224 / 288
第十八章 VS傀儡君主
第224話 傀儡師物語2
しおりを挟む
この大きな街で公演した日数は実に二十日間。七日に一度、一座はお休みを設け、それ以外の日はずっと公演。しかもほぼ毎回満席なのはボクが一座に来てから初めてだったりする。
様々なアクシデントや異様な忙しさ。猫の手も借りたいと言ったところで、裏方雑用のボクにもチケット販売から壊れた設備の修理、スポットライトの演出や小物の販売までやらされた。
「ありがとうございました!!」
ホクホク顔のお客さん。今買って帰った小物は水色の小さな蝶のブローチで、パフォーマーの一人であるアメリーを思わせる小物だ。
このブローチはいくつか種類があって、主に人気のパフォーマーたちを想起させる代物。圧倒的パフォーマンスを魅せつけられたお客さんは、各々が気に入ったパフォーマーのブローチを買っていく。
その中で一番人気なのはもちろん――
「――アメリーのブローチだな!」
座長の商魂は逞しく、公演が終わってもその熱を下げさせるなとの意向。思い出しながら凄さを噛み締めてテントを出た途端、目の前に広がるのは一座のコレクションの数々だ。こういったお祭り騒ぎは財布の紐が緩むらしく、お客さんは笑顔でお金を落としてくれる。
そんな中、小物一番の売り上げを出すのが決まってアメリーのバタフライ型ブローチだ。
それもそうだろう、普段着のアメリーは少し小綺麗な町娘って感じだけど、一度衣装に着替えパフォーマーになると、それはもう夜空を羽ばたく幻想的なバタフライだ。
当然男性ファンが多いし、幼馴染の僕も鼻が高い。今回の公演で売店に駆り出されたけど、聞いていた評判通りで一安心した。
「おーいカルール! そっちはもういいからこっち手伝ってくれ!!」
「はーい!」
時間は過ぎ、次の街へと繰り出すためにテントの解体、店じまいをして小物を片付けていると、おやっさんの大声が聞こえてきた。
いろんなところに出張って仕事したけど、ボクの本業はここからと言っても過言ではない。雑用として培った経験を活かし、テキパキと後片付けをする。自慢じゃ無いけど、他の雑用係とはスピードが違うと自負している。
「ふぅ……」
ボクが任された場所はあらかた片付けた。でも他のところがまだ片付いていないからお手伝いと言う名の応援に向かうところだけど、少しだけ小休憩。小さな椅子に座る。
革でできたボトルを傾け水を飲んでいると、少し離れた所の角からひょっこりとアメリーが顔を出した。手を後ろに組み、トコトコと歩いて来た。
「お疲れ様ーカルール。休憩?」
「お疲れアメリー。そう、ちょっと休憩してるんだよ」
ぴっちりした衣装着姿のアメリー。どうやら稽古の合間に来てくれたっぽい。
「さっきおやっさんが言ってたよ? あいつがサボってたら尻を叩けってさー」
「でもおやっさんはこうも言ってたよ? いいかカルール、俺たちは体力勝負だから休憩は細目にな! って」
「なにそれ、フフ、言ってる事逆じゃない?」
「あの人はそんな感じの人だからねぇ~。だからボクは自分が楽になる方を選択する!!」
「アッハハ! 威張るところそこ~」
公演時は綺麗な笑顔でお客さんを盛り上げてくれるけど、ボクには幼く、そしてあどけなさを残す笑顔を向けてくれる。この笑顔は、ボクにだけ見せてくれる特別な笑顔なんだ。
「あ、そうだアメリー! キミに見て欲しい物があるんだ!」
「?」
頭の上に?を浮かべるアメリー。ボクはそそくさと自分の鞄からある物を出した。
それは。
「――マリオネット?」
「そうさ♪ 実はこっそり練習してたんだぁ」
「出来るの?」
「もちろん!」
心配を顔に出すアメリー。ボクは自信をもって回答。手板――コントローラーを使ってマリオネットを起き上がらせた。
「ん゛ん゛! 初めましてお嬢さん。私の名前はハンプティダンプティ。以後、お見知りおきを……」
「わぁあああ!!」
ボクのふくらはぎ程のある卵の擬人化――ハンプティダンプティ。その彼が精密な動きでお辞儀し、少し渋めな声でそう言った。アメリーは目を輝かせ拍手してくれる。
「今日は私の華麗なダンスを披露するよー。ではミュージック、スタート!」
――ずんちゃずんちゃ♪ ずんちゃずんちゃ♪
何処からともなく音楽が響き、その音楽に合わせてハンプティダンプティがリズムを刻む。
リズムを刻んだ片脚がヒョイと動き徐々に体を激しくさせた。タップダンスから始まり、楽しく踵から歩く様に躍動させ、腕を組んでコサックダンス。
「ッハッハー!」
立ち上がり両腕を振ってダンス。ハンプティダンプティの腰を動かしてアメリーに向けてお尻を振る。
「あはははは!」
アメリーが笑ってくれる。その事実だけで、ボクは温かな気持ちで胸がいっぱいだった。
ハンプティダンプティが足を使ってダンスしていると。突然。
「――ここに居たのかアメリー」
「「!?」」
突然の来客。ボクは驚いてしまいコントローラーを離してしまった。マリオネットのハンプティダンプティが力なく倒れる。
やれやれと言いたげな面持ちの彼はギャブレー。アメリーと同じブランコのチームで、この一座のスターの一人でもあった。
そんな彼の登場にしまったと顔に出すアメリー。ボクも同じ顔をしてギャブレーを見た。
「とっくに休憩時間は終わったぞ。俺たちブランコは新技の練習に忙しいのは分かっているだろ? 別に休憩無しとは言ってないし、座長が気を利かせてブランコの解体を最後にしてくれてるんだ」
「そ、そうだね……」
「いい加減君もスターの一人だという自覚を持って欲しいよ」
「う、うん。ごめん……」
段々と小さくなるアメリー。稽古の合間に顔を出してくれたと分かっていたのに、長い事拘束してしまった。完全にボクが悪い。
「ギャブレー、その、アメリーは悪くないんだ。ボクがつい夢中にさせてしまったから……」
「……夢中?」
怪訝な顔をしたギャブレー。ボクの足元にあるマリオネットを見て、一瞬冷たい目をした。
「?」
でもそれが見間違いだと思う程、ギャブレーは笑顔をボクに向けてきた。
「それってカルールのマリオネットか! 操れるのか!」
ボクたちと三歳ほど上のギャブレーが、子供の様にキラキラした眼をマリオネットに注いでいる。興味津々だと思いがけないギャブレーの期待にボクは素直に――
「う、うん。そこそこは――」
「カルールったら凄いのよ!!」
興奮したアミリーが被せてきた。
「音楽に合わせて楽器を弾く真似とか、私何回かマリオネットが動いてるの見たことあるけど、カルールが操るマリオネットって本当に生きてるみたいで凄いの!!」
「そ、そうなのか?」
「そうよ! ダンスを見せてくれたけど、とっても可愛いくて上手で! ――――」
それからは興奮したアミリーの言葉は止まらず、質問したギャブレーは言葉の圧にげんなりし、褒めちぎられたボクはただただ恥ずかしかった。
「わかったわかったから!! ほら行くぞアミリー!」
片付けの時間が迫っているのに長々とし過ぎたのか、アミリーのマシンガントークに顔をしかめたギャブレー。一瞬苛立ちを顔に出したけど、すぐに元に戻り、ボクを見た。
「こんだけ絶賛されてんだ、時間の都合がつけば、俺にも見させてくれよーカルール!」
「も、もちろん!」
ニヤリと笑ったギャブレー。ボクに背中を見せ歩き出し、アミリーもその背を追った。
「また後でね!」
「うん! 頑張って!!」
振り返ったアミリーに笑顔を向けられ、ボクは嬉しくなり仕事が捗ったのは言うまでもない。
「ふ~ん。夢中、かぁ……」
ぺろりと唇を舐めたギャブレーの事を知らずに。
いつ頃からだろうか。
「あ、アミリー! 一緒にご飯食べない?」
「カルール……。その、ごめん。今その、忙しくて……」
ボクを見るなり目を合わせず、気まずそうに明後日の方向を見るアミリー。
大きな街から移動し、次の街へと来たこの頃。ここ数日明らかに様子のおかしい彼女のことが心配で仕方が無かった。
「……稽古で忙しいの?」
「うん……そう、だね……」
何とも歯切れの悪い回答。
「アミリー。この頃変だよ。何かあったの?」
「……」
「もしかして、ブランコの連中の中にイジメてくる奴がいるのか?」
「ッ」
言葉がのどに詰まった様に体をビクつかせるアミリー。声ではなく体で表現された回答に、ボクは怒りが湧いて来た。
「誰だよイジメてくるの!! ボクが懲らしめてやる!!」
息まくボク。
(ブランコの奴らは人気にあやかって調子に乗ってると、他のパフォーマーたちも迷惑していた。でも人気のアミリーは誰にでも笑顔をばら撒く優しい人と成り。調子に乗るなんて絶対ない。だからブランコの連中の誰かが気に食わないとアミリーをイジメているんだ!!)
そう思ったボクは顔を真っ赤にしてアメリーを横切った。
そして。
「カルールやめて!!」
「ア、アミリー……!?」
服を握られさらには怒鳴られた。必死に止めようと目を瞑るアメリーに、ボクはたじろいだ。
周りの座員たちが何事かとボクたちを見る。
「その、本当に何も無いから……!! 稽古で疲れてるだけだから……」
「アミリー……」
段々と声が小さくなっていくアミリー。
その姿を見て、ボクの怒りが収まる。
でも、納得は行かない。
「アミリー。今はアミリーの言葉を信じるよ。だから約束して。我慢できなかったら、ボクや座長に相談すること」
「……」
「いいね?」
「……うん」
アミリーの肩を掴んでできるだけ優しく説得した。ボクの優しさに触れたのか、アミリーが上目遣いで目を合わせてきた。
ふと、ボクは見た。
「?」
アミリーの口元に、毛が一本付いているのを。
「アミリー、口にゴミ付いてるよ」
「ッ!?」
まるで腫れ物に触れたように動揺し、すぐに口を拭ったアミリー。
そして何事も無く。
「ごめんもう行くね、カルール。……今度時間ができたら一緒にご飯食べようね!」
「うん……」
そそくさとボクの元から離れて行った。
その日の夜。
「アミリー? まだ帰って来てないけど?」
「そうですか。夜遅くすみません」
ルームメイトである女性の一人にアミリーは部屋に帰ったか聞いてみたけど、どうやらまだ帰ってきてない。となると。
「まだ稽古場に居るのかな……」
明らかに様子がおかしかったアミリー。彼女の事が心配で思わず自分の部屋から飛び出してきたけど、宿泊部屋に来たのは無駄足だった。
向かうはブランコの稽古場。テントの位置的に離れた所にあり、少し小走りで向かった。
テントに着くとすぐに入口に入った。明りは灯っておらず暗いけど、幸い稽古場への道なりは一本道だ。
そして稽古場の幕から明りが漏れ出しているの確認。稽古の邪魔になると思い、ボクはそっと隙間を覗いた。
「――――ッ」
ボクが見た物。それは――
「――ああ!! もっと激しくしてぇえええええ――――」
群がる男たちを受け止める、幼馴染の狂った姿だった。
様々なアクシデントや異様な忙しさ。猫の手も借りたいと言ったところで、裏方雑用のボクにもチケット販売から壊れた設備の修理、スポットライトの演出や小物の販売までやらされた。
「ありがとうございました!!」
ホクホク顔のお客さん。今買って帰った小物は水色の小さな蝶のブローチで、パフォーマーの一人であるアメリーを思わせる小物だ。
このブローチはいくつか種類があって、主に人気のパフォーマーたちを想起させる代物。圧倒的パフォーマンスを魅せつけられたお客さんは、各々が気に入ったパフォーマーのブローチを買っていく。
その中で一番人気なのはもちろん――
「――アメリーのブローチだな!」
座長の商魂は逞しく、公演が終わってもその熱を下げさせるなとの意向。思い出しながら凄さを噛み締めてテントを出た途端、目の前に広がるのは一座のコレクションの数々だ。こういったお祭り騒ぎは財布の紐が緩むらしく、お客さんは笑顔でお金を落としてくれる。
そんな中、小物一番の売り上げを出すのが決まってアメリーのバタフライ型ブローチだ。
それもそうだろう、普段着のアメリーは少し小綺麗な町娘って感じだけど、一度衣装に着替えパフォーマーになると、それはもう夜空を羽ばたく幻想的なバタフライだ。
当然男性ファンが多いし、幼馴染の僕も鼻が高い。今回の公演で売店に駆り出されたけど、聞いていた評判通りで一安心した。
「おーいカルール! そっちはもういいからこっち手伝ってくれ!!」
「はーい!」
時間は過ぎ、次の街へと繰り出すためにテントの解体、店じまいをして小物を片付けていると、おやっさんの大声が聞こえてきた。
いろんなところに出張って仕事したけど、ボクの本業はここからと言っても過言ではない。雑用として培った経験を活かし、テキパキと後片付けをする。自慢じゃ無いけど、他の雑用係とはスピードが違うと自負している。
「ふぅ……」
ボクが任された場所はあらかた片付けた。でも他のところがまだ片付いていないからお手伝いと言う名の応援に向かうところだけど、少しだけ小休憩。小さな椅子に座る。
革でできたボトルを傾け水を飲んでいると、少し離れた所の角からひょっこりとアメリーが顔を出した。手を後ろに組み、トコトコと歩いて来た。
「お疲れ様ーカルール。休憩?」
「お疲れアメリー。そう、ちょっと休憩してるんだよ」
ぴっちりした衣装着姿のアメリー。どうやら稽古の合間に来てくれたっぽい。
「さっきおやっさんが言ってたよ? あいつがサボってたら尻を叩けってさー」
「でもおやっさんはこうも言ってたよ? いいかカルール、俺たちは体力勝負だから休憩は細目にな! って」
「なにそれ、フフ、言ってる事逆じゃない?」
「あの人はそんな感じの人だからねぇ~。だからボクは自分が楽になる方を選択する!!」
「アッハハ! 威張るところそこ~」
公演時は綺麗な笑顔でお客さんを盛り上げてくれるけど、ボクには幼く、そしてあどけなさを残す笑顔を向けてくれる。この笑顔は、ボクにだけ見せてくれる特別な笑顔なんだ。
「あ、そうだアメリー! キミに見て欲しい物があるんだ!」
「?」
頭の上に?を浮かべるアメリー。ボクはそそくさと自分の鞄からある物を出した。
それは。
「――マリオネット?」
「そうさ♪ 実はこっそり練習してたんだぁ」
「出来るの?」
「もちろん!」
心配を顔に出すアメリー。ボクは自信をもって回答。手板――コントローラーを使ってマリオネットを起き上がらせた。
「ん゛ん゛! 初めましてお嬢さん。私の名前はハンプティダンプティ。以後、お見知りおきを……」
「わぁあああ!!」
ボクのふくらはぎ程のある卵の擬人化――ハンプティダンプティ。その彼が精密な動きでお辞儀し、少し渋めな声でそう言った。アメリーは目を輝かせ拍手してくれる。
「今日は私の華麗なダンスを披露するよー。ではミュージック、スタート!」
――ずんちゃずんちゃ♪ ずんちゃずんちゃ♪
何処からともなく音楽が響き、その音楽に合わせてハンプティダンプティがリズムを刻む。
リズムを刻んだ片脚がヒョイと動き徐々に体を激しくさせた。タップダンスから始まり、楽しく踵から歩く様に躍動させ、腕を組んでコサックダンス。
「ッハッハー!」
立ち上がり両腕を振ってダンス。ハンプティダンプティの腰を動かしてアメリーに向けてお尻を振る。
「あはははは!」
アメリーが笑ってくれる。その事実だけで、ボクは温かな気持ちで胸がいっぱいだった。
ハンプティダンプティが足を使ってダンスしていると。突然。
「――ここに居たのかアメリー」
「「!?」」
突然の来客。ボクは驚いてしまいコントローラーを離してしまった。マリオネットのハンプティダンプティが力なく倒れる。
やれやれと言いたげな面持ちの彼はギャブレー。アメリーと同じブランコのチームで、この一座のスターの一人でもあった。
そんな彼の登場にしまったと顔に出すアメリー。ボクも同じ顔をしてギャブレーを見た。
「とっくに休憩時間は終わったぞ。俺たちブランコは新技の練習に忙しいのは分かっているだろ? 別に休憩無しとは言ってないし、座長が気を利かせてブランコの解体を最後にしてくれてるんだ」
「そ、そうだね……」
「いい加減君もスターの一人だという自覚を持って欲しいよ」
「う、うん。ごめん……」
段々と小さくなるアメリー。稽古の合間に顔を出してくれたと分かっていたのに、長い事拘束してしまった。完全にボクが悪い。
「ギャブレー、その、アメリーは悪くないんだ。ボクがつい夢中にさせてしまったから……」
「……夢中?」
怪訝な顔をしたギャブレー。ボクの足元にあるマリオネットを見て、一瞬冷たい目をした。
「?」
でもそれが見間違いだと思う程、ギャブレーは笑顔をボクに向けてきた。
「それってカルールのマリオネットか! 操れるのか!」
ボクたちと三歳ほど上のギャブレーが、子供の様にキラキラした眼をマリオネットに注いでいる。興味津々だと思いがけないギャブレーの期待にボクは素直に――
「う、うん。そこそこは――」
「カルールったら凄いのよ!!」
興奮したアミリーが被せてきた。
「音楽に合わせて楽器を弾く真似とか、私何回かマリオネットが動いてるの見たことあるけど、カルールが操るマリオネットって本当に生きてるみたいで凄いの!!」
「そ、そうなのか?」
「そうよ! ダンスを見せてくれたけど、とっても可愛いくて上手で! ――――」
それからは興奮したアミリーの言葉は止まらず、質問したギャブレーは言葉の圧にげんなりし、褒めちぎられたボクはただただ恥ずかしかった。
「わかったわかったから!! ほら行くぞアミリー!」
片付けの時間が迫っているのに長々とし過ぎたのか、アミリーのマシンガントークに顔をしかめたギャブレー。一瞬苛立ちを顔に出したけど、すぐに元に戻り、ボクを見た。
「こんだけ絶賛されてんだ、時間の都合がつけば、俺にも見させてくれよーカルール!」
「も、もちろん!」
ニヤリと笑ったギャブレー。ボクに背中を見せ歩き出し、アミリーもその背を追った。
「また後でね!」
「うん! 頑張って!!」
振り返ったアミリーに笑顔を向けられ、ボクは嬉しくなり仕事が捗ったのは言うまでもない。
「ふ~ん。夢中、かぁ……」
ぺろりと唇を舐めたギャブレーの事を知らずに。
いつ頃からだろうか。
「あ、アミリー! 一緒にご飯食べない?」
「カルール……。その、ごめん。今その、忙しくて……」
ボクを見るなり目を合わせず、気まずそうに明後日の方向を見るアミリー。
大きな街から移動し、次の街へと来たこの頃。ここ数日明らかに様子のおかしい彼女のことが心配で仕方が無かった。
「……稽古で忙しいの?」
「うん……そう、だね……」
何とも歯切れの悪い回答。
「アミリー。この頃変だよ。何かあったの?」
「……」
「もしかして、ブランコの連中の中にイジメてくる奴がいるのか?」
「ッ」
言葉がのどに詰まった様に体をビクつかせるアミリー。声ではなく体で表現された回答に、ボクは怒りが湧いて来た。
「誰だよイジメてくるの!! ボクが懲らしめてやる!!」
息まくボク。
(ブランコの奴らは人気にあやかって調子に乗ってると、他のパフォーマーたちも迷惑していた。でも人気のアミリーは誰にでも笑顔をばら撒く優しい人と成り。調子に乗るなんて絶対ない。だからブランコの連中の誰かが気に食わないとアミリーをイジメているんだ!!)
そう思ったボクは顔を真っ赤にしてアメリーを横切った。
そして。
「カルールやめて!!」
「ア、アミリー……!?」
服を握られさらには怒鳴られた。必死に止めようと目を瞑るアメリーに、ボクはたじろいだ。
周りの座員たちが何事かとボクたちを見る。
「その、本当に何も無いから……!! 稽古で疲れてるだけだから……」
「アミリー……」
段々と声が小さくなっていくアミリー。
その姿を見て、ボクの怒りが収まる。
でも、納得は行かない。
「アミリー。今はアミリーの言葉を信じるよ。だから約束して。我慢できなかったら、ボクや座長に相談すること」
「……」
「いいね?」
「……うん」
アミリーの肩を掴んでできるだけ優しく説得した。ボクの優しさに触れたのか、アミリーが上目遣いで目を合わせてきた。
ふと、ボクは見た。
「?」
アミリーの口元に、毛が一本付いているのを。
「アミリー、口にゴミ付いてるよ」
「ッ!?」
まるで腫れ物に触れたように動揺し、すぐに口を拭ったアミリー。
そして何事も無く。
「ごめんもう行くね、カルール。……今度時間ができたら一緒にご飯食べようね!」
「うん……」
そそくさとボクの元から離れて行った。
その日の夜。
「アミリー? まだ帰って来てないけど?」
「そうですか。夜遅くすみません」
ルームメイトである女性の一人にアミリーは部屋に帰ったか聞いてみたけど、どうやらまだ帰ってきてない。となると。
「まだ稽古場に居るのかな……」
明らかに様子がおかしかったアミリー。彼女の事が心配で思わず自分の部屋から飛び出してきたけど、宿泊部屋に来たのは無駄足だった。
向かうはブランコの稽古場。テントの位置的に離れた所にあり、少し小走りで向かった。
テントに着くとすぐに入口に入った。明りは灯っておらず暗いけど、幸い稽古場への道なりは一本道だ。
そして稽古場の幕から明りが漏れ出しているの確認。稽古の邪魔になると思い、ボクはそっと隙間を覗いた。
「――――ッ」
ボクが見た物。それは――
「――ああ!! もっと激しくしてぇえええええ――――」
群がる男たちを受け止める、幼馴染の狂った姿だった。
42
あなたにおすすめの小説
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる