俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第十八章 VS傀儡君主

第226話 傀儡師物語4

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 一座を離れて数か月。

 ボクは水色の思い出を白濁とした色に塗り潰され、一座とは逆を行くように、それこそ逃げるように移動した。

 行く当てもなく、小さな村を転々としてたまには宿を取り、時には野盗を恐れて隠れながら野宿したりもした。デブのクソ野郎に無理やり渡された硬貨はあるけど、それも既に心もとない。

 世の中は世知辛い。

 大人の成り損ないのボクは何となく分かってはいたけど、今日この頃、それが痛い程身に染みて実感してる。

「――どうも、ありがとうございました!!」

 ――パチパチとまばらな拍手に包まれる。身に着けたマリオネットの芸で路銀を稼ぎ、地面に置いたハットの中に心配りの硬貨が投げられる。

「ふぅ。今日の稼ぎはっと……」

 チャリンチャリンとハットの中の硬貨を数える。……うん。今日は昨日より少し多めだ。

「さて、腹ごしらえをしに行く――」

 ふと見上げると、遠くの方に噴水があった。

「ほらカルール! 置いていくよ!」

「まってよアメリー! 走ったら危ないって!」

 滲んだ視界に歳の小さなボクとアメリーが幻想として蘇った。

(そうだった。この街は一座で公演したことあったか……)

 滲む視界が揺らいで頬を伝う。思い出したくも無い悲劇を経験したというのに、純粋だったボクたちの影は未だに噴水の側を走っていた。

「ッ」

 胸が締め付けられる。嫌でも思い出す彼女の笑顔。

 ボクにだけ見せてくれた幼さが残るあの笑顔。でも同時に、ボクには見せない乱れた素顔が脳裏に焼き付いて離れない。

「……アメリー」

 粉々に砕かれたというのに、ボクの恋心はまだ彼女に向いている……。本当に自分でも嫌になるくらい未練がましいのは分かっているつもりだ。

 でも、地図から無くなった村の生き残りであるボクとアメリーは、ずっと一緒に居るべきだったんだ。

 今でもそう思う。

 でも。

 でも……。

「……キミから離れて行ったんだよ、アメリー」

 少し硬いパンを咀嚼しながらも、自分勝手に彼女に押しつけた逃避の理由を口に出すのだった。

 地に足を付けて移動し、路銀に余裕があれば馬車にも乗った。空の色が変わる様に、季節が変わって行く様に、行く当てのないボクの旅の色も変わっていく。

「車輪がくぼみにハマった。すまないが力を貸してくれないか」

「はい。いいですよ」

「ほらお前らも手伝えー」

 時には善行をしたり。

「――ッ」

「――クソ! 逃げ足の速い奴め!!」

「どこ行きやがった!?」

 野盗から逃げたり。

 時折一座で公演した街をも訪れ、山あり谷ありと言った旅を続けた。

 そして一座を出て行った季節に巡る頃、ボクは彼らと縁もゆかりもないそこそこ大きな街を歩いていた。

「――ここら辺かなぁ」

 街の賑わう大通り。行きかう人々や露店の主人、皆が皆笑顔であり、悩みなんて何もないって感じで笑っていた。まぁ荒んだボクの視点から見てだけどね。

 景気よく楽器を鳴らして音楽が響いており、ボクもそれにあやかって路銀を稼ぐつもりだ。

 リュックに詰め込んだヨレヨレのハットを逆さに地面に置き、マリオネットをコントローラーを使って立ち上がらせた。

 ――ずんちゃずんちゃ♪ ずんちゃずんちゃ♪

 響き渡る音楽に乗る様に、綺麗に仕上がれたハンプティダンプティがリズムに乗る。

「♪」

 最初は何だこれはとすれ違う人達が大半だったけど、一人、また一人と、子供連れまでが足を止め小粋に踊るハンプティダンプティを眺めた。

「わぁ人形が躍ってるよ?」

「凄い凄い!」

 ステップを踏む度にチャリンと、少しキモイ決め顔のダンプティが指をさすとチャリンと、音楽のノリでボクも気分が高揚し、そしてお金の音が響く度に気分を良くした。

「――どうも、ありがとうございました!!」

 ――パチパチパチパチ!

 ボクとハンプティダンプティが同じ動作でお辞儀した。それを見た観客たちがまばらな拍手をしてくれて、さらには硬貨も弾んでくれた。

「うっほ! 大硬貨が二枚も入ってるじゃないか! 今日はいいご飯食べれそうだ!」

 極稀に入っている大硬貨。この一枚で三日ないし四日は喰うに困らない。久しぶりの大金に心が躍り、光を無くしたボクの眼にお金と言う光を宿らせてくれた。

 でもまずは……。

 チャリン♪と箱に大硬貨一枚を入れたのはマリオネットのハンプティダンプティだ。

 楽器を鳴らす面々が手を止めず何事かとボクたちを見た。

「あなた達のおかけで稼げました。これはそのお礼です♪」

 音楽を楽しんでいたお客さんがボクとハンプティダンプテを称賛してくれて、さらに代表者の一人がボクたちにウインクを飛ばしてくれた。

 優しい気持ちを感じながら後片付けをし、もうすぐ夕暮れだから宿を取る事にした。お金もあるしね、今は。

「よっと」

 リュックを背負い宿屋を探そうと思ったその時だった。

「――こんにちは!」

「え?」

 不意に後ろから話しかけられたボクはゆっくりと声のする方を向いた。

「あ、もうすぐ夜だからこんばんは、かな」

 鈴の音の様な綺麗な声だった。

 綺麗な白髪が栄える様な青い色の服装。燃えるような、そして夕暮れ時の街に差すオレンジ色の瞳がボクを見ていた。

 ――なんて可憐ななんだろう。

 徐々に薄らぎ、もう思い出す事も無いと思っていた胸の高鳴りを感じながらも。

「こ、こんばんは……!」

 少し声のトーンが外れた返事をしてしまった。

「あれれー? 声が裏返ってるよ? もしかして私のことぉ、可愛いって思った?」

「え、いや、あの……」

「どうなの? どうなんだろぉ?」

 手を後ろに組んでズイと顔を近づけてくる女の子。歳は近いと思う。いたずら顔で目を合わせて来て、フワッと甘い香りがボクの鼻腔をくすぐり、自分でもわかるくらい顔が赤くなって熱くなる。

「あ、あああの! 何かご用ですか……?」

 てんぱりながら可愛いと思いながらも警戒心を解かない。これまで旅をしてきたボクは色々見分を広め、この女の子は美人局つつもたせの可能性があったからだ。

 だって明らかに旅人の風体のボクに女の子が話しかけてくるなんてそれこそ――

「――ちょっと、美人局だなんて失礼ね! 謝ってちょうだい!」

「え!? 嘘、口に出して言ったかな……」

 頬を膨らませて怒ってるぞと訴えてくる。そんな彼女の怒った顔も、何だか可愛く見えた。

「いいから早く謝って!」

「うぅ……。その、ごめん……なさい……」

「はい! 許しまーす!」

 自信なく謝ったボクに対してニッと笑う彼女。何だか笑顔も可愛く見えた。

 内心ドキドキが止まらない中、彼女に問いかける。

「で、あの、ご用件は……」

「あ、用件って程じゃないけどぉ、単純に凄いなぁて思って!」

「す、すごい……? なにが……」

「マリオネットの操り方! 私何回かパペッティアを見たことあるけど、キミほどうまく操る人は居なかったから」

「そ、うなんだ……。ありがとう……」

 鈴の音の様な声で称賛された。

 それが何だかこう、嬉しかった。

 旅を続けて、空いた時間に練習して、必死に路銀を稼いだ。

 自分の力が称えられた気分で、少しだけ泣きそうになった。

「ふ~ん。そんな優しい顔、出来るんだぁ~」

「ッ!? それは気のせいじゃないかな!? うん!!」

 覗き込む様な彼女の顔。重力に沿って開いた服の胸元から見える谷間に、ボクは一瞬で目に焼き付け瞬時に眼を逸らした。

「あ、そうだ! 夜ごはん一緒に食べない? 見たところ旅人だし、旅のお話聞きたいなぁ~」

「あ、え、でもそれって――」

「美人局じゃないって言ってるでしょ! だから安心してご飯行こうよ!」

「で、でも……」

 確かに美人局って事は無いかもしれない。でも名前も知らない女の子にホイホイついて行くほど、ボクはバカじゃない。

「――名前! 名前おしえてよ!」

「ふふーんいいよ!」

 彼女はくるりと回ってスカートをひらりと開かせた。そしてスカートをつまんで少しだけ会釈。

「私はグレーゼル。グレーゼル・ウィッチよ。よろしくね! キミの名前は?」

 彼女――グレーゼルはボクと目を合わせてくる。

「ボクはカルール。カルール・モメンタム」

「カルール……。カルールね! よろしくね、カルール!」

 首を少し傾げた可憐な花のようなグレーゼルの笑顔。

 ボクはもう、胸のドキドキが彼女に聞こえないか気が気でなかった。

 すると突然。隣から気配。

「――女の名前なのに……何だ男か」

 ――何だ男か――何だ男か――何だ男か――何だ――何だ――

 ボクの脳内に響き渡る言葉。

 それは呪文のように反響し、ボクは抑えられない怒りに顔を赤くした。

 そして――

「――くお゛らあああああああ!!!!」

「ぐわっ!?」

 金髪の男に顔面パンチを喰らわせた。

 倒れる男。

「カルールが男の名前で何で悪いんだ! ボクは男だよおおお!!」

 怒りに任せて起き上がろうとする男にそう言い放った。

 すると突然、グレーゼルが男を支えて起き上がらせた。睨んでくる男。

「ほら睨まないの! 殴ったカルールも悪いけど、煽ったお兄ちゃんも悪いのよ?」

「ックソ! グレーゼルはどっちの味方なんだ!!」

「二人の味方!!」

 怒涛の展開に、ボクの脳は処理を放棄した。しかし、これだけは言えた。

「グレーゼルの、お兄ちゃん……!?」

「ああそうだよ!! 兄のヘンテルだ……」

 宥める女、睨む男、そして気まずい男。

 今日も街は平和だと、行き交う人はそう思った。
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