俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮

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第二十一章 刻々と迫る

第280話 チュートリアル:ムキンクス

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 ヤマトサークルの西田が日本に帰国してから早数日。

 欧米美女であるアメリカ最強サークルに所属しているエルフェルトとの交際が報じられ、まさにアメリカンドリームを勝ち取った西田の帰国はテレビとネットを通じて知れ渡った。

 最初の数日はヤマトサークルの事務所前に報道陣が詰めよる事態に成ったが、サークルに顔を出した西田は一言二言インタビューを受け答えするだけでやや冷たい対応だった。

 そんな彼に世間の声は「ちょうしに乗っている」やら「インタビューから逃げるのは男としてどうかしてる」など、どこか否定的な意見が多くみられる一方、「西田可哀そう」や「そっとしてやれ」との擁護のコメントも確かにあった。

 アメリカの報道陣に揉みに揉まれ、そして帰国してからも同じく報道陣に揉まれる西田。露骨に嫌な顔をする場面がテレビに流れたのは仕方ないのかも知れない。

《――あぁノブヒコ。早くアナタを抱きしめたい……。私のベッドにアナタの残り香が残っているうちに、早く私の元に来て……》

 西田のプライベートの時間。ソファで寛ぎながら、恋人であるエルフェルトとビデオ通話をする西田であった。

「俺もだよエルフェルト。早く会いたいし抱きしめたい」

 にこやかに話す西田。画面に映るのは愛しの恋人。その恋人が女の顔で自分の事を待っていると言った。これには堪らず西田も嬉しさが爆発。

(俺って想われてる~! それにしてもツンケンしてた最初とはえらい違いだ。)

 ファーストコンタクトは悪手だったものの、結果的には恋人に成った。ツンツンしていた状態から一変しデレデレ状態へ。しかも報道陣に思いの丈をぶつけるが如く、カメラの前で、そして西田本人の前で、ノブヒコは最愛の男と明言する始末。

 これによりアメリカ日本双方、西田の風当たりはより一層に強くなったのは言うまでもない。

「ん? え、俺の残り香? 流石にベッドのシーツは洗ってるよな?」

《ええ当然でしょ。ノブヒコの指で何度も――》

「ああぁああ分かった分かった!! 俺の残り香って思い出補正的な? うん!」

 それ以上言わせないと慌てる西田。よくよく思い出せばベッドに鯨が居たのを思い出し、それと同時にシーツも執拗に変えた思い出。

《とにかく、アナタに会える日を待ち望んでいるわ》

 この日は寝落ちするまで通話したのであった。

 九月も終わり、全国の神々が出雲大社に集まり、各地の神々が留守になる月――十月。中旬。

 アメリカンドリームを掴んだ西田の報道はめっきり途絶えたこの頃、著名人でありながらノーマスクで街を歩けるほどに西田の話題は落ち着いていた。

 去年の今ごろは攻略者トーナメントの打ち合わせで忙しく動いていたが、今回の秋の催しはトーナメントではなく実戦に近いサバイバルとの情報。しかし今回、地上波では放送しない故、解説役として西田には声がかからなかった。
 
 攻略者の卵たちがどう動くのか、どう生き残るのか、公式サイトで動画はアップされるものの、今年はそっちの仕事は無いのかと少しだけ残念がる西田であった。

 そんな西田であるが、彼は今ヤマトサークルの一員としてダンジョン攻略に勤しんでいる……のではなく。

「……精が出るこったな」

 彼の姿は今、トレーニング器具が並ぶ部屋にあった。

 声をかけた相手は西田に背中を向けている。タンクトップを汗で濡らし、パンプアップした肉体は細身だが引き締まった印象。

「……西田さんか。珍しいですね」

 広いトレーニング施設にポツンと一人。ヤマトサークルと並ぶ大手――サークルディメンションフォースの長、妻夫木蓮だった。

「一人でトレーニングとは感心しないな。何かあったらどうする」

「ふぅ……」

 顔の汗をタオルで拭きながら西田を見た。

「なにかってなんですか?」

「筋力欲しさにわざわざ重いもの持つんだ。そりゃ事故だったり突然の体の不調にも見舞われる可能性あるだろ?」

「僕に限ってそんな事は――」

 セリフを途中で止め、下唇を噛んだ。

「いや……、慢心だ……」

 視線を床に落とした。

「僕なら余裕。僕なら勝てる。僕なら……それで慢心した結果、死に体になった……」

「……」

 西田は何も言わない。妻夫木の言葉の中に、反省の色を見たからだ。

 時はさかのぼりスタンピード時。

 誰よりも先にボスであるエグゼクティブオーガゴブリンを屠り、件のスタンピードを終わらせた。
 物足りなさを感じていると、その心を知ったかの様にスタンピードを推し進めた元凶、刹利の家臣である『クシャトリヤ オーガ』が現れた。

 ヴァッサルに会ったのは去年の夏に起こった泡沫事件。そこで幻霊の家臣である黄龍仙、嫉姫の家臣であるフランダーに続き、実に一年ぶりであった。

 背中に感じる汗は緊張感のそれ。しかし自分の刃と相手の拳を打ち合わせると、攻撃が通じる確かな感触があった。

 自慢のスピードで翻弄し、隙あらば攻撃に転じる。

 オーガがスピードについてこれないと分かるや否や、マスクの裏にある口が自然と吊り上がった。

「――それが慢心だった」

 確かにスピードでは圧倒していた。しかし、慢心が生んだ少なくない妻夫木の隙を家臣が見逃すはずも無く。

「結果は手痛いカウンターを貰った訳です」

 手に持つバナナ風味のプロテインが入ったシェイカーを少しだけ握力で歪ます。

「ハハ、僕をあしらったあのオーガを撫子さんが追い払ったと聞いた時は、ホント、撫子さんには敵わないなと思いました……」

 乾いた声で笑う。

 そして握ったタンブラーを軋ませると。

「……凄く悔しいですッ!! ……あ」

 悔しそうな、そして泣きそうな表情で西田を見た。

 と、同時に不意に冷静になり、口元を押さえる妻夫木。

「今更箝口令思い出したのか? 普段の妻夫木なら絶対に口を滑らせないが、こりゃ相当病んでんな~」

「ッちょ! 今のナシ!!」

 いたずら顔の西田に慌てる妻夫木。そんな慌てふためく妻夫木を見て、西田はケラケラと笑った。

「ッハッハッハ! 資料を閲覧できる許可を国連から取ってあるから大丈夫だ」

「ならキョトンとした顔しないでください!!」

 まんまと西田の策略に嵌められた妻夫木は全力でツッコんだ。しかしこれも慢心が祟った結果だと内心叱咤した。

 ケラケラと笑った西田は、落ち込んだ雰囲気の妻夫木が少しだけ元気になったのを見て微笑む。

「はぁ……。それにもう一つ悔しい事があります」

「はは~ん。当ててやろうか?」

「そうです。あいつは本気じゃ無かったんです」

「ええぇ……。俺まだ言ってない……」

 靴ひもを解いて結び直す妻夫木。

「なんでも弱体化? してるって話。それが本当なら、まぁ本当でしょうけども、僕ってイキリ散らかしてやられただけのダサい奴って事です」

「だな」

「そこはそこはかとなくフォローしてくださいよ……」

「お前ってめんどくさい奴だな……」

「病んでるんで、ハハ」

 頬を掻いた。

「何だよ、弱体化した敵にやられたから獅童さんも椿さんもお前みたいに筋トレしてんのか?」

「獅童さんはともかく、椿さんも筋トレ……」

「どうやら思うところがあるのは妻夫木、お前だけじゃないってこった」

 クシャトリヤ オーガに敗北してしまったのは妻夫木だけではなく、銀獅子の獅童、パンサーダンサーの椿の両名も含まれている。

「マリオネットレイドにスタンピード。アメリカのパパラッチから逃げるためにダンジョンの奥に入ったが為に、二度の世界の危機に立ち向かう事が叶わなかったのが俺だ」

「あ、エルフェルトさんとラブラブらしいですね。おめでとうございます」

「ん? ああ、ありがとう?」

 話脱線。

「だから俺も気合い入れて鍛えないとな」

 明後日の方向を見る西田。見えるのは天井の照明だけ。

 オーガに敗北した妻夫木や獅童、椿らと同様に憤りを感じている西田。ダンジョン踏破と大義名分があるも、己が避難するべくダンジョンに入り浸った結果、後から知った世界滅亡の回避。

 世界の正念場に立ち会えなかったと悔しい思いをした彼だった。

「って事で、俺もここ使わせてもらうわ!」

「ええぇ……。西田メンバーはヤマトサークルでよろしくしてくださいよ……」

「そう硬い事言うなよぉ~。おお? なんだ? 硬いのはちんちんだってか!? ギャハハハ!!」

「マジで帰れよセクハラ野郎……」

 こうして、開示した情報で得た妻夫木の様子を伺いに来た西田は、しこしことトレーニングに勤しむのであった。

「妻夫木はスピードの申し子! 脚鍛えろ脚! 普通の筋力アップじゃセルに一脚されたムキンクスになるぞ」

「トランクスルー」(無視)
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