ハイテクウィッチ

あすこもいど

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ロスト・チャンピオン

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「いよいよ今年のエアロ・ポルタ秋季ジュニア戦も終盤に差し掛かってきました。現在のトップは伊香立いかだち北高校2年、伏見ふしみ小春こはる選手。昨年、史上最年少で春秋両大会制覇を成し遂げた<スーパー・ヴォラドナー>が安定した飛行でゴールを目指しています。2位は前回、この伏見選手を破り一躍有名となった香良洲からす中学3年伊勢いせ桃子とうこ選手です。こちらはドローンカメラの範囲外を飛行中のようですが、中継テレメトリによる座標ではトップの伏見選手を追える位置にいるようです」

 ベゾムの上で両足を縦に揃え、軽く両腕を開いて立って飛ぶ。負担を少なく巡航するには最適な姿勢と言われているこのポーズを、小春はあまり好きではなかった。
 本当はもっと低空、規定高度ぎりぎりの高さをモッピング ― 雑巾がけと呼ばれる姿勢で飛ぶのが小春の得意な飛び方だった。
 ほとんど寝転ぶような体勢で、まるでベゾムに引っ張られるように飛ぶ方法は疲れるが速度は速く、何より流れる景色を見て飛ぶ爽快感がある。が、伊勢桃子が追いついてきた時に備えて気力を温存しておく必要がある。
 前回の春季戦で彼女に鮮やかに追い抜かれ、そのまま届かなかった事を苦々しく思い出す。



 一般人が安全に空を飛べるホビー製品『ハイテクウィッチ』が登場した10数年前、小春の両親は夫婦でこれを購入し、週末ごと車で郊外へ繰り出しては飛んでいた。第一次ブームと呼ばれる頃に両親のようにハマった者は多く、高じてまだ幼かった小春も一式を買い与えられ、両親と共に空へ連れていかれた。
 まだ浮く事だけで精いっぱいだった小春のベゾムを両親が引っ張り家族で空中散歩する。
 両親に挟まれながら、雲の上から地上へかかる虹を見た記憶は、そのまま幸せな家族の思い出として小春の中に残っている。

 その後、会社勤めの両親は多忙とともに飛ぶことが減ってしまったが、小春は独りで飛び続け高校生になった。
 ハイテクウィッチ部がある事を知り、同世代の子たちと飛べるということもあって入学してすぐに部室の門を叩いた事を覚えている。

 当時は小さなプレハブ小屋に部員が10名ほど、ギアを持つ者は2/3程度で、部室に散乱する、部費で購入したギアを皆で使い回しながら和気藹々と活動するクラブだった。
 幼い頃から飛んでいた小春の技術は歓迎され、年齢の差なく「自由に空を飛ぶ」という目的を皆で共有する日々は楽しかった。
 そんな中、出場が決まっていたエアロ・ポルタ春季のメンバーに欠員が出た。補欠を部長に推薦され、部員全員に歓迎された。1年生でまさかのアンカーという大役だったが、当時の伸び伸びとした部の空気があってこそ小春はそれを受ける事ができた。

 そこからの連覇。個人記録として史上最年少2連覇「スーパー・ヴォラドナー」の称号を受ける快挙を得て、その飛ぶ姿を見た全国の同世代からは熱狂的な支持を受けた。インタビュー中継で部長から呼ばれた「伏見ちゃん」はファンからの愛称となった。
 その後、2年になる小春は部長を任され、入部希望者であふれた部室を学校は新調する程の勢いだった。
 2階建て、ロッカーやシャワー付き更衣室なども設けられ、一階のミーティングルームは以前にもまして騒がしい部屋となった。


 今回はたかった。過去の経験や運が自分の実力以上に今の流れをもたらしたのだとしても、その期待に小春は応えたかった。春の負けを受けて、改めて作戦を練り、イメージを作ってきた。エアロ・ポルタ競技は個人戦をリレー形式で総合ポイントとして競う。先行四人の頑張りで五分五分の結果に持ち込み、アンカーの小春はゴールまで残り十数キロの位置まで来た。

 振り返って後ろを見ても誰もいない。たとえ前回のように桃子が来たとしても、今回は力を温存してリードを取っている。

 勝てると思った。その時 ――

 ヘッドギアから急接近警報が鳴る。
 急接近? ハイテクウィッチの飛行速度で接近ではなく接近警報が出る程の速度差など、正面衝突でもないと。咄嗟に正面に向き直す。

 ―― 眼の前に、桃子がいた。

 彼女は、真っ逆さまの姿勢で彼女の眼の前にいた。

 桃子は小春を見ながら、口角だけを歪めた笑顔で両手でピースサインを向けてきた。
 次の瞬間、彼女はその猛烈な落下速度のまま遥か下まで、緩やかに水平になって小春を引き離してゆく。

 小春は総毛立ち、冷たい汗が全身から吹き出すのを感じる。
(ペレグリン・ファルコン…!)



 自身を数十kmの高度まで持ち上げ、落下速度を利用して一気に加速する。
 時速300km/hを超えて急降下し獲物を捕らえる隼の名を冠した飛行技術、通称「SRテクニック」と呼ばれる技である。

 小さくなる桃子を追いかけようと、残した気力を振り絞り加速をかける。
 急ごうと反応する小春の身体とは裏腹に、口は乾き、目が霞む。

 もう、追いつけない ――

 頬に冷たさを感じる。暗い。
 部の予算報告書などの雑務をしているうちに、いつの間にか突っ伏して眠っていたらしい。
 久しぶりにこの夢を見たなと、がらんと広い部室を見ながら小春は大きくため息をついた。

 2連続での逆転負け、書き換わった史上最年少の栄冠。SR技。
 もう、誰も彼女にかける言葉を見つけられず、部員は優しさと思いやりから一人、また一人と居なくなった。

 小春自身はそれほど引きずっているわけではなかった。
 精一杯やったし、勝負事というのはそういうものだと分かっている。その後全国から届く「伏見ちゃん」ファンからのメッセージにも励まされたし、なにより相変わらず飛ぶ事は好きだった。
 ただ、あの温かいムードだった部の現状が一変してしまった事だけが、自分を迎えてくれた先輩たちに対して申し訳ないと、暗くなった部室を眺めながら思う。


 その後はふらりと入部してきた澪と、たまに現れる部員たちと一緒にぽつぽつと活動して、春が来た。新入部員もやってきてくれた。
 部員が減ってしまった事で出場をあきらめた今年のエアロ・ポルタ春季戦だったが、秋季戦にはなんとしても出場して部活動を盛り上げていかなければ。
 帰ろうと、部屋を片付けてロッカーで着替えているところへ端末へのメッセージが届く。
 小春は確認して、鏡を見ながら髪をチェックしてつぶやく。


「がんばらないと」
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