俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第八章 VS嫉姫君主

第65話 チュートリアル:マモレナカッタ…

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「ファントム・タッチ」

 黒い腕が下から上からと無数に伸び、傀儡君主マリオネットルーラーを束縛せんと勢いよく黒い空間から飛び出す。

 しかし功を成さない。

 普段の俺が出すタッチよりも強く無慈悲な技だと言うのに、マリオネットルーラーは軽く体を捻って避けている。

「ファントム・アーム」

 黒い包帯が撒かれた黒い腕が俺を囲む様に出現。噴射された様にターゲットに突き進む。

「ッッ」

 アームが効いたのか見極めないといけないが、俺はその場で立ち止まり、うずくまる。

(なんだこれなんだこれなんだこれ――――)

 俺の奥底から溢れ出る殺人衝動が纏まらない思考に介入してくる。

 ――殺せ。と。

 文字に落とすとたったの二文字だが、手で押さえつける鼓動、呪詛の様永遠に聞こえる鼓膜を破りたい葛藤、頭を割ってしまいたい程の混乱。殺せの文字が視界を埋め尽くす、体内外から攻められると錯覚する衝動が俺を襲う。

「っぐ! ッかは! ぅううう゛!!」

 こんなにもどう表現したらいいか分からない衝動。いっその事、このまま衝動に身を任せたい。楽になりたいと気持ちが揺らいでしまう。

「うううううう!!」

 でもそれは。

「ッッ~~!!」

 床に垂れた唾液の様に、マリオネットルーラーたちと同じく堕ちる事と同義だ。

「――」

 不意に意図せず面がターゲットに向いた。

「ファントム・ニードル」

 黒い眼球が一睨みすると、追跡すし追随するアームが膨張。破裂したと当時に殺傷能力が高い鋭利な棘がターゲットを襲う。

「!?」

 無数の棘に驚いたターゲット。歪んだ表情を一瞬見せ、黒の塊の中へと姿を消した。

 そして塊が瞬時に瓦解。中から穴の開いた服を着るマリオネットルーラーが姿を現した。

「この衣装一つしかないオリジナルだよ? よくも穴をあけてくれたね~!」

 人を馬鹿にしたような声でニヤケ顔を向けてくる。胸を押さえつけ苦しむ俺を嘲笑うかのようだ。いや、実際に笑っている。

 俺の怒涛の攻撃が止んだのをいい事に、ステップを踏みながら近づいて来る。

 殺せ殺せとうるさい衝動をグッと押し込み、絡繰君主カルーディを息を荒くして睨めつけた。

「ハハハ。幻霊君主ファントムルーラーが代替わりしたって話は本当だったんだね」

「……だから何だ!」

「何って程じゃないけど、まぁ僕が思った事はぁ……」

 ――すっごく弱いって思った。

「……ッ」

 そう。人差し指を立てせて言ったこいつの言う通り、俺は弱い。弱すぎる。衝動に駆られて殺そうとしても、服を破かせる事しかできないでいる。否定したくても否定できない、事実だ。

「ッぐ!!」

 殺人衝動の波が襲い胸を締め付けた。

「君たちはホントに面白くないよね~。僕たちみたいに衝動に身を任せば今みたいに苦しまなくて済むのに……」

「ッハ、ッハ」

「君たちがいるから面倒なんだよ、いつもいい所で邪魔してさ。の僕たちが次元を統べれば争いは無くなるよ。きっとね」

「……」

 こいつは、カルーディは勘違いしている。俺がエルドラドたちの仲間だという事に。
 聞きたくもない軽声で喋りまくった情報。

 理性。

 本能。

 邪魔。

 次元。

 統べる。

 卓上で並べたキーワードから察するに、こいつらとエルドラドたちは相容れぬ存在。まったく、ウルアーラさんみたくアンブレイカブルも教えてくれたらよかったのに。この情報社会で後手に回りすぎだ。

「~♪」

 口笛を吹いたカルーディ持っている頭部の頭上で手をかざし、指を泳がせている。

「……なにやってんだよ……!」

 五本指の先端から糸の様なものが出現し、頭部の各箇所に接着。

 そして。

 口を開いた。

「僕の計画あそびは女を操って思う存分暴れさせ、満足したら女の力を奪うつもりだった!」

「やめろよ」

「正気を取り戻したと悟らせないため自暴自棄を演じたんだよこの女! そしてオバケくんに力を与え、僕のあそびに唾を付けた!」

「やめろって!!」

 震える声で激怒した。

 瞼と口元、顎に至るまで強制的に動かし、彼女の声で自分の言いたい事を言わせる。悪びれず、あまつさえ愉悦を顔に出して操る様は、正真正銘のマリオネットルーラーそのもの。

「っぐ!?」

「フフ♪」
「ふふ」

 締め付ける胸。噴火しそうな怒りが抑えている衝動に滑車をかける。それが狙いなんだとカルーディと頭部が笑った。

 飲み込まれる。殺人衝動に。でもそれはダメだ。だってウルアーラさんに言ったんだ。大丈夫だって。

「でも思いついたんだ! 君をすぐには殺さない」

「……るな」

「君を瀕死にさせた後、目の前で見せてあげるね!」

「――けるな」

「この口を僕のでいっぱい汚すのを♪」

 ――――

 ――――ッッ~~!!

「「ふざけるなあああああああああ!!!!」」

 瞬間、赤い閃光がカルーディを掠め、同時に俺も襲い掛かる。

 黒い霧を纏う腕が腹部に深々と突き刺さり、体がくの字に曲がる。

「ッグガ!?!?」

 口から唾液が漏れ苦悶するカルーディ。

(さっきまでと攻撃の質が違う!?)

「あ゛あ゛■■あ゛あ゛ああ!!!!」

 内臓を抉るが如く腹に突き刺した拳。それを開き、内臓諸共骨を掴んでカルーディ乱暴に振り回し、脳天から地面に叩きつけた。

「――きゅぷ」

 大きく陥没した地面に亀裂が。首の骨が折れた音すら轟音が掻き消す。

「殺してやる!!」

 地面に埋まる事すらぬるいと言わんばかりに奴の体が衝撃の反動でバウンド。

 衣類が大きく破け無防備な上半身が露出。

 その隙を殺意を乗せた回し蹴りが腰を砕かせ、背骨含む臀部の骨があらぬ方向に。奴が口から血飛沫を吐きながら吹き飛ぶ。

 こんなに――

「まだだ!!!」

 こんなに――

「死ねええ■■え■えええ!!」

 生き物壊すのが――

「ああ゛ああああ■■!!」

 楽しいなんて――

「さあ解■放て!!」

 ファントム・ニードルを無数に突き刺し一片の棘らがカルーディを奉げる様に伸びた。

幻霊ファントム――」

 人の形をしていないカルーディを中心に、四方八方360度、蠢く黑の空間が出現。

「――昇華サブリメーション!!」

 黑から霧纏う黒い手が無数に伸び、瞬く間にカルーディを埋め尽くした。
 否、埋め尽くすと言う言葉すら足らない、表現する言葉が無い。黑が肥大化していくとは逆に圧縮していく。

『殺せ』

 激怒したのを皮切りに、その衝動のまま欲のままに動いた。

 それが堪らなく――

「アッハッハッハ! アーハ■ハ■ハハハ■!!」

 気持ちよかった。

「■ハハ……ハ……ハ」

 気味の悪い音を立てながら終わることの無い腕を伸ばす昇華。
 その心地よい音を背景に、高笑いした顔をそのままに、目だけを動かしてそれを見た。

「はあ、はあ、っぐ!?」

 この今にも肉体から解放されそうな赤い生き物はなんだ……?

 と。

「……幻霊の。屈してはダメだ! 目を覚ませ!! っぐ!」

 息も絶え絶え、しかし赤子を抱える様大事に大事に胸に抱くウルアーラさんの遺。

 静かに近づき、死を纏う手を伸ばした。

 真っ直ぐ、赤い生き物へ。

「……その魔力、一部受け継いたんだろ」

「――」

「家臣だった私には分る」

 真っ直ぐ見つめてくる出張った目。

 不意に感じてしまった。心の一部と化した力。包まれるような温かい魔力。

「――っは……」

 黒く塗り潰されつつある思考に一滴の魔力を感じ、俺は正気に戻った。
 いや少し違う。正気だったのを思い出させてくれた。衝動のせいでそう思わされていたんだ。

 そうだ、思い出した。彼は黄龍仙が戦った家臣、セバスチャンだ。ウルアーラさんに見せてもらった姿そのものだ。マジでエビだ。

 でも――

「セバスチャン……お前……」

「ハハハ……私も長くはない様だ」

 口から青い血を滴せ、節足の関節からも血が出ている。

「幻霊の家臣から施しを受けなんとかここまで来れた。そして姫を邪知暴虐の魔の手から取り戻せた……っぐ」

 痛みを我慢しながら遺を手渡してきた。

 俺はそれを大事に抱え、セバスチャンを見た。

「幻霊の、どうか姫の亡骸を有るべき所へ頼む……」

 伏せた表情に声が震えている。主人が先に逝ったんだ、どうしようもない思いに違いない。悔しいに決まってる。でも、セバスチャンは涙を払い、力強い眼差しで俺と目を合わせた。

「頼んだぞ幻霊の! そしてありが――――」

 ピシィ!!!!

「――」

 セバスチャンの体に横一閃。

 体の上部が生々しい音を立ててズレ落ち、やがて泡へとなった。

「……。……」

 また。

 また衝動に身を流しそうになる。

 彼は数秒後にも死にそうだった。そんな状態になる覚悟の上でウルアーラさんを取り返したんだ。

「ウロチョロして目障りなんだよッ」

 何もかも出し尽くした。もう、もう安らかに目を閉じて眠りについてもよかったのに、そのままそっとしておいてよかったのに……。

「さあ返してよ、その魚類ッ!」

 凝縮する昇華から上半身を出した敵はあっさり小石を蹴る様に追い打ちをした。

「お前ええええええええええ!!」

 瞬間――

 雷光が凝縮する昇華諸共カルーディを焼き尽くした。

「っな!!」

 壁に突き刺さった雷。それはウルアーラさんがエルドラドに突き刺した三又の槍。

「ぎゃああああああああああ!! ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛――」

 突き刺さったカルーディの下半身がドサリと力なく落ちる。

 突然の出来事とカルーディの悲鳴を聞き少し視界が開けた。肩を叩かれ何かの力が俺に流れる。不思議と心が安らいだ。

「よく保ったなハジメくん」

「エルドラド……」

 赤い点の眼が俺を見て気を使ってくれた。槍の攻撃を受けたエルドラドだったが、相変わらずの回復力。傷一つ無い。

「マリオネットルーラー。もうじきこのダンジョンは崩壊する。お互いに手を引こうじゃないか」

 普段通りの口調。崩壊と言う言葉にまわりを見て見ると、崩れる音や岩地面崖が瓦解、頭に血がのぼっていて気付かなかった。

「ぁあ゛あ゛あ゛ぁ、……それもそうか」

(……こいつ)

 悲鳴をあげていたカルーディだが、急に真顔になりやけに素直だった。

「まぁ嫉姫の力を奪えなかったのは悔しいけど、幻霊の力量考査にそっちの戦力低下させたから良しとするか! まぁ? こんな傀儡の体じゃ二人相手じゃしんどいしね」

 カルーディが宙に浮かぶと、絵具を混ぜ合わせた様な空間が出現した。小馬鹿にしたよ様な笑みを浮かべ、空間の中に入っていく。

「おいッ――」

 逃げるのか! 言葉が続かなかったのはエルドラドが手で静止をしたから。

「……マリオネットルーラー」

「ん?」

 エルドラドが静かに呼び、奴は首をかしげてバカにした。

「お前は俺が斃す。……必ずな」

 先ほどと同じ口調。だけど俺にはわかった。静かな殺意があるのを。

 それを知ってか知らずか、カルーディは涙袋を嬉しそうに吊り上げ、空間に消えていった。

「――――」

 静寂。

 ただ崩壊していく音が聞こえる。

 間を置いてエルドラドが大きなため息を吐くと、俺に一言だけ言ってきた。

「帰るか」

 開いた手の平にゆらゆらと流れに乗って小さな瓦礫が乗った。

 俺は、守る事も、救う事も出来なかった。ただただ、己の無智と無力さに打ちひしがれた。

 そう。

 なにも自分の意志でも、課せられたチュートリアルも成し遂げれなかった。

 瓦礫を握り、自分を叱咤した。
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