俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第二十一章 刻々と迫る

第279話 チュートリアル:我が意を得たり

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「まずはお疲れ様、と労っておこう」

「あ、はい。お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 頭を下げる二人。

 何気ない労いの言葉。別段特別な言葉ではないが、背筋を伸ばした、そして淀みの無い女性にしては低めの声に西田と三井は姿勢を正さずにはいられない。

 鋭い視線を向けるヤマトサークルサークル長、大和撫子。

 仕事用のノートパソコンをパタンと閉じ、鼻から息を吐く。

「2ヶ月間のエクストラスへの遠征……。三井の報告書を読んだ感想だが――」

「――」

 ため息交じりからの三井との名指し。三井本人は背筋を伸ばしながらも、焦る理由はないが内心焦る。

「――端的にではあるが重要な要所はしっかりと。そして観察眼を交えた少しの違和感も書き記し、後日それが実を結ぶ結果も……」

「……ッ」

「非常に分かりやすい報告書だ。やはり三井を同行させたのは間違いでは無かった。よくやった三井」

「ッ!! ありがとうございまスッ!!」

 まさかの激励。緊張感から歓喜へ。

 日本最強の女である大和撫子。

 自他共に認める程に感情を表に出さない彼女であったが、滅多に、否、都市伝説レベルと言われている口元が少しだけ緩んだ微笑む顔。
 ラピュタは本当にあったんだ!! と同等レベルの伝説な表情を向けられた三井は、まさに痺れる程に感激した。

「よくやったのは信彦、お前もだ」

「俺ですか?」

 三井への激励から察した西田だったが、よくやったと直に言われたのは何気に初めてであった。

(サークル長が人を褒めるとかどうなってんだ? ……生理か?)

 などと超失礼な考えを持った西田。撫子が誰かを褒めたなどと聞いた事がない西田の疑念は当然ではあった。

「エッジ・エクストラスの指示ではあるが、ボス討伐並びに現地調査。アメリカに蔓延る数々の未踏破ダンジョンの完踏。あいつの下で学んで来いと言ったが、私の予想を上回る結果だ」

 エルフェルトとの邂逅が真の目的とは言え、アメリカの空気、そしてアメリカのダンジョンに潜らせ西田の経験値を稼ぐ算段も当然あった。

 結果的に真の目的であるエルフェルトとの邂逅は成功。そしてエルフェルトとの愛を育む様に、二人を中心としたサークルエクストラスの活躍により未踏破ダンジョンが次々と踏破。

 西田本人は戦いのセンスを磨き、様々なダンジョンの経験を得、そして恋人もできる大盤振る舞い。

 そして三井も西田と共にダンジョンへ赴き、ダンジョン調査の面で多大な成果を叩き出した。

 西田と三井、共に得た成果はあまりにも大きかった。

「私も鼻が高い。戦闘面の信彦に調査面の三井。エッジのバカに二人の優秀さを知らしめて実に気分が良い」

「そ、そスか……」

 と西田は納得。

 エルフェルトと恋人関係になってからは彼女の兄、エッジとも話す機会が増えた。

「――え、もしかしてエッジさん、サークル長の事好きなんですか」

 妹のエルフェルトとはどうなのか。よろしくやってるのか。そんな事を聞かれる西田ではあったが、それと同じほどに大和撫子の事を聞いて来たエッジ・エクストラス。

 西田がそう勘ぐってしまうのも仕方なかった。

 しかし帰って来た返事は西田の予想とは少しテイストが違った。

「いやいや勘弁してくれノブヒコ……。あんな暴力的な女の事を好きになるなんてどうかしてる……!!」

「……」

 上司であり恩人である撫子に対し暴力的との言葉。恩義を感じ怒りを瞳に宿すところだが、常識はあるとして一度戦闘となると孤軍奮闘。モンスターに対し傍若無人ぶりを発揮する撫子に少なからずエッジと同意見な西田は何も言えなかった。

 撫子の事を意識していないと言えばウソになる。しかしそこには恋愛感情は無く、むしろ好敵手としての感情があるとエッジは言った。

 同じ国連に属する家柄であり、エッジエルフェルト兄妹、撫子は幼少期の頃からの付き合いである。

「HAY! 撫子く~ん! 相変わらず何考えてるか分からない表情――」

 ――ピト(撫子の肩に触れる音)

「フンッ!!」

「Oh Shit!!」

 ――ッドスン!!

 気安い性格なエッジは撫子の肩に触れ、物の見事に一本背負いされた。まだ撫子が十にもなっていない幼少期である。

 こうした経験が山ほどあり、エッジと撫子は腐れ縁を感じていた。

 ちなみに撫子とエルフェルトの関係は兄とは違い非情に良好である。

「労いの言葉をかける為に呼んだとは言え、空の便の長旅で疲れただろう。わざわざ足を運ばせ事、すまないと思っているが、同時に感謝している」

「え、あ、はい……」

「うす……」

 そう言った微笑む撫子に戸惑いを隠せない三井。滅多に褒めずそして必要のない労いの言葉は言わない撫子。今日は本当に機嫌が良いんだと三井は思ったが、隣の西田には心当たりがあった。

「――撫子って他人に冷たいんじゃないくてシャイなんだ。別に恥ずかしがっている訳じゃ無いけど、必要な事しか言わない性格だから。あ、そうだ! 今度ボクの方からちゃんと部下は労えって言っておくね♪」

(有言実行かぁ)

 西田の中でエッジの信頼度が上がった。

「二人ともあがっていい。と言いたいところだが、西田は残れ」

 そう言われた西田は何となく察していたのか微動だにせず、三井はこれで帰れると内心喜んだ。

「? はいではお言葉に甘えて……。お先に失礼しまス」

 撫子に向けて一礼。

 顔を上げた時だった。

(アナライズッ)

 三井はスキル・アナライズを使用。

 三井のアナライズは高レベルで大抵の物の情報は取得できる。しかし対象が格上や折り込まれた術によって情報を取得できない時もある。

 しかしそれはアメリカで経験を積む前の話。

 サークル長である撫子にアナライズを掛けたが格上過ぎて否定された。しかし成長した今ならばと撫子にアナライズをかけた。

「――ッッ~~!!??」

 結果、息を詰まらせた三井。

「どうしたミッチー!?」

「――っくは!?」

 息を吸い呼吸を整える三井。隣の西田は何事かと三井の背中を摩る。

「はぁ……まったくバカ者が。どうだ三井。何が見えた」

「……見えたって言うか何と言いますか……」

(……アナライズか)

 撫子と三井の会話で何が起こったのか理解した西田。

「失礼いたしましたサークル長! まだまだ自分に精進が足らないと諭された気分です!」

 息を整えた三井は撫子に無礼を働いたと謝罪。打って変わって笑顔でそう言った。

「まぁいい。再チャレンジするのは構わんが、次から私にアナライズする時は一声かけろ。でないと今みたく出来ない」

「……いやぁ~参ったッス!」

 加減と言われ三井は手放しで降参をした。

「では今度こそ、お先に失礼します!!」

 お辞儀し扉を閉めた。

 閉じた扉の先から三井の気配が遠のいたのを感じた西田。

「あんな風に息詰まらせるミッチー見たの久しぶりです。上司の力量を計るって失礼な事してましたけど、そのお返しに何見せたんですか」

 ぶっきらぼうに尋ねた西田。それに対し特に反応を示さない撫子が口を開く。

「別に大したイメージを見せてはいない。少しばかり力量の海に沈ませただけだ」

「……そスか」

 力量の海。海の中と比喩だと分かるも、本質的にどういった物なのか西田は分からなかったが、三井の反応を見るにロクな物ではないと察する。

「で、サークル長。俺だけ居残りなのは何故ですか? まぁ予想としてはエルフェルトの話かなって思ってますけど……」

「そうだ」

 はぐらかず率直に答えてくれる撫子に西田は歯切れがいいと思った。

 夕暮れ時から既に日が落ち、街の明かりは都会の光で明るくなる。

「あの、一ついいですか」

「ん? なんだ」

 本題を話す前に西田が質問。

「エッジさんが言ってたんですけど、俺とエルフェルトがくっついたのってエッジさん本人が暗躍したって言ってましたけど、サークル長も一枚噛んでたってマジですか」

「マジだ」

「マジすか……」

「ああマジだ」

「そスか……」

 その気では無かったとは言え、落ち着きのない西田を大人しくさせる安易なワンチャン作戦。結果的に撫子もエッジの策略に一枚噛んだ形であったが、見事エルフェルトと西田が互いに手を取り合った形となった。

「嘘無くドストレートに応えてくれるのがサークル長の良い所です。これでモヤモヤが晴れました」

「お前のモヤモヤが晴れて重畳だが、私は謝る気などサラサラ無いからな」

「別に謝罪が欲しくて聞いた訳じゃないんで……はい……」

「ん」

 エルフェルトと結ばれたのは良いとして、それが仕組まれた事、そして上司の息もかかっていたとなれば西田は難しい思いだった。電話で聞いても良かったと幾度も思った西田だったが、こうして直接答えられて胸が軽くなる思いになった。

「話が逸れたがノブヒコ、お前に一つ聞きたい」

「はい」

 撫子の鋭い視線が西田を射る。

 ジワリと背中に汗が滲み出た西田。撫子の雰囲気が鋭くなったからだ。

 そして。

「お前にこの世界の、この世界のを知る覚悟はあるか」

「――」

 淡々とした口調で紡がれた言葉。それは何気ない一言のセリフだったが、実に内容は酷く幼稚で、そして緊張感ある物だった。

「――」

 一瞬何かを言おうとした西田は口をパクリと動かしたが、すぐに口を閉じた。

(真実の……一端……)

 それに関しては今、西田が知る由も無い。

 しかしながら、それに、真実の一端をしる事を許された現状、謎多き国連と深い関りがあるエクストラス家の一員に加わる選択肢を与えられた現状に、現実問題西田は置かれている。

 真実を知る。

 それはつまり、エクストラスの名を名乗るという事。

 とどのつまり、エルフェルトとの婚約を経て、知る事となる。

 お前にその覚悟はあるのか。と。
 
 お前に背負える業なのか。と。

 お前にエルフェルトを幸せに出来るのか。と。

 真顔だが人を射殺せる様な視線。撫子のソレを受けながらも、西田はハッキリとこう言った。

「――――世界の真実なんてどうでもいいです」

「……」

 撫子の眼が細くなる。

「確かにサークル長が言うそれは避けては通れない道でしょう」

「……」

「でも俺は、そんな事気にする程にデキた人間じゃないです」

「……」

 眉をハノ字にする西田。

「そんな俺でも、人を、エルフェルトを必死に愛する事は――」

 ――自信をもってできます。

「――」

 屈託のない笑顔。

 それを向けられた撫子は俯くも、誰にも悟られない程度に、我が意を得たりとほくそ笑んだ。

「……そうか。……そうか」

 もはや何も言うまいと、彼女は西田を見た。

「帰って寝ろ」

「うッス!!」

 西田は帰宅を許された。
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