上がって加減が効かなくなった異能を扱いきれるかは分からないが、この際しのごのいってられない。
 しかし、
「大神君!」
 ゴンッ‼
 里立の叫び声が響いた瞬間、俺は背後から硬質な鈍器の様なもので殴打された。
「がっ⁉」
 異能の発現の途中に完全に不意を突かれた一撃を受け、俺は校庭に倒れこむ。
 額や首筋を伝う生暖かい感触に、どうやら殴られた箇所が切れて血が溢れていることが分かる。
 視線を起こして背後を見ると、手を振り抜いた体勢の目黒が俺を見下ろしていた。
「妙なマネ、すんじゃねぇよ‼」
 叫びながら目黒は俺に向けて再びその手を振りかぶる。
(マズい!)
 その手には何も持っていない様に見えるが、俺の予想が正しければアレは食らってはいけない。
 咄嗟に上体を起こし、腕をクロスさせて振りかぶった手を受ける。
 ズシン、という鈍器の感触が、振り下ろされた目黒の手のひらと、それを受ける俺の腕に、十センチほどの間を空けて感じられた。
(やっぱり……!)
 石崎は目黒の手の中に目に見えない壁を生やしているのだ。
 覚悟していたのである程度は受けられたが、レンガで殴られた様な重い感触に俺は顔をしかめた。
 再び異能を発現させるために意識を集中させると、それを感じ取ったように鎌倉が声を上げた。
「異能を使うんじゃねえ‼ こいつのツラ切り刻むぞ⁉」
「ッ⁉」
「ひっ⁉」
 鎌倉の言葉に俺は動きを止め、里立は短く悲鳴を上げてビクッと縮こまる。
「っこの、卑怯者……‼」
 ギリギリと歯を食いしばりながら鎌倉を睨むが、縛られている里立に鎌を向けられては何も出来ない。
 仕方なく異能の発現を止め、俺は両手をダラリと下げる。
「そうだよ、それで良いんだよ」
 俺が構えを解いたことに納得したらしく、鎌倉は石崎に「おい、囲え」と短く指示を出した。
(囲え……?)
 どういう意味だ、という俺の疑問は、直後に周囲に現れた気配に解消される。
 石崎が俺の方に手を向け、グッと力んで異能を発現させる。すると俺を中心にして見えない壁が出現する気配を感じた。
「こ、これは……⁉」
 手で周囲の空間に触れると、四方全面が壁で覆われている。
 俺は石崎の異能で、一メートル四方ほどの空間に閉じ込められてしまった。
「さあ、ショータイムだぜ、大神!」
 歓喜するように鎌倉が叫び、目黒と石崎がそれぞれ俺の正面と背後に立つ。
 俺は体を半身に構え、二人の体を視界に捉えながら警戒する。
(どうするつもりだ……?)
 俺の四方には石崎の作った壁がある。確かにこれなら俺から手を出すことはできないが、それは目黒たちも同じだろう。
「行くぜオラァ!」
 グッと目黒が振りかぶり、壁があると分かっているが、念のため俺は体を反転させて衝撃に備える。しかし、案の定目黒の手は見えない壁に阻まれ、空中で止まってしまう。
 拍子抜けする光景に体の力が緩んだ瞬間、
「ッ⁉」
 ゴンッと、後頭部に衝撃を受ける。
 フラつく頭で振り返ると、石崎が手に壁を生やして俺を殴っていた。
「このッ!」
 慌てて石崎に向けて腕を伸ばすが、今度は背後の目黒から殴打を受ける。
「ぐぁ⁉」
 二連続の壁による打撃に、大きく体勢を崩してしまう。
 震える足に力を入れて立ち上がるが、反撃に出ようにも四方には再び壁を構築されてしまっていた。
(自在に消せるってことか……!)
 おそらく石崎は自身と目黒の手に壁を生やし、俺の警戒する方とは逆側の壁を瞬時に消して殴打してきている。
 一辺から壁が消えるのは攻撃の瞬間だけで、しかも俺の警戒しているのとは逆側だ。
 状況的には二対一だが、これでは一方的にやられっぱなしだ。
 打開策の見出せないまま、俺は二度、三度と壁による殴打を食らう。
 取り囲む壁が消えた瞬間に反撃を試みるも、消すと見せかけて消さないというフェイントを交えられて何度も壁に激突してしまう。
「も、もうやめてよ鎌倉君!」
 リンチされる俺の姿を見かねて、鎌倉の側で里立が金切り声を上げる。
「なんでこんな事するの⁉ 大神君があなた達に何したって言うのよ⁉」
 叫ぶ里立に鎌倉は顔をしかめ、黙らせるために右手の鎌を里立の顔に近付ける。
「うるせぇ! 黙らねぇとそのツラ刻むぞ⁉」
 凄む鎌倉だが、里立は怯まない。手足を拘束されてなお、毅然とした態度で鎌倉を叱りつける。
「そんな脅し効かないわよ! どうせ本当に切る勇気なんて無いんでしょ⁉」
「な、んだとぉ……⁉」
 里立の物言いに鎌倉はその顔を怒りの形相に変貌させ、左手で里立の胸ぐらを掴む。
「脅しかどうか、試してみるかァ⁉」
 鎌倉が里立の体を引っ張り上げ、里立がその手を振り解こうと身をよじった瞬間、起こってはならない事が起こってしまう。
「あっ⁉」
「なぁ⁉」
 鎌倉の右手の鎌が、意図せず里立の頰を切り裂いてしまった。
 里立の頰はザックリと大きく抉られ、傷口からはドクドクと鮮血が溢れ出る。
「ちょっと、光生君⁉」
「ま、マジで切るのはマズいって‼」
 その光景に目黒と石崎は攻撃の手を止めて狼狽える。しかし、それ以上に動揺していたのは当の鎌倉だった。
「お、お前が悪いんだぞ⁉ 急に暴れるから……⁉」
 里立から手を離し、声を震わせながら異能を解除してしまう。鎌から普通の手に戻った右手には、里立の血がべったりと付着しており、それを見て再び鎌倉は動揺する。
 しかし、切りつけられた里立は柳眉を鋭くし、傷など気にした様子もない。
「ほら、この程度で狼狽えちゃうんでしょ? 本気で切る気もないクセにこんなバカなマネするからいけないのよ」
「……ッ⁉」
 狼狽えていた鎌倉は里立の言葉にわなわなと口を震わせ、何か言おうとしているらしいが、言葉が出てこない。
「あなた達はクラスで威張ってるけど、そんなのたまたま混ざった異能に胡坐かいてるだけでしょ⁉ 確かに私も、あなた達に怯えて今まで何もできなかったけど、でも大神君は違ったわ‼」
 確かに俺は、鎌倉達が猿山の大将を気取っていたクラスの中で、真っ正面から三人に反抗してみせた。
 結果的に、鎌倉達に怯えていた里立は、縛られてなお鎌倉に抵抗する気概を見せてくれた。
「ダサいのよ、あなた達‼」
 奇しくも、土曜日の俺と同じような事を里立は言った。
 その言葉に衝撃を受けた鎌倉は、茫然自失といった様子で固まってしまう。
(……今ならッ‼)
 目黒も石崎も、鎌倉と里立の方を見ていて俺に注目していない。
 俺は足元のリルに呼び掛け、異能を発現させる。
 咄嗟のことだったので、扱える許容範囲を若干オーバーしているような気もするが、ともかく耳と尻尾が生え、そして筋力がアップしたのを感じる。
「退いてろォ‼」
 目の前の石崎に一応の注意喚起をし、俺は異能を込めた回し蹴りを壁にぶち当たる。
「なぁ⁉」
 見えない壁を砕いた感触を足の裏に感じる。どうやら壁は物理的なものではないらしく、砕けた破片が石崎を襲うようなことはなく、消えてしまった。
「里立ィ‼」
 俺はリルを引きずって里立に駆け寄り、鎌倉を突き飛ばして傷の様子を確かめる。
「お、大神君、その耳可愛いっ‼」
「時と場所を考えろ‼」
 俺の頭に生えた耳に興奮した様子の犬好きな里立は、縛られている手を俺の頭に伸ばそうとしている。そういえばこの姿見せたことなかったな。
「ったく、とりあえずその手を……⁉」
 里立の拘束を解こうと縛られた手首を見て、俺は硬直する。
 里立の手と足に巻かれていたのはビニール紐やロープの様なものではなく、細くて白い糸が何重にも重なったものだった。
(こ、これって……⁉)
 俺はその糸に、見覚えがある。
 ここ数日で何度も目にした。時に俺に対するイタズラに使われ、時に俺の窮地を助けてくれた。アイツの糸に酷似している。
 ありえない、とその想像を振り払う俺の背後に、何かの気配を感じた。
「お、おい、なんだよ、それ……⁉」
「ひぃ⁉」
「なぁ⁉」
 鎌倉達三人は俺の背後に現れた気配の方を見て、慄いている。
「ちょ、ちょっと……なんの冗談? 私のこと縛ったのっても、それも、イタズラってレベルじゃないよ⁉」
 里立もまた、俺の背後を見ている。
 恐れ、慄き、その瞳を恐怖の色に染めていた。
 直後、硬直していた俺を、後ろから強大な力が地面に押し付ける。
「がぁ⁉」
 頭を抑えつけられる俺は、視線だけでその姿を探った。
 そして、今日一番の衝撃に目を見張る。
「お……おかしいと、思ったんだ……。何で目黒が、俺のケータイ番号なんか知ってたのかって……‼」
 俺の頭を抑えつけるのは、赤黒い巨大な腕。
 一昨日の夜にネコメと共に戦った、あの『鬼』と同じものだ。
 そして、その鬼を従える様に悠然と俺を見下ろすのは、見知った、信頼を置いていた少女だった。
 長い明るい色の髪に、小柄な背丈。ダボダボのカーディガンを袖を余らせて着ている、制服姿の少女。

「どういうつもりだ、東雲八雲ォ⁉」

 鬼を従える少女、東雲は、俺の叫びを嘲笑う様に、ニヤリと口角を上げた。

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